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2019年1月の記事一覧

こじらせた男(1282字)

ぼくは目的の本屋の手前の角でいったん立ち止まった。斜め掛けしたカバンから取り出したマスクを掛ける。念のためにサングラスも掛けた方がいいだろう。サングラスの向こうの風景が暗い。現実感が薄れ、怖いものがなくなった気分だ。
本屋の自動ドアをくぐり、新刊のコーナーに向かう。
有った。レジから少し離れた新刊コーナーには、誰かスタッフが手書きしたのだろう村上春樹を紹介するPOPがあった。その横に今日発売の彼の

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「追う人」解説

この作品は、キャプロア出版刊週刊キャプロア出版第6号「非日常編」に収録されました。

もともとは、キャプロア出版用に書いたものではなく、一年ほど前に思いつきで書いてあったもので、それをリライトしました。

輪唱のように、蹴り返しどんどん続いていくようなイメージの作品を作りたくて、書いたのですが、読んだ方から、「無限に続くような気がして怖い」という感想をいただきました。

なるほど。

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「雨風鈴」解説

この作品はキャプロア出版刊週刊キャプロア第5号「水編」掲載作品です。

それまで週刊キャプロアでは、小説は300字〜1600字のショートショートのみ掲載されていました。この号では、この雑誌での初の試みとして2400字〜4000字までの小説の枠が設けられました。
4000字でもショートショートの範疇ではないのかなと、個人的には思うのですが、なんにせよ、制限がゆるくなることはありがたいことです。

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雨風鈴(1602字)

風鈴屋さんの呼ぶ声が聞こえた。たくさんの風鈴が風で鳴る騒がしい音も聞こえる。わたしのうちわをあおぐ手が止まった。あぐらからばね仕掛けのように立ち上がる。縁側から庭に降り草履をつっかけた。クラスの女子の中では走るのは早い方だ。そのまま声のする方に庭を突っ切る。小さな門の名ばかりの格子戸を開けるのがもどかしい。
道路に出ると風鈴屋さんの屋台は次の角を曲がるところだった。わたしは大慌てで叫んだ。
「ふ、

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「見ないふフリ」解説

コラムを書くのはやっぱり苦手です。こんなありきたりの意見を読んでいただくのはいつも忍びないなと、改めて読んで思いました。
なんで引き受けたんだろうと、手を上げた当時の自分を恨めしく思ったりもします。

この作品についてです。
15年間スポーツをやっていたのは本当のことです。15年間で2種類のスポーツをやりました。ただし、ぼくは義務感のみでやっていたので、どちらもあまり上達しませんでした。
それ

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見ないフリ(1165字)

生前、母は体育教師でバレー部の顧問だった。父は趣味で少女バレーの監督をやっていた。ぼくにふたりいる姉も、当たり前に小学一年生からバレーボール漬けになるほどのスポーツ一家だ。ぼく自身もあたりまえのように小学校入学から半強制的にスポーツをさせられてきた。
いや、させられてきたというのは正しくない。こんな家に生まれてきたのだから、もう学生時代はスポーツをするものと刷り込まれていたのだと思う。
小1から大

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「勝負のその先」解説

この作品はキャプロア出版刊週刊キャプロア出版第4号「勝負編」に掲載されました。

週刊キャプロア出版を出版しているキャプロア出版では、リーダーはいますが編集長と呼ばれる人は存在しません。
毎号変わるリーダーが、テーマを決め、書き手や挿し絵を描く人、写真をアップする人などの参加者を募り、仲間のだれかに編集を依頼したりして毎週発行されています。
この第4号が発行される前に書き手のグループ内で意見を

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「ライフ・イズ ・フィクション」解説

このコラムはキャプロア出版刊週刊キャプロア出版第3号「フィクション編」に掲載されました。

内容については、ぼく個人のフィクションという概念の捉え方と、フィクション作品とノンフィクション作品に対するスタンスを書いたつもりです。
フィクションであれノンフィクションであれ、報道や発表まで、ぼくたちが受けとるすべてのことがらに、作り手の意図が乗っていることを意識すべきかもしれません。

日本では

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「彼女の温度」解説

キャプロア出版刊週刊キャプロア第3号「フィクション編」掲載作品。
書いた当時、週刊キャプロアと同じ出版社の企画本、100人共著シリーズにもコンスタントに書き続けていました。
表現としてなにか変わったことがやりたくてこの作品を書いた記憶があります。
自分の記憶であることに気付いて、目がさめるまでの部分がそれです。この部分を書きたいがために筋立てを考えました。

この号のテーマは「フィクション」で

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彼女の温度(1325字)

エンドロールが始まった。となりの席の彼女が立ち上がる。
「混むから出よ」
手を握られた。彼女の温度が伝わって来る。自分の鼓動が速くなるのを感じる。そのまま腕を組まれた。引っ張られるようにして出口へ向かった。
力を込めて重い扉を引く。ロビーに出て扉を閉める。扉を閉めてもまだ、小さくテーマ曲が漏れ出てきていた。映画館の中は暗かったがロビーは照明が照らしていた。さっきまで見えなかった彼女のタレ目が、さら

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「声」解説

この作品、「声」はキャプロア出版刊100人共著第5回「声編」のための習作です。

もともと最後があんなにブラックになる予定ではなかったんですが、指が滑ったのかもしれません。

ぼく個人としては、頭のなかに声が聞こえる人って、本当はそれなりの数、いるものなのかもしれないと思っています。
占いや、オーラが見えるという人のなかで、もちろんインチキな人もいるとは思うのですが、見えることを否定できな

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月光(800字)

声が聞こえたような気がして目が覚めた。
気のせいではない。小さく何か声が聞こえる。
僕は目が覚めたが二段ベッドの上側で寝ている弟は眠っているようだ。
左手側にある窓からはカーテン越しに月の光が差し込んでいた。
起き上がりベッドからおりる。畳の床一面に散らかった漫画をよけながら部屋の出口へ向かう。襖を開けると声ははっきりとしてきた。
両親の声のようだ。声の調子からどうやら階下で言い合いをしているらし

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声(846字)

僕は友人とふたり、山道を歩いていた。
足元は岩がごろごろしていた。歩きにくい。普段なら人は入らないのだろう。
僕だってこんな険しい道、誘われても本当なら歩きたくない。
歩く理由があるのだ。
以前にも彼と同じような人気のない道を歩いたことがある。その時は彼には嫌だと言ったのだが強引に押し切られてしまった。
苦労して山道を歩いた甲斐があった。
その時の山歩きで僕たちは埋まっていた江戸時代の小判を見つけ

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「匿名の声たち」解説

この作品は、キャプロア出版刊100人共著第5回「声編」のための習作です。

100人共著のテーマ、声、から書き上げた4作品のうちのひとつ。実体験ベースの作品です。
中学三年生の文化祭前に、実際に有ったできごとを作品に仕上げました。

この出来事のあとも、ぼくは休むことなく学校に行き、普通に劇の練習をしたのでしょう。
文化祭で劇に出たのは覚えていますが、その前後はほとんど記憶にありません。

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