- 運営しているクリエイター
2019年1月の記事一覧
こじらせた男(1282字)
ぼくは目的の本屋の手前の角でいったん立ち止まった。斜め掛けしたカバンから取り出したマスクを掛ける。念のためにサングラスも掛けた方がいいだろう。サングラスの向こうの風景が暗い。現実感が薄れ、怖いものがなくなった気分だ。
本屋の自動ドアをくぐり、新刊のコーナーに向かう。
有った。レジから少し離れた新刊コーナーには、誰かスタッフが手書きしたのだろう村上春樹を紹介するPOPがあった。その横に今日発売の彼の
雨風鈴(1602字)
風鈴屋さんの呼ぶ声が聞こえた。たくさんの風鈴が風で鳴る騒がしい音も聞こえる。わたしのうちわをあおぐ手が止まった。あぐらからばね仕掛けのように立ち上がる。縁側から庭に降り草履をつっかけた。クラスの女子の中では走るのは早い方だ。そのまま声のする方に庭を突っ切る。小さな門の名ばかりの格子戸を開けるのがもどかしい。
道路に出ると風鈴屋さんの屋台は次の角を曲がるところだった。わたしは大慌てで叫んだ。
「ふ、
「見ないふフリ」解説
コラムを書くのはやっぱり苦手です。こんなありきたりの意見を読んでいただくのはいつも忍びないなと、改めて読んで思いました。
なんで引き受けたんだろうと、手を上げた当時の自分を恨めしく思ったりもします。
この作品についてです。
15年間スポーツをやっていたのは本当のことです。15年間で2種類のスポーツをやりました。ただし、ぼくは義務感のみでやっていたので、どちらもあまり上達しませんでした。
それ
見ないフリ(1165字)
生前、母は体育教師でバレー部の顧問だった。父は趣味で少女バレーの監督をやっていた。ぼくにふたりいる姉も、当たり前に小学一年生からバレーボール漬けになるほどのスポーツ一家だ。ぼく自身もあたりまえのように小学校入学から半強制的にスポーツをさせられてきた。
いや、させられてきたというのは正しくない。こんな家に生まれてきたのだから、もう学生時代はスポーツをするものと刷り込まれていたのだと思う。
小1から大
「勝負のその先」解説
この作品はキャプロア出版刊週刊キャプロア出版第4号「勝負編」に掲載されました。
週刊キャプロア出版を出版しているキャプロア出版では、リーダーはいますが編集長と呼ばれる人は存在しません。
毎号変わるリーダーが、テーマを決め、書き手や挿し絵を描く人、写真をアップする人などの参加者を募り、仲間のだれかに編集を依頼したりして毎週発行されています。
この第4号が発行される前に書き手のグループ内で意見を
「ライフ・イズ ・フィクション」解説
このコラムはキャプロア出版刊週刊キャプロア出版第3号「フィクション編」に掲載されました。
内容については、ぼく個人のフィクションという概念の捉え方と、フィクション作品とノンフィクション作品に対するスタンスを書いたつもりです。
フィクションであれノンフィクションであれ、報道や発表まで、ぼくたちが受けとるすべてのことがらに、作り手の意図が乗っていることを意識すべきかもしれません。
日本では
彼女の温度(1325字)
エンドロールが始まった。となりの席の彼女が立ち上がる。
「混むから出よ」
手を握られた。彼女の温度が伝わって来る。自分の鼓動が速くなるのを感じる。そのまま腕を組まれた。引っ張られるようにして出口へ向かった。
力を込めて重い扉を引く。ロビーに出て扉を閉める。扉を閉めてもまだ、小さくテーマ曲が漏れ出てきていた。映画館の中は暗かったがロビーは照明が照らしていた。さっきまで見えなかった彼女のタレ目が、さら
「匿名の声たち」解説
この作品は、キャプロア出版刊100人共著第5回「声編」のための習作です。
100人共著のテーマ、声、から書き上げた4作品のうちのひとつ。実体験ベースの作品です。
中学三年生の文化祭前に、実際に有ったできごとを作品に仕上げました。
この出来事のあとも、ぼくは休むことなく学校に行き、普通に劇の練習をしたのでしょう。
文化祭で劇に出たのは覚えていますが、その前後はほとんど記憶にありません。