銀河フェニックス物語【出会い編】第五話 今度はハイジャックですって?! ②
今度はハイジャックですって?!① はこちら
「ここまで作戦は順調だ」
防毒ヘルメットの内側でオグリースは安堵のため息をついた。
反連邦スチューデント連盟のリーダーを務めて二年。
誰にも見向きされていなかった僕たちが今、世界を動かそうとしている。
銀河連邦中心部のソラ系地球では、連邦評議会が開かれた。僕たち反ス連の犯行声明について対応を協議するためだ。
これまで、連邦の統治システムは間違っている、といくら訴えても誰も耳を貸さなかったのに。
半年前に彼が訪ねてきてから僕たちは変わった。
「アリオロンへ亡命するのであれば、手を貸そう」
彼はミスターRと名乗り素性は明かさなかった。おそらくアリオロン人だ。
ミスターRが描いたシナリオは僕たちを魅了した。
豪華客船のカシオペアは僕らの地元アラ星系を経由する。
カシオペアに乗っている連中は、辺境の地からの搾取の上に潤っているのだ。彼らに鉄槌を下すこと。これは反連邦を掲げる僕たちの使命だ。
* *
ハイジャック犯と警察の交渉が再開した。
モニターに流れるその様子をティリーは息をひそめて見ていた。
「反ス連のリーダー。君はオグリース君だな?」
警察の問いにヘルメットをかぶった背の低いリーダーは答えなかった。でも、多分オグリースと言う名前なのだろう。
「君たちがアリオロンへ行くために戦闘緊張地帯で攻撃されないように連邦軍を通じて手配する」
「ありがとうございます。間違って撃ち落されない様、軍との交渉を引き続きお願いいたします」
オグリースが頭を下げた。
「もちろんだ。だから、アリオロンへは君たちだけで向かってくれたまえ。今ならまだ、被害者はいない。君たちを罪に問わない。これは取引だ」
そうだ、亡命したいのなら自分たちだけ行けばいいのだ。
この交渉がうまくいけばわたしたちは解放される。
その期待は一瞬にして打ち砕かれた。
「人質は必要です」
オグリースが即答した。
「どうしてだ、アリオロンへの亡命を手助けすると言っているんだ」
「銀河警察を僕たちが信用すると思いますか? 僕たちがデモ集会を開くたびに、でっちあげの罪で仲間を拘束するあなたたちを」
オグリースの声は静かだけれど怒りに震えていた。
「では、せめて乗客に必要な物資を届けさせてくれ」
「この船には一か月無停泊で過ごせるだけの機能があることはご存じでしょう。カシオペアの周囲二キロに船を近づけないでください。破った場合には乗客を一人ずつ殺害します」
殺害、その言葉が聞こえた瞬間、船内に緊張が走った。
「わかった。また、連絡する」
交渉は不調のまま終わってしまった。
*
すぐ後ろの一等座席から泣き声が聞こえた。子供の声だ。ティリーは振り向いた。
赤ん坊を抱いた若い母親が五歳ぐらいの男の子を必死でなだめている。二人の兄弟を抱えてあせっているのかどんどんと叱り声になっていく。
「泣かないの。しぃー。ミゲル、静かに」
母親が叱れば叱るほどミゲルと呼ばれたお兄ちゃんの泣き声は大きくなる。
「静かにしなさい!」
「パパに会いたいよぉ~」
おそらく、この船で父親に会いに行く予定だったのだろう。
小さな子供でも何が起きているのかわかるのだ。自分たちは目的地とは別の遠い場所へ連れ去られようとしていることに。
そして、今度は抱き抱えていた赤ちゃんが、ミゲルの声に呼応するように大声で泣き始めた。
「すみません。申し訳ありません」
母親が頭を下げて周りの乗客に謝っている。
と、ガタン、レイターがシートを動かした。
「動かないで下さい」
ハイジャック犯のハンスがレイターにスプレー銃を向けた。
「うるせぇ!」
レイターのあまりに迫力ある声に、ハンスがたじろいた。
