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第63回 『しょんなかもち』 小山内恵美子著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、パステルピンクさん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 40を過ぎると、色々と老いを感じさせられることが増えて、もうイヤになっちゃいます。老眼でしょ、疲れもなかなか引かないし、以前から悩まされていた肩コリもここのところ酷くなる一方で……この先もずっと付き合っていかなくっちゃいけないんでしょうねー。

 そんな私は最近、ある小説を読みました。
 その名も『しょんなかもち』
 どんな意味だか分からない、でもなんだか素敵な響きでしょう? タイトルの語感に惹かれて、読んでみることにしたんです。思えば久しぶりの読書❤

 この作品はこんな一文から始まります。

 股関節が痛みはじめた。(作中より引用)

 あらやだっ! 実生活で肩コリ痛に悩まされてるっていうのに、読書まで痛みに耐えなくっちゃいけないのかしら……おそるおそる読み進めると、主人公は44歳の女性(偶然にも私と同い歳!)。彼女はあるとき股関節に痛みを覚え、医師に見てもらうと、進行性の関節疾患であることがわかります。
 筋肉を鍛える体操を勧められるままに実践しながら、根気強く通院しますが、痛みからはなかなか解放されません。そこで彼女は、「痛みの先輩」に教えを請うことにします。
 義母はこれまでに病気や怪我で様々な痛みを経験してきました。いまは認知症を患って、グループホームで穏やかに生活しています。彼女が訪ねてみると、義母は不意にこんなことを口にしました。

「しょんなかもち、しょんなかもち、ああ、なつかしか……」(作中より引用)

 しょんなかもちって、何??
 私は主人公の女性と同じ疑問を抱いたまま、先を読み進めました。そこに待っていたのは、これまで味わったことのない、ちょっと不思議な体験でした──

 自分の身体の痛みとの付き合い方を模索する女性の日々を綴った『しょんなかもち』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 「しょんなか」とは、主人公の女性の暮らす土地の方言で、しょうがない、仕方がない、という意味。そのことを彼女は知っているけれど、もともと別の土地で生まれ育った彼女には、それを自分の言葉として話すことはできません。

 彼女は担当の医師から、こんなことを言われます。

「痛みというのは、声なんです。」(作中より引用)

 以来、彼女は「痛みの先輩」である義母の痛みの声に耳を澄ませるようにして、過去の義母についての回想に浸っていきます。
 また、どこか楽天的な妹とのやりとりを通じて、彼女はこんな気づきへと至ります。

「しょんなか」はあきらめの言葉であり後ろ向きな言葉だとおもっていた。けれどもしかしたら、大丈夫、なんとかなる、前へ進もうと、自らを鼓舞する意味が底に流れているのではないか。(作中より引用)

 この小説の中では、残念ながら、主人公の女性の股関節痛が改善するといった変化はありません。義母との関係にも劇的な変化は訪れません。でも、彼女の義母に向ける眼差しは、ページをめくるごとに少しずつ変化していく。
 医師の言うように、もし痛みが声であるならば、義母の中にはこれまでに負った沢山の痛みの声がいまもまだ鳴り響いている。けれど、認知症の彼女には、自分の身体の中にあるその声たちをすくい上げることができないのかもしれない。彼女は、でもそれゆえに、いま痛みからようやく解放されて自由なんだ。そんなことを思いながら、しみじみ彼女は義母を眺める。そうしているうち、ほんの一瞬なんだけれど、彼女は自分の股関節の痛みを忘れていることに気がつく。それは、痛みについて色々と思索を重ねてきた彼女に訪れた、束の間の救いなのだと私は思いました。

 確かに、痛みは声なのかもしれませんね。
 私の肩コリの痛みは、私に何かを訴えようとしているのかもしれない。痛みは自分自身の声に耳を傾けるいい機会なのだろう。そんなことを私はこの作品を読んで思いました。
 そして、ちょっと不思議なのですが、この本を読んで以来、作品の中ではついに最後まで正体が明かされずじまいだった「しょんなかもち」が、肩コリが痛むたび、私の身体の内に、モチモチっと、まるでつきたてのお餅のような感触でもって現れて、私のこわばった気持ちを柔らかく解きほぐしてくれるようなのです。
 ひょっとして作品の中の彼女もこんな感覚を抱いていたのかもしれないなって思いました。太郎さん、これも読書コスプレってやつでしょうか? とにかく、私も肩コリ痛とのこれからの付き合いにちょっとだけ前向きになれそうです。


 パステルピンクさん、どうもありがとうございます!
 痛みとどう向き合うか。痛みとどう付き合っていくか。これって、永遠のテーマですよねー。ぼくも最近は、読書のしすぎでしょうか、眼精疲労に悩まされています。そして皮肉なことに、読書している時だけは痛みを忘れていられるんですよね笑 でもこの作品を読んで、ぼくなりに痛みとの付き合い方のヒントが見つけられたような気がします。ありがとう、しょんなかもち!
 パステルピンクさん、肩コリお大事になさってくださいねー。

 それではまた来週。 

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