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四行小説

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だいたい四行の小説。起承転結で四行だが、大幅に前後するから掌編小説ともいう。 季節についての覚え書きと日記もどきみたいなもの。
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2022年1月の記事一覧

日陰者の安息地 //220130四行小説

 早朝の薄明かりに満ちた部屋の中で一番暗いところに座っている。立てた両膝に腕を回し、その上に頭を置いて横を向く。灯台もと暗しというように、この部屋で一番暗いところは光の入る東の窓に面した壁際だった。ここは誰の視界にも入らない場所のような気がする。盲点のような場所。ここならば落ち着ける。ここだから落ち着けた。いずれこの場所にも光はやってくるが、それまではここが居場所だ。

またね //220128四行小説

 久しぶりに会った君は話しているだけで楽しくて、なんで最近会ってなかったんだろうと思うほどだった。しばらく会っていないと、どこか会うのが億劫になってしまう。電車に乗って一時間もいらない場所にいるから、いつでも会えると会わないでいる。そんな日が続いて、誘うことにもどこか遠慮して誘えなくなってしまう。
 実際のところ、会ってしゃべってみれば元通り。こんなに楽しかったなら、なんで今まで遠慮なんてしてたん

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風の色 //220126四行小説

[問5 主人公の目には風が何色に見えるでしょうか]
 これが理科なら透明と答えるところだが、国語の問題なのだった。文章中には[風の色]という記述はあれど、その文言が何色かを示すような箇所はない。想像しなくてはいけないらしい。
 主人公は男子学生で冬から春になる境目のような日に、少女に出会った。あらすじをざっくり書けばそれだけの話で、色を考えられるようなところはどこだろうか。例えば、まだ寒い冬の風が

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運命的な君との出会い方 //220125四行小説

 この青い空から君が落ちてきたら良かったのにと涙を拭う。
 そうしたら運命だったと確信出来るはずだった。
運命的な出会いだったなら、もっと何かドラマや映画みたいなことが起きて、どうにかなったような気がするのに。平凡な僕と平凡な君は、ありきたりな日々を過ごして何も起こらずにさよならをする。

シメちゃった //220124四行小説

「私、シメちゃった」
 ボソッと言う君の声に、ぞわりと肌が粟立った。罪を吐露するような声色だった。何をしでかしたというのだろう。
「何を?」
「タラちゃん」
「……タラちゃん」
「お酒もたらふく飲ませてやったわ」
「なんてひどいことを。何でシメたんだい?」
「昆布」
「……なるほど。それは大変なことになった」
 明日の夜ごはんに思いを馳せる。なんてことをしてしまったのだろう。あまりのことに、腹が鳴

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新雪の音 //220121四行小説

 いつもより影が暗い。カーテンから漏れる光は仄かで、部屋までを明るくするには至らない。次に気付くのは異様な静けさで、窓の外を覗くと予想通り銀世界が広がっていた。木々も屋根も白に染まって、元の色を忘れてしまいそうだ。
 毎朝のはっきりした音があるわけでもないのに、どうして静かだと思うのだろう。耳に慣れすぎてあるのに聞こえない音さえも、雪の積もった日には無くなってしまうということなのだろうか。音は細か

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夜闇は薄く //220119四行小説

 帰る時間になっても真っ暗ではなくなっていた。大分日が落ちるのが遅くなったようだ。気分的に寒さもどこか和らいだ気がする。一緒に帰りながら、笑い転げる君の顔もよく見える。

花嫁一輪 //220119四行小説

 浴槽の花嫁はドレスを広げて美しく咲いている。花嫁を数えるならば、一輪と数えるが相応しい。ドレスはクラゲのように、髪は海に投げられたごみ袋のようにふわふわと水面に浮かぶ。
 入浴剤の科学的な匂いが鼻につく。素肌を、プリンになった髪を、ドレスを、この身を。全てを白くするために、濁ったお湯には漂白剤が入っていた。全てを白に染めなければ、あの人に合わせる顔がない。赤い薔薇は白い薔薇に塗らなければ。身の潔

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結晶とカーディガン //220118四行小説

 雪が降る日に、君は紺色のカーディガンを来て雪原をくるくると回って雪の来訪を歓迎している。地面にたくさんの足跡を付けた後に立ち止まり、空を見上げる。降ってくる雪を腕で受けて、雪を観察。
「六角形!」
「分かりきったことを」
 楽しそうにしている君の側に行き、カーディガンにふっと息をかけると白い結晶は解けてしまった。叫ばれて、怒られて、こっちのカーディガンを引っ張られながら、確かに六角形なんだなと君

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君のために僕がある証明 //220117四行小説

 君に出会うために僕は産まれてきたんだ。君はそうではないと思うんだけど、少なくとも僕は君に出会うために産まれてきたと確信を持って言える。
 君は生きてさえいてくれたら僕は生きられる。だから君が死んでも僕は何度でも君を作ろう。年の差なんてどうでもいい。端からそんな関係は望んでいない。君がいないと僕は存在できないから、僕が君の存在を安定させる。君は君のまま君でいてくれるだけでいい。こちらを見ていなくた

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音躍る //20220116四行小説

 初めて来たホールは私にとっては大きかったけれど、どちらかと言えば小さい方らしい。ここは家から近い市民ホールだから、都会の方に行けばもっと大きなホールがあるのだろう。
「ライブがあるんだけど、どう?」
 半月前程にそう聞いたのは、ピアノ教室で一つ前の時間枠で習っている二歳年上の兄のように慕う人だった。ピアノと打楽器の二人でしているアーティストのライブらしい。
 母親に言うと、ピアノのライブだったか

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魚の聞いた人魚の歌声 //20220115四行小説

 イヤホンを耳に入れれば、世界は音楽に満たされる。音に身を任せて、悠然と泳げばいい。頭の中を水ですすぐような旋律は、美しくて心地が良い。自然と音楽は溢れてしまうから、指でリズムを叩き、小さく口ずさみ、音楽に乗ってどこまでも泳いでいく。

椿の埋葬は雪の中 //20220114四行小説

 椿の首が落ちた。水面に落ちれば波紋となって余韻も残るのに、落ちた場所は白雪の上で衝撃も音も温度も吸収して何にも影響もしなかった。その内に吹雪いた雪が降り積もり、色さえも奪っていく。
 存在はどこに残るのだろう。春になり雪と共に花びらは溶けて微生物に分解されて消え去って、受粉もせずに散ったなら残った木に何か実ることもない。
 冷たい冬には虫もいない。陰で咲いていたから人目にもほとんど触れていない。

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甘いリンゴ //20220113四行小説

 リンゴの匂いがする……鼻をくすぐるような匂いに頭をもたげると、リズムのいい包丁の音が聞こえた。今にも閉じそうな目をなんとか開けて、台所へ行くと少女が剥いたリンゴを切っているところだった。俺の腰辺りまでしかない身長は、少女専用の台に乗って今は胸くらいの高さになっている。
 小さな手にはその包丁は大きすぎるのだが、意外にも安定感があって心配なく見ていられた。くるくると一度も切れずに円を描いた皮もまな

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