銀河フェニックス物語【出会い編】 第三十九話 決別の儀式 レースの途中に まとめ読み版①
・銀河フェニックス物語 総目次
・<裏将軍編>第一話「涙と風の交差点」(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)(最終話)
・<出会い編>第三十九話「決別の儀式 レースの前に」① ②
月の御屋敷で将軍家秘書官の僕は、アーサー隊長から変わった命令を受けた。
「カルロス、蠅叩き、いやもぐら叩きに付き合ってほしい」
「ハッ」
自分はどんな命令でも従うだけだ。
隊長とそれぞれステルス型機に乗り込んだ。偵察機ではなく戦闘機だった。
「どちらへ?」
「ナセノミラだ」
「ハッ」
ナセノミラ星系。きょうはS1レースの今シーズン最終戦が行われる。
『無敗の貴公子』の引退試合ということで一般ニュースでも報じられ盛り上がっている。
そのレースにレイターさんが、万年六位のチーム・スチュワートから出場する、という小さな記事を見た。
隊長機に続いて発進させる。
隊長はS1を観に行かれるおつもりなのだろうか。
軍のステルス戦闘機で…。
* *
ナセノミラ星系の宇宙空間。
S1レースのスタート地点となる第一惑星軌道上に、出場チームのピット艇がズラリと並んでいた。空母のように広い甲板にS1機が姿を見せ始める。
ピット艇のガレージの大窓からティリーは甲板を見た。クロノスのエンブレム付きの宇宙服を着たピットクルーが機体の最終チェックをしている。
ガレージ内は環境制御されていて宇宙服を着る必要がない。
S1コースに沿って浮かぶ広告パネルにエースの顔がアップで映った。見慣れた自社クロノスのCM。何度見てもかっこいい。
まもなく開幕だ。
『無敗の貴公子』引退の最後のレース。
そして、『銀河一の操縦士』デビューの最初のレース。
昨晩は緊張したのかよく眠れなかった。
でも、眠気はまるでない。
これから予選。午後から決勝だ。
少し離れたチーム・スチュワートのピット艇の甲板に、白いS1機ハールがガレージから出てきたのが見えた。
スポンサーのステッカーが本体を埋め尽くすように張られている。噂では聞いていたけれど本物の機体を見るのは初めてだ。燃費の良さだけが取り柄の安っぽい機体。そこにメガマンモスの高馬力エンジンを積んでいるという。
パイロットは見えないけれど、レイターが操縦しているのだろう。
小さくため息が出た。
営業時代は一緒にハールと戦ってくれたのに。どうして、そんなライバル会社の船に乗るのだろうあの人は。
本当は、銀河一の操縦士のデビュー戦を応援したい。
けれど、きょうは敵だ。
予選は、ナセノミラのコースを一周飛ばしたラップで決まる。三十機のうち二十位までが決勝に進出できる。
エースが乗るプラッタの準備が完了した。
スタート地点はレースを指揮するコントロールタワーと観客席の二つの小型宇宙ステーションの間だ。白いスタートラインが映し出される。
コースを一周飛んで、同じ場所でゴールとなる。
無敗の貴公子が予選落ちしたことはない。
それでも、何が起こるかわからないのがレースだ。宇宙塵が衝突するかも知れないのだ。この予選がエースの最後の飛ばしになったら大ごとだ。
指令基地となるピット艇のガレージにはずらりとモニターが並んでいる。
メインモニターにエースのオレンジ色の機体が映った。監督やジョン先輩、チームのスタッフと一緒に見守る。
わたしの心配は全くの無用だった。
すごい。さすが無敗の貴公子だ。予選一本目でナセノミラの最速記録を叩き出し、コースレコードを更新した。一分四十七秒。
人差し指を立てる一番のポーズ。
このポーズもきょうで見納めなのだ。目に焼き付ける。
エースの技能にクロノスの技術。無敗の貴公子が無敗なのは必然だ。
予選は二回飛んで、速いタイムを選択することができる。
けれど、メロン監督の判断で二本目は飛ばないことにした。予選落ちはありえない。事故を起こしたりマシントラブルを避けるためだ。
そして、レイターのハールがスタート位置についた。
正式にあの人がS1で飛ばすのは初めてだ。
銀河一の操縦士のすごい飛ばしが見たい。
いや、ポールポジションは渡したくない。期待と不安が入り混じる。
クロノスのピットでは、全員がモニターを凝視していた。
予選を終えたエースも帰ってきて、モニターの真ん前に陣取った。
レイターのハールがスタートした。
ライブ映像を見ながらエースがつぶやく。
「ライン取りは流石だね。僕とほとんど変わらない。いいところを攻めている」
コースに張り巡らされた柵に触れると、船の推力が落ちてしまう。
ハールは、コーナーガードのギリギリをきれいに旋回していく。
でも、タイムは伸びなかった。二分二秒だった。
ジョン先輩が悔しそうに言った。
「船が良くないよ。特に直線。全然、エンジンのメガマンモスの馬力を生かせてない。もっとレイターなら飛ばせるはずだ」
わたしも含め、その場にいた全員が、同じことを思ったと思う。
それをエースのいる前で口に出せてしまうところが、ジョン先輩の凄いところだ。エースが苦笑している。
