Sachino

流れるまんま。のんびり生きていきましょや。

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  • 南伊豆 ローカル×ローカルでの日々の雑文

    このマガジンでは、南伊豆での暮らしや日々感じたことをぽつりぽつりと綴っていきます。 現在は「ローカル×ローカル」のオーナーかつ編集者でもある「イッテツさん」のもとでおこなう編集修行中。 3ヶ月後の自分がどうなっているのか、ときどきのぞいてみてくださいな。

    • 南伊豆 ローカル×ローカルでの日々の雑文

最近の記事

流れ星に願うこと。

毎年この時期になると、そろそろかな?と頭に浮かぶ、ペルセウス座流星群。 なんだかんだで中学のころから観ているのではないだろうか。星の観えるまちで育ったことに、感謝したい。 とはいえ、どんなに条件が揃っていたとしても、晴れていなければ星すらも観えない。 案の定、今年の空は厚い雲に覆われていた。 夕暮れどき、わずかな期待を込めて海へ向かう。台風の影響だろうか。高波に向かってサーフィンをしている人たちが、普段よりも遥かに多い。 波に乗っている人たちを、目で追うことに夢中にな

    • 「角度を変えて、ものを見る」Micro Hotel ANGLEの飯田さんが考える編集とは。

      「編集」。 その言葉を聞いたとき、人はどのようなイメージを抱くだろう。 たとえば、Youtube動画の編集。 あるいは、雑誌や書籍の編集。 最近では、場所を編集するという表現も見かける。 人によって、さまざまな捉え方ができる「編集」の世界。 私は、この「編集」の世界にふれ、物の見方を増やしたい。 そういった思いで、静岡県 南伊豆町にある宿「ローカル×ローカル」が企画する、編集プログラムに参加していました。 プログラムでは、南伊豆に3ヶ月滞在し、地元の人たちと交流

      • 幸せの尺度なんて、人それぞれよ。

        年度末、最終日。 文字を起こすことに不安を感じながらも、記憶として残す。 それは、過去への敬意を持ちながら、未来へのわずかな祈りを込めてという感覚に近いのだろうか。毎年春は来るけれど、同じ春は2度と来ない。そんな1度きりの春に感じたことを、言葉をのせていきたいのだと思う。 * 昨年4月、3年弱勤めていた会社を辞めた。 この会社のことが嫌いだなんて思ったことは微小もなく、むしろだいすきな職場であった。東京をすきでいれるのは、この会社があるからと言っても過言でないような、

        • 「その土地ならではの、スパイスを」。たらくさ株式会社 原山幸恵さんの「編集」という味付け。

          「編集」。 その言葉を聞いたとき、人はどのようなイメージを抱くだろう。 たとえば、Youtube動画の編集。 あるいは、雑誌や書籍の編集。 最近では、場所を編集するという表現も見かける。 人によって、さまざまな捉え方ができる「編集」の世界。 私は、この「編集」の世界に触れ、物の見方を増やしたい。 そういった思いで、静岡県 南伊豆町にある宿「ローカル×ローカル」が企画する、編集プログラムに参加している。 プログラムでは、南伊豆に3ヶ月滞在し、地元の人たちと交流し

        流れ星に願うこと。

        • 「角度を変えて、ものを見る」Micro Hotel ANGLEの飯田さんが考える編集とは。

        • 幸せの尺度なんて、人それぞれよ。

        • 「その土地ならではの、スパイスを」。たらくさ株式会社 原山幸恵さんの「編集」という味付け。

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          「編集とは、下山まで含めた道案内」。編集者 中川晃輔さんが大切にしている【編集の視点】。

          「編集」。 その言葉を聞いたとき、人はどのようなイメージを抱くだろう。 たとえば、Youtube動画の編集。 あるいは、雑誌や書籍の編集。 最近では、場所を編集するという表現も見かける。 人によって、さまざまな捉え方ができる「編集」の世界。 私は、この「編集」の世界にふれ、物の見方を増やしたい。 そういった思いで、静岡県 南伊豆町にある宿「ローカル×ローカル」が企画する、編集プログラムに参加している。 プログラムでは、南伊豆に3ヶ月滞在し、地元の人たちと交流し

          「編集とは、下山まで含めた道案内」。編集者 中川晃輔さんが大切にしている【編集の視点】。

          残り続けるものってなんだろう。

          南伊豆町に来てから2ヶ月が経つ。 日々暮らしている中、大切な人や、大切な場所が増えていく。 それは、食事に困ったときに走っていくお隣のパン屋さんだったり、週に2回ほどお手伝いをさせてもらっているカフェだったり。 これまで日常的に会っていた地元の友人や家族、パートナーに会えない日々は少し寂しい。けれど、そんな寂しさに埋もれず過ごせているのは、このまちの人たちのおかげだ。 残り続けるものを探していた。本題に入りそびれたが、このまちを訪れるにあたり、私には3ヶ月間で見つけた

          残り続けるものってなんだろう。

          黄昏どきを歩く。

          数年ぶりに、家族勢揃いで初詣へ行ったのがつい最近のこと。気がつけば寒さのピークも越え、3月になっていた。 忙しない日々の中、刻々と過ぎていく時間。 目の前の作業に集中していると、時計の針が進んでいることを忘れてしまいそうになる。 それでもほんの束の間のひととき。 私は「黄昏どき」の散歩がすきだ。 * 昼と夜の間、光が差し込んで景色が黄金色に染まる時間帯。現在私が住んでいる南伊豆町だと、17時から18時の間だろうか。 ここ最近は、忙しない日々から一度目を背けて、意識的

