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第59回 『水たまりで息をする』 高瀬隼子著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、桜子さん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 桜子と申します。都内で夫と暮らしています。
夫もわたしも働いてます。子供はいません。いわゆるDINKSってやつですね。

 さいきん、小説を読みました。

『水たまりで息をする』という作品です。

 この小説は、こんな書き出しで始まります。

夫が風呂に入っていない。(作中より引用)

 えっ……お風呂に入ってない?
 読み進めると、衣津実(いつみ)という女性の夫が、ある日とつぜんお風呂に入らなくなってしまったようなのです。夫婦はわたしたちとちょうど同じ30代半ばで、子供もいません。
 夫がお風呂に入らなくなったのは、どうやら、職場の飲み会で後輩の男の子から故意にグラスの水をかけられたことで、水に対して神経過敏になってしまっているからのようです。
 お風呂に入らないと、当然のことながら、体臭がきつくなっていきますよね。
 わー大変。夫はこの先どうなってしまうのだろう……衣津実の視点でおそるおそる読んで(コスプレして?)いくと、思いもよらず、わたしは衣津実の抱える生き辛さにぶち当たるのでした──


 風呂に入らなくなった夫と暮らす女性の日々の心理を綴った『水たまりで息をする』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 風呂に入らない夫は、そのうち仕事を辞め、やがて田舎の川の近くの古家屋で暮らすようになります。衣津実も一緒についていくのですが、そうした変化の過程で浮かび上がるのは、妻である衣津実を通してみえてくる、女性としての生き辛さなのでした。
 まずは、子供のいない夫婦生活を「おままごと」と日頃から嫌味を言ってくる義母。夫が風呂に入らないことを本人ではなく妻に対して執拗に責めてくる彼女に、衣津実はうまく言い返すことができません。
 第二に、弱音を吐こうとする母親をいなして「完璧な妻」の役割を全うさせ続けた父親。そんな両親の影響から、衣津実は自分の夫が精神的に病んでいるということをなかなか認めることができません。
 第三に、新卒で就職して以来勤務する職場でいまだに衣津実のことを「お嬢ちゃん」と呼んで馬鹿にしてくる同僚の男性たち。田舎に越すために辞表を出すと、子供ができたのかと質問され、否定すると、さらには、流産でもしたのかと聞いてくる無神経な上司に、衣津実は反発したい気持ちをぐっと飲み込みます。

 そうした周囲の抑圧に耐え忍び、声に出してぶつけたい本音を噛み殺しながら、衣津実は、風呂に入らなくなった夫に寄り添おうとするのですが、時には、夫に対しても苛立ちを覚えてしまうんです。
 仕事を辞めることを妻に相談せずにひとりで決めてしまった夫。一連の騒動で自分だけが傷ついたような顔をしている夫。田舎暮らしを決心しながら、妻に同行を求めてこない、自分ひとりで生きていけるようにもみえる夫。──自分は果たして夫にどれだけ理解されているのだろう。求められているのだろう。愛されているのだろう。自分ひとり取り残されているような孤独を、衣津実は感じていたのだと思います。
 そうした孤独の葛藤とも関係しているのかもしれません、衣津実はお風呂に入らない夫に寄り添い、親身にサポートしているようでいて、実は無責任というか、どこか夫を突き放したようなところがあって、そんな彼女の言動に、時折、ドキッとさせられました。

 太郎さん、夫婦っていったい何なのでしょうね。
 健やかなる時も、病める時も、愛し合うことを誓い合ったはずなのに……。

「今日、俺、風呂入るのやめようかな」
 ある日、夫にとつぜんそう言われて、わたしはドキリとしました。まさか──
「えっ? どうして?」
「いや、ちょっと風邪ぎみでさあ」
「なんだー、風邪かぁ」
 わたしは心底ホッとして言いました。
「風邪かぁって、ちょっとは心配してくれよ。からだ辛いのに」
 不満げな表情を浮かべる夫に、
「女なんて、生きてるだけで色々と辛いんだからね……」
 わたしが言うと、夫はブスッとした様子でこぼしました。
「男だって、辛いよ……」
 確かに、あの小説がもし衣津実ではなく、衣津実の夫の視点で書かれていたら、お風呂に入れなくなり、仕事を辞めざるを得なかった彼の生き辛さがわかったのかもしれないなーなんて思うと、夫に対してどこか同情のような気持ちが湧いてきて、わたしはそれから夫に愛情たっぷりの卵雑炊を作ってあげたのでした。
 夫が元気になったら、この本を読ませてみて、感想を訊いてみようと思いまーす。


 桜子さん、ありがとうございます!
 この作品は、ある日とつぜん風呂に入らなくなった夫によって変化する夫婦生活を、妻の側から語った小説です。そこに浮かび上がってくるのは、女性が主体的に生きて行くことのままならなさ、辛さ。そして、桜子さんも感じたように、ある種の残酷さも衣津実という女性からは垣間見えます。
 この作品には「台風ちゃん」という魚が登場します。幼少の頃、台風の日に川の近くで拾ってきて以来、大した世話もせずに自宅でずっと飼ってきたその魚を、衣津実は上京するのを機に近所の川に戻そうとするのですが、結局は海に近い川の水際に魚の入ったボウルを置き去りにしてしまうんです。これは、衣津実の夫に対する残酷さを象徴するエピソードと言えるのではないでしょうか。さて、この残酷さによって、衣津実と夫がこの物語でどんな顛末を迎えるのか──気になるリスナーの方はぜひ作品を読んでみてください!
 桜子さん、夫婦で同じ小説を読んで感想を語り合う「夫婦読書」オススメです。やったらまたお便りしてくださいね!

 それではまた来週。  

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