レイターは十八位だった。
レイターもエース同様に、二本目は飛ばないという。
クロノスのピット内には、ほっとした空気が流れた。ライバルは一人でも少ない方がいい。
その直後、ピット内は一気に緊張した。
ギーラル社のオクダが、エースの記録にあとコンマ五秒というタイムを出したのだ。調子がいいオクダは二本目を飛ぶという。ポールポジションを狙ってきた。
オクダにとってライバルのエースと戦う最後のチャンスだ。気合が入っている。
そして、オクダの二本目がスタートした。
速い。
クロノスのピット内では、誰も一言も発さずモニターを見つめる。
オクダが操縦するマウグルアは小惑星帯を超え、最終コーナーに入った。ここまでエースのラップとほとんど変わらない。
ゴールラインを超える。
一分四十七秒。エースと並んだ。
けれど、コンマゼロ二秒、エースが速かった。
わたしはふぅっ、と安堵の息を吐いた。
無敗の貴公子は、最後の戦いでもポールポジションを死守した。
予選の三位と四位はべヘム社の兄弟レーサーが並んで取った。
レイターは、一つ順位を下げて十九位。ギリギリで予選を通過した。後ろから二機目だった。
* *
オーナーのスチュワートは腕を組んで自前のピット艇で予選を見ていた。
第一パイロットのコルバは安定と信頼の六位だった。
第二パイロットのレイターの順位は十九位。
俺は、チーフメカニックのアラン・ガランに声をかけた。
「予選落ちするんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ」
「機体にできるだけ負荷をかけたくないのでゆっくり飛ばさせました。燃焼リスクを抑えるため、強度の貯金をしておきたいので」
「ハールが燃える可能性は消えてないのか?」
「すべてのリスクは排除できません。シート周りの不燃性は高めてあります。それにしても、レイターは流石ですよ」
予選を終えたレイターの奴はハールの中で眠っている。昨晩も延々と調整を続けていた。睡眠不足をこんなところで補ってやがる。
大した度胸だ。
「メガマンモスのエンジンを八十九パーセントに抑えるように指示したら、ピタリとその数値で飛びました」
「九十三までいけるんじゃなかったのか?」
「アベレージは九十以下でないと燃焼リスクが高いんです」
「それでは、エースに勝てないんだろ?」
答える代わりにアラン・ガランは目を閉じた。
答えに困った時のアラン・ガランの癖だ。俺の目を見られないらしい。
まあいい、これからの決勝でチーム・スチュワートの楽しい見世物を観客の皆さんに喜んでもらえれば。
* *
まもなく決勝が始まる。
ティリーはもやもやする気持ちがおさまらなかった。
『銀河一の操縦士』にS1で飛んでほしいと、ずっと思っていた。『無敗の貴公子』と対戦してほしいと。
でも、予選で見たハールは苦しそうだった。
十九位。
こんな形は想定していなかった。今のままではエースとの先頭争いに加われる気がしない。
船の性能も含めてS1なのだ。
それは、レイターだってわかっている。
どうしてハールなんて船にしたんだろう。同じギーラル社の船なら速いマウグルアだってあるのに。
わたしはかぶりを振って気持ちを切り替えた。
忘れてはいけない。わたしの仕事はポールポジションのエースがこのままゴールすることだ。
控え室で待機しているエースにミネラルウォーターを持っていく。いつものルーティンだ。
「お水をお持ちしました」
「ありがとう」
エースは集中している。
「頑張ってください」
「ああ、僕は勝つよ」
エースが笑顔を見せてボトルの封をあけた。異物混入を避けるためエースが自分であけることになっている。
エースからライムの香りがする。
胸が勝手にバクバクと音を立てた。
「ティリーは、僕とレイターのどっちに勝って欲しい?」
先週二人でテストコースを飛んだ日のことが頭に浮かぶ。
エースの集中を邪魔してはいけない。わたしは静かに控え室を出た。
このレースが終わったら『無敗の貴公子』はいなくなり、エース・ギリアムだけが残る。
その事実をまだ、わたしは受け止め切れていない。
*
五年前、たまたま見たテレビの情報番組に、話題の人としてエースが出演していた。
『無敗の貴公子』を一目見てカッコいいと思った。紳士的なふるまいと美形なルックスが、わたしの好みにヒットした。
その週末、スポーツチャンネルでS1のレースを初めて見てみた。
宇宙船が競って飛ぶ。その迫力に圧倒され、美しさに感動した。エースの操縦はわたしを魅了した。
アンタレス人はもともと数字に強い民族で、工学的なものがすんなり入ってくる。S1機の飛行性能をすぐに覚えた。
気づけば推し活にのめりこんでいた。無敗の貴公子のレース映像を集めて、写真集を買って、グッズを買って、宇宙船雑誌を定期購読して、経済的な新聞記事も読んだ。推しを通じて世界が広がっていく。
携帯通信機の待ち受け画面はもちろんエース。
友だちと好きなアイドルの話をする時にはエースの話。
ビジュアルがいいから、自分としては違和感がなかった。
