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第58回 『ポトスライムの舟』 津村記久子著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、ママ江さん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 わたしには夫と5歳になる娘がいます。育児と家事に日々追われている、専業主婦というやつですね。
 読書といえば、さいきんは子育て本か料理本くらいのもので、小説なんてもうながいあいだ読んでいない、そのことに気づきまして、先日スーパーへの買い物のついでに書店に立ち寄ってみました。

 店内を歩いていると、とつぜん誰かに声をかけられたような気がしたんです。目を向けると、そこには文庫本があって、帯にはこう書かれていました。

「毎日働くあなたにも。」

 えっ、わたし?
 確かに、わたしはお給料をもらっているわけではないけれど、毎日、家事に育児に勤しんでいるよなー。
 主婦も立派なお仕事ですよ、って、その本に言ってもらったような気がして、手にとってみると、タイトルは──

『ポトスライムの舟』とあります。

 ポトス? わたしめっちゃ好き!
 そう、観葉植物を家の中に飾って世話することは、わたしの数少ない趣味なのです。迷わずわたしはその本をレジに持って行きました。

 読んでみると、主人公は、ナガセと呼ばれる29歳の女性。独身で、実家に母親と暮らし、仕事は、工場で契約社員として勤務しながら、他にも、友人のカフェを手伝ったり、パソコン教室の講師や、データ入力のアルバイトをしているようです。
 そんな彼女は、ある時、世界一周旅行のポスターを見かけ、その費用163万円が、工場で彼女が稼ぐ年収とちょうど同じであることに気づき、これから1年間でその金額を貯めようと決意します。
 どうやらわたしとはまったく状況の異なる主人公のお話であるらしいことを知って、わたしは少々落胆してしまったのですが、読み進めるにつれ、思いも寄らず、うん、うん、とどこか共感する気持ちと共にナガセのことを応援しているのでした──

 先の見えない人生を、前向きに働き、暮らそうとする女性の日々を綴った『ポトスライムの舟』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 生きていくのって、大変ですよね。
 ナガセは、新卒で就職した会社でパワハラを受け、どうやら心に傷を抱えている。現在はいつ解雇されるかもわからない工場での非正規雇用。先の見通せない閉塞感漂う彼女の労働と、同じ金額価値をもつ世界一周旅行に気持ちを向け、貯金生活を始めたことを機に、ナガセの生活はささやかながらも光を帯びていく。
 カフェをひとりで切り盛りする女友達、夫との離婚を決意した学生時代の同級生とその一人娘、夫の浮気に悩む職場の先輩──ナガセは貯金のために節約を心がけながらも、そんな自分の周りにいる大切な人々のために、時には自分の大切なお金を差し出す。そうやって、ちょっとずつ生活がうまく回り出し、あともう少しで貯金の夢叶うかというところで、ナガセは思わぬ事態に陥ってしまう──。

 ところで、ナガセは家でポトスを育ててるんです。お金のかからない趣味として。時には食費を切り詰めるために、ポトスを食べることさえ妄想してしまう笑 ナガセの暮らしが好調な時も、不調な時も、ポトスはお構いなしに、どんどん繁茂していく。ポトスは生命力、強いですから。

 挫折しかけた貯金の夢は、最後の最後でまた思わぬ展開を迎えます。それはそれまでナガセが周囲の人々を想い、きちんと生きてきたことの報いとして。わたしは思わず、じんと胸を打たれました。
 その報いはきっと、水をやった分だけ、すくすくと成長し、葉を茂らせるポトスと同じなんでしょうね。
 ところでポトスの花言葉って、「永遠の富」なんです。昔は、「富」は「お金」とほぼ同義であるように思ってましたけど、この物語を読んで、富って、もっと奥深いものなんだろうなーってしみじみ思いました。
 わたしも専業主婦として、前向きに働いていこう!
 そんな気持ちにさせてくれる読書体験、いや、コスプレ体験でした。

 ……でも、この本を読んで気になることができてしまいました。ナガセの労働が世界一周旅行と交換する金銭価値があったのだとすると、いったいわたしの主婦としての労働はどんなものと交換できる価値があるのだろう? ということです。
 主婦って、年収おいくら万円なんでしょう……あーモヤモヤします!!笑


 ママ江さん、どうもありがとうございます!
 この作品は、2009年に芥川賞を受賞した作品です。芥川賞というと、ちょっと難しい小説?って思われるかもしれませんが、この作品はとても平易かつ、どこかユーモアのある言葉で書かれていて、だからでしょうか、日々の何気ない瞬間の心の機微が丁寧にすくいとられている、そんな作品です。
 主婦としての労働価値についてモヤモヤするママ江さんに、ひとつお勧めしたいのは、山崎ナオコーラさんの「リボンの男」という作品です。これは、自分の時給はマイナスなのではないかと悩む主夫の物語で、育児や家事をする者たちの日常こそが社会の経済を回しているのではないか。そんなことに気づかせてくれる小説です。
 ママ江さん、またお気軽にお便りしてくださいね!

 それではまた来週。 

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