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短編『文春マサクリ』(前編)

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短編『文春マサクリ』前後編中の前編です。 文春テロ事件、当日の殺害現場の内幕が 週刊誌記事として書かれています。
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記事一覧

1-8: 奇跡の生還者

1-8: 奇跡の生還者

記事をここまで読んできた人の中には

何かおかしい

と思われた方がいるかもしれない。

私は記事を進めるうちに事件の渦中にいた青木氏本人にしか分かりえない状況、さらには彼の心情描写まで書くようになった。

これでは事件ルポではなく、完全に小説の体である。

もちろん事件からたった3~4日では本人への取材が間に合うハズはない。それでもこのような事件ルポを書けた理由はたった1つしかない。

それは私

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1-7: 緊急事態発生#2

1-7: 緊急事態発生#2

文藝春秋ビル全体に大きなサイレン音が鳴り渡った。フロアの部屋という部屋から多くの人が次々に出てきた。

“緊急事態発生、慌てず速やかに

当ビルの屋外に出てください。”

そんなメッセージが繰り返し流れた。青木も人ごみに混じって移動した。

サイレンがTVなどでよく聞く緊急速報のものと同じ音だったので、多くの人はじきに大地震が起こるのではないかと話していた。

混雑を避け、青木は非常階段を降りたの

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1‐6: 緊急事態発生

1‐6: 緊急事態発生

青木が着いたとき、すでに医務室は大勢で埋まっていた。

都心の高級クリニックを思わせる室内では、奥にある6つのベッドに10人ほどが横になっていて、床にシーツを敷いて寝ている者も数人いた。

診療室では救急隊員らしいガッシリした年配の男が、文春ビル専属の産業医らしい白衣の男と何か話し合っていた。

青木はため息をついた。

とうとう集団食中毒か…

若い女性看護師に文春編集部でピザを食べた1人だと告

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1-5: 集団食中毒@文春編集部

1-5: 集団食中毒@文春編集部

午後3時すぎ、小柄な女性スタッフが、前のめりになって早足で文春編集部オフィスから出ていった。

ドア近くのソファにいた外注ライター・青木亘には青ざめた女の顔つきがよく見えた。そのうちまた1人、男が嘔吐をがまんするように体を折り曲げて外に出ていった。

そこで周囲が、食中毒ではないか⁉とざわつき始めた。昼に宅配ピザを大量に注文し、オフィスにいた者の多くがそれを食べていた。

この猛暑で宅配中に腐って

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1-4: 庶民の出世にはスキルよりもギャンブルを‼

1-4: 庶民の出世にはスキルよりもギャンブルを‼

一流大学の研究所ラボのように広々とした文春オフィスには、編集者や記者や作家が30人ほどいて、多くは熱心に仕事をしていた。

清掃員はすぐにチーフ・ルームから出てきた。部屋の角にあった脚立を担ぎ上げ、窓際にあるエアコンの元に向かう。

ヒマな青木はその様子を遠目に見ていた。

どうやらここでもエアコンのフィルターを変えるようだな。それにしても何でこの会社は真夏にそんな業務を頼んだのだろう。

青木は

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1-3: 風前の灯火となったリモートワーク

1-3: 風前の灯火となったリモートワーク

次にその清掃員を見たのは、ある外注のライターだった。

午後2時ごろ、週刊文春の執筆依頼を受けて他の出版社からやって来た記者・青木亘(わたる)〈30歳〉である。

彼が外注業務で文春編集部に入るのは、今年で3回目のこと。去年まで、同様の仕事はすべてリモートワークで済ませられるものだった。

ライター業なので、打ち合わせも編集作業も基本、テキストを交わすだけで済ませられるからだ。だが、今年2023年

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1-2: 人情でも開くセキュリティ・ゲート

1-2: 人情でも開くセキュリティ・ゲート

これは現在、日本を大いに騒がせている文春テロについての内幕ルポである。

それも他の週刊誌・新聞・TV・ネットニュースなどでは決してお目にかかれないものだ。さらには警察や公安などの捜査機関でさえつかめていない情報が紛れている可能性もあるだろう。

私は、具体的なディテールを示し、犯行現場の臨場感を伝えながら文春テロのルポを試みたい。

なぜ、そんなことが可能になったのか?

わがエロ雑誌・編集プ

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『文春マサクリ』1-1:エロ雑誌が報じる週刊文春テロ

『文春マサクリ』1-1:エロ雑誌が報じる週刊文春テロ

あらすじ1-1:エロ雑誌が報じる週刊文春テロ【2023年8月20日】

驚がくのひと言である。

一記者として、これほどの使命感と緊迫感をもって記事を書き進めることは、おそらく今後二度とないだろう。私はまだ30歳の駆け出しライターだが、そう断言できる。

そして、その思い入れの強さには、私がこの記事を担当した“ある特別な理由”も大きく関わっている。

改めて書くまでもないが、2023年8月16日『

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introducing: 短編小説『文春マサクリ』

introducing: 短編小説『文春マサクリ』

あらすじ:2023年、週刊文春・編集部が
大量殺りくテロ(マサクリ)の舞台になり
犯人は闇に消える。

三流週刊誌のライター・青木亘(わたる)は
自身の事件記事によって犯人の疑いがかけられながら
ペンで世の中に立ち向かう。

そうして真相は突然、最も近いところから現れる。

あとがき:
『文春マサクリ』は13,300字、紙の本換算・約30ページの近未来・犯罪ミステリーです。

ときはコロナ禍にある

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