横にいたわたしもびっくりした。
そして、泣いていた子どもたちも泣き止んでしまった。
レイターは素知らぬ顔で自分とわたしのシートをぐるりと回転させ、親子に向かい合うようして腰掛けた。
「ごめんな、びっくりさせちまったな」
そう言いながらレイターはポケットからメモ帳を取り出すと、何やら折り始めた。
ハンスはスプレー銃を向けてしばらくレイターの様子を見ていたけれど、何も言わずに離れていった。
折角子どもが泣きやみ静かになったのだ。このままにしておくのが得策と判断したのだろう。
「ほれ、宇宙船」
ミゲルの顔が輝いた。レイターは何とまあ器用なのか。一枚の紙が見事な宇宙船に姿を変えていた。
「ここ、引っ張ってみ」
「わあ、変形する」
「作ってみるか?」
「うん」
母親が頭を下げた。目に涙が浮かんでいた。
「すみません。ありがとうございます」
「謝ることねぇよ。悪いのは全部あいつら。折角の美人さんが台無しだ」
そう言いながらレイターは母親の手を握っていた。ったく、この人は。
「この船飛ぶの?」
「飛ぶさ」
そう言うとレイターはひょい、と投げた。紙飛行機、というか紙宇宙船はきれいな弧を描いて船の三等座席の方まで飛んでいった。
「うわあすごい」
ミゲルが喜ぶと、ハンスが近づいてきた。
「調子に乗らないでください」
「わあったわあった」
レイターが手で追い払う仕草をした。
*
レイターが飛ばした紙飛行機はすーっと座席の上空を飛び、三等座席の縦縞のスーツを着たビジネスマンまで届いた。
男はいらだっていた。
アラスリーまで三十分乗るだけだったのに、こんなことに巻き込まれるとは。
しかも、あきれた。紙飛行機か。
特等座席の奴らは随分とのんきなことだ。俺たちが今から蜂起しようとしているのに。
銀河警察の交渉には期待できない。
縦縞スーツの男はほかの客と示し合わせた。
我々三等座席は監視が緩い。金持ちの座席と違ってシートベルトも外せる。
息を止めて、あのスプレー銃を奪う。
ハイジャック犯の反ス連の奴らは十人。
それに対してこの船の乗客と乗員はあわせて百人以上だ。
勝ち目はある。アリオロンなんかに連れていかれてたまるか。
ふと、紙飛行機を見ると文字が書いてあるのに目が止まった。
『警備ロボットの武装を解除するまで動くな』
忘れていた。
この船には高性能な警備ロボットが乗っている。宇宙海賊から豪華客船を守るためのロボット兵。
紙飛行機を飛ばしてきた特等座席の男の言うとおりだ。
計画の練り直しが必要だ。
* *
特等座席に人型ロボットが機内食を運んできた。
スタッフロボットを見ながらティリーは思った。さすが豪華客船だわ。
制服に身を包んだ女性型の給仕ロボットはスタイル抜群、ファッションモデルのような容姿。スタッフロボも特注のオーダーメードだ。
わたしとレイターの座席に運んできたロボは印象的な顔立ちをしていた。まっすぐに切りそろえられた艶やかな黒髪が特徴的で、おそらくソラ系東洋地区の人がモデルだ。
通路側に座るレイターが声をかける。
「美人ちゃんだね。お名前は?」
「キョウコです」
「いい名前だ。俺はレイター・フェニックス。よろしく」
レイターが握手している。
確かに美しいけれどレイターは女性の形をしていればロボットでも何でもいいのだろうか。
「ありがとうございます」
ロボットのキョウコは動きに無駄がない。
飲み物の巨大なボトルも軽々と片手で持って客席のコップに注いでいく。
「ラッキーだぜ、ティリーさん。特等座席のメニューだ」
重厚なパッケージに入った機内食。
レイターは嬉しそうに手をつけた。
お金持ちの特等座席用の食事が三等チケットのわたしたちにも運ばれてきた。
繊細な盛り付けを見ても普段食べている食事とは違う。
けれどこんな事態だ。食べようという気力がわかない。
