銀河フェニックス物語【出会い編】第五話 今度はハイジャックですって?!①
第一話のスタート版
第四話 「朱に交わって赤くなって」上巻 下巻
アラ星系に入ったところで操縦席の『厄病神』がつぶやいた。
「一般船はアラツーの着陸許可が下りにくくなってんな」
「え?」
焦ることを平然とした顔でこの人は言う。
惑星アラツーで先方との打ち合わせが入っているのはきょうの午後二時。今、着陸許可が出ないと間に合わない。
やっぱりこの宇宙船、フェニックス号で来たからだ。ティリーは頭を抱えた。
『厄病神』の船で出かけると契約が失敗すると言うジンクスがある。
わたしもこれまで大規模デモに巻き込まれたり、環境テロに襲われたり、散々な目に遭ってきた。
泣きそうになりながら『厄病神』のレイターの顔を見た。
「大丈夫さ、そんな顔しなくても。路線船使えばすぐ入れっから」
そう言ってレイターはアラツーの隣の惑星、アラワンへとフェニックス号の針路を変更した。
*
アラワンはすぐに入星着陸許可が下りた。
「こっから路線船に乗ればアラツーまで二十分さ」
レイターの言葉を聞いて安心した。これなら打ち合わせに余裕を持って間に合う。
*
宇宙港の駐機場にフェニックス号を置いて、隣の路線船乗り場へと向かう。
レイターが取ってくれた乗船券を見てびっくりした。銀色に光るプラチナカードだ。生まれて始めて見た。
恐る恐るたずねる。
「これってプラチナカードよね?」
「ああ『カシオペア』の乗船券さ」
「カシオペアァ?!」
『カシオペア』と言えばセレブリティ御用達の超豪華客船だ。金と暇のある人が銀河一周旅行に使う船。
わたしはあわてた。
「一体チケットいくらなのよ?」
「あん? どうせ会社の金だろ」
「ちょ、ちょっと待って」
会社が規定した出張料金を超えたら自分でもたなくちゃいけない。
「豪華客船は楽しいぜ」
レイターはうれしそうに笑った。
わたしだって豪華客船に憧れはあるけれど、出張でニ十分乗るために大金をはたくつもりはない。
「他の便を探してちょうだい」
「こんな機会そうねぇぜ、いいのかい?」
「構いません。カシオペアはまたの機会で結構です」
またの機会があるのかどうかはわからないけれど、とにかく今日は仕事なのだ。
「ふ~ん。二時に間に合うのはこれしかねぇんだけど」
「え?」
絶句した。遅刻したら状況はさらに悪くなる。
「厄病神のせいだ」
わたしは肩を落とした。レイターのせいじゃないけど、レイターのせいだ。
「大丈夫だよ」
のんきなレイターの顔を見たら腹が立ってきた。
「何が大丈夫なのよ! 出張に豪華客船使いました、って会社に説明するのはわたしなのよ」
「だって必要経費だろ」
確かに必要経費だ。しかし最近、経費削減がうるさいのだ。
「この船しか先方に間に合わないって証明書類を路線会社からもらっておかなくちゃ」
はあ、めんどくさい。わたしはため息をついた。
「そんなもんいらねぇよ」
レイターはわたしの顔を見てニヤリと笑った。
「星系内移動の三等座席は普通料金だぜ」
「え?」
チケットをあらためてみると三等座席と記してあった。
全身の力が一気に抜けた。そういうことは早く言ってよ。物を知らないわたしが悪いとはいえ、大騒ぎしたのがバカみたいだ。
レイターは楽しそうな顔をしている。
この人わざと言わなかったんだ。わたしがあわてるのを見て喜んでいたのだ。
「あなたってサイテーの厄病神よ」
「ティリーさんは怒った顔もかわいいねぇ」
もう相手にする気も失せた。
*
長距離用大型船のカシオペアを見上げる。大きい。これだけの船を動かすのは大変だろう。
「一体この船でどのくらいの人が働いているのかしら?」
わたしの疑問にレイターが答えた。
「長距離航海船は労働条件が悪いからほとんど人型のスタッフロボットさ。人間は船長と航海士とCAが多少乗ってるだけだぜ」
タラップから客船の中へと入る。
「ご利用ありがとうございます」
かしこまった制服を着たカシオペアの乗員は三等座席のわたしたちにもうやうやしく頭を下げた。人間かロボットかよくわからない。
天井が船と思えないほど高い。
床のカーペットがふかふかしている。観葉植物や鑑賞魚の水槽などがところどころに置かれていて、船と言うより高級ホテルの様相だ。
