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銀河フェニックス物語  【出会い編】第三十五話 わたしをバトルに連れてって (まとめ読み版)

第一話のスタート版
銀河フェニックス物語 総目次
第三十話「愛しい人のための船」 ・<裏将軍編>マガジン

 ティリーは、宇宙船レースの最高峰S1を観戦するためフェニックス号へやって来た。

 営業から役員室へ異動になってエース専務の担当になり、S1レース当日はサーキットで立ち会うことが増えた。
 もちろん生の現場は活気があっていいのだけれど、仕事を気にしないで『無敗の貴公子』エース・ギリアムを応援したい、という欲求がわたしの中でふくらんでいた。

 その日は、たまたま別の仕事と重なり、S1の出張にならなかった。
 というわけで、フェニックス号の4D映像システムでレースを堪能することにしたのだ。

 相変わらずレイターの部屋は散らかっていた。
 けど、宇宙空間が映しだされると気にならない。
 目の前には操縦席に座るエースのアップ。いつ来てもこの船のシステムは素晴らしい。

「キャー、エース、かっこいい! きょうもポールポジションよ!」

ティリーとベル トレス@2

 と興奮しながら手を振る。仕事だとこうやって騒ぐわけにいかない。

「うるさい!うるさい!うるさい!」
 横で首を振るレイターを見るのが楽しい。
「ったく、天下のS1が聞いてあきれるぜ。どいつもこいつも下手くそな奴ばっかりだ」

振り向きの3む

 昔は口の悪い人だと思っていたのだけれど、『銀河一の操縦士』からすると、プロのS1レーサーの操縦も、本気で下手に見えているのだろうな。

 レースがスタートした。
「エース、素敵すぎるわ。誰も追いつけない」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
 大はしゃぎで応援する。

 きょうもわたしの推し『無敗の貴公子』はトップでゴールした。
「おめでとう! エース、最高!」
 あと、何回こうやって応援できるのだろう。エースは今シーズンで引退する。そのことを考えるだけで、足元がぐらつきそうな感覚になる。

「あああぁ、スチュワート、何とかしろよ」
 レイターが応援しているチーム・スチュワートはきょうも六位だった。

「きょう、俺、連合会のバトルに出るんだけどさ、ティリーさんも行くかい?」
 久しぶりにバトルに誘われた。
 飛ばし屋のギャラクシー連合会が、新興勢力のホワイトブリザードと旗を賭けて一戦を交えるという。負けたら相手の傘下に入る、という真剣なバトルらしい。

 めちゃくちゃ気になる。
 SSショーの後、裏将軍時代のバトル動画をたくさん見た。レイターの操縦はすごい、を通り越して怖かった。
 旗を賭けた銀河一の操縦士はどんな飛ばしをするのだろう。見てみたい。

 けれど、冷静を装って応える。
「レイターは裏将軍をやめたんじゃなかったの? 普通の社会人なんでしょ」

「裏将軍ってんじゃなくて、連合会の一員としてさ」
「それってインチキじゃないの?」
「あん?」
「だって、連合会には裏将軍のほかにも裏将軍と同じくらい速いメンバーがいるみたいじゃない」

「御台の代打ちだから、ま、いいんじゃね」
 御台所のヘレンさん。連合会のナンバー2で裏将軍の正室。

n300ヘレンレース普通

 わたしの知らないレイターをたくさん知っていて、レイターと同じ世界で飛ばせる女性。「あたしのことは気にしなくていい」って本人に言われても気にせずにいられない。

「ヘレンがどうしても都合がつかなくて、悔しがってんだってさ。『白魔』とやりたかったって」
 きょうのバトルの相手は、ホワイトブリザードの大将『白魔』。
 その名前は、飛ばし屋の情報ネットで見たことがある。プロのレーシングチームから誘いがあったらしい。

「白魔ってそんなにすごいの?」
「そりゃ、飛ばし屋のナンバー1を決める戦いだぜ。バトル中に宇宙塵が当たるかも知れねぇし」
 レイターは冗談っぽく言ったけど、わたしには返す言葉がなかった。

 SSショーが開催されたネル星系で、『無敗の貴公子』のエースと『銀河一の操縦士』のレイターがわたしの目の前で非公式のバトルをした。

 大接戦だった。
 レースの終盤、宇宙塵がエースに当たるハプニングがありレイターが逃げ切った。技術の差ではなく、宇宙塵という偶然が勝敗を決めた。
 わたしはそれが許せなくて、バトルの無効を訴えた。