「ティリーさんが食べないなら俺がもらってやるよ」
レイターの笑っている顔を見ると腹が立ってきた。誰のせいよ。厄病神のせいでしょ。
「わたし食べます」
無理やりでも口にしよう。
隣の席のルギーナ王妃が笑顔を見せた。
「そうよ、食べられる時に食べましょう」
レイターがいい女だと言った意味がわかってくる。
王妃は魅力的だった。
*
わたしはレイターに聞いた。
「アリオロンって遠いの?」
「そうだなぁ、距離はあるけど、こっからなら銀河出てワープ航法すりゃ一週間で着く」
わたしは驚いた。思ったより近い。
「もっと遠いかと思ってた」
「まあ、実際に行こうとすると、間に無管轄空域と戦闘緊張地帯があるから普通はもうちっとかかる」
「わたしたち連れていかれたらどうなるのかしら?」
「強制労働」
「え?」
「冗談さ」
冗談に聞こえない。
「人権委員会を通じた交渉で帰れる。俺もそうやって帰ってきた」
「そうなの?」
この人は一体何者なのだろう。
* *
ティリーと話しながらレイターは気が付いた。
ハンスの目的は人権委員会の開催か。
半年前に領空侵犯したアリオロンの情報収集艦を連邦軍が捕まえた。その乗組員の返還交渉が進んでねぇ。
金持ちのカシオペアの乗客ならいい交渉材料になる。
ってことはこのシナリオを描いたのはアリオロン軍だ。
嫌な予感がしてきた。この船のどこかにアリオロン軍の手引き者が乗ってるはずだ。
* *
銀河連邦軍の将軍執務室でジャック・トライムス将軍は腕を組み『豪華客船カシオペア ハイジャック事件』の報告書を読んでいた。
この案件には間違いなくアリオロン軍が絡んでいる。
目標は人権委員会の開催だな。このまま帝都のログイオン到着まで手をこまねいているわけにもいかん。
いつでも出動できるようカシオペアの航路周辺に軍艦を待機させた。しかし、銀河警察からの報告では、近くに船を寄せ付けられんという。
ふむ、どうするか。
将軍が小さくため息をついた時、ノックの音がした。
モニターを見ると、黒い長髪を後ろで束ねた息子のアーサーが立っていた。
「入れ」
「トライムス少佐入ります」
いつ見ても息子は落ち着いている。特命諜報部を率いる連邦軍一の天才参謀。
「カシオペアの件で、お諮りしたいことがございます」
「何だ?」
珍しい。
アーサーには将軍補佐として権限を与えて任せている。普段はほとんど事後報告だ。
「カシオペアに不穏な動きが見られたので、出港前にレイターを乗せました」
「何? あいつが乗っているのか」
これは話が早い。
「通信妨害されており連絡はつきませんが」
「あいつなら何とかするだろう」
「ハイジャック犯は素人です。レイター一人で制圧可能です」
しかし、ハイジャック発生から三時間が経つ。
「なぜあいつは動かんのだ?」
「レイターが動けば、人質の犠牲は避けられません」
事件の解決か人質の命か。レイターを動かすか否か。
アーサーはわしに判断を求めにきたのか。
このままアリオロンまで行かす訳にはいかん。レイターを動かすしかあるまい。
自らの考えを伝える前に、アーサーに聞いてみた。
「お前の考えはどうだ?」
アーサーは躊躇なく答えた。
「カシオペアを長距離からレーザー弾で砲撃したいと思います」
「な、何?」
いつものことだがこの息子には驚かされる。
「将軍の許可をいただきたいのです」
民間の船を連邦軍が攻撃する。これは確かにわしの許可が必要だ。
カシオペアには王族や資産家が乗っている。下手をしたら連邦軍への不信が高まる。
アーサーが説明を続けた。
「カシオペアの自動バリアを破らない程度のレーザー弾を使います。船には相当な衝撃が走るはずですが、ほとんどの乗客はシートベルトの着用を強制させれられおり大きな被害はでないかと」
