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四行小説

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だいたい四行の小説。起承転結で四行だが、大幅に前後するから掌編小説ともいう。 季節についての覚え書きと日記もどきみたいなもの。
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2022年2月の記事一覧

栞 //220225四行小説

 空いた座席に栞が落ちていた。主要駅を過ぎて車内の人は減っていたから、誰かが置いている訳では無いようだった。
 落とし物として届けるべきかどうしようかと思案しつつ、栞を摘まんで観察する。この栞には見覚えがあった。上の方にパンダが描かれている、どこかの出版社の出している栞だ。確か書店で無料で配られていたはず。それだけなら別に届ける必要も無いと思えたはずなのだが、問題はこの栞の配布されていた時期が最近

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植物のバックアップ  //220223四行小説

植物のバックアップ //220223四行小説

 台所に置いていたベンジャミンが枯れかけてるからバックアップを取った。ベンジャミンとは観葉植物のことだ。コーヒーの木に似て茎は木肌のようで葉は斑入りのポトスに近い。そいつがどうしてか急に葉を落としつつある。水は一昨日あげたはずだし、冬だから虫が付いていることも考えにくい。恐らく根詰まりだろうかと予想を立てつつ、一思いにまだ綺麗な葉が三枚ほど付けた状態で茎を切った。三本ほどそれを作り、適当なコップに

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プリムラの呼ぶ春 //220221四行小説

 今冬最後の雪が降る。頭上の雪雲が通り過ぎれば、春がやってくるのだという。うっすらと積もり辺りは白色に染まっているのだが、真冬とは違ってやはりどこか春に近付いていることを感じる。耐寒性のプリムラが紅色に縁取られた黄の花を咲かせていて、遠い空の向こうには確かに春があることを教えている。
 プリムラの花を撮ろうとスマートフォンを向けると、花の映った画面に雪が落ちて六花が咲いた。綺麗な結晶は画面の熱です

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名は遠くへ //220218四行小説

 名前は風に融けていく。この世に生まれ初めて他者から貰う『名前』というものは、切なる願いを籠めたものであるけれども、付けられた当人にとっては束縛にも似ていた。いわば呪い。人に呼ばれる度に願いは重なり降り積もっていく。
 自分は今ここにいる。今は自分にも願いがある。ならば、自分の名前は自分で付けるべきではないのだろうか。大人というにはまだ幼いかも知れないが、この願いは大人になっても老人になっても持ち

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うつろい //220216四行小説

 ウが水に潜っている。
 梅のつぼみが膨らんでいる。
 スーパーに菜の花が並んでいる。
 帰り道が明るい。
 それぞれは小さな変化ではあるけれど、時は着実に前に進んでいて季節がゆっくりと移ろう。春と呼ぶにはまだ遠いが、目を凝らし手を伸ばせば指先くらいは届きそうだと、まだ手放せないダウンのポケットに手を入れた。

溺死の記憶 //220213四行小説

 水の引いた用水路を見て『溺れなくて済む』と安心する。想像の自分は雨が降っている日はいつだって溺れていた。酸素を求めて顔を出し、足で底を探そうと突っ張っても何も当たらず口から水が入っていく。何かを掴もうにも藻の生えた壁面はぬるついて、ぬるつくのに鋭利なところがあり手に傷が付いた。傷の痛みは水の冷たさで感じることは無かったが、だんだんと身体の芯に冷たさが迫ってくる。雨の日に外に出る人はあまりおらず、

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花の君 //220211四行小説

 花を見たときに思い出す人がいる。
 花屋の前にはプリムラが並んでいて、僕より前に来た人が買っていったのかいくつか空間が空いていた。プリムラは八重咲きやフリンジ咲きなどがあり、色もたくさんの種類があるからパッと見ただけでは同じ花が見付からない。
 どれだろう。君が好きなプリムラは。
 花が好きな君は、コンビニに行くまでの短い道中でも花が咲いているのを見付けると足を留める。道路の真ん中でも足を留めて

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葉の縁は白 //220210四行小説

 椿をぼうっと見ていたら、葉が動いた。一ヶ所だけがざわりと動いて、目を走らせたもののもう何も動いていない。なんだったんだろう……と考え始めたところでもう一度ざわりと動いて正体を突き止めた。緑の体に黒いきらめきは白く縁取られている。枝に止まっていたのはメジロだった。
 もうメジロがやってくる季節なのか。確かに梅に止まっているイメージはあるけれど、まだ梅にも早い時期だから少しフライングしてやってきたの

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折られた猿の手 //220208四行小説

 猿の手を得て願いを叶えようとしたら優しそうな人がやってきた。猿の手全ての指を折り、地面に放って「努力もなしに手に入れたものに価値は無いわ」と聖母のような微笑みで言う。僕はもう使えなくなった猿の手を一生動かない足を引きずって取り戻し、悔しさと絶望に奥歯を噛む。
 優しい人は、努力を見せてとバラエティ番組でも見るみたいに僕に言う。応援する自分の尊さを肯定したくてたまらない。他者が寄せる優しさは、いつ

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永遠の証明 //220206四行小説

 永遠はどうすれば証明できるのだろうか。遠い未来を思う気持ちに果てはなく、願いばかりが募る。奇跡を信じ、先を見据える。現在と地続きのずっと向こうへ、確かに変わらないものを求めている。

花の名の舞台 //220206四行小説

 「何か面白いこと無いかなー」とつまらなさそうに言うのが口癖の君は、きっと感情を揺さぶられる体験が足りない。同じような日々は飽きてくるから、その気持ちはよく分かる。要は刺激が欲しいのだ。
 舞台に行こう、と誘ったら意外にも君はすんなりと受けてくれた。席に着き、ブザーが鳴って舞台は始まる。
 それは愛の物語だった。麗しく美しい人を愛すが愛されることはなく、こんなにも愛しているのに孤独と空虚が付きまと

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苦手なものを貰う //220204四行小説

 「手、出して」と含みのある顔で言う君の前に言われるままに手を差し出せば、イチゴ味のチョコパイが乗せられた。「あげる」とあまりに可愛らしい笑顔で言われたから、刹那戸惑った後に「いいの? ありがとう!」と嬉しさを言葉にした。
 イチゴ味のチョコパイにはイチゴクリームが挟まっていて全体にはチョコがかかり、中心には真っ赤なイチゴジャムが入っている。イチゴクリームは美味しく食べられる。なのにどうにもジャム

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言葉の雫 //220203四行小説

 ポタリポタリと言葉が落ちる。君は喋ることがあまり得意ではなくて、小さな声で紡がれる言葉は雫のように静かに落ちる。聞き逃すまいと僕は耳を寄せ、多くはない言葉をどうにか掬う。
 僕が水ならその言葉を全て受け止められるだろうか。もっと君の声を引き出せるだろうか。澱んだ油を君に注ごうとする人達を、洗い流してしまうことは出来るだろうか。

ホットミルクはどこか苦く //220202四行小説

 アクビをして、ため息を吐いて、項垂れている。少しだけ凹んでいた。別に、何かがあったわけではなくて、どちらかというと楽しみにしていたことが不意のことで出来なくなってしまったような残念に思う気持ちと行き場を失った胸の高鳴りを持て余している。
 どうしようもないから、ひとまず牛乳をマグカップに入れてレンジで一分半。好きなゲームを用意して、好きなお菓子を一つだけ咥え、画面に向かう。もうこういうときは別の

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