 浅はかだった、と今は思う。
 そんなことや役員室への異動が重なり、しばらくレイターと疎遠になっていたのだけれど、また、こうして普通に会話ができるのがうれしい。

「きょうはこいつで行くか」
 フェニックス号の格納庫でレイターはガレガレさんの船のボディーをなぜた。

n24レイター横顔前目見上げ整備カラー

 わたしはドキッとした。

 カミさんのための船。
 わたしのために買ったという噂のある小型船。

 レイターはガレガレさんの口コミサイトに、どういう意味で書き込んだのだろう
『愛しい人のための船』と。

 レイターがガレガレさんの船を念入りに調整しはじめた。
「この船で白魔に勝てるの?」

n12ティリー正面ポニーテールやや口

 わたしでも操縦できる初心者向けのガレガレさんの船。安全仕様をはずしたのは知っているけれど、バトルに適しているとは思えない。
「まあ、見てな。助手席へどうぞ」

 わたしは初めてガレガレさんの船の助手席に乗った。
 座り心地がいい。
 うちのクロノスの新型船『誰にでも優しいペルッタ』よりも断然いい。

 値段が高いけれど売れているのがわかる。

 バトル会場となるアステロイドのC3に到着すると、すでにギャラリーがたくさん集まっていた。

 通信モニターに紫の前髪の男性が映った。驚いた顔でわたしたちを見つめる。

アレグロ口を開く

「レイター、お前、きょうのバトル、助手席に人を乗せて飛ばすのか?」
「あん? アレグロ、そうだぜ」

 アレグロと呼ばれた人は、どうやらギャラクシー連合会の関係者のようだ。
 わたしが乗ると船が重くなって不利だ。「大事な一戦に、ふざけたことをするな」と怒り出すんじゃないだろうか。

「それは、よかった」
 意外なことにアレグロさんはほっとした顔を見せた。
「お前は裏将軍の頃、いつ死んでもいい様に人を乗せなかったからな。二人乗りだと俺は安心するよ」

 御台所のヘレンさんの話を思い出した

n300正面巣スーツ

「レイターは病んでた。あの頃、彼は死んだら彼女に会える、って滅茶苦茶な飛ばしをして、船に乗ったまま死にたがってた」

 裏将軍時代の恐ろしい飛ばしの動画が頭に浮かぶ。

 レイターは死に場所を求めて船を飛ばしていたのだ。
 フローラさんの後を追おうとして・・・。

tハイスクール編

 ちらりとレイターの表情を見る。

「あんた、いつの時代の話してんだ。じじくせぇな。俺はきょう、御台の代打ちなんだろ」
「恩に切るよ」
 いつもと変わらない様子にほっとする。

「ティリーさん、こいつがギャラクシー連合会の総長、アレグロ・ハサムさ」 
 総長さんとは意外だった。アレグロさんの話す様子は紳士的で、荒くれた飛ばし屋を率いるというイメージと違う。

「初めまして。ティリー・マイルドです」

n11ティリー ポニーテール微笑カラー

「アレグロです。ティリーさんのことは御台から話を聞いてます。きょうはよろしくお願いします」

 一瞬、焦った。ヘレンさんはアレグロさんにどんな話をしたのだろうか。気になる。

 アレグロさんがレイターに言った。
「白魔は御台と対戦できないことに激昂している。今日は白魔の希望で大将戦のみだ」
「そりゃ負けられねぇな。御台に怒られちまう」

n1@5ウインク

 大将戦のみということは、レイターが白魔に負けたらギャラクシー連合会の旗が取られて、ホワイトブリザードの傘下に入るということだ。

 レイターが負けることはないと思うけれど、レースは何が起こるかわからない。宇宙塵が当たることだってあるのだ。

 白魔の船は一目でわかった。

 真っ白なマウグルア。ライバル社ギーラルの小型機だ。
「噂は本当だな。白魔の船、よく手入れされてる。相当な使い手と見た」
 レイターは目を細めた。速い相手と対戦できるのがうれしくて仕方ないと言った表情だ。

