銀河フェニックス物語【出会い編】 第四話 朱に交わって赤くなって (下巻)
<これまでのお話>
第一話 第二話 第三話 第四話(上巻)
翌日の昼間にムルダさんの家をたずねた。
ムルダさんは仕事に出かけていていない。そういう時間帯を狙ったのだ。
インターフォンを押すと玄関にエリオットが眠そうな顔をして出てきた。
学校へ行くって約束でムルダさんに船を買ってもらったはずなのに、真面目に通っている様子はない。
昨夜『ジン・タイフーン』が一気に摘発されたから一晩中対応に追われていたのだろう。
「クロノス社のティリー・マイルドです」
「何か用かよ」
「マロドスの件でおたずねしたいことがあるんです」
エリオットはわたしをじろっとにらんだ。
「早く持っていって修理しろよ」
その言い方に腹が立った。
あなたのせいでしょ。という言葉を飲み込んで本題を伝えた。
「その件ですけど、あなたがシールドをはずして飛んでいたせいで故障したとなると、弊社では補償する義務がないんです。わかります?」
「ふ~ん。俺がやったって証拠はあるのかよ?」
その口振りから船はすでにノーマルに戻してあるようだ。
でも、こちらには録画映像がある。
「あります」
そう言ってわたしはカバンからペーパーモニターを取りだし再生した。
「ここを見てください。シールド装置がはずされているんです。操縦しているのは間違いなくあなたです」
証拠はそろっているのだ。認めてくれればわたしの仕事は終わりだ。
ところが彼は顔色一つ変えることなく言った。
「はっ、こんなもん、いくらだって偽造出来るさ」
「これが偽造だって言うんですか?」
「そうさ」
完全に開き直っている。どうしよう・・・。
次の言葉を考えていると後ろからレイターの声がした。
「俺のティリーさんをあんまり困らせねぇでくれよ」
俺のティリーさんというのは止めて欲しい。
「ま、偽造でもなんでもいいんだ。今からこいつを警察に届ければ調べてくれるさ。あんた免許失効中なんだろ」
エリオットが眉をひそめた。
「あんた誰だよ。こいつの彼氏か」
違います。とわたしが否定するより早くレイターが言った。
「『ジン・タイフーン』も落ちたもんだ。リーダーが磁場宙域で船壊すなんて笑っちゃうぜ」
「何だと」
「昔は結構、腕が良かったのに。あんたら先輩から潮目を引き継がなかったのかよ」
エリオットをバカにしている感じがありありと伝わる。
「うるさい! 磁場は拡大してんだ」
「それを読むのがリーダーの仕事だろが」
エリオットの顔が怒りに震えている。
「言わせておけば、お前、一体誰だ?」
今にも殴りかかりそうだ。
「俺『銀河一の操縦士』レイター・フェニックス」
レイターが名乗るとエリオットが驚いた顔をした。
「ま、まさか・・・『ギャラクシー・フェニックスの裏将軍』か」
「懐かしい名前をご存じだねえ」
「そんなはずはない。俺は五年前、ギャラクシー・フェニックスが遠征してバトルに来た時、本人をこの目で見たんだ、裏将軍は凄腕だったが俺よりチビだった」
「うるさい。チビって言うな」
レイターが不機嫌そうな顔でエリオットの頭を小突いた。
二人の話を総合すると、レイターは過去にギャラクシー・フェニックスという飛ばし屋グループに所属していて、裏将軍と呼ばれる凄腕で、五年前にはジン・タイフーンとバトルをしたということのようだ。