豪華客船に乗るのは生まれて初めて。
場違いな感じがしてちょっぴり緊張する。レイターはまったく気にしていないようですたすたと歩いていく。
わたしたちが座る三等座席はシートがずらりと並ぶ中央船室にあった。
中央船室の前の方の座席にはベッドとみまごうようなシートがあった。
一等よりもさらにグレードが高い特等座席だ。
「すご~い。一度座ってみたいものだわ」
わたしはつぶやいた。
「座ればいいじゃん。どうせあいつら来ねぇぜ」
そう言ってレイターは特等座席の一つに寝っころがった。
「おお、さすが金持ち仕様だ。寝心地いいぞ」
レイターの言う通り長距離客はそれぞれの個室、コンパートメント船室に滞在していて中央船室には来ないのが普通だ。
シートの一つ一つに客の名前が記してあった。
「恐れ多くてわたしに座る勇気はないわ。三等座席へ行きましょ」
「へいへい」
こんなに大きな船なのに乗客の定員は百人程度。そこがまた人気だ。
特等の次には一等、そして二等、三等と後ろへ行くに従って順にシートの間隔が狭くなりシートの質が落ちていくのがわかる。
とはいえ、さすがは豪華客船だ。わたしたちの三等座席も普通の路線船とは比べ物にならないほど立派なシートだった。
三等は自由席だ。
折角だから窓際の席に座った。
座席の前のパンフレットモニターを操作する。
船内のレストランは高級店からファストフードまで色々な星系の食事を楽しめるようだ。映画館に遊園地、リラクゼーションルームなど施設が充実している。
三等チケットでも利用可とある。船の中を探検してみたい。
でも、アラツーへは二十分で着いてしまう。そんな時間はない。
カシオペアに乗れただけで貴重な体験だ。同期のベルや会社のみんなに自慢ができそうだ。写真を撮って送っちゃおう。
「な、楽しいだろ」
そう言いながらレイターがフリードリンクのジュースを持ってきた。見透かされたのが悔しい。
「そうかしら」
素っ気なく答えた。
レイターから手渡されたオレンジジュースを口にする。
スッキリとしてそれでいて濃厚な甘さと香りが口の中に広がった。
「おいしい」
思わずつぶやくとレイターが笑っていた。
*
「当船はまもなく、銀河一周旅行へと出発いたします。シートベルトをお着けになってお待ち下さい。私は船長のマークです」
座席の前についているモニターを見ると、白い髭をたくわえた船長がにこやかな笑顔を見せていた。船長帽が似合っていてベテランの風格が漂っている。
「皆様の旅がご満足のいく思い出深きものとなりますよう乗務員一同お手伝いさせていただきます」
思い出深き銀河一周旅行。贅沢な響きに、仕事のことを忘れてしまいそうになる。
一緒にいるのがボーイフレンドなら良かったのに、と思いながらレイターの顔を見ると不機嫌そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「俺は他人が操縦する船に乗るのは好きじゃねぇんだ」
レイターは自称『銀河一の操縦士』だ。
「じゃあ、操縦させてもらえば」
と冗談で言ってみた。このクラスの大型免許には十年以上の乗務経験が必要だ。「ば~か」と軽く返事が返ってくるかと思ったのに
「そうだな、頼んでみるか」
と、真顔で答えた。
わたしはあわてた。この人、強引に頼みにいきそうだ。
「冗談よ。二十分で着いちゃうんだからきょうは我慢して」
「ふむ」
納得しない顔でレイターはシートベルトをつけた。
*
船がゆっくりと動き始めた。
中央船室はすいていた。三等座席に十人ぐらいがいるだけだ。スーツ姿のビジネスマンや、買い物帰りの人、アラ星系の人たちが生活の足として豪華客船を利用している。
一方で、前の方のゴージャスなシートにはレイターが言った通り誰も座っていなかった。
窓の外が暗くなり、カシオペアはアラワンの大気圏を離脱した。
「変だな」
レイターが眉をひそめた。
「どうしたの?」
「シートベルト解除のアナウンスが遅せぇ」
とその時、スピーカーからマーク船長の声がした。
『君たち、何をする!』
『この船は僕たちの支配下に置かせてもらいます』
何だろう? まるでドラマの音声のようだ。趣向を凝らしたサービスだろうか?