 スタート地点に着く。白魔のマウグルアが隣に並んだ。

 白魔が通信を入れてきた。モニターに顔が映る。
 名前の通り白い。肌も、髪も、服も。前髪に入った一筋の赤いメッシュだけが際立っている。

白魔む

 わたしと同じ年ぐらいだろうか。まだ、若い。

 透けるような白い肌を真っ赤にして怒っていた。
「オレは御台所とバトりたかったんだ。御台所め逃げたな。オレと対戦しなかったことを後悔させてやる」 

 レイターがわたしに顔を寄せて小さな声で言った。
「御台は大人気だな。今や飛ばし屋ナンバーワンだもんな」

 白魔がわたしたちを見て、さらに怒りを募らせた。
「助手席に女を乗せて飛ぶ気か! オレを、オレをなめてるのか」

「そう怒るなよ。俺は人を乗せて飛ぶのが好きなんだ」
 わたしの頭にレイターが軽く手を置いた。温もりが伝わる。

n39横目 @3頭に手

 胸の鼓動がトクンと音を立てた。

「今から負けた時の言い訳かよ」
「あんたの言い訳はバトルの後で聞いてやるぜ」

 小惑星帯を突っ切って、またこの場所へ戻ってくる周回コース。

 スタートのカウントダウンが始まった。久しぶりのバトルだ。
 少しの緊張を期待が上回る。ジェットコースターがカタカタと動き出す時と似ている。わたしはスピード系の乗り物でスリルを味わうのが、大好きなのだ。

 簡易スタートシグナルの赤いランプが消えた。

 船がスタートする。 
 ぐっと加速がかかりシートに身体が押し付けられる。

 白魔の初速が凄い。
 みるみるうちにわたしたちの船を引き離す。マウグルアってあんなに飛び出しの加速がいいんだ。知らなかった。まるでS1機だ。

「二人乗りでオレに挑もうってのが間違ってるぜ」
 白魔がわたしたちを挑発する。

 レイターは何も言わない。
 ただ、静かに操縦している。白魔との距離が離れる。

 小惑星帯に入る。
 白魔を追って小惑星スレスレの最短ラインを進んでいく。急カーブに急降下。怖いけど怖くない。レイターは銀河一の操縦士なのだ。

n28下向き@4

 操縦桿を隣で自由自在に操るレイター。普段のだらけた様子と違ってカッコいい。
 もしS1レーサーになっていたら、エースと同じぐらい女性ファンの人気を集めたに違いない。

 最初の小惑星帯を抜ける。
 前を行く白魔のライン取りも見事だった。さすが、ヘレンさんと飛ばし屋ナンバーワンを争うだけのことがある。
 ほとんどレイターとの差が縮まっていない。

 アレグロさんの声が聞こえた。
「どうするレイター、このままじゃ抜けないぞ」

横顔む

 レイターは無表情で操縦棹を握っている。

 感じる。今、彼の全神経が船に集中していること。
 いつもと違う。
 良くない言い方をすると余裕がない感じ。

「白魔の奴、予想以上にやるな。ティリーさんごめん」
 レイターが謝った。
「どういうこと、あなた負けちゃうってこと?」

「俺が負けるわけねぇだろ」
 そこまでしか聞こえなかった。

 船が急加速した。ぐいぐいと体がシートに食い込む。
 レイターの高速操縦には慣れている。

 でも、この加速は初めてだ。一般の市販船でこんなスピードって出るの? 小惑星が次々と目前に迫る。思わず目をつぶった。
 心臓がバクバクして息が苦しい。立ち眩みのような感覚に襲われる。

* *

 
 ば、ばかな。いきなり差が縮まっている。
 白魔は驚いた。

 トップスピードで飛んでいるのに。なぜだ。
 バックモニターを確認する。

 助手席の彼女が笑っているのが見えた。

忍者ティリーパーカー笑い逆大

 実際には笑っていなかったのかも知れない。しかし、白魔の目には笑顔に見えた。

 女を乗せて喜んでる奴に負けられるか。
 白魔は加速ペダルをさらに踏み込んだ。

* *

 
 白い白魔の船に追いついた。
 直線に入ったところで、すぐ右斜め後方につける。レイターが操る操縦桿の動きが緩やかになり、息が楽になった。

 多分、レイターは助手席のわたしに気を使って操縦している。負担をかけないように。
 そのせいで大事な一戦に負けたらどうしよう。ギャラクシー連合会の旗が取られてしまったら申し訳ない。と思ったけれど、よく考えたらわたしを誘ったのはレイターだ。

