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誕生とそれから。

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記事一覧

いつ死んでもいいように

私はいつ死んでもいいように毎日生きてる。

もちろん後悔していることは沢山あるし。

あれしたいとかこれしたいとか

ああなりたいとか色んな理想があるし

悔いがないって言ったら嘘になるけど

私はそれでも死んでもいいと思っている。

死んだ先に後悔を感じていたら何も楽しくないだろうし

夢がなくてつまんないなーって思うな。

ある程度公開して死ぬ分には全く問題がないと思う。

本当にいつ死ぬか分

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命日

もうすぐ私の命日です。
実際に死んだとか前世がある訳ではありません。

その日は、私が自殺未遂をした日です。
これを言って何になるのか。自分でも分からないです。だけど、今の命があることはあの日行きた一生分の命日だと思っています。

誰にも訳が分からないかもしれませんね。
それでわもいいんです。

あの日私が生きるために何を考え3年ここに生きているか。
それを考える日なんです。

人生で1度しかない

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少し大きくなって…

少し大きくなって…

久しぶりに過去の自分のお話するな。
何の話にしようか迷ったけど、保育園の時の話をしようかな。

私の家は共働きの家庭で保育園に行ってたんだ。

親の仕事が終わるのは7時近くで、迎えに来るのはいつも8時前だった。

4時まで友達全員と遊んで、6時まで延長保育組と遊ぶのが日課だった。

みんな6時過ぎぐらいになると、お母さん·お父さん達がパラパラ迎えに来て気づいたら先生と2人きりだった。

いつも

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食事があること。

久しぶりの長文note投稿。
前に何を書いたか覚えてないレベルで前。
かなり日数が開きましたが、これから少しづつ載せていきたいと思います。

今日の話は3~7歳の頃のお話をしようかな。
みんなは、毎日3食ご飯を食べてる?
私が小さい頃は、3食まともにご飯を食べることが出来なかったんだ。
家は貧乏だし、宗教にお金を注ぎ込むしで全く余裕がなかったんだよね。

そんな私が当時していた食事は、白ご飯を3口

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苦しかったこと

久しぶりの人生のお話。
今回は、2歳から4歳にかけて一番苦しかった時の事。

私の家は、毎日のように両親が喧嘩をしてた。
父が母の知らないところで賭け事をしたり、クレジットカードの契約を勝手にしたり、そういうのが原因でお互いがすれ違うことが多かった。
小さいながらに、これは見てはいけないものだと思い、両親がいない場所に逃げて耳をふさいでいた。

でも、それで耐えれるレベルの喧嘩ではなくなって行った

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人生初恥ずかしかった思い出

今日は、私が1歳になるかならないか頃の話‪。
両親が覚えてない話なので年齢は曖昧だけど、はっきりと覚えてる。
「人生で初めて味わった恥ずかしかった話」
そう。それは、

お漏らし事件今なら笑って話せるけど、当時は顔真っ赤にするレベルで嫌だった話。

ある日私は、タッチの練習をしていたんですね。1人で立つ練習。掴まり立ちっていうんかな。
椅子に掴まってギュッと手に力を入れて立とうと何回も何回も練習し

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軌跡

今日は、生まれる数分前のお話。

4/28
私の産まれる予定日だった。
夜中に突然母のお腹に痛みが走った。
ぐううっと強く押される痛み。
息も出来なくなるような時間が続いた。
1時間程経って私は、母と父と病院に行くことになった。エコーをしても何も問題が無くただ時間は過ぎていった。
だが、そんな中でも陣痛は続いていた。
母は沢山もがいて沢山泣いた。

「私は、この子の母になる資格なんてない…」

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コートを着た女の子

コートを着た女の子

今日は、お腹に来る前から、お腹に居た時の話でもしようかな。
私ね、産まれるまでの記憶が少しあるんよ。
そのごく1部なんだけど、覚える範囲で書くね。
まず、お腹に入る前。私は、道路にいたの。
道って言うのが正しいのかもしれないけど。
その日は、雪がいっぱい積もっていてすごく寒かったの。裸足で、コートを着てぼーっと突っ立ってたの。
夜だから、人通りは少なくて1人でどこに行こうか迷ってたの。
そしたら、

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生まれてきてから…

このマガジンでは、過去のお話をしようと思う。
完全自分用だから全く需要ないけど。
見たい人は見てくれ。