「それで事件は解決するのか?」
「しません」
解決しない作戦なのか。意味がわからん。
「カシオペアにアリオロン軍秘密工作部のライロット・エルカービレ中佐が乗りこんでいます」
「何だと?」
「レイターはその事を知りませんので、伝えなくてはなりません」
レイターとライロットの間には暗殺協定が結ばれている。二人には互いに殺害命令が出ている。どちらがどちらを殺害しても罪に問われない。
「あいつの命が危ないぞ」
「ライロットは乗客名簿からレイターのことに気付いているはずです。折角潜入させたレイターが殺されて使えなくなるのは困りますので、こちらからアクションを起こしたいと考えております」
こいつはいつもこういう業務的な表現をする。アーサーだって本心ではレイターのことが心配だろうに。
「わかった、カシオペアへの砲撃を許可する」
* *
オグリースをリーダーとする反ス連はカシオペアの警備室を拠点として押さえていた。
警備室の正面にある多数のモニターに防犯カメラの映像が映し出されている。この部屋でカシオペアの船内を把握し、スタッフロボを制御する。
「ここまでシナリオ通りです」
オグリースは警備室の中央監督席に腰かけたミスターRに話しかけた。
「ところがそうでもない、シナリオ外のことが発生した」
ミスターRは硬い表情をしている。
「どういうことでしょうか?」
オグリースは不安になってたずねた。
「君に対処をお願いしたい」
そう言いながらミスターRはモニターを指さした。そこに映っていたのは特等座席に座る金髪の純正地球人。
「彼を殺害する」
「何ですって?」
オグリースは驚いた。
ミスターRのシナリオでは基本的に一般人は殺害しないはずだ。
「彼は危険分子だ。純正地球人は君たちの敵だろ。公開処刑をすることで君たちの主張はより明確になる」
ミスターRは淡々と警備ロボットの操作を始めた。
「純正地球人、レイターフェニックスを殺害せよ」
オグリースは背中に寒いものが走った。物腰柔らかだったミスターRとは別人のようだ。いや、これが本当の彼なのか。
「大丈夫だ。君たちの手を汚すことは無い。すべては警護ロボットがやってくれる。死体の処理もね」
息を飲むオグリースにミスターRは微笑みかけた。
*
オグリースが警備室を出た後も、ミスターRは笑っていた。
君とこんなところで再会するとは思わなかったよ。
レイターフェニックス、君にはここで死んでもらう。暗殺協定の発動だ。
アリオロン軍の秘密工作員ライロット・エルカービレは低い声で笑った。
* *
オグリースは中央船室へ入ると純正地球人の男の前に立った。リーダーの僕がやるしかない。
「レイター・フェニックスさん。こちらへ来てください」
「あん?」
スプレー銃を突き付けながら金髪の男のシートベルトを解除した。
僕は自分に言い聞かせた。
これは革命だ。正義の戦いだ。必要な犠牲なのだ。誰かの命を奪うことを恐れてはいけない。
操縦席と特等座席の間の空間に、二台の人型警護ロボットを死刑執行人として立たせている。
「さて、なんでしょう?」
そう言いながら背の高い純正地球人は前へ出てきた。
「純正地球人のあなたをここで公開処刑します」
「何なのそれ? やめてちょうだい!」
連れ合いの若い女性が大きな声を出した。シートベルトが邪魔で立ちあがれないでいる。
警護ロボは船内では基本的に銃は使わない。だが、鉄のドアすら破壊する警護ロボに殴られたら人間は簡単に死ぬ。
仲間たちもシナリオにない展開に驚いている。
ミスターRが提示したシナリオ。
うまくいけば人質に危害を与えることなく亡命できる。だが、警官隊が突入たり、不測の事態が起きた場合は人質を殺害する。
それを了承した時、僕たちは殺人者となることを覚悟したんだ。