 さっき彼は「人を乗せて飛ばすのが好きなんだ」と言っていた。
 S1レーサーにならなかったのは、それが理由なのかもしれない。

 一方で、プロのレーサーを目指しているという白魔は、S1を狙っているのだろう。マウグルアをうまく乗りこなしている。
 追い抜こうとするレイターを、きっちりブロックしてきた。

* *

 白魔は後ろの船を確認した。
 ぴったりと後ろにつかれた。どうするか。

白魔む後ろ目

 この先、間隔の狭い小惑星帯が続く。腕の勝負だ。負けはしない。
 だが、なんて飛ばしにくいんだ。

 抜かさせない。
 そう思えば思うほど気持ちが後ろに向く。思うように自分の飛ばしができない。巨大な力にからめとられているようだ。こんな経験は初めてだ。

 俺はプロのレーサーになるんだ。こんなところで、もたついてるわけにはいかない。

 あの船は初心者向けだ。
 追いつくことができても、この白のマウグルアを抜くことはできない。

* *

 
 白魔の船が上下左右にスライドして行く手を阻む。弾けるような加速。何と言っても最新のスポーツ船なのだ。
 対するガレガレさんの船はファミリー船。レイターが改造したとはいえ、基本性能が違いすぎる。元々はわたしでも操縦できる初心者用で、船間距離だって詰められない仕様なのだ。

 レイターが前を飛ぶ白魔のマウグルアを集中して見つめる。話しかけちゃ悪いと思いながらもたずねた。
「抜けるの?」
「抜くさ」

 どこで飛び出すか。シミュレーションをしている。
 密閉された空間で同じ空気を吸う自分にも、レイターの頭の中が共有されている様に錯覚する。

 もうすぐ、レイターが勝負をかける。

 最後のコーナーだった。
「行くぜ」
 レイターの言葉が合図となって船はスピードを上げた。
 よくわからない方向から身体が引っ張られる。
 不思議な高揚感。脳の中から快感という電気信号が飛び出して、体中をかけめぐる。

 これまで何度もバトルするレイターの助手席に乗った。
 でも、この感覚は初めてだ。

 トンネルから真夏の日差しの中へ一気に飛び出したようなまぶしさ。
 レイターと別の世界へ飛んでいってしまったような気がした。

 二人だけの世界。

s22横顔眉優し

 目の前にバトルをしている船がいる。白魔の白い船。
 なのに、もう、どうでもいい気がした。 

 ブロックする白魔の加速がスローな動きに見える。するりと脇をすり抜けると、白魔が後ろへ遠ざかっていった。
 何が起きているのだろう。

 トップスピードで飛んでいる。なのに、まるで時間が止まっているようだ。

 小惑星が一つずつゆっくりと横を通り過ぎていく。
 ゴールがわたしたちを迎えに来た。

 真っ白に世界が輝いている。身体中の細胞が震えているようだ。
 すべてが満たされた感覚。幸福の絶頂。

 そして、わたしたちはゴールへ飛び込んだ。

「最高だ」
 白い歯を見せて笑うレイターの顔を見たら、キューッと胸が締め付けられた。
「最高だわ」
 身体が痺れるような幸せな感覚。何なのこれは。

 モニターの中の白魔が頭を下げた。
「なめてる、なんて言って悪かった。二人乗りでも、あんたの飛ばしは凄かった」
 レイターがわたしをチラリと見て微笑んだ。
「助手席に重りが乗ってると、初速は悪いがバランスがいいんだ」
 自分が重りの役割だったとは知らなかった。

 白魔が真剣な顔でレイターを見つめた。
「あんた、裏将軍だろ?」
 レイターがにやりと笑った。

「裏将軍は普通の社会人だから、こんなところへは出てこねぇよ。だから、そんなバカなことは仲間にも誰にも言うなよ。あんたの胸に留めとけ」

 白魔が目を見開き、ガッツポーズをした。
「ああ、オレはきょうの対戦を一生忘れない。誰にも言わない。これはオレだけのもんだ」

白魔笑い

 憧れのスポーツ選手に握手してもらった子どものような笑顔だった。

 帰り道にわたしはレイターに聞いた。
「このガレガレさんの船って、初心者向けでしょ。よくあんなスピードが出たわね?」
「初心者向け、っつうか、ガレガレんとこの船は精度がいいんだよな。あんたんところの大量生産品とは違う。一機ずつ職人が手を入れてるんだ」
「そうなの?」