確かにレイターの操縦の腕はすごい。
小惑星帯のバトルに連れていってもらったことがあるけれど、その場にいた飛ばし屋たちは全然相手にならなかった。
「あんたが本物の裏将軍だというのなら俺と勝負しろ」
エリオットがレイターに言った。
「磁場宙域で一対一の戦闘バトルだ。それで俺に勝ったら、親父に全部話してやる。マロドスを壊したのは俺だから修理費はバイト代で俺が払う」
え? 予想もしない展開だった。レイターがうれしそうに笑った。
「OK! 勝負に乗るぜ。善は急げだ。今から行こうぜ」
話が変な方向に流れてる。わたしは完全に置き去りにされていた。
でも、このバトルにレイターが勝ってくれれば、わたしの仕事は終わりだ。
*
ソラ星系のアステロイドでは飛ばし屋のバトルは速い方が勝ち、というレースだけど、戦闘バトルは違うらしい。
シールドをはずした船に、決起集会で見た模擬砲という機関銃のおもちゃみたいなものを積んで、撃ち合い、撃墜された方が負けなのだという。
レイターは楽しそうだった。
フェニックス号の格納庫で小型ファミリー船に模擬砲を積んでいる。
「これが模擬砲?」
「そっ」
近くで見るとおもちゃというには本格的な銃だった。
「危なくないの?」
「実弾じゃねぇから吹っ飛んだりしねぇよ。下手な奴がたまに死ぬだけさ」
たまに死ぬですって。わたしは思わずつばを飲み込んだ。
「ちょ、ちょっと待って。危険だわ」
何だか急に怖くなってきた。危険暴走行為の改造罪に問われるとレイターが言っていたことを思い出した。
「平気平気。ぜ~んぜん危険じゃねぇよ。一応、あいつも『ジン・タイフーン』の頭張ってんだから、大丈夫さ」
「大丈夫じゃないわよ。止めて!」
わたしは大声を上げた。
「わたしが修理代の話を上司と掛け合えば済む話だわ。お願いだから、危険なことは止めて頂戴」
レイターはにっこりと笑った。
こんな時に変だけど素敵な笑顔だった。
「俺は『銀河一の操縦士』だぜ」
「わかってるけど、わたしのせいであなたを危険な目に遭わせるわけにはいかないわ」
「もうこのバトルにティリーさん、あんたは関係ねぇんだ」
「え?」
意味が分からない。
「俺とあいつのバトルだ」
有無を言わせない強い口調だった。
* *
磁場宙域は桃色に霞んでいた。
誤って乗り入れないように磁場に人工的に霞がかけてある。フェニックス号はエリオットが指定したポイント近くに到着した。
「ティリーさんはフェニックス号で磁場宙域の外で待ってて欲しいんだ。戦闘バトルの模様はモニターで見られるようにしとくから」
「大丈夫なの?」
「大丈夫、船はおふくろさんが全部やってくれる」
「心配してるのはわたしのことじゃなくてあなたのことよ」
「あん? 俺のこと、信用してねぇの?」
驚いた顔をしてわたしを見た。
この人は銀河一の操縦士だ。
「信じてる」
「いい子だ」
笑顔でレイターは出ていった。
*
フェニックス号のモニターにマロドスが映った。ピンクの空間に浮かんでいるように見える。
レイターの小型ファミリー船に搭載しているカメラからの映像だ。
エリオットの声がスピーカーから聞こえた。
「あんたが本物の『裏将軍』かどうか俺がしっかり見させてもらうぜ!」
バリバババババッツ・・・
マロドスの模擬砲が火を噴いた。危ない!
