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「観光の力」と「観光地の底力」

 何度か作品を見に行ったアーティストが、今年の2月に亡くなっているのを、今さらになって、ツイッターで知った。その個展が鎌倉で行われることを知り、行ってみたいと思って、私よりも、その作家さんの作品が好きだと言っていた妻に伝えたら、亡くなったことにショックは受けつつも、その個展には行きたいと言った。

 ただ、コロナ禍で感染者が拡大している時期だし、本当に自主的に外出を自粛してきているし、特にぜんそくという持病をもつ妻は電車に乗ることもなるべく避けてきたから、行けないような気がしていた。

観光地の力

 朝は雨が降っていて、それも気温は低めで冬のような天候だったけど、妻は元気で、出かけられることになって、そして、午後から晴れるらしいので、折り畳み傘をさして、午前10過ぎに、一緒に出かける。

 久しぶりの一緒の外出。しかも、電車を乗り継いで、横須賀線に乗り、長く電車に乗っているだけで気持ちが普段とは違ってきて、大船を過ぎると、急に風景は山がちになって、1時間くらいで、鎌倉に着いた。

 何年ぶりかで鎌倉駅に着く。

 午後12時過ぎなのだけど、昼ごはんを食べていないから、ここから江ノ電に乗り継ぐ前に、何かを食べようと思って、駅から外へ出た。西口だから、小町通りがある東口と違って、人は少ない。

 それでも降りると、平日なのに人がけっこういて、しかも年齢層も広く、様々な格好をしている人たちが、思い思いの方向に歩き、そこに、学生たちの集団もいる。駅に向かって手を振るような人もいて、そこから、やや控えめな商店街なのだけど、いわゆる「おしゃれ」な店もさりげなく並んでいて、それを見て歩いて通り過ぎるだけでも、妻は、明らかにはしゃいでいた。楽しそうで、よかった。

 そんなに人混みでもないのに、そこに集まる人たちのエネルギーが高めに感じ、さらには、商店街は、日常的なだけでない華やかさもあり、ここにいるだけで、ちょっと気持ちが普段と違ってくるのがわかる。つい最近、長い時間かけて準備したことに、あまりにも反応してくれる人が少なくて、無力感にちょっと押しつぶされるような気持ちでいたのだけど、そんな人間にも、少し明るさを分けてくれるように思えた。

 観光地の力は、やっぱりすごいのかもしれない。

お菓子とコロッケ

 確かに普段は見ないような種類の店が並んでいて、そして、何かを食べようと思ったのだけど、それでも、外食でお店に入るのは、換気をしているのかもしれないけれど、まだちょっと怖いのは、本当に飲食店で食事をする機会がずっとないからで、お店をのぞいて、迷いながらも、妻と相談をして、買って外で食べよう、ということになった。

 クレープにしようか、ということにもなったけれど、鎌倉小川軒が目に入り、妻はひきつけられるようにそこに近づき、昼ごはんでありながら、お菓子を食べることになった。アルコールで消毒をして、ショーケースを見て、迷って、シュークリーム二つと、レーズンウイッチと、期間限定のウイッチを買って、それからまた鎌倉駅の、今度は江ノ電の駅の改札に入った。

 お菓子ばかりだと、と思い、構内のコンビニに入り、どのパンにしようか、と迷っていたら、先に歩いていた妻が戻ってきて、鎌倉コロッケがある、というので、そこヘ向かって、2つ買った。400円。

 まだ、あたたかい。それだけで、うれしい。

 水を買う買わないで、妻と微妙にもめ、そして、駅の構内のベンチに座ろうとしたら、すでに「ソーシャルディスタンス」を保てるほどには空いていなくて、だから、そこにある柵にもたれかかって、2人でコロッケを食べた。おいしかった。

 少し遠くのベンチには、学生が集団になっていて、その彼ら彼女らも、同じコロッケを食べているのが見える。

江ノ電の駅名

 江ノ電が来た。
 緑色で、小さい電車のイメージ。4両編成だから、長いほうらしい。

 乗って、それなりに人がいて、だから、なるべく距離を保つように立っていていると、本当に民家ギリギリに走っていって、曲がって、駅に止まる。

 次は、長谷

 妻が、長谷寺あるところでしょ。と聞いてくる。

 江ノ電は、駅名だけで、観光の力が強い。

 長谷。極楽寺。そして、目的地の稲村ヶ崎

駅のホーム

 稲村ヶ崎の駅のホームにある待合室は、ずっと入り口はあいている、という文字がある。

 そこに入って、イスはひとつおきになるように紙もはってあるので、妻とひとつおきに座って、シュークリームを食べて、家から持ってきたポットに入れたコーヒーを飲みながら、おいしくて、天気もよくなってきて、気持ちがさらにゆるんでくる。そこからレーズンウッチを食べて、こんなにおいしかったっけ、などと思って、短い時間だけど、ぜいたくな気持ちにもなれた。