*
その頃わたしは、学校のテニスクラブに所属していた。
男子部キャプテンのアンドレは、宇宙船レースが好きだった。
クラブ活動が終わると趣味のレース話で盛り上がった。毎日楽しかった。
その彼から「つきあって欲しい」と告白された。
アンドレと話すのは楽しい。断る理由がなかった。
公認のカップルとなったわたしたちは、テニスをして学校帰りにファストフードでレースの話をする。
共通の趣味は話題に事欠かない。何の不満もない日常。
「すごかったね、昨日のエース」
「オクダも惜しかったな。ギーラルの機体があと半周持ったら結果はわからなかったんじゃないかい」
「ありえないわ! 無敗の貴公子が負けるわけないじゃない」
一度だけ、彼に冗談っぽく聞かれた。
「ティリーは、僕とエースのどっちが好きかい?」
「何、バカなこと言ってるのよ」
と答えながら、わたしは気が付いた。自分がエースを思い浮かべたことに。『無敗の貴公子』はわたしの生きる糧だ。
グッズを買うために何時間でも並ぶエネルギー。そういう湧き上がる熱が、現実の恋愛にはなかった。不満はないのに満たされない。
そして、エースを追いかけた冗談のような就職活動が実を結び、わたしはクロノスに入社して故郷を離れた。
遠距離によって、彼氏のアンドレとの仲が自然消滅したのは仕方のないことだった。
もし、わたしがクロノスに就職せず、故郷でアンドレと一緒に今日のレースを観ていたら。
無敗の貴公子が遠い世界の推しのままだったら。
エースロスはつらいけれど、「卒業おめでとう」とエースに感謝するのだろう。わたしの人生を彩り、潤してくれてありがとうと。
「卒業おめでとう」
現実はそんな単純な話ではなくなっている。
憧れの推しはこのドアを一枚隔てた向こうにいる。
きょうのレースの後、わたしとエースの関係は間違いなく変わる。
エースから漂うライムの香りがわたしの心を揺らす。
*
クロノスのピットにズラリと並ぶモニターを見つめた。
ポールポジションに着いたエースの機体がメインモニターに映っている。S1の番組が流れていた。実況の若い男性アナウンサーと解説のS1ジャーナリスト。いつものコンビだ。
『今日は、歴史的な一戦ですね。無敗の貴公子が連勝を維持したまま引退という伝説を作るのか』
『そうだね、でも、予選ではギーラルのオクダも気合が入っていたね。コンマゼロ二秒差だ。レースは最後までわからないよ』
『さあ、全機スターティンググリッドに着きました。まもなくスタートです』
ホームストレートに二十機のS1機が縦に二列に並んだ。
先頭はエースのプラッタ。
すぐ斜め後ろにオクダのマウグルア。
後方のレイターのハールは、第一カメラには映っていない。
各機のエンジンが始動し、噴射口が白く光る。
赤いスタートシグナルが消えた。
白い軌跡を描きながら、船が一斉にスタートした。
『立ち上がり、接触もありません。トップのエース、好スタートを切りました。そのすぐ後ろにオクダ。ぴったりとくっついています』
エースの出だしはいい。このまま逃げ切ってほしいけれど、今にも噛みつきそうにオクダが迫っている。
二機はぶつかりそうになりながら小惑星帯を抜ける。一周、およそ二分のコースを三十周。
『最初からデッドヒートです。一周目、先頭の二機はかなりいいラップタイムです』
実況も熱が入っている。
序盤の三周目あたりから、集団が少しずつばらけ始めた。
エースはもちろんトップでオクダとともにメインモニターに映っている。
先頭集団、第二集団、…最後尾集団。
気がつくと最後尾のモニターに目がいっていた。四機が集団を作っている。
レイターの白いハールが映っている。現在も後ろから二番目の十九位。
一切無理をしない。まるで教習所のお手本のような操縦だ。
追い越しもかけない。
いつもアステロイドベルトで飛ばしているレイターの迫力ある操縦とは、まるで違う。
レイターが乗っているハールは耐久性が低い。
だから、丁寧に扱っている、ということはわかるのだけれど。
これが、銀河一の操縦士がS1でやりたかったことなのだろうか?
わたしは期待している。
レイターが衆人環視の中で、全知全能の飛ばしを見せることを。
白魔とのバトルで感じた『あの感覚』、時間が止まる真っ白な別次元の世界。
レイターの操縦は銀河の財産なのだ。それを、わたしだけじゃなく世界中の人に共有してほしいのに。
*
大きな展開のないまま、レースは三分の一を過ぎ、十周目に入った。
トップのエースを、二位のオクダがぴったりとマークしている。
ここで、エースがエネルギーチャージのためピット艇に戻ってきた。
甲板に宇宙服を着たピットクルーが飛び出していく。
続いてオクダが隣のギーラルの船にピットインした。
後続集団も次々と給油に入る。
実況アナウンサーのあわてた声が聞こえた。
『おっと、チーム・スチュワートの第二レーサー、レイター・フェニックスはピットに入りませんね。ミスでしょうか?』
後続のモニターを見る。
レイターのハールが、スチュワートのピット艇を通り過ぎていた。
ピットインのミス?
