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第29回 『ある一日』 いしいしんじ著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、マナさん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 わたしは元気いっぱい小学4年生の女子です!

 このまえ、保健体育の授業で赤ちゃんはどうやって生まれるのかを勉強しました。
お父さんの精子とお母さんの卵が出会うと、受精卵になって、それがどんどん大きくなって、やがて赤ちゃんになるのだと知って、わたしはびっくりしました​! わたしが昔とてもちっちゃな卵だったなんていまでも信じられません。
 授業ではそれから、赤ちゃんの気持ちになってみよう、ということで、つくりものの産道の中をくぐりぬけるという体験をしました。クラスのみんなはオギャアオギャアと赤ちゃんの泣き声をまねしたりして、はしゃいで楽しそうでした。わたしも赤ちゃんの体験ができて楽しかったけれど、ひとつ気になることがありました。

 放課後、わたしは図書室に行きました。本棚をさがしてみたんだけど、目当ての本はうまくみつからない。困っていたら、ちょうど先生が通りかかったので、聞いてみました。

「赤ちゃんを産むのって、どんな感じかわかる本はどれですか?」

 すると、先生はすこしのあいだ天井をみあげてから目をぱっと開いて、本棚からわたしに一冊の本を取り出してくれました。

『ある一日』

 表紙はやさしい絵の具で描いたような、赤いキノコのうえに赤ちゃんが座っています。わたしは先生にお礼を言って、その本を借りました。
 ある一日って書いてあるけど、ほんとに一日のお話なの?
 ページをめくってみると、100ページ以上もあるようです。たった一日なのに、そんなにたくさん?
 読んでみると、それはそれは長──っくって、深──っくって、広──いお話なのでした──

 とある夫婦に授かった「いのち」の誕生する一日を描いた出産小説『ある一日』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 京都に住んでる園子さんというお腹の大きな女のひとが、慎二さんというだんなさんと一緒に街を歩いているんだけど、なんだか海の中を歩いている感じ。潮の匂いがぷんとしてきて、打ち寄せる波とか、音も聞こえてくるようでした。
 あれ、ここって京都だよね? 京都には家族旅行したことあるけれど、海なんてあったかな? 読んでいるうち、今度は遠い昔に園子さんと慎二さんが行った黒島の海や、キューバ島の海がそこにどどっと流れ込んできて、それはちょっと恐ろしい海でした。黒島の海は慎二さんがおぼれて死にかけた海だし、キューバ島の海は漁師が遭難した海。わたしはどうか赤ちゃん元気で生まれてきてくださいと祈りながら読み進めました。
 陣痛が始まって、いよいよ園子さんは病院に行きます。それからは、園子さんと慎二さんを取り巻く海はどんどん激しく、荒々しくなっていって、とっても痛いのに、とっても怖いのに、ぜんぶ受け止めて、とうとう赤ちゃんを産む園子さんが、わたしはとってもかっこいいと思いました。
 園子さんには、昔、死んでしまった赤ちゃんを産んだ経験があって、きっと園子さんは生きている赤ちゃんを産むことができてとてもうれしかったと思うけど、同時に、そうやって産んであげられなかったもうひとりの赤ちゃんのことを考えてとてつもなく悲しくなったんじゃないかな、でもだからこそ、なおさら生きている赤ちゃんのことがかわいくってかわいくって仕方がないのだと思います。
 保健体育の授業で、お父さんの精子は何千だか何万だかとにかくたくさんあって、でもお母さんの卵と出会えるのはそのうちのひとつだけということを知りました。生まれてこられなかった生きものの分まで、生まれてきた赤ちゃんにありがとうって言いたいとわたしは思いました。

「赤ちゃんを産むのって、痛いんだね?」
 わたしはお母さんに質問しました。
「そうよ。とーっても痛いのよー」
 お母さんはそう言って笑っています。
「海みたいに、さわさわ、たぷんたぷん、ざっぱーんざっぱーんってなった?」
「海? まあ、そうね。そうだったかもしれないわね。ふふふ」
 ねえ、ママ、わたしはお母さんに言いました。
「わたしを産んでくれてありがとう」
 すると、お母さんはもっと笑顔になって、わたしを抱きしめてくれました。そして、わたしはうれしくなって大声で叫びました。
「わたしもはやく赤ちゃんを産みたい!!」
 ちょうどその時、お父さんがお風呂からあがってきて、目をまるくしてビックリしていました。その顔がおかしくって、太郎さんにも見せたかったです。

 マナさん、どうもありがとう!!
 いい本に出会えたね。図書室はどんな疑問にも答えてくれる、海のように懐の深〜い、そんな場所だとぼくは思います。
 この作品は『ある一日』というタイトルの通り、出産の一日を描いたお話ではあるのだけれど、そこには、その日に至るまでの夫婦の長い長い道のりや想い、のみならず周縁の人々や歴史の集積がぎゅっと凝縮されています。それでいて常に海の中をたゆたっているような不思議な読感があって、いしいしんじワールド全開といった作品ではないでしょうか。
 マナさん、元気な赤ちゃんを産めるといいね!! その時までこの番組を続けられているといいなー笑

 ではまた来週!

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