糸口

どれだけ口汚く吐き出しても足りないくらい言いたい事があるのはどこかで口を閉ざした時だ。沈黙しなければいけなくなった時、あの時本当は言いたかったことを言っていい場所がここだから、生活において不本意な沈黙が少なければ、ぐっと飲み込む場面がなければ、noteは要らなくなる。最近あまり言葉が出てこない。書いて、書き切らなくて、iPhoneのメモに溜めるということが増えた。それでも書きたくなるのは、人と会った後である。どうしても、私にとって人は刺激物でしかないから。でも最近はそこまで強烈に反応したりはしなくなった。駅のホームのベンチでしばらく帰れなくて電車眺めたりしなくてもよくなったし、買い物に出掛けて疲れるまで歩き回ってぐったりとして帰ることもなくなった。引き際とか、なんか、そういうの分かるようになった。

最近よく料理やお菓子を作る。バナナケーキの生地をゴムべらで混ぜながら思い出す。3年前、自分の転職祝いにちょっと奮発して買ったオーブンレンジ。ちょうどコロナが流行りはじめた頃だった。入社して一日も会社に行かないまま自宅待機を言い渡された。社会と断絶された私はどの程度外に出ていたかも全然わからなくて、孤独で退屈で息苦しくて気が狂いそうだったけど、よくパウンドケーキ焼いてた。ドライフルーツごろごろで、ラム酒しみしみのやつ。その頃から時々お菓子作るようになった。

出社できるようになってからも、当時、思った以上に転職先の仕事は退屈だったのだけど、自分の時間は多く取れた。その頃は、やりがいみたいなものを求めて転職したはずだったから少しがっかりしていた。自分のしたことで誰かを喜ばせるとか、そこに働く価値を見出すとか、そういうことに憧れていたから。だけど段々と受け入れた。そもそも身の丈にあっていない願いだったのかもなあとも思った、私そんなに元気じゃないよなあと。あと、よく考えたら、知らない人とか、結構どうでもいいかもなとも。私は、自分のそばにいる人のことを喜ばせられたらそれでいいなと思った。整体の先生も言ってたな。そういう環境にたどり着いたのはきっと何か意味があるのよって。自分の時間がたくさんある分、そういうことに喜びを感じながら生きていこうって思ってた。実際、お菓子作る度に頑張って可愛くラッピングして、友達に配ったりしてたしね。

あれから3年経った。バナナケーキの生地混ぜながら思う。今、私は自分のためだけにバナナケーキ作ってるなあ。誰かを喜ばせたくてレシピ読んでるわけじゃない。自分が食べたかったから。作るの楽しいから。ただそれだけで、作ってた。それってすごく良い兆候、大きな変化。誰かにあげようとかも全然考えてなかった。そもそも人を幸せにしようだなんて烏滸がましい。みんな一生懸命自分の面倒見て、生活やってんだからさ。きっと誰よりも渇いていた。誰よりも不足していた。なのに、人一倍、分け与えようと必死だった。前はね。分け与えれば倍になって返ってくるとでも思っていたんだろうか。そんなの干からびてくだけ。自分のこと無視しちゃだめ。自分のこと一番に好きでいてくれる人なんていないよ、だってみんなそれぞれ自分のことが一番に好きで大事なんだから。だから私だけは私のこと一番に好きでいて、そうじゃないと私のこと一番に好きな人がいなくなっちゃう。それを前はまだよく分かっていなくて、感銘を受けたりして、私にとっては目から鱗で、当たり前のものではなくて、「よっしゃ」と思わないとやれなかったんだけど。今はそれが当たり前にできるようになっている。自分を自分の手で満たしてあげられるようになった。上手になった。自分のことを一番に考えてあげられるようになった。まだまだ修行中の身ですが。目標とか理想の姿とか目的とか自分に課さなくなった、てか重くてムリになった。目標なんてあったら、今の自分を否定しなきゃいけなくなる。私は今のままの自分で十分満たされている。愛している。変身願望は立ち消えた。何者にもならなくていい。自分が好きだよ。誰よりも好き。誰かから分けてもらおうとしなくても、注がれようと必死にならなくても、なんか、大丈夫だな〜って思う。そういう日が増えた。そうじゃない日も、なんとかかんとか、頑張って自分をあやす。

自分で自分を愛してあげられるようになって、満たしてあげられるようになって、そうなって初めて、人に分け与えることができるような気がする。分けてあげても、自分の分もなくならないくらいになって、ようやく、人を愛する資格が持てる、ような気がする。先週のアターブル、10話がすごく良い回だったのだけど、メモしなかったからもう忘れてしまった。自分を愛するには努力が必要、人を愛するには知性が必要。博識と教養と知性の違い。人を愛するには、やっぱりどうして、自分を愛することを避けて通れない。

これまで、私は私の強みやいいところばっかり考えて、そこからつながりそうなものやひとを探して出会いを築いたり、好きな相手がいる時には、その人の何が私を満たしているのか考えたりしていたけど。私の嫌いな私がいるとして、それを愛してくれる人がいればそれでもうぜんぶ良いのかもっていう可能性について、ツイッター見てたら思った。私の短所ってなんだろ。何だかその先はうまく頭が回らなくて、置き去りになっている。私、そんなに嫌いなとこない気がする。今はだけど。ようく考えないと分からなくなっている。別に嫌いじゃないし、そんなに自信なくない。二十歳くらいの頃、「私自分大好きだからさ〜」って度々口にしていたのは、自信のなさの表れ、裏返しだっていうのは、当時からしっかりと自覚していたけど。何度も敢えて口にするっていうのはそういうことだから。最近は大好きだと思うこともないし、嫌いだと思うこともない。けど、自分なんて、と思うことはあって、そういう自分を抱きしめてくれる人、私が私を抱きしめられなくなった時だけ抱きしめてくれる人がいれば、きっとあとは趣味が合わなかろうが気が合わなかろうが、どうとでもなってしまうのだろう。そして、私もそれをできる相手なら。今週末は母の誕生日なのでケーキを買って実家に帰る。そうだ、高速バスでぼうっとできる時間があるから、そこで考えることにしよう。もう少しで分かりそう。