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#SF

やさしい嘘

ぼくは濡れた頭にバスタオルを巻いたまま、パソコンの前に座った。時間ピッタリだ。パソコンから呼び出し音が鳴った。マウスをワンクリックするとテレビ電話が立ち上がる。いつもの長い髪、変わらない妻の柔らかい笑顔が画面に表示された。
「あなた、元気?」
画面に向かって、ぼくは無理に笑顔を作った。
「今日もなんとか生きてるよ」
少し嫌味っぽくなってしまったか。画面の先の妻の表情が曇ったような気がした。

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ちょっとした失敗

ある晴れた日、大観衆と軍隊が見守るなか、宇宙船らしき飛行物体が地響きを立てて着陸した。
地響きがおさまった。固唾をのんで見守る群衆たち。
ひとりの兵士が手をあげた。彼はミサイルの発射装置に指をかけている。
「司令官、発射の許可をください」
司令官はクビを横に振る。
「ダメだ。まだ敵と決まったわけではない」
にらみ合いが続いた。
「もうダメだ」
さっきの兵士が耐えきれずボタンを押した。ミサイルが白い

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画面のむこうのあなた

カーテンで閉めきった部屋の窓に外に向けて望遠レンズ付きのカメラを固定していた。そのデジタルカメラを立ち上げるとファインダー代わりの液晶画面が立ち上がる。連動してぼくの横のデスクのパソコンにも同じ映像が起動し録画をはじめる。そこにはぼくと同世代の女の子の、ひとり暮らしの部屋が映し出されていた。
大好きな彼女を観察するのが、ぼくの朝と夜の日課だった。もっとも、彼女はぼくのことを知らないだろうが。
カメ

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閉じた輪

仕事場でパソコンとにらめっこしていると、ケータイがけたたましい音を立てた。
ケータイが鳴っているのはぼくだけじゃない。そのフロアにいる全員のケータイが鳴っていた。まるで音の洪水のようだ。
「ミサイルが来てる!」
男の叫び声が聞こえた。
ぼくはケータイの画面に目を走らせた。
画面には、レーダーが日本全土に降りそそぐミサイルを感知して警報を発しているとだけ書いてあった。
逃げなければ。あと時間はどれ

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治療とその効果 第9話(最終話)

暗闇の中で、彼は泣きそうな顔で笑っていた。
「彼女はいい人だ。一日過ごしてみて分かった。お前は、そんな彼女の人生を台なしにしようって言うんだな」
ぼくは彼を見た。
「彼女にはぼくの未来を告げるよ。治らないってことも。きっと向こうから離れていくだろう」
ぼくは噛みしめるように続けた。
「ぼくは、ぼくが死んで彼女が泣くと思うほうが辛いんだ」
彼は立ち上がり、寝ているぼくの頭の横をを手で叩いた。ベッドは

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治療とその効果 第8話

男は、病室の入り口横の壁に立てかけてあった見舞客用のパイプイスを、ベッドの横のぼくの視線が届きやすい場所に広げ、そこに腰を下ろした。長いため息をつきながら足を組む。
10秒ほど沈黙が続いただろうか、ぼくの方から口を開いた。
「お前、知ってたんだろ?」
彼は答えなかった。反対に彼はぼくに質問した。
「おれ、いくつだと思う?」
改めて彼の顔を見つめる。3日間一緒にいたが、彼の本当の年齢はまだ聞いてなか

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治療とその効果 第7話

ぼくは白い壁の病室のベッドの上で寝ていた。4m四方程度の広さの白い壁の個室だ。左手にははめ込みの大きな窓がある。太陽の光が差し込み、茶色の床を照らしている。病院特有の消毒液の匂いがほのかに匂ってきた。嫌なものだ。さっきまでここで説明していた医師の説明では、ぼくの症状は、今までに症例のない病気の可能性が高いということだ。全力は尽くすが今のところ治療法の目処は立っていないらしい。2、3日中に詳しい検査

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治療とその効果 第6話

枕元で目覚まし時計が鳴った。彼が来てから3日目。今日彼は未来に帰る予定のはずだ。窓の外はまだ暗い。目覚ましの音が鳴り続けている。止めようと手を伸ばす。手に力が入らない。おかしい。手は揺れるだけだった。目覚ましは鳴り続けたが、すぐそばで人の気配を感じたと同時に鳴りやんだ。
ぼくと同じ顔が上から覗きこんだ。目覚ましは彼が止めたようだ。会ってからずっと、自信たっぷりの表情を崩さなかった彼が、口をへの字に

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治療とその効果 第5話

ぼくは暗闇の中ベッドの上で膝を抱えていた。突然鍵の回る音がし玄関のドアの開く音も聞こえた。玄関の照明がついた気配も感じる。靴を脱ぐ音が聞こえる。足音が近づき部屋のドアが開いた。昨夜と同じ様にぼくと同じ顔が笑顔を作っていた。彼はまだ部屋の外に立ち、ぼくにのんきな声をかけた。
「どうした?こんなに暗くして」
ぼくの中が弾けた。気がつくと立ち上がり右こぶしで彼に殴りかかろうとしていた。突然ドアが閉まった

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お隣りの親子(後編)

ゆっくりと外が暗くなり夜が来た。お隣りさんの彼女は、お昼に引き続き夕食も作ってくれた。わたしは、一旦食卓には座ったものの食べる気にはなれなかった。彼女の娘に誘われてテレビゲームもしてみた。その50年後のテレビゲームは、壁一面にゲーム画面が映し出されている。映像は素晴らしく臨場感たっぷりだったが、イライラして集中できなかった。
わたしは母子に寝ると告げた。それを聞いた娘は残念そうな顔をしていた。

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