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テレビについて㊷NHKスペシャル『ロストフの14秒』----- 長友佑都の目と言葉の力。

 夜中に、ドキュメンタリーをやっていて、それがサッカーに関することで、しかも、4年前のあの試合------ワールドカップ「日本VSベルギー戦」に関する内容だと知って、途中からしか見ていないのに、その画面で語っていた長友佑都の目の力の強さが気になって、夜中だから寝なくてはいけなくて、だから、さらに途中から録画して、翌日に見た。

『ロストフの14秒』

W杯開幕日に4年前大反響呼んだ伝説番組をアンコール放送▽ロシア大会ベスト8かけたベルギー戦勝利目前の日本を粉砕した衝撃14秒の超高速カウンター▽一体何が起こったのか?双方の選手や監督ら20人以上を総力取材!浮かび上がったのは一瞬のうちに交錯した判断と世界最高峰の技術…巧妙なワナと意外な伏線…人生を賭けた男たちの壮絶なドラマだった▽いざカタールへ!現日本代表の出発点となった劇的攻防の真相をいま再び!

 4年前の番組で、恥ずかしながら全く知らなかったのだけど、「伝説番組」という呼称が、大げさではないと思った。

 そこには、サッカーというスポーツの凄さや怖さが濃縮されているような時間があった。スポーツのドキュメンタリーとして、映像を繰り返し見て、検討できる、という強みを存分に生かして、そのために、その現場にいたプレーヤーたちの生きた言葉を、生じさせているように見えた。

 全部を見ていない人間だから、大声で言えないけれど、これは傑作といっていいドキュメンタリーだと思った。

日本VSベルギー

 あの試合のことは、テレビで見ていただけだけど、覚えている。

 日本代表が、後半に入って2点を決めて、すごく意外だったのと、普通は、この展開は、どのレベルのサッカーの試合であっても、圧倒的に有利なはずだったのに、テレビ視聴者にも関わらず、優勝候補の一角に、こんな試合をしているのに、画面からでも、日本代表の戸惑いのようなものも感じられたのが不思議だった。

 そして、何か、いつか追いつかれるのではないか、といった小さい怖さと共にテレビを視聴していた。

 その予感が的中するように、1点を失い、印象としてはあっという間に同点に追いつかれ、そのまま延長に突入するかも、と思えた瞬間、本当に襲いかかられる怖さを持ったベルギーの、これだけ長い時間戦ってきたとは思えないような、とんでもないスピードを持った攻撃で、3点目を失い、敗れた。

 だけど、視聴者としては、どこか必然のように感じたのも覚えている。

 その理由を、今回、4年前の「ドキュメンタリー」をみて、初めて納得できたような気がした。

スポーツドキュメンタリー

「ロストフの14秒」。このタイトルは、おそらくは遠く「江夏の21球」から来ているのだと思う。

 現在も発行されているスポーツ雑誌「ナンバー」第1号の、おそらくは目玉企画として山際淳司によって書かれたスポーツノンフィクションだった。日本のプロ野球で「日本一」を決める試合の最後、江夏豊という優れたピッチャー21球を投げて抑え切ったという劇的な場面を、1球、1球の意味、その背景を詳細に描き、これ以降、スポーツノンフィクションを変化させた作品だと思う。

 この衝撃があったせいか、当時、学生だった自分自身も、スポーツのことを書いて、それを仕事にしたい、と思ったくらいだ。


 特にスポーツを題材とするときに、他のドキュメンタリーと比べて有利な点があるとすれば、その「現場」の映像が残っている可能性があることだ。だから、実際の「現場」で起こっていることを、可能な限り、繰り返し検証もできるし、その映像によって、その「現場」にいた当事者たちでさえ、見えていなかったことを確認し、それによって、また、新しい重要な言葉が生まれてくることさえある。

 だけど、その有利さを、存分に生かしたと思えるようなスポーツドキュメンタリーは、狭い範囲内かもしれないけれど、個人的にはほとんど見たことがなかったが、この『ロストフの14秒』を見て、まだ、映像の有利さを生かしたドキュメンタリーが可能なんだ、と改めて思えた。

小さなミス

 2018年ロシアワールドカップ。日本VSベルギー。

 日本代表が得点をしたのは、後半3分。その後、7分にもロングシュートを決め、2対0。そのゴール自体も素晴らしかったので、このまま勝てるような気配になっていた。

 普通なら、圧勝の試合の点の取り方だった。

 ただ、当時も、視聴者として、テレビで見ていただけなのに、不安になっていた。その理由かどうかははっきりとは分からないけれど、NHKスペシャル『ロフトスの14秒』では、2対0とリードしたあとの、日本代表の、「小さなミス」について、検証されていた。