n37@4やや驚く

 知らなかった。値段が高いはずだ。

「だからパワーバンドを一に設定した」
 驚いた。パワーバンドの目盛りは普通で十、S1で五、エースで二だ。

 エンジンの能力を引き出すパワーバンドは設定を狭くすれば高出力が引き出せるけれど、それだけ操縦が難しくなる。

「それで飛ばせるの?」
「飛んでただろ」
 レイターが笑った。
 奇跡のような体験は、レイターの人並外れた技術とこの高性能な船によってもたらされたということだ。

 何だろう、レイターの様子が普段と違う。いつもはバトルに勝つのは当然で余裕、って感じなのだけれど、今日は興奮している。
 そして、その気持ちを意識して押し殺している感じ。

「ティリーさん、きょうは疲れただろ、車で送っていくよ」
 フェニックス号が駐機している宇宙空港からうちまで無料ライナーでそんなに遠くない。けれど、きょうのバトルはレイターが言うように疲れた。

 素直に甘えてエアカーで自宅まで送ってもらった。

 エアカーから降りたわたしはお礼を言った。
「きょうは楽しかったわ、ありがとう」

「こちらこそ、礼を言うよ。久しぶりだった。あの感覚は・・・」

皇宮白黒真面目

『あの感覚』という言葉にわたしは反応した。

「もしかして、きょうの最終コーナーのこと? 世界が白く輝いて不思議な感覚を味わったわ」
「ティリーさんも感じたのか?」

 レイターが驚いた顔でわたしを見つめた。 

 レイターも自分と同じようなものを感じていたのだ。気持ちが共有できて嬉しくなる。

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 「別の世界へ飛んでいったかと思ったわよ。すごかったわよね。感動しちゃった」

「大好きなティリーさんと一緒だったからかな」
「何、バカな事言ってるのよ、わたしは重りなんでしょ」

 レイターがボソッとつぶやくような声で言った。
「ティリーさん、ずっと一緒に飛んでくれ」

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 あの幸せな感じ。また、経験したい。

「もちろんよ。重りが必要だったら、いつでもバトルに連れてってちょうだい。きょうはほんと楽しかった。おやすみなさい」
 と言ってわたしはエアカーのドアを閉めた。

 レイターが運転するエアカーが走り出した。

 そのテールランプを見送りながら、手を振り、今、交わした会話を思い出す。
 顔に血が上ってくる感覚に襲われた。まばたきの回数が速くなる。

 ちょ、ちょっと待って、今の何? 
 心臓がドキドキ音を立てている。今、レイターは「ずっと一緒に飛んでくれ」と言った。

 まさか、これって・・・告白? いやいやいや。

 どうやって部屋に戻ったのかよく覚えていない。
 胸の鼓動がおさまらない。息をするのも苦しい。「ずっと一緒に」というワードが強すぎる。

 きょうは疲れているのだ。ゆっくり頭を整理しよう。

 バトルの時、幸福感に包まれて真っ白な世界を飛んだ。あれは一体何だったんだろう。『あの感覚』とレイターは呼んでいた。

 レイターはさっき「大好きなティリーさんと一緒だったから」と言った。
 だとしたら、同じものを見たわたしは「大好きなレイターと一緒だったから」ということ?

