人の気持ちを変えることなんて、できやしないけれど
人と関わらない毎日なんて。
そんな日々を歩んでいたのなら、どれだけ小さな井戸の中で過ごしていただろう。
旅の途中。
一人だと、楽な乗り物を選んでしまいがちな道のりも、二人なら、険しい坂道をずんずん歩いてゆけることがある。雨の中だって、闇の中だって、そこに会話ひとつあれば、怖いものなど見ることさえ知らず。
あくまで個人的な話にはなるが、人と関わって、互いにああだこうだと意見を交わして、時に汗水流しながら働いて。そんな時間を介して、私は「生きているな〜」という実感を覚えている。
とはいえ、心に余裕がないと、ついこんなことを考えてしまうときがある。
「なんで察してくれないのだろうか。」、「なんでうまく分かり合えないのだろうか。」
生き急いでいると時に、他人とのキャッチボールは、億劫で怠惰で、じれったい作業。最初から自分の思った通りに進むことなどないに等しいし、そもそも人の気持ちを変えることなんて、到底できやしない。
思えば当たり前のことだ。
生まれた場所も、これまで培ってきた経験も、何一つとして同じものはないのだから。
つい先日、そんなことをぼんやりと、ぐるぐると考えている日があった。確か休日の、雨の降る夕暮れどきのことだった。
***
そこから数日が経ち、そんなふうに考えていたことすら忘れていた忙しない日常の中。
職場の終礼で、ある先輩がこんなことを言った。細かい内容は覚えていないけれど、目の前の人の意識がなかなか変わらないことに悩んでいるとかなんとかの内容だった。
「大切なことと向き合うことは、とても面倒臭いことです。しかしながら、だからこそ、その人たちのことを考えて自分自身の行動を変えていかないといけないんです。(続く……)」
退勤前、疲れ果てて頭がぼーっとしていた矢先のこと。その言葉を聞いたとき、鮮明に自分の心が揺れ動いた瞬間を、脳裏で捉えたように思う。
「人は変えられないから、自分が変わるしかない。」
そんなふうに行動にうつせる人のことを見て、人は気持ちが動く(変わる)んだろう。
少なくとも私は、この言葉をまっすぐに言えるような人の背中を見て、この先も過ごしていきたいと思った。
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