そういえば、レイターがピットインしたところは見たことがない。
飛ばし屋にピットはないし、前に替え玉出場したS1プライムも、きのうの予選もピット艇は使わなかった。
ピットイン、ピットアウトは甲板へ着艦する技術が必要だ。
大丈夫だろうか。コース途中でガス欠なんて恥ずかしい。
レイター以外、全機がピットに入った。
ハールのスピードが上がったように見えた。
エースの給油が終わり、機体がピット艇の甲板から飛び出す。
レイターが、ホームストレートへ入ってきた。
そこへ、エースが、ピットレーンからコースへ戻る。
レイターのハールが先行した。
実況の声がはずんだ。
『面白いことになりました。無敗の貴公子の前に新人レーサーが出ました。チーム・スチュワートの第二レーサー、レイター・フェニックス。今回が初めてのレースです。給油までの一周とはいえ、エースの引退レースでエースの前に初めて船が出ました。さて、燃料は持つのでしょうか』
解説者が応じる。
『まあ、ハールは燃費がいいから大丈夫と踏んだんだろうね。無敗の貴公子の前に出る、という気概がいいよ。さすが奇策のスチュワートだね』
確かに、エースの前を船が飛ぶことは、めったにない。
エースは予選でポールポジションを取って、そのままキープすることがほとんどだ。
レイターの飛ばしは一気に注目を集めた。
でも、銀河一の操縦士のやりたいことはそれなの? 同じ疑問と違和感が何度も湧き上がる。この状況をレイターは喜んでいるのだろうか。
あの人のことだからエースの前を飛ぶことを楽しんでいるのかもしれないけれど、何かが違う。
後ろからメロン監督が指示を出した。
「レイターのラップをきちんと計測しろ」
* *
アーサーとカルロスのステルス戦闘機が、ナセノミラのS1コース近くに到着した。
アーサー隊長は何をお考えなのだろうか?
僕は隊長機と並び、S1コースとなっている小惑星帯付近に停船させた。
「全方位最大で探知無効化せよ」
アーサー隊長から指示が入る。
「了解しました」
ステルス機能を最大限に高める。
敵にも味方にも探知されないようにする。
隊長との連絡も、音声回路以外は遮断した。隊長機もうっすら目視でしか確認できない。
ちょうどこの小惑星帯あたりは、観覧ステーションがなく一般船の入場も規制されている。
こんなところに連邦軍の戦闘機がいると知られたら、面倒なことになる。
「隊長、今回の任務はどのようなものでしょうか?」
「レイターを応援してやろうと思っている。S1は子どもの頃からあいつの夢だったからな」
「……」
いつものように「冗談だ」とおっしゃるのだろうと構えていたが、会話はそこで終わった。
そして、隊長機からS1レースの実況音声が共有された。
『おっと、チーム・スチュワートの第二レーサー、レイター・フェニックスはピットに入りませんね。ミスでしょうか?』
レイターさんは十周目のエネルギーチャージに入らなかったようだ。
さっきまで最後尾の集団にいたのに、現在エース・ギリアムを抜いてトップだ。
一機だけ、集団から離れて飛んでいる。
まもなくレイターさんがこの小惑星帯を通過する。
「来たぞ」
隊長の声にレイターさんが来たのか、と思った時だった。
目視で確認した。
アリオロンのステルス型戦闘機だ。
どうしてこんなところに?
考えている余裕はない。
アーサー隊長が先手を取ってレーザー弾を発射した。
三機いる。
敵も味方も目視のみの空中戦だ。
実戦は久しぶりだ。
しかも、前線でもない一般星系でステルス戦とは。
敵機は僕たちの出現に驚いたようだ。あっという間に引き上げた。
レースの実況音声が聞こえる。
『トップのレイター・フェニックスが小惑星帯を抜けました。それを無敗の貴公子が追いかけます』
我々が待機する近くを、エース・ギリアムのS1機が通りすぎていく。その後ろに三位、四位の先頭集団が続く。
「アーサー隊長、今の敵機は何ですか?」
隊長から返答が来た。
「カルロス、暗殺協定を知っているな」
「はい」
レイターさんと、アリオロンの工作員ライロット・アルカービレ中佐の間で結ばれている紳士協定。
二人が殺し合っても構わないという内容だ。それが今、発動しているということか。
「協定では、一般人を巻き込まないことになっている。だから、ライロットは観覧ステーションが設置されていないこの小惑星帯で、レイターが単独で飛んでいるところを狙うはずだ」
敵はエース・ギリアムら後続機が来たから引いたと。
「レイターは給油時間を他機とずらしたから、一機で飛ぶ時間ができた。そこをライロットは狙ってくる。次は二分後だ」
レイターさんはサーキットを一周回って再びこの小惑星帯のコースを飛ぶ。二分に一回のアタック。それを目視で防ぐということだ。
「我々がいると知って、次は遠方から、ステルスレーザー弾の砲撃を組み入れてくるだろう。カルロスはその無力化を頼む」
「承知しました」
ステルスレーザー弾は透明弾で厄介だ。レーダーがどれだけ軌跡を拾うかも不明。だが、敵の目標物がレイターさんだとわかっていれば、三次元バリアで防御できる。
「もう一つ伝えておく。レイターの乗っているハールは、ボリデン合金でできている」
「な、何ですって?」
僕は驚いた。