* *
「ほう」
エリオットは目を細めた。
よく一撃目をかわしたな。
速い。
あいつ、裏将軍を名乗るだけのことはある。
だが、このマロドスは加速も旋回性も今市販されている船の中じゃピカいち、バトルに持ってこいだ。
だから親父をだまして買い換えさせた。
あんな普段乗りのファミリー船でこのマロドスと戦えると思うなよ。
*
磁場宙域でレーダーはきかない。
エリオットはいつもと同じように目視で確認した。
ピンクに色づく磁場と磁場の境目に磁場の影響を受けない緩衝地帯の潮目がわずかに生まれる。そこをうまく飛ばないと船が壊れる。
年中ここで飛んでいる俺ですら、この前、潮目の見極めを誤り船の調子が悪くなった。
銀河一の操縦士とか言っていたな。
あいつ、潮目を的確に読んでいる。
急旋回して船を追う。だが、その先の磁場は強力だ、深追いはしない。
*
「へぇ、思ったよりやるじゃん」
レイターの声がフェニックス号のティリーに聞こえた。
「もうちょっと楽しみたいところだが、惜しいな。早く切り上げねぇと邪魔が入る」
その声はエリオットにも聞こえた。
「邪魔が入る、だと?」
次の瞬間。
エリオットは驚いた。目の前にいた船が消えた。
見失った。
バ、バカな。どういうことだ。
はッ。後ろを取られている。
バリバリバリバリ
衝撃がコクピットに伝わった。エリオットは一瞬信じられなかった。
エンジン部に模擬砲が命中していた。
あっけないほどあっと言う間の出来事だった。
「俺は負けたのか・・・」
磁場の間を一体どんな加速で旋回したのだろう。人間技と思えない。
通信機からレイターの声が聞こえた。
「さってと勝負がついたところで、エリオット。俺にへばりついてでもついてこいよ」
ついてこいだと。
「サツが来る」
ウウウウウゥゥゥゥ
警察のサイレンが聞こえた。
次の瞬間、あいつの船は磁場の強い中心部へと飛び込んでいった。
* *
フェニックス号の操縦席でモニターを見ていたティリーに警察のアナウンスの声が聞こえた。
「こちらは銀河警察だ。磁場宙域でのバトルは禁止されている。そこの二隻停まりなさい」
ティリーはため息をついた。
警察のパトロール船だ。
ああぁ見つかっちゃった。磁場宙域の戦闘バトルってどのくらいの罪になるんだろう。
わたしも免許は持っているけれど、そんな違反については教習所でも教えてもらっていない。
見逃してもらえるものだろうか?
それとも罰金?
免許取り上げ?
まさか危険暴走行為で逮捕されたりとか?
どんどんと悪い方向へと考えてしまう。
レイターは「免許を取り上げられたら仕事にならない」と言っていた。わたしのせいだ。もっとちゃんと止めればよかった。後悔に襲われる。
レイターの顔がモニターに映った。
「ティリーさん。フェニックス号を動かすからな」
船を動かす? 警察署まで行くってことかしら。
「いったん通信切れるが心配しなくていいから」
そう言ってウインクした。
「おふくろさん。予定通り頼むぜ」
「了解しました」
フェニックス号は磁場宙域の周縁に沿って動き始めた。
レイターたちがいる場所から離れていく。一体どこへ行くつもりなの?
* *
エリオットは驚きながらレイターの船の後に続いた。
あいつ、警察を振り切るつもりだ。
このまま磁場宙域の真ん中を突っ切る気か? 無茶だ。
中心部へ近づけばさらに磁場が強くなる。抜ける前に船が壊れるぞ。この先はシールドを張ってたって危険だってこと、あいつ知らないのか?
俺だってシールドなしでこの奥に入ったことはない。
警察も追いかけてこない。後でゆっくりと壊れた船を捕まえればいいと思っているんだぜ。
* *
フェニックス号は磁場宙域のはずれで止まった。ティリーがマザーに聞いた。
「予定通りってどういう意味なの?」
「レイターとこのポイントで待ち合わせしています」
レイターたちは警察とどんな話をしているのだろうか。免停になっていたらどうしよう。
レイターたちがここまで来るのに、どのくらい時間がかかるのだろう。
中心部を抜けてくるなら近いけれど、彼らはシールドをつけていない。外縁部を飛んで来るから時間がかかるはずだ。
信じられない。エリオットは目を疑った。
船は壊れもせず磁場宙域の中心部近くを飛び続けている。
緩衝地帯の潮目を猛スピードで縫うように飛んでいる。理論的には可能だ。
だが潮目はどんどんと狭くなる。
そこを実際に飛ぶ奴がいるなんて考えたこともなかった。
しかも黙視で。
少しでもコースをはずれたらアウトだ。必死に前を飛ぶ船についていく。
桃色の霞が少しずつ薄くなっていくのがわかる。中心部を抜け磁場が弱くなってきたのだ。
このままいけば警察を振り切れる。
エリオットは確信した。
間違いない。あいつは紛れもなく『裏将軍』だ。
* *
レイターの船が桃色の霞から抜け出してきたのをティリーは見た。
「着艦準備できています」
マザーがレイターに呼びかけた。
間をおかずしてマロドスの姿も見え、二隻がフェニックス号に入った。
二人が帰ってきたのは思ったより早かった。警察の処理はもう終わったのだろうか?