その事実を思い出せ。
それにしてもこの純正地球人、これから処刑されるというのに怯えた様子がまるでない。自分の置かれた立場がわかっていないのか、警護ロボットの能力を知らないのか。
「それでは始めます」
僕の宣言とともに二台の警護ロボが標的の純正地球人へと向かっていった。
彼には僕たちの理想のために生贄となってもらう。
* *
後方の三等座席のモニターにも純正地球人と二台の警護ロボットが映し出されていた。
公開処刑か。
縦縞スーツを着たビジネスマンは映像を凝視した。
「それでは始めます」
オグリースの合図とともに警護ロボットが地球人に襲いかかった。
速い。宇宙海賊の襲撃に対応する最新鋭の警護ロボ。
皮肉なものだ。
彼は紙飛行機で『警備ロボットの武装を解除するまで動くな』と警告してくれた男だ。
カシオペアの船内パンフレットを確認したところ警備ロボは三十体搭載されていた。
危なかった。
あそこで蜂起していたら全滅だ。
彼も気の毒に。たまたま純正地球人に生まれたばかりにこんなところで死ぬ羽目になるとは。
* *
どうしてこんなことになっちゃうの。ティリーは泣きたかった。
シートベルトが邪魔で前の様子は直接見えない。
モニターにはレイターと警護ロボが映っている。
ガシャン、シュッツ。
警護ロボの機械音。
タタッツ。
レイターが逃げる足音。
音はそのまま聞こえる。耳を塞ぎたい、目を閉じたい。
駄目だ逃げちゃ。わたしに何ができる?
「乗客の皆さまは動かないでください」
オグリースのスプレー銃はわたしたちの方を向いている。
「おっととと」
警護ロボットに殴られそうな瞬間にレイターが身をかわす。
危ない! 警護ロボの動きが加速する。
レイターの背後に一台が回り込んだ。
「レイター、後ろっ!」
わたしは叫んだ。後ろから警護ロボがレイターの腕を掴んだ。と思ったらスルリと抜けた。まるで手品みたいだ。
「サンキュー、ティリーさん」
そんなことを言っている場合じゃない。
逃げ場がないのだ。気が付くとレイターは二台に挟まれている。
ザッツ。
背中側のロボが素早くレイターの両肩をつかみ、羽交い絞めにした。レイターの動きが封じられた。
絶体絶命だ。もう一台が殴りかかる。
レイターが死んじゃう。
「やめてぇっ!」
わたしは叫んだ。
と、次の瞬間、訳の分からないことが起きていた。
レイターを殴ろうと警護するロボの動きが止まった。
警護ロボを給仕係のロボットが背後から抱えて引っ張っている。
艶やかな黒髪。
「キョウコ、ありがとよ」
レイターが笑った。そうだ、キョウコだ。と思ったその時、
ピピピピピーーーーーーーーー。
緊急警報音が船内に鳴り響いた。
ダ、ダダーン。
「キャアー」
カシオペアが大きく揺れた。
*
中央船室の照明が付いたり消えたりしている。
ティリーは顔を上げた。カシオペアはガタガタと振動を繰り返している。焦げ臭いにおいがした。煙が漂っている。壁に穴が空いていた。
シートベルトのおかげでケガはない。
レイターはどうなったのだろう。モニターを見る。
煙でぼやけた画面の真ん中に人影が見える。
レイターがキョウコにつかまって立っていた。良かった。
二台の警護ロボは倒れている、というか転がっている。一体何があったの?
* *
「バカな!民間船を砲撃するとは」
カシオペアの警備室でアリオロンの工作員ライロットは叫んだ。
椅子から投げ出されたライロットは服を払いながら立ち上がった。
銀河連邦軍か。あり得ない。民間船を砲撃するなぞ。
幸いバリアを貫通せず物理的被害は無いようだ。
中央船室のモニターを見るとレイターフェニックスは女性型ロボと立っていた。警護ロボは床に転がっている。
警護ロボのリモート制御が切れていた。
一体何が起きた?