不覚にもそんな素材の船が存在することを知らなかった。紙か木でできているようなものだ。
「命中しなくても、レーザー弾が近くを通ればダークマターの歪みを受けて一気に炎上する」
なんて船に乗っているんだ、あの人は。
* *
『さあ、無敗の貴公子の前でトップを飛ばしてきたスチュワートですが、ここで給油に入りエースにトップをゆずり・・・』
クロノスのピットに流れていた実況の声が一瞬止まった。
『ピットに入りません。スチュワートはどうしたんでしょうか? 新人レーサーがうまくピットインできないんでしょうか?』
ティリーは第一カメラのモニターを見ながらどきどきした。銀河一の操縦士は一体何をやってるのか。
解説者がのんびり答えた。
『どうだろうね、何と言っても初レースだからなあ』
隣にいたジョン先輩がモニターに向かって文句をつけた。
「レイターがピットインできない訳ないじゃないか。彼は銀河一の操縦士、戦闘機乗りだよ。磁場宙域で空母に着艦してたんだから」
解説者が続けた。
『もしかすると、タイムの更新を狙っている可能性があるね。彼のこの一周のラップはすごい。エースが追いつけないでいる』
『どういうことですか?』
『燃料が少なくて機体が軽いから、いいタイムが出ているんだよ。次の一周、燃料さえ持てば六位入賞も見えてくる。万年六位のスチュワートとしては二機同時入賞を狙っているのかもしれないね』
「どうだ、レイターのタイムは?」
メロン監督がタイムキーパーに聞いた。
「は、速いです。一分四十七。エースのコースレコードと並びました。特に直線が伸びています」
こんなところで、銀河一の操縦士が仕掛けてきた。
「レイターめ、コースレコードを更新してくるな」
メロン監督の表情が険しい。
「ただ、給油に入れば順位を下げますので問題はありません。それより、エースの後ろにぴったり付いているオクダの方が心配です」
トップをレイター、少し離れて二位がエース。
そのすぐ後ろにギーラルのオクダが迫っていた。オクダはかなり強引なプレッシャーをエースにかけている。
オクダにとってもこれがエースとの最後の対戦なのだ。負けたまま終わるわけにはいかない。
レイターの速度がさらに上がる。
一人で飛んでいるから、駆け引きなし。追い越しの争いも接触もない。
危険暴走行為も取られない。操縦技術だけが冴えわたる。
『すごいタイムです。スチュワートの第二パイロット、レイター・フェニックスがナセノミラの最高ラップを叩きだしています。午前中に予選でエースが打ち出したコースレコードを更新しました』
『この船、機体が軽いハールに高馬力なメガマンモスのエンジンを積んでいる、という情報が入ってきたよ。扱いにくいが飛ばしには最適だ。奇策のスチュワートは考えることが違うな』
解説者が面白がっている。
『無敗の貴公子』のタイムを超えるとは、さすが『銀河一の操縦士』だ。直線の加速がすごい。メガマンモスが本領を発揮する。
情報ネットワークの投稿が騒がしくなってきた。メガマンモスのファンは歓喜し、エースのファンは怒っている。
「エースは強いけど速くねぇ」というレイターの言葉を思い出す。
自分の方がエースより速いということをわたしの前で、いや、全世界の前で体現している。
レイターはエースを少しずつ引き離して、トップを独走している。でも、今だけだ。エネルギーチャージでピットに入れば順位は下がる。
「どこまで粘るつもりだ」
メロン監督がつぶやいた。
いつもはエースを映しているライブ中継の第一カメラが、レイターのハールをとらえている。
『レイター・フェニックスはエネルギーチャージしないまま十三周目を終えました。まだ、ピットに入りません』
クロノスのピット内の緊張が少しずつ高まる。
「まさか。このまま十五周までいくつもりか。レイターのタイムを再度確認し計算しなおせ」
メロン監督の指示でピット内が一気に騒がしくなった。
S1では二回の給油が常識だ。それが一回で済むなら給油にかかる十秒をカットできる。
技術担当のジョン先輩が感心している。
「燃費のハールはすごいなぁ。給油一回で三十周飛ぶつもりだ。さすがだよ風の設計士団は」
敵をほめている場合じゃない。
解説者も気がついた。
『いやあ、すごいね。給油一回か。スチュワートは相変わらず面白いものを見せてくれる。しかも、この速さはすごい。操縦技術が確かだ。奇をてらうだけじゃない、歴史に残る飛ばしだ』
メロン監督が計算チームに聞く。
「どうだ?」
「大丈夫です。レイターが一回給油に入れば、エースはトップに立ちます」
「二十周目でエースが二回目の給油に入った後はどうなる?」
「給油しないレイターは順位を上げますが、それでもエースには追いつけません」
「よし、気を抜くな。レイターとスチュワートはどんな手を仕掛けてくるかわからん」
* *
『いやあ、すごいね。給油一回か。チームスチュワートは相変わらず面白いものを見せてくれる』
番組の解説を聞きながらスチュワートは満足していた。
エースの引退試合に、これだけ絡めれば上出来だ。さすが、銀河一の操縦士。十分楽しめた。
第一段階はクリアだ。
レイターが、エネルギーチャージを一回に抑えるという奇策を思いついた。給油にかかる時間を半減できる。
その上、ピットインのタイミングが変わることで、他機との接触を避けられる。