          黄昏どきを歩く。

          書き続けて、気づくこと。

          人は変われる。 言葉ではいくらでも言える。 けれど、言葉ばかりが先に来てしまうと、実感が置いてけぼりになる。 そして、必要以上に不安に駆られる。 そんなとき、行動を可視化する。 要素を文字化する。 すると、誰もが1日前から変化していることに気が付く。 たとえ変わりたくても、変わりたくなくても。 幼いころから楽器に触れていたこともあり、 聴覚情報を受け取りやすい自分。 南伊豆に来てすぐの1月ころ。 曲をリピートする癖がある私は、 これでもかというほど、小田和正を聴いて

          書き続けて、気づくこと。

          海と山。心、健やかに。

          海が好きだ。 寄せては返す波の音。 水面が輝く光の粒子。 海にいるとき。 全身を目一杯につかって、五感を開く感覚がある。 実家から、徒歩10分のところに海があるわたし。 楽しいことがあったとき。 それ以上に、自分では抱えきれない悩みに出会したとき。 幼いころから、事あるごとに海へ向かった。 先日、久しぶりに下田の外浦海岸へ出かけた。 平日、冬の外浦海岸。 あたりを見渡しても若いカップルが1組ほど。 貸切に近い海。 穏やかに奏でる波の音以外は、ほとんど無音。

          海と山。心、健やかに。

          一杯の場がつくる、ひとつの物語。

          南伊豆町に来てから1ヶ月。 気が付けば、このnoteも32回目の投稿です。 1ヶ月が経った今、改めてこのまちに来た当初を思い返す。 過去につけていた日記を見返しても、漠然とした不安を持ち続けていたように感じます。 それは、昨年5月に仕事を辞めて、ここに来るまでの1年間。 私は、ただひたすらに海を眺めたり。 ひたすらにデッサンを描いたり。 とにかく今この瞬間のことだけに、漠然と目を向けていたから。 いざ、「ローカル×ローカル」のオーナー、イッテツさんの編集プログラムに

          一杯の場がつくる、ひとつの物語。

          混じり合う、しあわせのかたち。

          南伊豆に来てから、今日でちょうど1ヶ月。 早朝のランニングで見つけた霜も、このまちでは何年ぶりかと言われた雪も、思い返すと遠い過去のよう。 今では少しずつ桜の蕾がふくらみ、ダウンコートも不要になった。 このまちにも春が訪れている。 春。 入学式に、入社式。 はじまりの季節なんて言われる春だけど、まさにその通りで。 季節の変わり目に吹き始める、南風の気配を感じたとき、 目には見えない新しい何かに、そっと期待をしている自分がいる。 *** 実は、そんな私も今日から新

          混じり合う、しあわせのかたち。

          だから私は幹事をやる。

          昨年末。師走という言葉をそのまま受け取るかのごとく、私は忙しない日々を過ごしていた。夕暮れ時、居酒屋が営業前の時間帯になると、さまざまな店舗に電話をする。 「12月20日の18時から、5名でお刺身盛りプランの予約はできますか?」 「12月21日の20時から4名、飲み放題3時間のプランでお願いします!」 普段から、頼まれごとをされることが多いかといえば、そういうわけではない。 しかし私は、何かのイベントシーズンが始まると、ことあるごとく、幹事に任命される。 あなたに向けて

          だから私は幹事をやる。

          今この瞬間を楽しめるひと。

          好きな食べ物は、スパイスカレー。 好きなアーティストは、小田和正。 「好きな●●」については簡単に答えられるのに、 (人間的に)好きなタイプは? と聞かれた途端、思い悩んでしまうことがある。 「優しい人が好きか?」と問われたら、必ずしもそうではないし、 「面白い人が好きか?」と聞かれても、特段しっくりこない。 小学校のころから、 “毎日、クラス全員に声をかけること” を目標にしてきた私からすれば、 みんな違ってみんな良い。そこには好きも嫌いも存在しない。 そんなとき、

          今この瞬間を楽しめるひと。

          常識の概念って、どこから?

          「常識」。 誰かにとってのそれは、「週に5日、会社に出社すること」かもしれない。 また、他の誰かにとっては「困っている人には、手を差し伸べること」かもしれない。 場所によっても、人によってもいろんな視点があるだろう「常識」。 これまでどこかに所属しようとしなかった私には、 その言葉の概念がいまひとつ分からない。 分からないなりに、辞書で「常識とは?」と、検索する。 するとこんな答えが返ってきた。 この言葉を見たとき、私は「もしかすると一般の社会人ではないのかもしれな

          常識の概念って、どこから?

          変わらない、日常を。

          「もしも1つだけ願いが叶うなら」 私は何を願うだろう。 小学生のころ、サンタさんに「ニンテンドーDSがほしい」と願った。 中学生になると、流れ星に「試合前に怪我が治りますように」と願った。 今の自分に問いかける。 もしも1つだけ願いが叶うとしたら、 「私は大切な人たちと、焚き火を囲む、日常を過ごし続けたい」 日常に、火を灯す 学生のころは、夕方になるとこんな連絡が飛び交った。 「今日、火焚く?」 地元に海があるわたしたちにとって、 焚き火ができる海は、みんなの

          変わらない、日常を。

          「エッセイ」は贈り物。

          「1日1エッセイ」を書き始めてから、今日で26日。 ふと振り返ると、ときが経つのは早いなあと感じる。 南伊豆の編集者、「イッテツさん」のもとへ、編集修行に訪れたのが26日前。 あの日から毎日書き続けた「エッセイ」には、 一体どのような意味がこめられているのだろう。 そんなことをふと考えていた。 *** 書き始めて数週間は、1本書くのに何時間も、何時間もかかっていて。 自分の心の声と向き合うことには、日々しんどさが伴っていた。 でも、そんな過去の自分に伝えたい。 「

          「エッセイ」は贈り物。