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第30回 『中山坂』 古井由吉著


 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、よし子さん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 私の彼氏、文学ヲタなんです。
 たいてい同じ本が保存用と閲読用の2冊あって、初版にこだわってる。部屋のいたるところが本棚と化していて(靴箱、洗面台の下、台所の引き出しも!)、彼が「神棚」と呼ぶガラス戸のついた立派な本棚には分厚い文学全集がずらり並んでいて、本当に手を合わせて拝むんじゃないかってくらい大切にしています。

 ある日、近所に買い物に出かけた彼が戻ってくるのをスマホゲームしながら彼の部屋で留守番してたんですけど、ちょうど充電切れちゃって、充電器もないから、ちょっとした退屈しのぎにガラス戸を開けてみたんです。そう、神棚の。
 そこから適当に一冊抜き出して、パラパラめくっていたら、下総中山駅という単語が目に入ってきました。それは私が普段通勤で使っている総武線で通り過ぎる駅でした。降りたことはありません。

 作品のタイトルは『中山坂』とあります。

 少し読んでみると、どうやら主人公は若い女性のようで、彼女は電車で寝過ごした末に着いたその駅の改札を抜けると、そのまま道を歩いていく様子です。乗り過ごしたのなら、どうしてすぐに反対方面の電車に乗って引き返さないのだろう? 彼女はそうとうなヒマ人? 素朴な疑問を抱きながらも、わたしはちょっとした途中下車の感覚で読み進めることにしました。すると──

 見知らぬ老人との遭遇を通じて、性と生の感触を反芻させられる女性の彷徨を描いた短編小説『中山坂』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 ああ、主人公の「女」は知らない土地をさまよいたかったのかもしれないと、私はこの作品を読んで思いました。彼女は前の晩に好きでもない男に抱かれてるんです。そしてその日も男に抱かれそうになるのを逃れて乗り込んだ電車でした。その足でそのまま自宅に帰る気分にはなれない、友人とも顔を合わせたくない、どこか知らない土地に途中下車する必要があったのだと思います。
 そして、そこで女は末期ガンの老人と偶然出会った。老人の唯一の楽しみであり、おそらくはこれが最後になるだろう競馬の馬券を歩行のままならない老人の代わりに買いに行くことになり、それが当たって、彼女は幸運の女神になった。近くの茶屋で祝いの宴会が始まった時、死んだように寝入る老人の傍で、女は寿司をひとつまたひとつと口に運んでいくのだけれど、寿司をすべて平らげればこの宴会は終わる、宴会が終われば老人にはもう死ぬことしか残されていない──読みながら私はまるで老人の命を口に含んでいるような気持ちになりました。
 それは気持ちというよりも、感触。生々しくて、実体のあるもの。体の中にまだ残る、前の晩男に抱かれた感触に、その老人の命の寿司の食感が重なり、絡み合って、読後も私の中にしばらく残って消えませんでした。

「小説って、理屈じゃなくて、感覚を味わうものなんだね?」

 帰宅した彼氏に私がこぼすと、彼はみるみるうれしそうに顔を綻ばせました。私が小説の話をしたのは初めてでした。
 それからというもの、彼は私によりいっそう熱心に文学を語るようになりました。それで、少しずつですが、彼の勧める小説を読みながら、様々な感触を味わっています。それまで小説は私には絶対無理って思ってたけれど、ただの食わず嫌いだったんだなー、そのことに気づくことができたのは、彼の「神棚」のおかげです。感謝!

 よし子さん、どうもありがとうございます!
 たしかに、小説って、ストーリーとか、登場人物とか、そういうものをすべて取っ払った時に残る感覚こそが魅力なのかもしれませんね。
 それにしても食わず嫌いがわかってよかったですね。読書好きがひとり増えてくれて、ぼくも彼氏さんの「神棚」に感謝です! そこには古井由吉作品以外にはいったい何が並んでいるのだろう。興味津々です。
 よし子さん、またコスプレ体験、お便りしてくださいね!

 それではまた来週!

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