罰金を取られたのならわたしにも責任がある。
レイターに通信機を通してたずねた。
「お帰りなさい。罰金とられたの?」
「あん? 警察まいてきた」
まいてきた?
その言葉を理解するのに一瞬時間がかかった。それは逃げてきたということだ。
そんなこといいのだろうか? 不安でいっぱいになる。
警察から逃げる。これまでのわたしの生活の中でありえないシチュエーションだ。
でも、今週はこんなことばかりしている。
*
メインスクリーンに赤色灯が見えた。
「警察船が接近中です」
マザーの声を聞いた瞬間、ティリーの胸がドキンと鳴った。
ま、まずいんじゃないの?
警察から「二隻の不審な小型船の行方を知りませんか?」と、問い合わせが来たら何と答えればいいのだろう。
警察に嘘はつけない。どんどんとパトロール船が近づいてきた。
「マザー、どうしよう?」
早くレイターに戻ってきて欲しい。
モニターを凝視する。
パトロール船がフェニックス号の横を通過する。
わたしの心配をよそに何の問い合わせもしないままパトロール船は遠ざかっていた。
レイターが明るい声で操縦室に入ってきた。
「ティリーさん、お待たせ」
レイターの顔を見たらほっとして涙が出てきた。
レイターがあわてた顔で駆け寄ってきた。
「ど、どうしたんだ。何があった?」
「バカバカバカ。警察にあなたたちのこと、聞かれるかと思った」
「あん?」
レイターはレーダーから消えていくパトロール船の軌跡を見ながら言った。
「あいつら、バカだからここまで逃げてきてるとは思ってねぇから大丈夫だよ。小型船二隻でウロウロしてたら職務質問かけられただろうけど」
レイターは全部計算してフェニックス号をここへ待機させていたのだ。
うつむくわたしにレイターが驚いた声で聞いた。
「ティリーさん、もしかして、警察に聞かれたら俺たちのこと通報するつもりだったのかい?」
わたしは答えに困ってしまった。
警察に嘘をつくことはできない。違法行為を通報することは市民の義務なのだ。
でも、もし警察に聞かれて素直に答えたら、わたしはレイターを裏切ったことになる。
レイターはわたしのためにバトルをしてくれた。バトルを容認した段階でわたしも同罪、共犯だ。
さらにあの時、わたしは格納庫からレイターに早く戻ってきて欲しいと願った。レイターなら平気でうそをついて乗り切れるって思ったからだ。
まただ、自分の手を汚さないでレイターに助けてもらおうとしてしまった。
後ろに立っていたエリオットがわたしに聞こえるようにつぶやいた。
「仲間を売るなんてサイテーな奴だな」
反論できない。
その通りだ、告げ口みたいな真似は人として最低だ。気分がさらに落ち込む。
その時、レイターがエリオットの頭をはたいた。
「てめぇ、俺のティリーさんに何て失礼なこと言いやがる。親のスネかじって遊んでるような野郎が偉そうな口たたくな! 俺はティリーさんのこと惚れ直したぜ」
レイターは、わたしにウインクした。
「わたしは最低だわ」
自己嫌悪に陥るわたしの頭にレイターは優しく手を置いた。
「あんたは間違ってねぇ。俺の想定を上回る人間は尊敬に値する」
レイターの言葉の意味はよくわからなかった。
でも、レイターなりにわたしに気を使ってくれているのは伝わってきて気持ちが落ち着いてきた。
コーヒーの香りがしてきた。マザーが淹れてくれている。
「とりあえずコーヒーでも飲もうぜ」
レイターにうながされてソファーに座った。
*
エリオットがコーヒーカップを手にしながらレイターに言った。
「あんた、本物の『裏将軍』なんだな」
「昔のことだけどな」
レイターの答えを聞いてエリオットが頭を下げた。
「今回のことは謝る。マロドスを壊したのは俺だ。親父に言って俺が責任を取る」
わたしは安堵のため息をついた。仕事のカタが着いたということだ。エリオットに感謝するというのも変な話なのだけど、
「よろしくお願いします」