 日本代表のあるプレーヤーが出したパスが味方に当たってしまう、というミスだった。そのことについては、その試合を見ていた元・日本代表の監督らが、これはまずい、と指摘していた。

 一つの場面について、さまざまな人間がインタビューという形で、検討し続けるというスタイルで番組は進むが、普通なら見逃してしまいそうな「小さなミス」から、徐々に大きい崩壊に進む、ということが本当にあるんだと思った。

 この「小さなミス」は、その本人もはっきりと、気の緩み、とは言わなかったものの、普段からレベルの高いリーグでプレーしているし、本来はありえないミスのはずで、だけど、こういう些細なところから、流れが変わっていくことが、映像とインタビューを交えていることで、生々しさが増していた。

コーナーキック

 それから、あっという間に2点を取られてしまったように思えた。
 ベルギーは、後半24分、さらに後半29分に得点をした。
 これで、同点になる。

 このドキュメンタリーでは、その「現場」にいた日本代表の中には、1点目を取られたら、2点目を取られるように感じた、という発言をするプレーヤーもいて、それは、諦めとかではなく、ここにいたからこそ強く感じ取れる流れの変化のようなものであり、それを変えることは、とんでもなく難しいのではないか、と視聴者側にも伝わってきた。

 そして、すでにアディショナルタイムに入っていて、もうすぐ試合が終わる時間帯。

 2対2の同点。

 日本代表は、コーナーキックのチャンスを得た。

 このまま無理せず時間を使い、延長に入ってから、勝負をかける選択肢もあったが、日本代表は、ここで勝つことを狙って、コーナーキックのボールは、相手のゴールそばへ向かっていった。

 その時、その選択を決めるのに作用していたのが、その前の試合のことだった。

 グループリーグの最終戦。日本代表は、負けていながら、ボールを回し、時間を消費し、そのまま試合を終える方法を選んでいた。それは当然ながら、賛否両論であり、その方法は、他のゲームの結果次第では、歴史的な愚策として非難されるところなのだけども、幸運が味方をし、グループリーグを突破し、決勝トーナメントに進むことができていた。

 だけど、視聴者にとっても、これはサッカーの原則に反した行為だと思えた。

 そのことは、実は「現場」のプレーヤーにも影響していて、だから、その次のベルギー戦の終盤でのコーナーキックの時、ここできちんと勝ちたい、というどこか焦りにも近い気持ちになっていたことを、このドキュメンタリーでは話すプレーヤーもいた。

 そして、この選択から、「ロストフの14秒」は、始まる。

ベルギーの14秒

 ベルギーのゴールキーバーは、日本のコーナーキックのボールをパンチングではなく、キャッチを選択し、そして、味方のプレーヤーへ、ボールが渡された。

 ここから始まる14秒のベルギーの攻撃を、映像と複数の人へのインタビューによって、詳細に分析するのが、このドキュメンタリーの核になっている。

 まず、ゴールキーパーからのボールを受けたベルギーのプレーヤーが、スピードに乗って、全く迷いがないドリブルで前進する。

 かなりの距離だが、あっという間にハーフラインを超えて、そこで、日本のディフェンダーが寄ってくる。

 その日本のプレーヤーは、そこまでのドリブルの距離の長さを見て、前に出て距離を詰めて、ボールを取れるのではないか、という動きを見せたようだった。だが、それはドリブルをしているプレーヤーの「罠」に近い狙いがあり、その日本のプレーヤーは、距離をつめた時に、パスを出されて、プレーの外へ置いてけぼりのような状態になる。

 そのために、攻撃するベルギーと、守っている日本代表のプレーヤーの数に、さらに差が出て、日本がより不利な状況になる。

 ここまで10秒くらいのはずだ。

長友佑都の言葉

 ここまでのゲームの動きについて、日本代表の左サイドのDFである長友佑都が、自分自身はルカクというFWをマークしながら走っていて、余裕がなく、だから、ドリブルするプレーヤーに詰めようとする味方のプレーヤーに、置いてけぼり状態にならないように、前に行かずに、下がれ!という指示が出せなかった、ということを、インタビューで話している。

 自分自身にミスはない。だけど、さらに、こうできたはず、という話をしている。

 そのあとも、数秒の攻防で、かなりの思考が交錯していることを、長友は語っているが、その時の話し方は、他の日本のプレーヤーと比べても、今、ここで起こっていることを話しているような、気持ちの近さを感じさせる、不思議な迫力があった。