 大好きなレイター、と言葉にして認識した途端、さらに血流が加速した。

 立てこもり事件の際、助けに来てくれたレイターのことが、突如頭に浮かんだ。

s18@戦闘服目を閉じる

 わたしを抱きしめた、あのたくましい腕の感覚が生々しくよみがえる。

 一体わたしは何を考えてるんだ。
 首を振って妄想を追い払う。

 あの真っ白な世界は、ガレガレさんの船とレイターのあり得ないような操縦のせいで興奮状態になっていたからだ。

 レイターがわたしに愛の告白をするわけがない。

 レイターが愛しているのはフローラさんなのだ。
『あの感覚』は久しぶりだと言っていた。フローラさんと一緒に体験したに違いない。

肩を抱く大バックなし

 結論はわかっている。

 レイターは特定の女性とはつきあわない主義。ぐだぐだ考えるのは馬鹿みたいだ。これ以上考える必要はない。

 なのに、なのに今日は考えてしまった。
 フローラさんはもういない、という現実を。
「ずっと一緒に」という言葉のせいだ。

 レイターがフローラさんと一緒に『あの感覚』を共有することはもうできない。

 レイターの手が髪に触れた記憶がよみがえる。「俺は人を乗せて飛ぶのが好きなんだ」

n39横目 @3頭に手

 人を乗せて飛ばすことが好きな『銀河一の操縦士』が、一番愛しているフローラさんを船に乗せて飛ばすことはもうないのだ。 

 でも、わたしならレイターの隣に座って、あの幸福に満たされた世界へと飛んでいくことができる。

 ずっと一緒に、これから、いくらでも・・・。

「ずっと一緒に飛んでくれ」
レイターの声が頭の中を駆け巡る。無限ループに陥ったようにいつまでも繰り返している。 

 落ち着け、落ち着くんだ。
 わたしったら、フローラさんに優越感を感じて喜んでいるのだろうか。

 そもそもレイターはわたしに「つきあってくれ」と言ったわけじゃない。「ずっと一緒に飛んでくれ」とバトルに誘っただけなのだ。

紅葉ティリー@2情けない逆

 でも、違う。いつものレイターとは違っていた。
 冗談で「俺のティリーさん」とからかうレイターではなく、本気なのがわたしに伝わってきた。

 レイターの声がわたしの大好きな声だった。
 だから、わたしは怖くなった。

 怖くなった? 何を? レイターの本気を?

* *

 
 レイターがフェニックス号に戻ると、ちょうどアレグロから通信が入った。

 俺はおふくろさんのモニタースイッチを指ではじいた。
 アレグロの興奮した顔が映る。
「レイター、おい、今日の飛ばしはあれは一体何だったんだ?」

アレグロ口を開く逆

 俺は答えに困った。
「あれが、お前が追い求めていた『あの感覚』なのか?」
「だな」
 俺はうなずいた。

『あの感覚』
 俺はこれまでに二度、経験した。

 一度目は皇宮警備の予備官になってすぐの頃だから十四の時だ。 
 無管轄宙域で訓練中にアリオロンの戦闘機部隊と接触し、俺以外全滅した。

13レイター小@前目軍服きり

 俺は敵の凄腕『ハゲタカ大尉』と向かい合った。あの頃の俺の実力じゃ勝てるはずの無い相手だった。

 よく覚えていない。
 が、映像は残っていた。俺は『あの感覚』の中でハゲタカ大尉を撃ち落としていた。

 二度目は、十七の時だ。

 フローラと一緒に船を飛ばしていた時、宇宙船の窃盗団を見つけて追いかけた。俺たちが乗っていたのはしょぼいファミリー船だった。なのに、新型船の攻撃をかわして飛び続けた。

横顔笑顔同じ向き

 時が止まり、すべてをコントロールする感覚。
 その再現を俺はずっと追い求めてきた。

 そして、きょう、六年ぶりにその感覚が宿った。

 アレグロが俺に聞く。
「凄かったぞ。少なくとも俺が見てきた裏将軍の飛ばしの中では最高だった。全知全能という感じだ。お前がタイミングを計っていたのはわかっていたが、一体どうやって白魔に追いついたんだ?」

「わかんねぇ」
「あの船か? 新しく買ったガレガレの船がお前の能力を引き出したのか?」

「わかんねぇ。パワーバンドの目盛りを1にした」
 アレグロが驚いた顔で俺を見た。

「1だと? それで『あの感覚』が生み出されたのか?」
「わかんねぇ。昨日だって調整で飛んだんだよ。パワーバンドを1にして」

 俺はイライラしていた。折角『あの感覚』が蘇ったってのにつかめねぇ。

n27見上げる泣きそう4

 アレグロはそんな俺に気づいた様だ。丁寧に話を聞いてきた。
「相手が白魔だったからか?」
「わかんねぇ」

「白魔を追いかけてる時、お前はどんな感覚だったんだ?」
「覚えてねぇんだ」
「操縦を全て記憶するお前が、覚えてないのか」

 俺は泣きたくなった。

「思い出せねぇんだ。最終コーナーの前あたりから何が起きたか。俺なんだけど俺じゃねぇ奴が操縦してた」
お前が言っていた通りだな。五段階のレベル六。頭で記憶できない領域だ」