「豪華客船ってちょっと変わってるわね」
レイターに話しかける。
「ちょっとどころじゃなさそうだぜ」
ドタドタと争っているような音がスピーカーから聞こえる。
ほかの乗客もざわつき始めた。その時。
「みなさん、お静かに。すべての乗客のみなさん。こんにちわ」
そう言いながら、黒いパイロットスーツに身を包んだ人たちが前方の扉から中央船室へと入ってきた。フルフェイスのヘルメットを着用していて顔がが見えない。黒ずくめの五人が一列に並んだ。
その様子がそのままモニターに流れている。
中央船室の前にあるのはスタッフの部屋と操縦室。そこから出て来たのだから、乗務員なんだろうけれど、どうも変だ。
五人は大型銃のようなものを手にしている。
「この船は僕たちが乗っ取りました」
真ん中の背の低い男が言った。ヘルメットで表情がわからない。
抜き打ちのハイジャック訓練? それともドラマ形式の船内の説明?
いずれにしてもあまりいいセンスとは言えない。
「お、お客様、ほかの方の迷惑になりますのでおかけ下さい」
若い客室乗務員の女性が近づいた。そのあわてた様子は真に迫っている。
リーダーとみられる真ん中の男は青い液体の入った透明なボトルを手に持っていた。
「これは、毒物です。こちらの言うことに従わない場合はばらまかせていただきます」
「ひい」
客室乗務員が驚いて足を止めた。
「おとなしくしていて下されば、手荒な真似はしません」
男は威圧的ではなく紳士的だった。
だからだろうか恐怖感も現実感もない。
男の声の感じが若くて、学生さんっぽくって、悪い冗談に思える。
もしかしてドッキリカメラじゃないだろうか。
「一体どういうつもりだ?」
三等座席にいた男性が苛立ちながら立ち上がった。縦縞模様のスーツを着たビジネスマン。
「アラスリーで仕事があるんだ」
「お静かに、こちらをご覧ください」
そう言うと、ヘルメットの男は船室の前方に置かれていた鑑賞魚の水槽に、手にしていたボトルから青い液体を一滴垂らした。 と、
バシャバシャッツ
中にいた魚が突然跳ね回り、腹を上にして次々と浮かび始めた。
本物の毒だ。これは訓練じゃない。
「この毒は揮発性が高いんです」
そう言いながら毒物入りのボトルを手に持っている銃とつないだ。強力なスプレー銃だ。引き金を引けば液体の毒物が相当な距離を飛ぶ。
その先端を立ち上がった縦縞スーツのビジネスマンに向けて静かに言った。
「お座りください」
ぞっとした。
彼らがヘルメットをかぶっている理由がわかった。顔を見せないためだけじゃない。毒を吸わないためだ。
縦縞スーツのビジネスマンは真っ青になりながらゆっくりと腰を下ろした。
*
リーダーは毒入りのスプレー銃を客席に向けたまま、テレビカメラに向けて話し始めた。
「カシオペアに乗船のすべての皆さん。僕たち『反連邦スチューデント連盟』にしばらくおつきあい頂きます。皆さんすぐにチケットと本人確認証を持って中央船室に集まってください。空調に毒物をセットしました。五分以内にいらっしゃらなければ船室に毒を流させていただきます」
一体、何が起きているのか、現実のことなのか事態が把握できない。
モニターの映像が操縦席に切り替わった。船長の顔の横にスプレー銃が突きつけられている。
顔が引きつっていた。
「せ、船長のマークです。本船はハイジャックされました。」
ハイジャック・・・。その言葉が混乱していた頭の中を一気に整理した。この船は乗っ取られたのだ。
レイターの顔を思わず見る。
厄病神の発動だ。
携帯通信機を見た。通信制御されている。どこにも連絡が取れない。
マーク船長の話が続いていた。
「お客様の皆様におかれましては誠に申し訳ありませんが、中央船室にお集まりください。スタッフロボットも犯人の管理下に置かれております。犯人を刺激しないよう、ご協力よろしくお願いいたします」
*
ハイジャック犯が入り口で大型のスプレー銃を構える中、中央船室に次々と人が集まってきた。
見るからにお金持ち、という人がほとんどだ。子供連れの家族やドレスを着た女性、年輩のご夫婦・・・。こんな非常事態でも起きなくちゃこの人たちが中央船室に集まることはなかっただろうに。
レイターがつぶやいた。
「身代金がたんまり取れそうだな」
「あきれた。あなたってどうしてそうなの?」