一石二鳥だ。
ボリデン合金は火花が飛んだりしたら、燃えてしまうからな。
ただ、いくらハールの燃費がいいといっても簡単ではない。メガマンモスのエンジンは、燃料をバカ食いするのだ。
そこで、アラン・ガランが考えた調整弁を、オットーが計算して実装した。
『この速さはすごい。操縦技術が確かだ。奇をてらうだけじゃない、歴史に残る飛ばしだ』
レイターの奴、爆速だな。エースの記録を抜いてコースレコードを出している。
面白さと同時に不安がよぎる。アラン・ガランに聞いた。
「想定より速すぎないか? エンジンのパワーを上げてエースより速く飛んだら燃えるんじゃなかったのか?」
「大丈夫です。エンジン出力のアベレージは九十パーセント以下のままです」
「どういうことだ?」
「飛ばしが進化しています」
「進化?」
「直線のメガマンモスのパワーが注目を集めていますが、出力の低い小惑星帯の速度が、じりじりと上がっているんです。扱いにくい直線番長の暴れ馬を、レイターは今この本番で調教しています。技術的な課題を、パワーではなく操縦のテクニックで凌駕している」
「ほう」
「文句なしに銀河一の操縦士です」
* *
あと、何周だ?
ステルス機の中で将軍家秘書官のカルロスは息を切らしていた。敵がどこから来るかわからないステルス戦は、神経をすり減らす。
敵が遠方から撃ってくるレーザー弾の針路を読んで三次元バリアで防御する。ここまで何とか防いだ。
アーサー隊長が、一機、撃墜した。敵機は残り二機。
十五周目か。二分に一回のアタックも次で最後だな。
まもなくレイターさんが小惑星帯にさしかかる。
敵機襲来。
僕を狙って撃ってきた。目視で確認。よける。アーサー隊長が敵を攻撃する。
同時に来た! ステルス遠距離弾。レイターさんが標的だ。
三次元バリアを展開する。
まずい。
レイターさんの飛ばす速度が速すぎる。軌道がずれた。
防御網に隙間が発生する。カバーできるか?
バリアの端が、何とか敵のレーザー弾を引っかけた。レイターさんへの直撃の弾道は逸らした。
だが、このままではハールに衝撃波が及ぶ。ボリデン合金が一気に炎上するレベルだ。どうする? ここからでは打つ手がない。
* *
小惑星帯に入る。さすがに十五周目ともなるとエネルギーもギリギリだな。
レイターは次の展開を考えながらハールを操縦していた。
この後、ピットインして給油する。順位は半分ぐらいまで下がる。その前に小惑星帯でどこまでタイムを稼げるかが勝負だ。
手のかかる暴れ馬も、ようやく俺の言うことを聞くようになってきた。小惑星ギリギリの最短ラインをかすめるように飛ぶ。
その時だ。違和感を感じた。
レーダーは反応してないが、俺の直感。
何かが来る。
迫ってくる感覚と逆方向に操縦桿を切る。
遠くの星の位置が歪んで見えた。ステルスレーザー弾か。
まずい。
衝撃波を受けるだけでハールは燃える。
こいつはアリオロンのレーザー弾だ。
ダークマターの歪みパターンを思い出せ。
ガキん頃、ドッジボールだって言いながら戦闘機でよけてただろが。最小の近似値はいくつだ?
「72ミリラジアン」
なぜかアーサーの声が、無線に割り込んできた。
あいつのナビを受けて、昔みたいに身体が勝手に動く。
ハールは戦闘機じゃねぇが加速は戦闘機並だ。
レースの最短コースから外へ出て小惑星の影に入る。衝撃波が押し寄せてきた。ミシミシと機体が安定しねぇ。メガマンモスをふかして一気に距離を取る。
波の威力がおさまる。発火はしてねぇ。
ふぅ。何とかしのいだ。
アリオロンの遠距離ステルスレーザー弾。
間違いなく俺を狙っていた。
アーサーの近似値計算がなかったら、この機体は炎上してたな。
忘れてたぜ。俺の知らねぇところで暗殺協定が発動してたのか。
薄ら笑いを浮かべたライロットの野郎の顔がちらつく。俺が一人で飛んでいるところを狙いにきやがったな。
それをあいつが防いでくれている。ここまでライロットが何発撃ったか知らねぇが恩に着るぜ。
戦闘機を飛ばしていたころ「銀河一の操縦士になってS1で優勝する」って俺はあいつに何回言っただろう。
将軍家を継ぐことしか未来がなかったあいつは、うらやましそうに俺を見てた。
きょうがその舞台だ。アーサー、素直に礼を言うぜ。
* *
『どうしたんでしょうか? 快調に飛ばしていたレイター・フェニックスですが小惑星帯でコースを少し外れましたね。そのまま直線コースに入り十五周目で給油のためピットインしました』
『相変わらずスチュワートは面白いね。給油一回とは恐れ入った。あそこのチーフメカニックのアラン・ガランは風の設計士団のリーダーを務めていたからね、いやぁ、流石だよ』
ハールがピット艇の甲板に美しく着艦する。クルーが給油作業に入る。
アラン・ガランが急いでレイターに聞いた。
「どうした? 何があった?」
「一瞬、あの場のダークマターが歪んだんだ。飛行に影響はねぇ。何秒ロスした?」
「一・五秒だ。ここからしばらくは我慢だぞ」
「ああ、わかってる」
ハールがコースへ戻る。
チームオーナーのスチュワートはモニターに映るタイムを見た。
エネルギーチャージにかかった時間は九秒九七。まあまあだな。
レイターの順位はトップからどこまで下がった?
