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幸せの尺度なんて、人それぞれよ。

年度末、最終日。

文字を起こすことに不安を感じながらも、記憶として残す。

それは、過去への敬意を持ちながら、未来へのわずかな祈りを込めてという感覚に近いのだろうか。毎年春は来るけれど、同じ春は2度と来ない。そんな1度きりの春に感じたことを、言葉をのせていきたいのだと思う。

*

昨年4月、3年弱勤めていた会社を辞めた。
この会社のことが嫌いだなんて思ったことは微小もなく、むしろだいすきな職場であった。東京をすきでいれるのは、この会社があるからと言っても過言でないような、そんな私の大切な拠り所だった。今も尚、その思いは変わらない。

でも、私は無性に旅に出たかった。暮らしの中に自然を取り入れたいと思っていたし、会社以外のことを考える余白の時間が必要だった。

休みの日。四六時中slackを気にしながら、何かあったら片道2時間かけて職場に向かう。人と会っている途中でもお構いなしに、そんなことを選択していた自分は、どこか不健康な心を持っていたようにも感じる。

あのころは、会社が大切で、たいせつで、目の前の人と過ごす時間を大切にできていなかった。目の前の風景を大切にできていなかった。

だからかな。行き先のない、制限のない、目の前のことだけを味わうような、旅に出かけたかった。

目の前の景色を味わって。

辞めた翌日から、山梨、長野、和歌山、大阪、兵庫、北海道、静岡、愛知…。行先も帰る日も決めず、心のままに、身を任せて。とにかく私は旅に出た。

長野県。深い森の中で眺めた、早朝の霧。
散歩の途中で肌に触れる霧雨は、こんなにもやわらかい水質なのかと衝撃を受けた。

「このまま服までも脱ぎ捨て、1日中霧雨を浴びていたい!」

天然の水を生み出す自然の力に、ただただ圧倒された。
自分はどこまでも自然に生かされている、地球の一部なのだと感じた瞬間でもあった。

和歌山県。山奥で感じた熊の気配。
周囲にも響き渡り、熊に気づかれるのではないかと思うほど、大きく感じるわたしの鼓動。

「とくり、とくり」。

もう少し落ち着いてくれと思えば思うほど、次第に高まる心臓の音に、「まだまだ自分は生きていたいんだ」という欲深さを感じた。

会社を辞めた当初は、3ヶ月くらい休憩して、何かまた職にでもつくかと思っていた自分。

1つ1つの旅を振り返るとキリがないが、目の前のことを味わっているうちに、気がつけば1年が経っていた。

それが、私の中で生きていることを感じる瞬間でもあった。

社会との繋がりで生まれる感情

これまでの自分を振り返ると、ずっと不安だった。

定職につかないで大丈夫かな。不健康になったらどうしよう。生きていけるのかなぁ…。

漠然とした不安の中には、いつだって周囲との比較の念が混じっていたのだと思う。

「みんな違って、みんな良い」

そんなことをずっと美徳として持っていたかった裏側に、そう思い切れていない自分がいた。それがずっと、しんどかった。

定年まで勤勉に銀行で働き続けていた父親。日本でも有数の大学院でトップの成績を持ち続けて来た兄。それに対して、「早く普通の人間になりなさい」と言われ続けて来た日々。

「普通って何?」と問い続けながらも、どこか肩書きのない自分の生き方に、不安があったのだ。

「こんな自分のままでいいのかな…」

そのまんまで良いのだから

この旅が始まるとき。私は“不安を拭うこたえ”みたいな何かを、見つけて帰ってくるぞと意気込んでいた。この旅で、何かが変わると信じていた。でも、何も変わらなかった。むしろ、自分の忘れかけていた感覚を取り戻すだけだった。

*

結局私の中での幸せな瞬間って?…


「何気ない暮らしの中で生まれるひととき」。


大切な人たちと共に、食事を囲むこと。
朝起きて、植物の成長に癒されること。
西陽の時間、畳の部屋でギターを弾くこと。

本当にごく平凡な、シンプルな答えだけが自分の心から、浮かんできた。それだけだった。

それでも、自分の正直な気持ちを取り戻した今。私はこの1年間背負っていた重たい荷を、ようやく下ろすことができた感覚がある。

“目の前の一つひとつの瞬間を、味わえるにんげんでいたい。”





この1年間。これまで生きて来たいつの瞬間よりも、いろんな人の暮らしに触れることができた。暮らしをのぞくと、どの人にも大切にしているものがあって、それぞれ幸せな尺度は異なっている。

どんなかたちも美しくて、どんなかたちにも代わりはない。
それは、私も地球の中の1人の人間という意味で、どの人とも同じ。

結局自分はたった1人のにんげんでしかなく、幸せを感じる尺度は人それぞれで良いんだなと思えた1年だった。そこに正解などいらないのだと思う。

1年前の自分に伝えたいこと。

「きっといろんなことに葛藤する歳なんだと思う。でも、どんなに考えたって、どんなに人を羨ましく思ったって、人はそんなに容易に変わらない。結局あなたはあなたのままで良いんだよ」

*

明日からまた、新生活が始まる。
どんな楽しさや試練が待っているのかは、まだ未知の世界。だけれど、しっかり自分の心と対話をしながら、目の前のことを味わって生きていきたい。

忘れないように、忘れないように、メモとして残します。


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