 長友には、その時、ドリブルをしているベルギーのプレーヤーと、自分のマークしているプレーヤーの関係性を見て、選択肢が2つ浮かぶ。

 一つは、このままマークしているプレーヤーのマークを外し、オフサイドトラップにかけること。
 もう一つは、このままマークを続けること。

 長友は、マークをやめて、オフサイドトラップにかけようとし、それがタイミング的にうまく行かず、そのフリーになったルカクにパスが出て、得点を決められるようなことがあれば、一生後悔するから、という理由で、そのままマークを続ける。

 それから、ベルギーのFWルカクは、さらにピッチの中央へと走っていき、ドリブルを続けたプレーヤーは、ルカクへのパスではなく、ベルギーから見て、右サイドに上がってきたプレーヤーにパスを出す。

 この時点で、長友は、ルカクから離れ、パスが向かったプレーヤーへ距離を詰めるしかない。

 長友の狙いは、パスコースを限定させることだった。

 最も怖いのは、自分の背後にパスを出されること。だから、そのコースを切りながら、距離を詰める。その狙いは当たり、パスを出されたプレーヤーは、ダイレクトで、ピッチ中央への横パスを出すしかなかった。

 長友にミスはない。思考とプレーが完全に一致していて、そしてスローモーションでも、この試合終盤になっても走りの乱れが見られない。それがすごいと改めて思わせる。

ゴール

 長友がパスコースを限定させた狙い通り、わずかに時間が稼げ、長友がマークしていて、今はフリーになっているFWルカクに、他の日本のプレーヤーが間に合い、シュートを打たれても、防げるポジションまで戻ってきていた。

 ほんのわずかでも、漫然とした瞬間も、意図しないプレーも存在しないのはわかる。ギリギリの戦いなのもテレビ画面から伝わってくる。

 そして、パスを受けたルカクがシュートを打つかと思った瞬間、ルカクは自分の股の間にボールを通したスルーパスというプレー。

 そのままボールはさらに、ルカクの後ろへ進んでいく。このプレーは、ベルギーの監督でさえ予想しなかったものだった。

 だから、左サイドを、ゴール前へ走ってきたベルギーのプレーヤーがシュートを打ち、3点目が決まるのは必然だった。

事実の凄み

 ドキュメンタリーは、ここから、さらに凄みを増した。というよりも、事実の凄さを明らかにした、ということになるのだろう。

 長友は、不思議がっていた。ルカクは、いつ、自分の後ろに味方が走っているのが分かったのだろう。それを聞いてみたい、とまで、カメラの前で口にした。

 最後、ゴール前に走り込んでいたルカクが、スルーしたのは、自分の背後に味方が走り込んでいたのを分かっていたからで、そのため、ルカク本人は、最初からそうすることを決めていた、と語る。

 そこで、取材スタッフも、疑問を口にする。
 いつ見ていたんですか?

 ルカクが指摘したのは、長友がマークを外した直後、おそらく0・1秒にも満たない、首をわずかに左に回した動き。画面を止めないと分からないくらいだったし、その動きは、まだかなり後方にいる味方のプレーヤーが見えるとは思えないくらい小さいものだった。

 だけど、ルカクは見えていたと語るし、事実、そのスルーパスで試合を決めた。

心に刻むこと

 おそらくは、そのルカクのインタビュー自体を、長友にも見せたのだろう。このプレーに対する長友の反応も、強いものだった。

 自分にとって、見えていないものが見えている人間がいる。

 どうして、見えているんだろう、そんなことを何度も感じてきたし、それは、圧倒的な情報量の差になっているんだろうと思う。

 長友は、そんな話をしていた。

 自分と相手との差。今は絶望的なほどある違い。それを正確に把握し、心から認めた上で、屈辱や悔しさと共に、自分の心に刻む。その刻み方が、このドキュメンタリーに出演していた誰よりも強く、深く見えた。

 そのことに視聴者としてやや驚きさえあったので、だから、この話をしていた時から、もう4年が経ったけれど、この刻んだことが生かされるとすれば、時間がたった分、年齢による衰えはあるかもしれないけれど、ワールドカップの舞台しかない。

 そう思うと、それまで、今度のワールドカップにそれほどの興味が持てなかったのだけど、少なくとも長友の戦いは見たいと思えた。


 だから、やはり、今さらだし、全部を見ていないので失礼だけど、『ロストフの14秒』というドキュメンタリーは、優れた作品なのだと思う。

 サッカーの凄さと怖さを改めて見せてくれた。





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