わたしはため息をついた。
「厄病神のせいだ」
何度この人とこんな目に遭えば済むのだろう。今度はハイジャックだなんて。
「大丈夫さ」
レイターののんきな言葉に余計に腹が立つ。
「何が大丈夫なのよ」
「カシオペアに乗ることは会社に伝えてある。このハイジャックのことはもうニュースで伝えてるだろうから、先方も打ち合わせに遅れても仕方がねぇってわかってくれるさ」
「そういう次元の話じゃないでしょうが。『反連邦スチューデント連盟』って一体何なの?」
「ほれ」
レイターがシートの前のモニターを操作した。
反連邦スチューデント連盟の犯行声明が載っていた。
『ソラ系を中心とする銀河連邦は地方からの搾取の上に成り立っている。連邦評議会の運営は純正地球人に牛耳られ、世襲という不自由なシステムが格差を産んでいる。この状況の打破を訴えてきた我々は新たな世界へ旅立つこととした』
連邦評議会に反発している人は確かにいる。それにしても新たな世界へ旅立つってどういうことだろう。
その時だった。
「レイター! レイターじゃないの」
女性が近寄ってきた。ブルーの上質なドレスがよく似合う女性だった。三十代後半か四十代か。一目で富裕層だとわかる。
「マダム。お久しぶりです」
レイターは立ち上がるとうやうやしく頭を下げた。
「ここであなたに会えるとは助かったわ。わたくしの警護をしてちょうだいな。お金はいくらでもはずむわ」
彼女はレイターの手を握った。な、何なのこの人は。
そりゃこの状況でレイターに警護を頼みたい気持ちはわかる。レイターはボディーガードとしては優秀だ。お金はいくらでもはずむ、って、まさかレイター、受けちゃうんじゃないでしょうね。
「マダム申し訳ございません。私は現在別の任務中ですのでマダムの警護をお受けすることはできません」
驚いた。
レイターが一人称を『俺』じゃなくて『私』で話している。わたしに対する態度と全然違う。
「こちらが?」
マダムは不満げな顔でわたしの方をちらりと見た。
「ええ、私のクライアントです」
マダムの目が切羽詰まっている。
「一億リル払うわ。今は五千万しか手元にないけれど星へ帰ったら成功報酬で残りを支払うからお願いできない?」
一億リル! びっくりした。まずはその額に。
それから、簡単にその額を口にできることに。
そして、レイターの警護にそこまで信頼を置いていることに。
生きて帰れるのなら一億リルはこのマダムにとっては安いのだ。レイターはどうするつもりだろう。
「申し訳ございませんが、お受けできません」
「そう、残念だわ。でも、できるだけあなたの近くにいることにするわ」
「御意」
レイターは静かに頭を下げた。
*
マダムは通路を挟んですぐ隣の三等座席に腰掛けた。彼女に聞こえないよう小さな声で聞いた。
「ちょっとレイター、あの人誰なの?」
「あん? メルバ星系のルギーナ王妃だ」
「王妃?」
わたしは目を見開いた。豪華客船ではあるけれど、そんな人が一人で乗ってるのに驚いた。
「お付きの人とかいないの?」
「あのマダムは皇宮警備泣かせで有名なんだ。どうせまた旦那と喧嘩して一人でぷらぷら旅してたんだろな」
レイターは過去に皇宮警備という連邦軍のエリート集団に所属していたという。おそらくその頃に警備を担当したことがあるのだろう。
「だから、あなた警護を断ったの?」
「うんにゃ、そういう訳じゃねぇ。マダムはあれでいい女なんだ」
レイターはにやりと笑った。
いい女? お金ですべて解決しようとしているような人が。確かに美人だけれど、男の人の趣味はよくわからない。
「じゃあ、どうして断ったのよ」
「あん? 理由はさっき言ったじゃん」
そうだっただろうか。よく覚えていない。
*
中央船室に集められたわたしたち人質に対して、ハイジャック犯の男たちは二人一組でチケットと本人確認証のチェックを始めた。
わたしたちの座席にも二人組がやってきた。
一人はスプレー銃をわたしたちに向けている。嫌な感じだ。
もう一人がレイターの本人確認証の情報を携帯端末に入力しながら話しかけた。
「君は純正地求人なのか。人質として利用価値がありそうだね」
「身代金は俺によこせよ」
レイターと犯人の会話を聞いてわたしは驚いた。レイターが地球人なのは知っていたけれど純正地球人ですって?