あと少しでレイターフェニックスの息の根を止められたのに。
砲撃は一発で終わった。再度攻撃してくる様子はない。
中央船室の映像を少し前に戻して再生する。
レイターフェニックスを警護ロボが背後から捕まえた。もう一台が殴りかかる。ここで殴られていればあの男は死んだのだ。
そこへ女性型給仕ロボが邪魔に入った。
なぜ、この女性型ロボに我々のリモート制御が効いていない?
そして、警報が鳴り響き、カシオペアへの砲撃。
衝撃で映像が乱れる。
迂闊だった。レイターフェニックスは銃を持っていた。
彼が警護ロボットの前に立っても平然としていたのは銃を持っていたからか。
一瞬の出来事だった。
スローにしないとわからない速撃ち。
砲撃で揺れた瞬間、レイターフェニックスは上着の内ポケットから銃を抜いた。
中央船室の入り口近くの壁内にスタッフロボのコントロール系統が走っている。彼はそこを正確に撃ち抜いた。
警護ロボが制御を失って転がる。
そして、レイターフェニックスは誰にも気づかれない速さで銃を懐へしまった。わずか二秒の出来事。
彼は銃を使う時機を慎重に見計らっていたのだ。
武器を持っていることを反ス連に知られないために。
オグリースたちはやはり素人。武装解除を怠ったな。
警護ロボだけではない、スタッフロボはすべて制御が切れている。
各所モニターを見る。調理場ではコックロボが、医務室には看護ロボが転がっていた。
ふむ。この流れはよろしくない。
* *
レイターがオグリースの襟ぐりを掴んだ。
「公開処刑は終わったぞ。どうするんだ?」
次の瞬間、
「キャー」
女性客室乗務員の声が船内に響いた。
操縦室からヘルメットを着けた黒づくめの犯人二人が慌てて扉の外へ走り出してきた。
レイターが犯人の一人を捕まえる。
「おい、操縦席で何があった?」
「あ、誤って毒物が・・・」
レイターが壁の横のボタンを押し、マイクで叫んだ。
「酸素マスクの装着を願います。毒物が客席へ流れ込む恐れがあります」
天井から客席に酸素マスクが降りてきた。
「船長も操縦士も倒れた」
犯人の言葉に、レイターが操縦席へ飛び込もうとする。
「や、止めろ。中は毒が充満している」
ハイジャック犯がレイターを止めた。
「マスクしてんだろ。あんたらも来い」
逆にレイターは、犯人の男たちを引き連れて操縦席へと入っていった。
ティリーは不安になった。
「レイター!」
酸素マスクも付けないで大丈夫だろうか。
心配だけれど自分のことで手いっぱいだ。降りてきた酸素マスクをあわててはめる。
わたしは後ろの席を振り向いた。
母親が一人で悪戦苦闘している。
座席を回転させる。なぜかシートベルトが外せた。立ち上がってお兄ちゃんのミゲルがマスクを付けるのを手伝う。
*
「キョウコ! アレグラド系の解毒剤を至急、操縦室まで」
レイターの緊迫した声がスピーカーから流れた。
よかった。レイターは無事だ。
彼はボディーガード協会のランク3Aなのだ。ちゃんとわかって対処している。
レイターはコクピット内にいた船長たちを、犯人と一緒に外へ運び出していた。船長たちはみんな意識を失っているようでぐったりしている。
* *
一体何が起きているんだ。
反スチューデント連盟のリーダー、オグリースは操縦室の前で呆然と突っ立っていた。
スプレー銃を握る手が震える。
さっきの衝撃は何なんだ。攻撃されたのか。豪華客船であるカシオペアが? 一体誰に?
