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読書感想  『Neverland Diner. 二度と行けないあの店で』 都築響一 「必要で正しいノスタルジー」

 誰もが思いつきそうで、実際には誰も実行しないような企画を、いつも形にして、それを長く続けてきて、そして、その興味の広さと、深さと、健全さと、知性のために、いつも品の良さを感じるのが、編集者・都築響一氏の「仕事」だった。

 この「仕事」も、ありそうでなかった企画だと思った。

「Neverland Diner. 二度と行けないあの店で」  都築響一

 読んでいると、いろいろなことを思い出す。そんなに「行きつけのお店」があるわけでもなく、常連と呼ばれた記憶もほとんどなく、知っているお店自体が少ない私のような人間にとっても、実は、「二度と行けないあの店」は存在していることを、思い起こさせてくれた。

 とても優れた企画であると改めて思えるのは、100軒についての「エピソード」を、ほぼ100人に書いてもらっているから、年代や、時代や、場所や、種類などが、とてもバリエーションに富んでいることだ。

 それに、その時の気持ちに関しても……勢いがあったり、屈折していたり、行き詰まっていたり……といった幅の広さもあるので、そこに実際に行ったことはないとしても、読むことで、気がついたら、忘れていたはずの「あの頃」のことなども、気持ちの中に浮かんでいたりした。


2度と行けない、いくつもの店

 個人的な感想に過ぎないけれど、特に面白いと思った「あの店」をあげてみる。ここには、自分が知っているはずの場所といった、さらに個人的過ぎる理由も含まれている。

 それは、これを目にして、固有名詞などに興味を持って、読んでくれる人がいて、そのことで、また違う印象や記憶を持ったりした方が、そこに予想もしない豊かさが生まれるのではないかと思うから、こうして具体的なデータをあげようと思った。(冒頭の数字は、掲載順)。


002  羽田の運河に浮かぶ船上タイ料理屋   矢野優(編集者) 
009  ホープ      水道橋博士(芸人)   
011  真夏の夜の夢      土岐麻子(歌手)  
014  エスカルゴと味噌ラーメン   古澤健(映画監督) 
016  YOSHIWARA.   遠山リツコ (建築設計事務所ケイ・アソシエイツ会長)                             
020  失恋レストラン     吉井忍 (フリーライター)   
027  佐野さん、あのレストランの名前教えてよ。 九龍ジョー(ライター/編集者)                           
030  欲望の洞窟     Mistress Whip Cane (女王様)
032  レインボーズエンドの思い出     吉岡里奈(イラストレーター)
034  レモンライスのあのお味     劔樹人(ミュージシャン/漫画家)
064  1980年代前半、サイゼリア稲毛駅前店   マキエマキ(自撮り熟女)
068  神田神保町のめし屋「近江や」と「美学校」  直川隆久(CMプランナー)
073  永遠の21秒    豊田道倫(シンガーソングライター) 
077  フリークスお茶屋の話      都築響一(編集者)  
082  三鷹アンダーグラウンド    平民金子(文筆家/写真家) 
094  丸福(仮名)の醤油ラーメン      村田沙耶香(小説家) 
096  見えない餅         くどうれいん   (俳人/歌人/作家)


京都 三十三間堂

 読み進めると、気がついたら、人間の味覚や、記憶など、さらに広くて深くて不思議なことまで、感じたり、考えさせてくれるから、飲食店が持っている豊かさを改めて感じさせてくれる。

 連想したのは、全く違うことだけど、「京都の三十三間堂」だった。

 三十三間堂の仏像は全部で1001体で、誰でも自分に似ている仏像がある、と言われている。だから、修学旅行などで訪れた時に、似ている像を見つけようとして、その結果として、そこにある仏像をよく見てしまい、確かに一体一体の違いに触れてしまうような出来事が起こる。

 この本を読んで、その三十三間堂のことを思い出したのは、時間や時代や場所やシチュエーションなど、誰もが似ていると思えるエピソードがあって、さらに、自分でも、「2度と行けないあの店」のことを、頭の中で、気持ちの内部で、振り返っていて、さらには、その「あの店」にまつわる様々な、その頃の記憶も、蘇ってきたからだ。

「必要で正しいノスタルジー」

 それは、ノスタルジーやロマンティックに関わることで、一般的には、そうしたことに関して過剰に思い入れるか、必要以上に排除するか。その両極端になりがちなのだけど、今はないもの、昔はあったこと。それに対して、それぞれの人が、時間を超えて、自由にイメージを膨らませることは、生きていく上で、実は必要だし、それこそが豊かさなのではないか。そんなことを、この本で改めて分からされたように思う。

 甘過ぎないロマンティックやノスタルジーは、実は生きていく上に、適量は必要で、そして、こうしたテーマは、どんな年齢でも、共感を呼びやすく、どうしてこれまでなかったのか、と考えると、飲食店はいつの頃からか、情報と結びつき過ぎて、実用性だけが肥大していたからではないか、と思いが至る。

 例えば、この企画が出された編集会議を勝手に夢想すると、「今ない店は行けないから、そんな店のことを書いてどうするんだよ」といった反論のために、これまで実現しなかったのではないか。そう考えると、この都築響一氏の「仕事」としての、この本は、想像以上に意味が大きいのではないか、と感じている。

飲食店の意味の大きさ

 現在のコロナ禍の中で、飲食店に対して、やたらと根拠のない圧力がかかっているように見える。あまり事情を知らない私のような人間が、そんなに安易に語れないとしても、すごく理不尽だと思うし、気がついたら、どれだけの飲食店がなくなっているのかと思うと、その喪失に対しての怖さもある。

 その変化は、ただ生活が不便になる、というだけでなく、その飲食店の存在によってほとんど無意識のように生まれてくる様々な豊かなことが、これだけあることに改めて気づき、飲食店の価値の大きさを確認するためにも、この「Neverland Diner. 二度と行けないあの店で」は、必要な本だと思う。



 100個のエピソードがあるので、人によって、興味が持てる「店」が違うと思いますし、誰でもいくつかは、自分のことのように読める場所があると思いますので、性別、年齢問わず、どんな方にも、オススメできると思っています。




他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでいただければ、うれしいです)。



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