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四行小説

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だいたい四行の小説。起承転結で四行だが、大幅に前後するから掌編小説ともいう。 季節についての覚え書きと日記もどきみたいなもの。
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2021年10月の記事一覧

金木犀の香り //211030四行小説

 悠然と街を歩き、その匂いがすれば辺りを見回す。深緑の葉の間から見える小さい花の蕾はまだ開いていないが、どうやら抱いた匂いが漏れているらしい。花は明日にでも開き、満開になるのだろう。花は桜、匂いは梅と言うけれど、そろそろ秋はこの甘い金木犀の香りを季節の代表としてもいいのではなかろうか。

瞳 //211029四行小説

自分のことはそんなに好きではないけれど、君の瞳に映る私は好きだった。

銀木犀 //211028四行小説

 甘い匂いがして、君が顔を上げる。「この匂い、終わったんじゃないん?」嬉しそうに辺りを嗅いで、目を凝らす。
 これは時期的に銀木犀の匂いだろうか? 君は花があるかを確認しようとしていたけれど、早くに落ちた日のせいで見えない。私の目にも花の姿は見えない。君が隣で笑っていることしか分からない。

寒い日のお風呂 //211027四行小説

 冷たい足先に湯の熱さが沁みる。身体が冷えていることを感じながら、ひりつく肌に気を付けながらゆっくりと湯船に入る。じっとしていればだんだんと湯と自分との境目がなくなってきて、じわじわと温まっていく。
 心地よい温度に肩まで浸かり、息を吐けば一段と沈むようだった。冷たさと温かさの差があればあるほどお風呂は気持ちよくて、このときだけは冷たさも好きになれそうだ。

ダメダメにするクッション //211026四行小説

 人をダメにするクッションでダメになり、程よい温もりにダメダメになっている。疲れていて、眠くて、ダメになっているところにダメにするクッションがあればもうダメで、うとうととしてしまう。起きたら何もしてないのにもうこんな時間かよとなんかもうダメダメである。

秋の雨 //211025四行小説

 秋の空気が濡れている。あの澄んだ透明に水の粒が撒かれて、息をする度に気圧の低さまで思い知らせてくる。
 久しぶりの雨は早朝から降り続け、ついに帰る時間になっても止むことは無かった。暖房を付ければ暑く、切れば寒くなるこの中途半端な気温と湿度で服装は定まらない。仕方なく重い上着に袖を通し、思いのほか粒の大きい雨を傘で受けている。

幼き特権 //211024四行小説

 年端もいかない子と遊んでいて、事あるごとに撫でていたら不意に撫で返された。大人になってからはあまり頭を撫でられることなどないので不思議な気持ちになる。
 撫でるという私の気まぐれのなんでもない行為を少女が嬉しいと思い、それを返してくれたというならば私も素直に嬉しい。嬉しいなーと思いながらこちらからも撫で返し、次は何して遊ぼうかと聞いた。

やまなみ //211023

 空気が冷えたせいなのか、澄んだ空と山の端のコントラストがくっきりとしている。夕暮れのグラデーションはまだ昼を覚えているのに、波のように連なる山は既に夜の様相で真っ黒だ。
 似た空を知っている。南の方に旅行に行ったとき、海を見ながら先輩と長く話していた。あの山と同じように闇に隠れた先輩の表情は、いまだに分からないままだった。

おつかれさん //211022四行小説

 疲れたときの頭の動かなさはどうにもならなくて、どうにもならないなりに何か考えるけれど、ただ目の前のもふもふとした犬の感触が素敵なことしか分からない。

尻尾風 //211021四行小説

 蝶の羽ばたきがいつか台風になるのなら、喜ぶ犬の尻尾を見て僕が嬉しくなるのは当然のことだし、尻尾を振ってできた風が数キロ離れた君を嬉しくさせることも簡単なことなんじゃないかと思う。

まほろ //211020四行小説

 物言わぬ歯車に首はなく、白い躯体には器用な指が付いていた。外界と遮断され、必要なものばかり集められた場所に彼はいる。
 指示されたことをこなすために作られた彼は、意思も無く、考えることもなく、ただ入力された細かなコマンドを実現させている。首もなければ耳もないので、私の歌声さえも聞こえない。彼の幸せは、彼の手に出来ることを与られることだけだった。必要とされることに応えることだけだった。

君の紅葉 //211019四行小説

 夏には金髪だった君の髪が、秋の装いなのか暗い色に変わっていた。その色の君も可愛いと思っていたら、「どんなあいつの姿でも好きな癖に」と自分の中の誰かがすかさずつっこんだ。

はぴば //211018四行小説

 漫画読んでたら零時過ぎてて気付いたら年取ってたわ、くらいの勢いで最近自分自身の誕生日に対しての扱いが雑である。雑ではあるけれども、いつもの友人や久々の友人や実家などから祝いの言葉をいただくとやはり嬉しいもので、じっくりと噛み締めている。
 同じ誕生日の友人に、このプレゼントで良かったのだろうかと買ったときから長らくドキドキしながらやっとそれを渡す。おそらく向こうも同じようで、少し緊張した面持ちで

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走れそうな気がした //211017四行小説

 いつものように半袖で外に出たら、冷たい風が腕を襲う。そういえば寒くなると天気予報で言っていたことを今更ながらに思い出し、家に戻ってパーカーを引っ張り出してきた。薄手のパーカーで丁度良い気温で、これなら走るのにも良いかもしれないと思う。
 運動不足が祟って、ちょっと不調でもあったからこれを機に走るのもありだろう。何かを始めるのにもいい季節なのだ、秋は。疲れてめげても美味しいものがあるので尚更。