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第18回 『異類婚姻譚』 本谷有希子著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、福笑い泣きさん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 うちのダンナ、家でなんもしないんです。
 育児と称して、来年小学校にあがる娘と遊んでいるばっかりで、家事という家事をほとんどしない。ほとんどっていうのがまたミソで、たまの気まぐれでゴミ出しとか、洗濯物をベランダに干したりとか、夕食の買い出しとか、とにかく世間の目に触れるところでは『イイ夫』をきどろうとするものだから、よけいに腹立たしいったらありません。
 この前だって、ダンナの両親を家に招いて食事をしていたら、義母が言ったんです。
「うちの息子みたいなのを世間では『イクメン』って言うんでしょう?」
 それを聞いて、うちのダンナはまんざらでもなさそうな顔をして、否定しようとしない。テメエは、娘と一緒になって遊んでるだけの、ただのガキんちょじゃねえか! そう言ってやりたい気持ちを抑えるのにわたし必死でした。
 ねえ、聞いてよ、うちのダンナったらさあ──憂さ晴らしにLINEで友達に愚痴をこぼすと、テキストもなく、アマゾンの商品紹介URLが送られてきました。

『異類婚姻譚』……?

 プッとわたしは吹き出しました。たしかに! わたしはまったく異なる種類の生き物と結婚してしまったのかもしれません。購入ボタンをポチッ。翌日届いた文庫本を、家族の寝静まった夜にリビングで読み始めました。すると、読み始めたら、もう止まらない。最初のページをめくってしまったが最後、もう引き返せない。どこか、到達してはならないところに到達してしまうような嫌な予感を覚えながら、変に汗ばんだ手でページをめくっていきました。読み終わると、気づけば午前2時。その晩、わたしは眠れませんでした。
 というのも、わたしはあることに気がついてしまったのです。

 夫婦というカタチの奇妙さを描いた現代の寓話小説『異類婚姻譚』をまだ読んでないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 

「ミヤちゃん、おはよう」
「ママ、おはよー」
「パパを起こしてきてくれる?」
 翌朝、わたしはいつものように娘を寝室に向かわせました。キッチンで目玉焼きをつくりながら、わたしはソワソワとして落ち着きません。ほどなく娘がひとりで戻ってきます。
「パパ、きのうお仕事で疲れちゃったから、もう少し眠るってママに伝えてだって」
「あらそう。でも、今日は会社で定例会議がある日でしょう? いま起きないと朝食抜きで出かけないといけなくなるわよって、パパに伝えて」
「もー、パパもママも、ずっと伝言ゲームしてるよねー」
 娘はそれでも楽しげに夫の元へと向かいました。
 そうなのです。わたしとダンナは娘を介して会話する以外に、最近ではろくに喋っていません。子はカスガイとはよく言ったものです……。
 そして、喋ってないとなると必然的にわたしはダンナと──
「パパ、うんわかった起きるってママに伝えてだってさ」
 戻ってきた娘はそう言うと、食卓で朝ごはんを食べ始めました。
「あらそう、わかった」
 わたしもそそくさと食卓について手を合わせます。
 皿の目玉焼きを箸で崩しながら、わたしはもういまにもやってくるダンナの顔を思い浮かべました。
 心拍がドクンドクン高鳴ります。
 ダンナの顔、ダンナの顔、ダンナの顔……最後に見たのはいつだっただろう──そうなのです。わたしは前の晩にあの本を読んで、もうずいぶんと長い間、ダンナの顔をろくに見ていないということに気がついたのでした。ゾッとしました。
 もし、あの本の中の夫のようにダンナの目鼻が緩み始めていたらどうしよう。わたしの顔に似てきていたらどうしよう──。
 その時、ダンナがダイニングにやってきました。
 食卓のちょうど向かいにドサッと腰掛けたダンナの顔をおそるおそる観察してみれば、覇気はなく、枕のシワをほっぺたにくっきりとつけてはいましたが、それは紛れもなくわたしの知るダンナの顔なのでした。わたしは心底ほっとしました。
「ん? どした?」
 不審そうな目でダンナはめずらしくわたしに直接訊ねてきます。
「ううん、なんでもない。いただきます!」
 それからわたしはごはんを口にかきこみました。
 そりゃそうだ、あれはファンタジーだもの。何を心配していたんだろう、わたしったら。安心して食べていると、娘が楽しげに夫婦どちらにともなく話しかけてきました。
「昨日ね、親友のヨシコちゃんにね、ミヤちゃんはパパとママの両方に似ているねって言われたの」
「ふーん、そう?」
 娘は生まれた時からわたし譲りの丸顔で、周りからもお母さん似だねと言われてきました。
「輪郭と目と鼻と口はママ似でしょ? となると、パパと似ているところは……眉毛とか?」
 わたしがダンナと娘の顔を見比べてそう言うと、
 ていうか、ねえ、ママ──娘はそれから、屈託のないまるで天使の表情で、わたしの背中を一瞬で凍りつかせるほど衝撃的なことを言い放ったのです。
「ママって、さいきん、お顔、変わったよね?」
 ギャー!!

 福笑い泣きさん、どうもありがとうございます!
 いやー、この作品に負けず劣らず怪談話のようにゾクッとさせられるお便りでしたね。夏だけに笑。
 夫婦はだんだん似てくるとは昔から言われていることですが、ペットも飼い主に似てくるって言われたりしてますよね。実際どうなんでしょう。ぼくは猫を飼ってるんですが、自分ではそんなこと思ったことありませんが、はたから見たら似てきていたりして……。
 それにしても福笑い泣きさんがその後どうなったのか気になるところではありますが……どんな形になったとしても、ご家族のみなさんが幸せであることを心から祈ってます!!

 それではまた来週。  

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