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第55回 『エラー』 山下紘加著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、リバウン子さん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 わたしは、いまダイエット中です。
 目標マイナス10キロ! せめて5キロ! だって、いつも3キロ減ったあたりで安心して、元に戻っちゃうんですよー。んで、また新しいダイエットに手を出して、3キロ減って、また戻っての繰り返し。思い返せば、わたし、年がら年中ダイエットしてるかも笑 もうほとんどライフワークですね笑
 いままでに色々やりましたよ。リンゴダイエット、バナナダイエット、キノコダイエット、プロテインダイエット、レコーディングダイエット──でも、やっぱり食べるのを我慢するのって辛いですよね。
 あー、太ることを気にせず、思う存分食べられたらいいのに──そんな妄想に日々とりつかれてるわたしは、最近ある本の存在を知りました。

『エラー』という小説です。
 どうやら、大食い女子が主人公のお話のよう。
 きゃっ! これを読めば、食べずに爆食い体験できちゃうかも!? 大食漢コスプレってやつですね? なんてパラダイスな響き♪ さっそくわたしは本を購入し、読み始めました。
 ところが冒頭の第一文、

 底が見えた気がした。(作中より引用)

 ……いきなり嫌〜な予感。
 えっ? 胃袋の底が見えちゃった? もうお腹いっぱい?
 イケイケ、ウハウハの食い道楽を期待してたのに、早くも暗雲が立ちこめます。
 おそるおそる読み進めると、そこには予想もしなかった深—い世界が広がっているのでした──

 大食い女子の挫折と復活への挑戦の日々を綴ったフードファイティング小説『エラー』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 主人公の一果(いちか)は元グラビアアイドル。
 かわいい見た目と食べる姿の美しさで人気を博していた彼女は、テレビの大食い大会で4連覇中。ところが、5連覇を目指した大会でまさかの敗北。そこから彼女の復活への挑戦が始まります。

 大食いって、ここまで極めると、スポーツなんですね。
 たしかにフードファイターって呼ばれるくらいですもんね、れっきとしたアスリート。
 大会前の準備なんて、前日にお腹を空かせておくことぐらいかと思っていたら大間違い。一果は、大会の何ヶ月も前から大食いのトレーニングに日々勤しんでいる。お米を水でふやかしたおもゆや茹でた麺を大量に用意しては、味付けをしないで、水と交互に胃の中に流し込む。そうやって胃をとにかく膨らませる。想像するだけでウゲーって感じ。味覚で味わう食事じゃなくて、視覚で量を詰め込む作業といった感じなんです。
 精神面でも、そうとうストイック。食に対して畏敬の念を持ち、出されたものは全て食べる。一果は、皿からこぼれた料理も拾って食べるんです。競争相手が食べ残した料理さえ、家に持ち帰って食べる。「食べ物は残しちゃいけません」って幼稚園で教わるようなことを忠実に徹底的に守ってる。
 これって、はっきり言って、もう、食欲とは関係がないところで、一果は戦っている。

 そういうストイックで理性的なアスリートとして大食いと向き合う一果を、テレビ番組の視聴者は、ポルノと言ったら言い過ぎかもしれないけれど、見世物のエンタメとして、貪ってる。消費してる。視聴率至上主義を背景に番組制作者もそれを煽る。その構図が生々しくって、なんともグロテスク。
 でも一果はそれを承知の上で視聴者や番組制作者の期待に応えるべく、食べる姿が美しく見えるカメラのアングルを自分なりに研究したり、気の利いた食レポのコメントを返していく。
 なんとも涙ぐましい……とてもわたしには真似ができません。一果はプロフェッショナルの大食い女子なのでした。

 それもそのはず、プロの大食いでいることが、彼女にとっては「生きる」ことそのものなんですよね。
 彼女は生きるために、自分を知ろうとする。自分の限界を知ろうとするんです。

 私は、私の底を知りたかった。おそらく、ずっとそう思ってきたのだ。隙間なく食べ物を詰め込んだ先に、恵まれた身体の奥行の先に、コントロールし得ない領域まで達した時の自分の最奥部を感じたかった。(作中より引用)

 応援してはくれるものの理解に欠ける夫。番組のコマとして勝手な要求を突き付けてくる番組制作者。自分の信条や価値観を揺すぶってくる友人。色眼鏡で消費しようとする視聴者──誰にも頼ることのできない、誰にも分かってもらえない孤独と彼女は懸命に戦っていく。
 いよいよ上り詰めた大会の決勝戦で、彼女が女王復活をまさに達成しようとしたその瞬間に襲いかかった悲劇に、わたしはただただ途方に暮れました。そして、この小説のタイトルが痛々しく思い出されました。

 食欲だだもれの爆食い体験を期待して読み始めたわたしでしたが、ふたを開けてみれば、超ストイックなアスリート小説。彼女を突き動かしているものは食欲ではありませんでした。おかげで大量に食べ物を胃に流し込みましたが、まったく味わう余裕もなく。むしろ、食欲減退。
 この小説……ダイエットにいいかもしれません笑
 というのは冗談で、わたしはこれまでのダイエットを見直すことにしました。なんか、わたし、やるまえから諦めていました。そして、受け身でした。もう万年ダイエッターなんて呼ばせません! これからは一果を見習って、もっと自分のために、ストイックにダイエットに励もうと思います! (エラーを起こさない程度にはほどほどにするつもりです笑)


 リバウン子さん、どうもありがとうございます!
 ぼくも読みましたよー。
 この作品は、とにかく食べるシーンが多く、味ではなく量を詰め込み消化していく様がフードファイターの視点で仔細に描写されていて、その感覚を味わうだけでも一読の価値はあるんじゃないでしょうか。
 そして、ある意味特殊な職業の主人公の生き様から浮かび上がる人生の普遍的側面に色々と考えさせられもしました。自分のことをもっと理解してほしい、でも理解されない。自分のことをもっと理解したい、でも理解できない。──人間って、そんな悲しきスパイラルをぐるぐる回っているのかな、なんて思っちゃいました。でも、そんなスパイラルをこそ、読書して乗り越えたいですよね!!
 リバウン子さん、読書ダイエットっていいですね!! ダイエットに効く本がみつかったら、またお便りしてくださいねー。

 それではまた来週。 

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