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第61回 『誰にも奪われたくない』 児玉雨子著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、スッピン子さん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 いつも楽しくラジオを聴いています。
 今日はさいきん私が読んだ(コスプレした?)本についてお便りしました。

 太郎さんは、
『誰にも奪われたくない』という小説を読んだことありますか?

 主人公は、レイカという女性の作曲家。
 彼女はあるとき、楽曲提供しているアイドルグループのメンバーである真子と連絡を取り合うようになり、親しくなっていきます。ところがアイドルの真子は問題を抱えており、徐々に二人の間にも不穏な空気が漂ってきて──といったストーリー。
 年齢と性別以外、私とレイカにはまったく共通点がありません。私はごく普通の会社員で、作曲家じゃない。アイドルの友達もいない。(まあ、一般人の友達もいないに等しいですが…)よーし、ここは、作曲家がアイドルと友情を育むっていうコスプレ読書を楽しむぞー♪って思いながら、読み進めていくと、意外なことに、私自身について、気づかされることになりました──

 私はただ私でありたい──そう願い生きようとする女性の日々を綴った『誰にも奪われたくない』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 レイカにとって切実なことは、自分ひとりきりできちんと存在したいのに、それが実際には難しいこと。

 途端に自分がとても無防備なものだという感覚がせり上がってきた。どうしてこの体には耳、鼻、口、臍、性器、排泄器といくつも穴があるのだろう。それだけじゃなく全身におびただしく毛穴が散らばっているし、眼球に至っては剥き出しで、瞭然と世界と自分が隔絶された構造じゃないことが、どうしようもなく不快で無力感に苛まれる。ひとりで存在しきれない惨めさ。たくさんの品々で自分を塞ぎ守らなくてはわたしはわたしを健やかに保存できないのだ。(作中より引用)

 レイカがいつも使ってるAirPods Proを私も使ってるのですが、これを読んだ私は思わず共感して、その先を食い入るように読み進めていました。

 レイカにはかつてシンガーソングライターとしてメジャーデビューした過去があるんです。でも契約を打ち切られて、いまは作曲家。と言っても、銀行に勤めながらの兼業。
 その現状を、同業の専業作曲家から中途半端と非難されたり、さらには作った楽曲を陵辱されたり、銀行では同僚からキャリアアップのための正論をとうとうと説かれたりと、余計なものを注ぎ込まれ、大切なものを奪われているような苦しさを抱えて日々をやり過ごしてる。
 自分は自分として存在したい。自分に他者を馴染ませられない。いつも何かに耐えているレイカには、アイドルの真子ちゃんの個人主義的な価値観に共感して、惹かれていったんだと思います。でもそうやって親しくなった真子ちゃんに対しても、レイカはとっても気を遣ってる。自分の発言をいちいち慎重に吟味してから喋る感じ。

 顔を合わせていると、どうしても相手に対してどんなに薄くてもいいから絶縁膜を張りたくなる。(作中より引用)

 あーわかるなー。
 大切なひとを傷つけたくないんだよね。そして、自分も相手に傷つけられたくない。

 結局、自身の抱える問題をきっかけに真子ちゃんはアイドルとしてのポジションを奪われてしまう。その時、真子ちゃんから胸の内を吐露されるんだけれど、レイカには理解してあげられない。理解できないのに、受け止めようとする。ああ、なんなんだろう。この距離感。切ない……。

 一方、正論を振りかざしながらしつこく言い寄ってくる銀行の同僚の男に、レイカはとうとう感情をぶちまける。その時のレイカの体の震え、息遣い、心臓のバクバクが、私には痛いくらい伝わってきました。

 レイカの痛み──

 どうしてもたったひとりだけで存在を完結できないという事実が幻痛のように噴き出す。両親から細胞や金銭や欲望や若さを盗み続けながら生まれ、育ち、世界から電流と、文字と、食事のための生命を、他者からは時間を奪わなくては自分の生命を維持できない。(中略)誰かが発見したスケール中の音を繋いで決まった和音を当てているように、わたしは他者から分けてもらったり奪ったりしてきたものの組み合わせであり、それらの総体でしかない。(作中より引用)

 自分の望み通りに生きるって、難しいですよね。
 私とレイカは職業も交友関係もぜんぜん違うけれど、この本を読んで、レイカの心の声を聞くことで、私自身の胸の内のもやもやが、言語化されて、スッキリしました。ちょっと泣きましたし。
 レイカちゃん、どうもありがとう!


 スッピン子さん、どうもありがとう!
 自分らしく生きていきたい、でも他者との関わりなしには生きていけない。他者から奪われたくない、でも自分も奪っている。──なんとも悩ましいジレンマが、レイカという女性の繊細な視点で綴られたこの作品は、人気作詞家による初の中篇小説です。
 アイドルの真子ちゃんの闇に迫っていく展開はちょっとしたミステリーのようにドキドキしながら読みました。次の作品も楽しみです♪
 スッピン子さん、またお便りしてくださいねー!

 それではまた来週。 

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