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『「プランB」不在』の意外な理由。

 実際に口にするには、まだ少し恥ずかしいのだけど「プランB」という言葉がある。

 これは、「最初の計画がダメになった時のために、次の一手を考える」ということで、次善策などと表現できるらしいが、これが、実社会ではあまり重視されていないことに気づいたのは、働き始めてしばらく経ってからだった。

 例えば、部下が困って相談に行くと、いつもよりも厳しい表情で「なんとかしろ」を繰り返す上司がいた。それは、本人にとっては、信念を持った指導だと捉えているようだった。

 何かがうまくいかなくなった時に、違う方法を考える。よりも、最初にやろうとしたことを、どうすればうまくいくかをとにかく考えろ。そんな思考の方が、どうやら好まれているのは感じていたのだけど、それは、20世紀の話で、21世紀になったら、今で言えば「プランB」が普通に話されるようになると思っていた。

 だけど、実際に21世紀になると、20世紀の若い自分は、根拠のない楽観論を信じていただけなのを、いやでも分からされることになる。

引き返せない危うさ

 ラジオ番組で、政治学者・中島岳志氏が、安倍元総理の「国葬」について話をしていた。それは、「国葬」について考えることはいろいろとあるのは前提としても、いったん決めたことを引き返せない危うさを感じている、という指摘をしていて、オリンピックや、犠牲者が出てしまった「八甲田山」の訓練のことや、さらには戦争についても触れていた。

 この「引き返せない危うさ」に関する指摘は、とても大事だと思えた。

 いつも何かを決めると、その決めたことが実情に合わなくなっても、不都合が生じているとしても、始めたことは仕方がない。といったことが言われ始めて、失敗へ向けて走り続ける

 それが軽微なことなら、笑い話かもしれないけれど、中島岳志氏が挙げていたように、もっと大規模で深刻な影響が出ることさえ、同様に、引き返せないことが、日本社会においては、変わっていないとすれば、今後にも不吉な要素になるのは間違いない。

 ただ、改めて、どうしていったん決めたことは「引き返せない」のだろうか、とは思う。

「プランB」の不在

 それに直接関連するかどうかは分からないが、「プランB」の不在として、ヨーロッパでも働いた経験のあるビジネスパーソンが、こんな指摘をしている。

 ぼくは以前、比較的大きな日本の会社に勤めていたのですが、そこでの経験から、なんとなく日本がプランBを話さない理由を理解しています。
その理由は・・・
「失敗する可能性を話しづらいから」です。

 プランBを話した時のありがちな上司のツッコミは「失敗を前提にして話をするな」です。

「そもそもの計画に自信がないのか」なんて言われるかも知れません。
だったらプランAにコミットし、自信があるフリをしていたほうが処世術としてはラクなのです。

じゃあ、プランAがダメだったらどうするの?
それは「一生懸命やりましたが、うまくいきませんでした」と言う。

 最初からプランBを持ち、「プランAがダメだったら、プランBに切り替えます」よりも、「このプランと心中します」の方が精神論のマネジメントにはウケがいい。
 玉砕思想です。

 この著者のプロフィールを見ると、大学卒業後に日本企業に勤めているので、おそらく、その時の経験をもとに指摘していると思われるのだけど、その期間が1990年代から2000年代。

 やはり、この思想は、21世紀になっても健在のようだった。

 さらに、この記事↑は、書籍の紹介でもあるのだけど、その書籍の著者も、外資系の企業勤務の経験を持つから、もしかしたら、日本企業の外の視点を経験しないと、「プランBの不在」に関しては、明確には分からないことかもしれない、とも思う。

しかし、「プランB」の発動は容易ではない。以下のさまざまな障害があるからだ。

・何かに縛られる(組織、事前に与えられた情報、集団内の常識、現場からの提言など)
・思い込みに左右される(やらなかった後悔はしたくないという思い込み、少ないサンプルで全体が分かるという思い込み、見たものは信頼できるという思い込み、分かりやすいことは正しいという思い込み、結果がすべてという思い込み)
・数字に操られる(既に起きた損失に縛られる、少額の赤字に操られるなど)

(「 J cast会社ウォッチ」より)

 これは、なんとなく話しづらい、というようなことと、つながりそうだし、こうした場合に語られ続けた「空気」の問題なのかもしれない、とも思う。

 その「空気」の問題に加えて、「プランBの不在」を変えるのは、とても困難なのではないか、とも思ったのは、最近、読んだ本で、こんなことを改めて知ったからだ。

言霊思想

 この本は、災害などのリスクについて書かれた内容だったのだけれど、ここにも『「プランB」の不在』についての理由があったように思った。

 一般に、不吉な未来について語ることを、好まない人は多い。だがそれはもしかすると、「言霊思想」の影響かもしれない。
 これは、かつてどこの文化圏でも見られたものだが、要するに「言葉にすると、それが現実に起こる」という信念のことである。現在の欧米では、この種の考え方はほとんど見られない。その理由はおそらく、他の呪術的な要素とともに、言霊思想もキリスト教によっていわば「漂白」され、その土台の上に西洋近代社会が構築されたためであろう。
 さて、この信念が共有されている社会において、未来のリスクについて語ることは、別の意味で「危うい」行為となる。なぜなら、リスクを語る者は、「危険をもたらそうとしている」と見なされるからだ。
 もちろん、多くの現代人はそんな迷信めいたことは考えていないと自認しているだろう。それでも、「縁起でもないことを言うな」と私たちが告げる時、ある種の言霊思想的な圧力の影響下にあるとは考えられないか。だとすれば、この社会がリスクと向き合う上で、それが障害になっている可能性は否定できない。問題を認識しながら対処ができず追い込まれる企業も多いが、「都合の悪いことは口に出せない」という、この思想の影響もあるかもしれない。 

 もし、この「言霊思想」が今も健在であれば、『「プランB」が不在』であることも、ある意味、納得もできるものの、それは、さらに修正の困難さを感じてしまう。

 言霊思想は、現代なら「アファメーション」と言い換えることができるでしょう。
 アファメーションは「自分を肯定する」という意味を持つ、言葉の力を心理に活用する手法です。

 言霊思想も、こうして現代にアップデートされていることを意識した上で、「プランB」のことを考えないといけないらしいので、さらに困難になっているような気がする。


 ただ、「プランBの不在」の理由に、言霊思想が関係しているかもしれない、という事がわかったことは、個人的には、とても新鮮で意外なものだった。





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