と頭を下げた。
*
エリオットはコーヒーを一口すすって話し始めた。
「五年前、俺たち『ジン・タイフーン』の旗が取られた」
ジン・タイフーンの旗。 決起集会で見たピンクの渦巻きの旗だ。
暴走族や飛ばし屋のチームはバトルで負けると旗が取られて勝ったチームの傘下に入るのだという。
「裏将軍は強かった」
わたしは聞いた。
「どうして裏将軍って言うの?」
エリオットが答えた。
「とにかく姿を見せなかった。わかっているのは地球人の男ということだけ。バトルの本番の日だってフルフェイスのヘルメットを取らない」
レイターが口を挟んだ。
「仕方ねぇだろ。あの頃、無免だったから顔見せるわけにいかねぇよ。警察も俺のこと狙ってたし」
この人ほんとに無免許で飛ばしてたんだ。
エリオットが聞いた。
「無免? あんた年はいくつなんだ?」
「あん? 二十二だよ」
「俺とタメかよ」
エリオットがショックを受けていた。レイターが思わせぶりなことを口にした。
「いいこと教えてやるよ、裏将軍の本当の意味は別にある」
「本当の意味?」
どういう意味があると言うのだろう。レイターはもったいぶって少し間をおいてから答えた。
「俺、将軍ちの裏に住んでたんだ」
「は?」
エリオットは意味が分からないという顔をしている。
「だから裏将軍って呼ばれてたんだ」
レイターはにっこり笑った。
冗談のような話だけれど、多分本当だ。
レイターは将軍家の御曹司アーサー・トライムスさんのことを下宿屋の息子と呼んでいた。おそらく、すぐ近くに住んでいたのだ。
わたしはレイターに聞いた。
「あなた一体どういう生活してたの?」
「あん? 公立ハイスクール中退して整備工場でバイト生活さ」
ハイスクール中退の暴走族。あまりに似合いすぎている。
だけど変だ。
この前の出張でレイターは連邦軍エリートの皇宮警備にいたと聞いた。あれはやっぱり冗談だったのかしら。
エリオットが話を続けた。
「俺たちジン・タイフーンは遠征しない。この地元で戦う限り、負けないからな。代々、磁場宙域の潮目の読み方がチームの間で伝授されている。だから、ギャラクシー・フェニックスからバトルの申し出があった時、俺たちは喜んだ。ギャラクシー・フェニックスを倒せば、遠征しないで銀河最強のチームになれるって」
レイターが伸びをしながら口を開いた。
「俺の仲間も誰も磁場宙域を飛びたがらなかったぜ。みんな、船、壊したくねぇからな」
「俺は先輩たちが裏将軍に次々と負けたのが信じられなかった。そして、俺たちの旗が取られた・・・。磁場宙域で俺たちより飛ばせるって、一体あんたはどこで操縦を覚えたんだ?」
「バルディアって知ってるかい?」
レイターが逆に聞いた。
「バルディア? 磁場戦闘地域の・・・」
ニュースで見たことがある。銀河連邦のはずれにある紛争地域だ。
「そう。そこで俺、本物飛ばしてたんだ」
本物? わたしは聞いた。
「本物ってまさか戦闘機?」
「ああ」
わたしの隣でエリオットも驚いている。
「あそこの磁場は着色されてねぇから星の見え方から逆算するんだぜ。磁場宙域で実弾当たったら一発で死ぬからマジで怖いぞぉ」
レイターはおどけながら言った。わたしは思わず反論した。
「戦闘機に無免許で乗れるわけないでしょ」
「俺は十四の時に皇宮警備の予備官になって仮免取ったんだ」
「皇宮警備・・・」
エリオットから驚きの声が漏れる。皇宮警備って冗談じゃなかったんだ。
「仮免は任務じゃないと飛べねぇからハイスクールに入ったら無免になっちまった」
レイターは不満げに口をとがらせた。
皇宮警備の後にハイスクールに入って、中退して暴走族? 変な経歴。今度整理しよう。
「ところで、旗を取られたジン・タイフーンが復活しているのはどうしてなの?」
わたしの問いにエリオットが答えた。
「突然、裏将軍が引退したんだ。全ての飛ばし屋に旗が返されて俺たちジン・タイフーンも復活した。あの時も驚いた。どうして、あんな突然やめたんだ?」
