月光(800字)

声が聞こえたような気がして目が覚めた。
気のせいではない。小さく何か声が聞こえる。
僕は目が覚めたが二段ベッドの上側で寝ている弟は眠っているようだ。
左手側にある窓からはカーテン越しに月の光が差し込んでいた。
起き上がりベッドからおりる。畳の床一面に散らかった漫画をよけながら部屋の出口へ向かう。襖を開けると声ははっきりとしてきた。
両親の声のようだ。声の調子からどうやら階下で言い合いをしているらしい。
廊下へ出ると先客がいた。姉だ。
姉も声で目が覚めたようだ。姉はパジャマ姿で階段の手すりから顔を突き出し下を覗きこんでいた。
姉は眉間にしわを寄せていた。目に不安そうな色が浮かんでいる。
僕が出てきたことに気付いた姉は表情をやれやれといった風に変えこちらを振向いた。
僕と姉は無言で横に並んだ。手すりから顔を突き出す。

言い争う声は更に激しさを増していく様だ。
姉が横目でこっちを見る。
「あんた、離婚したらどっちについていく?」
僕は答えに詰まった。
姉は視線を階下に向けなおした。
「ま、でも姉ちゃんは女やからお母さんについていくよ。あんたらはお父さんかな。」
頭の中が真っ白になる。

言い争う声が聞こえなくなった。
両親はもうすぐ寝室のある二階へ上がってくるだろう。
もう一度姉と顔を見合わせる。
「あんたも早よ寝えや。」
姉は後ろ手で扉を開け部屋に戻っていった。
僕は出来るだけ音をさせないように襖を引き部屋へ戻った。
ツマ先立ちで二段ベッドまで歩いていくとちょうど目の高さに弟の顔が見える。
弟は寝息を立てていた。
起こさないように注意して掛け布団をめくって滑りこむ。
目をつぶりすぐに眠ろうと頑張ったが姉の言葉が耳について眠れなかった。
「口うるさい母よりも普段仕事仕事で家にいない父の方が好き勝手にやれるよな」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。そうなった時の想像を膨らませる。
左手のカーテンを小さくめくった。月は、ほんの少し欠けていた。

(キャプロア出版刊100人共著第5回「声編」掲載)

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