十位か。
スタート時の十九位から考えるとようやく半分来た。
ハールは液体燃料が満タンになり、さっきのような軽い飛ばしはできない。レイターは他機にぶつけられないように、じっとこらえて操縦している。
トップを飛ばすエースとオクダは、接触ギリギリの死闘を繰り広げていた。
さあ、次の展開は二十周目だ。彼らが次の給油に入ったところがチャンスだ。
「すごいですよ」
助手のオットーがモニターを見ながら感心した声をあげた。
「どうした?」
「計算値よりハールに負荷がかかっていない。どうしてこんな飛ばしができるんだろう? レイターさんってきのうの練習飛行で、初めて、ここのコース飛んだんですよね」
俺は言った。
「あいつはシミュレーターで何度もコースを飛ばして研究してたからな」
アラン・ガランが俺の発言をさえぎった。
「いや、これはシミュレーターでは出てきません。実際に飛ばし込んで見つける肌感覚の領域です」
「肌感覚?」
アラン・ガランは面白い表現をする。
* *
ピットの会話はレイターにも聞こえていた。肌感覚か。懐かしいことを思い出す。
誰にも言ってねぇが、ここナセノミラのコースは昔、無免許で飛ばしたことがある。
俺は十歳だった。
俺の師匠で元S1レーサーのカーペンターが隣に乗っていた。
あの頃とコースは変わってねぇ。
銀河一の操縦士になってS1で総合優勝する、ってのが俺の夢だった。
ダグは、俺の夢を叶える気は一ミリもなかったくせに、俺のためにS1コースを借り切って無免許操縦させた。
俺がやりたいって言えば、何でもやらせてくれた。
あの経験がこんなところで生きるとはな。
カーペンターは俺の飛ばしにさんざん文句をつけた。
「違う、そうじゃない」
「どう違うんだよ?」
「模範操縦してやるから、俺が何を聞いて操縦してるかちゃんと見ろ」
「はあ? 聞くのかよ? 見るのかよ?」
あの頃の俺は意味がわからなかった。
だが、今の俺はわかる。
口下手な師匠が話していたことの意味が。
見えるよ、カーペンター。あんたの体内の細胞が振動する感じが。脳内に浮かぶ『超速』の操縦の再現。俺の身体が機体と共鳴していく。
聞こえるよ、音を身体中がとらえている。
エンジンの回転、コーナーへの対処。
すげぇ的確なアドバイスだ。飛ばしのイメージが鮮明になる。
おかげで、ハールのもろい機体に負荷をかけねぇで済む。
流石、師匠だ。
「銀河一の操縦士になりたかったら、ここから出ろ」
あんたの最期の言葉、俺はちゃんと受け止めたぜ。
カーペンター、天国で見てるか?