 観光と名産の力なのかもしれない。

稲村ヶ崎

 駅のホームにしばらくいるだけで、ほぼ人がいなくなる。駅から出て、知らない場所で、人が少なくて、静かだと、実際の距離以上にすごく遠いところに来たような気分になる。

 目指す場所は徒歩4分もはずだから、近くにあると思うけれど、歩き出した時には、どこにあるかわからないから、心細い感じもあり、少し古い舗装の道路を歩いて、地図を見ながら進んで、だけど、向こうに水平線が見えたら、また気持ちが切り替わった。

 海だ。ここが稲村ジェーンの。

 そこから、少し早足になり、なかなか変わらない信号を待って、道路をわたり、海にもっとも近づいたら、何人もの観光客らしい人がいて、やっぱり写真をとっていた。当たり前だけど、海は広い。波が寄せて、白く砕けている。ずっと向こうを見ても、見えない。どこまで続いているかわからない。サーファーが何人もいる。

海のそばのギャラリー

 その海のそばに目的地はあった。「SIMPLE HOUSE 」という文字。

 私たちが知った時は、吉田夏奈という名前で作品を作っていた。途中から、作家名は康夏奈に変わった。

 山や川や岩を描いている作家、という印象だったが、その絵は、風景というように外からながめて描く、といった距離感でなく、もっと内側から描こうとしているように、思えていた。それは、島に住んで、描き続けているという方法だけでなく、緑や川や岩が、生きているように見えるというか、生い茂った植物のこわさみたいなものも感じて、すごいと思っていた。

 ある展覧会で、トークショーもあり、その時に聞きにいったりもしたのだけど、その内容もわかりやすく、まっすぐな印象で、そして、代官山のギャラリーで見た時も、作品は華やかで、これから先の未来が明るい人に見えていた。

 それなのに、今年の2月に亡くなっていた。まだ40代半ばだった。

 今回、改めて作品を見て、どこまできちんと見られたか分からないけれど、この人は、地球を描こうとしていたのかもしれない、などと思った。

 初めて来た場所だったが、これだけ海のそばで作品を見られる機会もなかなかない。もしも、自然や、アートや、絵画や、風景画などに興味があれば、会期は11月29日までだけど、私たちも行ってよかったと思ったし、行くことをすすめられる個展だった。

 次は、グループ展だけど、庭園美術館にも行きたいと思った。

湯呑み茶碗

 作品を見て、江ノ電にまた乗って、鎌倉駅について、そのまま帰ろうと思ったが、妻が、うつわを見たいというので、あいまいな記憶にかけて、歩いて、その店はあった。

 今は何店舗もあるのだけど、広尾のギャラリーで、ここのオーナーの話を、10年以上年前に聞いて、それまでまったく興味がなかったのに、その帰りには、うつわを買っていた。それから、本当にいくつかだけで、自分にとっては、分不相応でぜいたくなものだけど、数千円するうつわを買うことがあった。それは、だけど、毎日接しているから、すぐに堕落しそうな自分を、ぎりぎり支えている力の一つだったことを、その店に入って、うつわを見ていると思い出し、そして、急に、そこにある湯呑み茶碗が欲しくなった。

 以前、家で使っていて、ひびが入って、使えなくなった、同じ作家の湯呑みだった。
 お店のスタッフの人が、それと同じだけど、違う湯呑みを出してくれた。手作りだから、どれも微妙に違っている。3つ並んだら、そのうちの一つが、よかった。妻も同じ意見だった。

観光の力

 まったく予定になかったのに、3300円を出して、買った。それは、観光の力に押されたのかもしれない。

 それから、また、しばらく鎌倉にいて、少し買い物をして、午後3時すぎに電車に乗った。

 明らかに少し元気になったと思う。

 集中的に混まないように、働いている人が、いつでも自由に休めるようになれば、こうして平日だったら、そんなに人混みにならないはずだから、感染リスクも少なくなる。今回も交通機関に乗ったのは、片道1時間くらいだったから、短い移動だったら、今の時代でも大丈夫だと思う。

 観光や観光地の力は、確かにあるのは、改めてわかった。
 それは、一見しただけではわからないけど、土地や人や時間の蓄積が、その場所にあるからだと思う。



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