レイターが答えた。
「飛ばし屋をやめたら俺の仮免を本免にする、って取引を警察に持ちかけられたのさ。警察もこれ以上ギャラクシー・フェニックスが力を持ったらヤバイって思ったんだろ」
エリオットの声に怒気が含まれていた。
「あんた、警察と取引して、それで仲間を売ったのか?」
レイターが寂しそうな顔をした。
「そうだな。銀河一の操縦士には免許が必要なのさ」
わたしは前から聞きたかったことをたずねた。
「銀河一の操縦士はどうしてレーサーにならなかったの?」
「いいのかい? 俺がS1に出たら、ティリーさんの大好きな『無敗の貴公子』エース・ギリアムに土が付くぜ」
そう言ってレイターはにやりと笑った。
一瞬、ほんの一瞬だけ信じて不安になった。そんなことあるはずないのに。
「エースが負けるわけないでしょ!」
わたしはあわてて否定した。
そうなのだ。S1という世界はこのレイターを持ってしても手が届かない厳しい世界なのだ。
あらためてエースのすごさを認識する。
エリオットが口を開いた。
「あんたの腕なら今からでもS1乗れるんじゃないのか?」
「俺は自由に飛びてぇんだ。あんたはわかるだろ」
「確かにS1は危険行為にうるさいからな」
そう言って二人は笑った。
わたしは笑えなかった。
S1にルールは必要なのだ。時には死亡事故が起きるのだから。
自由に飛びたいなんて。宇宙最速のS1に行けなかった負け惜しみじゃないだろうか。
そんな、わたしを見てレイターが言った。
「俺は人を乗せて飛ぶのが好きなんだ」
いい表情だった。何だかレイターの顔がまぶしい。
「ティリーさんも俺と一緒に飛ぶの好きだろ?」
どうしたことだろう胸がドキドキしてきた。あわてて打ち消す。
「厄病神と一緒でいいわけないでしょ!」
「ティリーさんは怒った顔もかわいいねぇ」
「止めてちょうだい」
エリオットが苦笑しながらレイターに言った。
「あんたには船だけじゃなくてかわいい彼女もいていいな」
「だろ」
レイターは何をいい加減に答えているのか!
「違いますっ!」
わたしははっきりと否定した。
エリオットが不思議そうな顔をした。
「わたしこの人とつきあっていませんから」
「え?」
「仕事で操縦士をしてもらっているだけですから、お間違いなく」
「ちぇっ」
舌打ちしながらレイターは肩をすくめた。
*
コーヒーを飲み終わると、レイターが立ち上がった。
「格納庫へ戻るか。マロドス直してやるよ」
わたしはびっくりした。
「え? どういうこと? レイター直せるの?」
「あんなもん。一時間あれば修理できる」
わたしも驚いたけど、エリオットも間の抜けた顔をしている。
「磁気を完全除去して電気系プログラムをリセットすりゃいいんだ」
レイターは簡単なように言ったけど、そんな簡単な話じゃない。
「修理代はかかるけどちゃんと工場へ持っていった方がいいわ」
「大丈夫だっつうの。僕ちゃん整備士の免許も持ってんだ。整備工場で真面目な勤労少年やってたからな」
レイターはカード型の免許証を示した。一級整備士の免許だった。
「あなたが整備士の免許を持っていても、磁気の除去には専用の機械が必要だし、プログラムのリセットには直営の工場へもって行かなきゃできないでしょうが」
わたしだって宇宙船メーカーの社員だ。磁場で故障した船の修理について理解している。
「まあ、ついてきな」
レイターに案内されて格納庫へ向かった。
*
これまで気づかなかったけれど、格納庫の壁は稼働式のパーテーションになっていた。
レイターがボタンを押すと壁が折り畳まれていく。その向こうに工具がずらりと並んでいた。まるで整備工場のようだ。
その奥は物置きになっていた。
フェニックス号はレイターが家として利用しているから何やら家財道具が積みこまれている。普段使っていない家電製品やトレーニンググッズ、アップライトのピアノも置いてある。