「じゃあ、どうしたら再現できるんだよ!」

 俺は拳を机にたたきつけた。
 苦しい。
 近くまできていることはわかる。折角、つかめそうなのに。

 俺の手からまたすり抜けていく。

 俺は一つだけ思い出した。
「白魔に追いつくあたりから、世界が白く輝いて、幸せだった」
「幸せ?」
「人生サイコーって感じ」
「全能感、多幸感、恍惚感か。おそらく、脳内物質の放出が起きてゾーンという感覚に入ったんだろう」
「どうすりゃそこに入れんだよ? それが知りてぇんだよ、俺は」
 
「ティリーさんがトリガーになったんじゃないのか?」
「違う」
「御台は、彼女がお前を救うと言っていた」
「違うっ!」
 俺は思いっきり首を振り、机をたたいて否定した。

「これから今日のバトルの映像を送る。何かをつかむヒントになるかも知れん」
「ありがとよ」

 アレグロがくれた映像を見る。
 撮影部隊がいろいろな角度から撮影した動画を、スタートからゴールまで一本に編集してあった。

 白魔は速いな。
 船のセッティングも上手いのだろう。マウグルアのバランスがいい。ライン取りも無駄がない。
 レーシングチームのオファーがあっただけのことはある。

 スタートの辺りの飛ばしは全て覚えている。

画像4

 初速の馬力はマウグルアのがある。先に行かせた。

 俺はどこで追い越しをかけるかシミュレートしながら飛ばした。想定より白魔が速かった。序盤に先行させ過ぎた。
 申し訳ねぇが、ティリーさんにきついGをかけちまった。

 小惑星帯から最後のコーナーへ向かう。
 この辺りから俺の記憶はあやふやだ。

 凄いな、この俺の飛ばしの軌跡は。ティリーさん乗せてるのに危ねぇじゃねぇかよ。
 狭い小惑星の間をこすりもせず、よくこのスピードで飛びきったな。自分で言うのも変だが、人間技じゃねぇぞ。俺の師匠、『超速』カーペンターのテッグレスでのレースと感じが似てる。
 もう一度同じように飛べ、と言われてもできる気がしねぇ。

 
 ハゲタカ大尉と対戦した時もそうだった。
 大事なところで俺の記憶が欠落してる。
  
 久しぶりだ。あの境地には入ったのは。
 エースとバトルをした時ですら、ああはいかなかった。
 フローラと飛んだとき以来だ・・・。

 わからねぇ。

 いや、わかってる。俺の感覚は知っている。
 それを俺の頭が全身全霊で拒否している。

 アレグロが「ティリーさんがトリガーになったんじゃないのか?」と指摘した瞬間、俺ははじかれるように否定した。

 けど、俺は無意識のうちにティリーさんに言っちまった。
「ずっと一緒に飛んでくれ」と。

 フローラの時と同じだ。『あの感覚』が助手席と共有される。船でつながる。

 アレグロは何と言っていた。語彙力の足りない俺の代わりに言語化した。全能感、多幸感、恍惚感。それだ。

s22横顔笑顔カラー

 やべぇ、ティリーさんを俺のものにしてぇ。

 ティリーさんと一緒に飛ばしてぇ。
 ティリーさんに今すぐ会いてぇ。触れてぇ。

 『あの感覚』への欲情とティリーさんを独占したいって考えがぐちゃぐちゃに混じり合わさって、汚ねぇ絵の具みたいになってやがる。

 頭を冷やせ。

 わかってる。ティリーさんとはつきあえねぇ。
 そもそもティリーさんは、人殺しの俺に恐怖と嫌悪を抱いている。
 軍隊を持たないアンタレス人だぜ。俺が現役の連邦軍人だって知ったらどんな顔をするだろう。
 いや、言う訳にいかねぇんだ。俺が軍人で特命諜報部員ってことは。

 それだけじゃねぇ。
 褒められたもんじゃねぇ俺の過去。

 どうしたってティリーさんとつきあうのは無理だってこと。わかってるじゃねぇか。

 いいじゃねぇか。俺にはフローラがいる。

フローラとティリー

 俺は特定の女性とはつきあわねぇ主義。それで困ったことはねぇ。

 ティリーさんはバトルに付き合ってくれる女友だちだ。 
 一緒に飛んでくれればそれでいい。
 他の男とつきあわないでくれていたら、それ以上は望まねぇよ。

 俺は毛布を頭からひっかぶった。
 (おしまい) 第三十六話「クラスメイトと秘密の会話」へ続く

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