純正地球人と言えば犯行声明にも出ていた特権階級の希少民族だ。
「そちらの女性はアンタレス人か。彼女も利用できそうだ」
レイターがすごんだ。
「てめぇら俺のティリーさんに指一本でも触れてみろ、ただじゃおかねぇからな」
ゾッとするほど怖い声だった。
「お、おとなしくしていていただければ手荒な真似は致しません」
男たちはまるで脅された被害者のように丁寧に答えた。これじゃあどっちが犯人だかわからない。こんな純正地球人、いるはずがない。
*
続いて、ハイジャック犯の二人は隣の王妃のパスポートを確認した。
何やら無線で指示を仰いでいる。
「メルバ星系のルギーナ王妃でいらっしゃいますね?」
王妃は黙っていた。
「私どもの目が届きやすい前方の特等座席へお移りいただけますか?」
「嫌だと言ったら」
「他の乗客に迷惑がかかることになります」
王妃は少し考えてからゆっくりと言った。
「一つ条件があります」
「条件?」
「この者を一緒に連れていきたいのです」
王妃はレイターを指さした。な、な、なんて人なのよ。レイターを巻き込もうだなんて。レイターが苦笑した。
「王妃、そりゃないでしょ」
王妃が意地悪そうな顔でレイターを見た。
「レイター、昔のことをこのお嬢さんにばらすわよ」
「・・・・・・」
レイターが困った顔をして黙り込んだ。ばらされて困るってどういう関係なんだろう。この人たち。
ハイジャック犯は純正地球人のレイターを特等座席へ連れていくのは問題がないと判断したようだ。
「わかりました。王妃の仰せのようにこの男の席を近くに用意いたします」
わたしは一体どうなるのだろう?
一人で三等座席に残れということだろうか。不安がよぎったその時、
「そう、じゃあそちらのお嬢さんの席も頼むわ」
それだけ言うと、王妃は凛として立ち上がった。
*
特等座席にはルギーナ王妃のほか十人程度が座っていた。その末席にわたしとレイターが座らさせられた。
シートベルトが強制使用モードになっていた。犯人が制御していて自分では外せない。
「ティリーさん、よかったなあ」
「は?」
「このシートに座ってみたかったんだろ」
「そんな気分じゃないわよ」
レイターは悠長にも、ハイジャック犯に気安く声をかけている。
「あんた、何て名前?」
「先ほども名乗りましたが、反ス連です」
反連邦スチューデント連盟の略称だ。彼らは本名を明かすつもりはないらしい。
「ふ~ん。ハンスさんか」
レイターに続いてルギーナ王妃も犯人にたずねた。
「で、ハンス、あなたたちの目的は何なの? 夫とは喧嘩中だし、私には自由になるお金はないから身代金は払えないわよ」
さっきレイターに即金で五千万リル払うって言わなかったっけこの人。
「要求はこれからお伝えします」
ハンスはスプレー銃を私たちに向けながら答えた。
*
「こちらは銀河警察だ。反ス連、君たちの要求は一体何だ」
ハンスと警察のやり取りは、モニターを通して中央船室にいるわたしたちにもそのまま公開された。
犯人側のリーダーとみられる背の低い男は高らかに答えた。
「僕たちの要求はアリオロンへの亡命です」
アリオロンへの亡命ですって。
「アリオロン旅行かぁ」
隣のレイターがのんびりとした声で言った。
「旅行じゃないわよ!」
事の重大さが分かっているのだろうか。
わたしたちが所属する銀河連邦とアリオロン同盟はもう宇宙三世紀にわたって覇権争い、つまり戦争をしている。
とは言え武力衝突は今や前線や一部の地域で起きているだけで、それはニュースの中の出来事だ。
普段の生活でアリオロンの話を耳にすることはほとんどない。
学校では『見えない戦争』って習った。
「アリオロンへ行きたいのなら、わたし達を巻き込まないで勝手に行けばいいのに」
思わず口にするとレイターが笑いながら言った。
「そうだな。勝手に領空侵犯して撃ち落とされちまえばいいんだ」
そうか、間に前線の戦闘緊張地帯があるから簡単には行けないのだ。
通常、銀河連邦の人間がアリオロンへ行くことはないし、逆もまた然り。
*
警察と犯人の交渉は続いていた。
「我々は、このカシオペアでログイオンへ向かいます」
ログイオンってアリオロンの帝都だ。
「そこで乗客乗員の皆さまをアリオロン同盟へ引き渡します」
わたしたちも一緒に連れて行かれるってこと?