意外なことに、工具が整理されていた。
「結構、きちんとしてるのね」
「あん?」
「だって、レイターの部屋とかいつもぐっちゃぐちゃじゃない」
「ここで使うのは一分一秒を争うことがあるし、俺以外の奴が探せねぇと面倒なこともあるからな」
当たり前だろ、という顔でわたしを見た。
彼は銀河一の操縦士で、仕事においてはプロなのだとあらためて感心した。
レイターが奥から機械を取り出した。間違いない、磁気除去装置だった。
「痛んだ船を見ると心が痛むぜ」
レイターはマロドスの外装をいとおしそうになでると作業に入った。
一級整備士というレイターは器用に船をばらして修理を進めていく。
「あんた、結構いい改造してるんだけどさ、予備翼がいまいちなんだよ。旋回時、時々ぶれるだろ?」
「あ、ああ」
「ちょっとそっち側押さえててくれ、セッティング変えてやるから」
レイターとエリオットはマロドスにへばりつくようにしていじり始めた。何だか楽しそうだ。
「へぇ」
レイターの感心した声が聞こえた。
「あんたたち、こうやって磁場の影響を防いでんだ」
「先輩から引き継いだ知恵さ」
「すげぇ」
二人はまるで大好きなおもちゃで遊ぶ子供のようだった。
* *
そして、自宅へ帰ったエリオットは自分のせいで船が壊れた、と父のムルダ氏に認め、マロドスも直ってしまったので修理費を請求されることもなくこの問題は一件落着した。
翌日、研究所のジョン先輩から内線が入った。
「ティリーさん。マロドスの件が片づいたんだって?」
もしかすると工場にお願いするかも知れないと根回ししておいたのだ。
だが、その必要もなくなった。
「そうなんです、ご心配かけてすみませんでした。レイターが直してくれたんです」
「レイターが? いくらかかった?」
心配そうな顔でジョンさんがわたしを見た。
「いくら?」
「あいつ、ぼったくっただろ? 逆に高くついたんじゃないの?」
「いえ、ただでしたけど・・・」
「ええっ! そんなはずないよ。レイターがただで船を直すなんてあり得ない!」
ジョンさんが断言した。
「そ、そうなんですか?」
「結構みんなあいつにセッティングしてもらいたがってるんだけどさ。何しろ値段が高い」
知らなかった。
「僕なんか、部品交換の手間賃だけで十万リルとられた」
「ジョン先輩が?」
ジョン先輩がどうしてわざわざレイターにセッティングしてもらう必要があるのだろう。
「いやあ、あいつが手を入れると船が全然違うんだ。まるで魔法をかけたみたいに船が生まれ変わるんだ。どこがどう違うのか調べてやろうと思って頼んだんだけど、結局何が違うのかわからず仕舞いさ」
レイターはどうして、今回ただで直してくれたんだろう。エリオットと意気投合したからだろうか。気になる。
*
フェニックス号に連絡を入れた。
モニターにレイターの顔が映る。
「確認なんだけどマロドスの修理代ってただでいいのよね」
「あん? 払いたいならいくらでももらうぜ」
レイターはニヤリと笑った。
この人ぼったくるかも知れない。わたしはあわてて言った。
「ち、違うけど、普段は料金を高く取るって聞いたから・・・」
困った顔のわたしを見てレイターが愉快そうに言った。
「ティリーさんがかわいいからに決まってるだろ」
「なっ!」
また、わたしのことバカにしてる。聞かなきゃよかった。わたしの問いにこの人がまじめに答えるわけがなかった。
「うそつき! からかわないでって言ってるでしょ。ただならそれで結構です。失礼しました」
わたしは思いっきり通信機を切った。
「うそってわけじゃねぇんだけどな」
レイターのつぶやきをマザーだけが聞いていた。 (おしまい)
第五話 「今度はハイジャックですって?!」 へ続く
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」