警護ロボも倒れている。ほかのスタッフロボも制御が切れてマネキン人形のように固まっている。
船長たちは大丈夫か。死んでもらっては困る。
操縦席には仲間の二人を見張りに当たらせていた。
船長、操縦士、副操縦士の三人は静かに我々の指示に従っていた。その様子に油断した。
カシオペアが攻撃され、船内が揺れた。
その一瞬の隙をついて船長たちは工具を手に仲間に襲いかかってきたのだ。
操縦士を殺してはならないと命じてあった。
スプレー銃は脅しのはずだった。だが、本気で我々を殺そうと殴りかかってくる船長たちから身を守るためには、スプレー銃を使うしか術が無かった。
シナリオがみるみる崩れていく。
いくつもの事態に合わせて想定を作った。だが、この状況に対応できるシナリオはどこにもない。
「ミスターR」
警備室を呼ぶ。
仲間の声が通信機から聞こえた。
「ミスターRがどこにもいません」
* *
運び出された船長たちはリクライニングシートの特等座席に寝かされていた。ティリーは様子を見ようと酸素マスクとシートベルトをはずして近づいた。
キョウコが持ってきた解毒剤をレイターが手慣れた様子で船長に注射していた。
不思議だ。
ほかのスタッフロボは固まっているのに給仕ロボのキョウコだけはなぜか動いている。
医師だという年配の男性客が手伝っていた。
わたしはレイターに声をかけた。
「大丈夫? 手伝うことある?」
「ティリーさんあんまし近づくな。俺の服に毒素が染みちゃってっから」
男性医師がオグリースに言った。
「とりあえず船長たちの命は取りとめたが危険な状態だ。一刻も早く病院で治療をうけさせなくては三人とも死んでしまうぞ」
オグリースは震える声で同意した。
「わ、わかった」
動揺しているのが手にとる様にわかる。
三等座席に座っていた縦縞のスーツを着たビジネスマンが近づいてきた。
「われわれにできることはあるか?」
「スタッフロボが倒れちまってるから、人力で船長たちを医務室へ運んでくれ。担架が通路の非常棚にある」
レイターがてきぱきと指示し乗客たちが動く。
レイターはオグリースに向けて言った。
「こっから一番近い惑星マヌなら十五分で着くから人質を選別しろ。病人と一緒に子どもとか降ろせる奴はみんな降ろせ」
オグリースはうなづいた。
レイターが完全に仕切っている。
「逆に、操縦士を一人要求しろ。俺一人でも十分だが念のためだ」
レイターの言葉にわたしは驚いて聞き返した。
「あなたが操縦するの?」
「俺以外に誰がいるんだよ」
この人が操縦が上手いことは知っている。だけど。
「免許ないんでしょ?」
「は?」
レイターが目を丸くしている。
こんな時だから無免許操縦だとか言ってる場合じゃないことはわかっているけれど。
「俺の免許は限定解除だぜ」
レイターが誇らしげに免許を見せた。
生まれて初めて現物を見た。大型長距離船も操縦できる限定解除免許。
「どうして持ってるの?」
限定解除の取得には宇宙航空大学出て乗務経験十年以上が必要なはず。
「『銀河一の操縦士』だから」
答えが答えになってない。
医者がレイターに聞いた。
「君は大丈夫なのかね? これだけの毒にさらされて」
「ああ、俺は仕事柄慣らしてんだ」
後ろからルギーナ王妃の声がした。
「皇宮警備官は薬物耐性の訓練を受けているのよね」
「薬物耐性?」
聞いたことがあるような無いような。
「予防接種みたいなもんだ」
レイターが軽く説明した。
「よく毒見をしてもらったわね」
ルギーナ王妃の言葉にレイターが笑顔で返した。
「ま、大半は味見でしたけどね」
毒を盛られる王妃とそれを守る警備官。ドラマみたいな話だ。
一般市民のわたしには想像がつかない。
*
レイターから離れたところで医者がわたしに言った。
「彼氏のこと気を付けてあげなさい。いくら毒物に慣らしていると言っても心配だ」
「は、はい」
と、答えてから気が付いた。レイターは彼氏じゃない。
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」