乗客の間に不安の波が広がる。わたしもパニックになりそうだ。
レイターがわたしの手を握った。
温かくて大きい手。いつもなら「スケベ」と言って振り払うところだけれど、レイターの手の温もりで気持ちが落ち着いてきた。
伝わってくる「大丈夫だ。心配いらない」って。
特等座席に座っていたいかにも金持ちそうな中年の男性が反ス連に声をかけた。
「金なら払う。私を解放してくれないか? 十億リル払う」
男性の隣に座るルギーナ王妃が言った。
「あら社長。ご自分一人だけ助かろうなんて随分恥ずかしいことをなさるわね」
「王妃、あなただってこんな茶番につきあえないでしょうが」
二人は知り合いのようだ。
王妃がスプレー銃を持つハンスに話しかけた。
「いくら払ったら全員解放してくださるの? 夫に言って銀河連邦中から身代金を集めるわ。一人一億として百億? それとも二百億?」
すごい交渉だ。王妃の迫力にハンスが押されている。
「わ、我々はお金が目的ではありません」
「ふ~ん、こちらの社長さんより、随分ご立派ね」
王妃が感心している。
身代金が交渉の条件にならないとすると、ほかにどんな手立てがあるのだろうか。
隣に座るレイターがわたしの方を向いて言った。
「まあ、悪いところじゃねぇよ、ログイオンって」
わたしを安心させようとしたのかも知れないけれど、無責任な発言は余計に不安が募る。
「どうしてわかるのよ?」
「暮らしたことあるからさ」
「え?」
「アリオロン語さえ覚えりゃドラマも面白ぇし、料理も上手い」
永世中立星へ行った時、レイターがアリオロン料理について詳しかったことを思い出した。
「アリオロン人と会ったことあるの?」
わたしの問いにレイターが面白そうに笑った。
「帝都のログイオンに行ってアリオロン人に会わねぇほうが無理だよな」
「どんな人たちなの?」
「地球人そっくりさ」
「じゃあどうして戦争してるのよ?」
わたしたち非戦を国是とするアンタレス人には意味が分からない。
「ティリーさんは自分にそっくりの人間がいたら、そいつのことを愛するかい? それとも憎むかい?」
自分とそっくりの人間・・・。
その人を愛するというのも自意識過剰な感じがするけど、憎むというのも自己否定のようだ。
どちらかと言えば、その人を嫌うよりは仲良くしたい。もしかしたら気が合うかも知れないし。
「わたしはできることなら仲良くしたいわ」
「俺なら、そいつを叩きのめす」
随分、穏やかじゃない答えだ。
「銀河一の操縦士は俺一人で十分だ」
そう言ってレイターは笑った。確かにそういう考え方もある。でも、わたしは納得できない。
「似ているから闘うなんて、悲しいわ」
* *
数時間前のことだった。
フェニックス号に連邦軍特命諜報部のアーサーから突然短い連絡が入った。
「不穏な動きがある。アラワンから豪華客船カシオペアに乗ってくれ」
と。
レイターは怒っていた。
不穏な動きって、ハイジャックじゃねぇかよ。
ティリーさんと一緒の時にこういう任務は止めろっつったのにあの野郎。
公安の資料を思い出す。
反ス連は、アラ星系を拠点とする学生団体だ。「連邦反対!」って小っちゃなデモするぐらいで大した活動してなかっただろ。
一体何があった?
ハイジャック犯を観察する。
ハンスはリーダー含め十人ってところか。動きは素人。学生だな。
あいつらの武器はスプレー銃。要するに高性能な水鉄砲だ。訓練も何もいらねぇ。誰でも扱える。当たらなくても毒をまき散らすのが厄介だ。
空調に毒物仕掛けたって言ってたな。
警備室を押さえたんだろう。そこにも仲間がいて見張ってるな。
ハンスの奴らは、俺の武装解除もしねぇ素人だ。
今すぐ目の前の奴ら撃ち殺してやってもいいが、警備室の仲間が操作して空調から毒をまかれたら犠牲者はでる。
アーサーの狙いはおそらく人質百人の安全。こりゃ俺一人じゃ無理だぞ。
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」