あんたの弟子がS1で優勝する。それが、あんたの夢だったろ。
* *
スチュワートはピット艇でじっとモニターを見つめた。
さあ、二十周目、第二段階に突入したぞ。無意識のうちに手をきつく握りしめていた。
現在、俺のチームはコルバが六位、レイターが九位。こんなに興奮するレースは久しぶりだ。
トップのエースが、二回目の給油のためピットに入った。
続いてオクダ。
先頭集団が、次々とピットインする。
レイターは給油をしない。
ここで、どこまで先へ進めるか。先頭集団とは十秒以上あいているからトップには立てない。
エースがコースに戻った。
給油時間が、九秒0五。さすがクロノスは速い。あと少しで八秒台だ。
給油組が次々とコースに戻る。
ギーラルのオクダが二位、続いてべヘム兄弟の兄が三位でコースに出る。
べヘムの弟は四位でピットに入った。
うちのコルバも戻ってきた。
レイターはコルバを抜いて、まもなくホームストレートにさしかかる。
ここで、四位に入りたい。べヘム弟の前になんとか滑り込みたい。
ここは肝だ。
兄と弟の間に入れれば、『兄弟ウォール』の威力が半減できる。
壁を完成させたらだめだ。
あいつらはすぐにぶつけてくる。ボリデン合金のハールに衝突はご法度だ。
後ろからぶつけてくるのは前に逃げられるが、前方から押さえ込まれると、前を飛ばす船との差が開いてしまう。
どうだ? モニターに映る数値を見つめる。
「やった!」
計算担当のオットーが、ガッツポーズをした。
ピットに到着したべヘム弟とレイターとの差は、八秒。給油で九秒を切ることは無い。
よし、『兄弟ウォール』を阻止できる。
これでレイターは四位だ。
レイターのハールが、ホームストレートに入った。
と、ピットロードから合流する船がきた。
バカな。べヘム弟だ。あり得ない。
弟は六秒でピットから飛び出した。こんなに早く出てこられるわけがない。
エネルギーを半分しか充填しなかったのか。
完走する気がないということだ。
レイターを妨害するためだけに弟は飛び出した。
レイターは新人レーサーだ。そこまでする必要があるのか? 異様な執念のようなものを感じる。
べヘムの兄弟レーサーは、ジュニアクラスの頃は丁寧な飛ばしだった。
だが、プロになった途端、飛ばしのテイストが変わった。危険飛行もいとわない。兄弟のどちらかが失格になっても、どちらかを表彰台に立たせる。
べヘムの『兄弟ウォール』がレイターの前に完成した。
「何てこった」
オットーが肩を落とす。
アラン・ガランは無言のまま目を閉じた。
兄のアルファールが先行しているきょうは、弟のベータールが壁を作るのだろう。
こいつは面倒くさい展開だ。
* *
べヘム兄弟のベータールは、前を飛ばす兄のアルファールに通信を入れた。
「アルファール兄さん、こいつだね」
「ああ、ベータール。間違いない。彼が『裏将軍』だ。僕らは負けるわけにはいかない」
「わかってるよ。僕が『裏将軍』をブロックする。兄さんは先へ行って優勝を狙ってくれ」
ベータールは操縦桿を握りしめた。
裏将軍には負けない。
*
僕たちは三兄弟だった。
僕はその真ん中だ。兄さんはアルファール。弟はガンマール。両親は幼いころ事故で亡くなったが、莫大な遺産が残されていた。きちんとした後見人の弁護士に、僕たち三人は育てられた。
僕たち兄弟は仲が良かった。
三人で宇宙船レースのジュニアチームに入った。
一番下の弟ガンマールは兄弟の中で一番操縦が上手く負けず嫌いだった。兄である僕たちは年下のガンマールになかなか勝てなかった。
ガンマールは「S1レーサーになる」が口癖だった。
だが、競技レースの本番になると危険走行を取られてすぐに失格となった。
「あんなの全然危険じゃないじゃないか」
と、ガンマールはいつも怒っていた。
「お前は腕がいいから危険と感じないのかもしれないが、ルールで禁止されていることは守らないとだめさ」
「それじゃあ最速で飛べないよ」
兄である僕たちは、どんどんとランキングがあがり上のクラスへ転入した。だが、ガンマールのランキングは思ったように上がらなかった。
ガンマールは自分の速さにプライドを持っていた。
自分より遅いとバカにしていた選手にランキングを抜かれた日、ジュニアチームをやめると言いだした。
弟は一度言い出したら聞かない。
もったいないと思ったが、止めることはできなかった。
レースチームはやめたが、ガンマールは船を飛ばすことが好きだ。
十八になり免許を取ると公道で飛ばし始めた。
「兄さん、すごいんだぜ裏将軍は。飛ばし屋のギャラクシーフェニックスは負けなしなんだ。彼とバトルしたけど兄さんたちより絶対速いぜ。俺、尊敬しているんだ」
あいつは目を輝かせて僕たちに話しかけた。
意外だった。
船を操ることに対してプライドの高いガンマールが、飛ばし屋を崇拝するとは。
ちょうどその頃、兄である僕たち二人にプロへの誘いが来ていた。S3に乗らないかと。弟が法規違反の飛ばし屋というのは好ましい状況ではない。
アルファール兄さんが、困った顔をしていた。
僕は兄さんのいる前で、ガンマールにはっきりと伝えた。
「ガンマール、飛ばし屋を止めてくれないか」
弟は目を見開き、悲しそうな瞳で僕たちをじっと見た。
ガンマールは僕たちの状況をよくわかっていた。なぜ、僕がその言葉を口にしたのかも、理解していた。
プロのレーサーになることは、僕たち兄弟の幼いころからの夢だ。
「もう一度、お前も競技レースを始めないか」
優しい弟はうなだれながら言った。
「わかった。もうやめる」
それが、弟の最後の言葉だった。
その日、ガンマールは小惑星帯で単独事故を起こし、両親のもとへと旅立った。
高速で小惑星に激突した。
遺書は無かった。事故か自殺かわからなかった。
自暴自棄になって突っ込んだのか。
ショックで操縦を誤ったのか。
僕にとっては、どちらでもよかった。
僕が弟を殺したのだ。
船を飛ばすことはガンマールの生きがいだった。競技レースとは違う世界で飛ばすことに彼は人生の活路を見出していた。
ガンマールが「わかった。もうやめる」と口にした時、彼がどれほどの絶望を感じたのか。
兄である僕は、もっと思いを致すべきだった。
悲しげなガンマールの瞳が僕を責める。 まとめ読み版②へ続く
・第一話からの連載をまとめたマガジン
・イラスト集のマガジン
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」