1-5: 集団食中毒@文春編集部
午後3時すぎ、小柄な女性スタッフが、前のめりになって早足で文春編集部オフィスから出ていった。
ドア近くのソファにいた外注ライター・青木亘には青ざめた女の顔つきがよく見えた。そのうちまた1人、男が嘔吐をがまんするように体を折り曲げて外に出ていった。
そこで周囲が、食中毒ではないか⁉とざわつき始めた。昼に宅配ピザを大量に注文し、オフィスにいた者の多くがそれを食べていた。
この猛暑で宅配中に腐っていたんじゃないだろうか。多くがそう口にしたが、誰も仕事の手は緩めなかった。
年間発行部数50万部を誇る天下の文春編集部らしく、誰もが一刻を争う中に置かれていた。
一方で、青木もまたそのピザを2~3ピースほど食べた1人だった。しかも、1時間はたっていそうなふやけた残り物だった。彼は1人、文春編集部を後にした。
まったく何てこった。
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向かった先は、階下にあるサンルームだった。高層ビルの角に造られた西日がよく当たる場所で、さまざまな切り花や観葉植物が置かれていた。
体調は悪くなかったが、念のため青木はそこで休むことにした。いい空気を吸えば、食中毒の症状も少しは和らぐのではないか。
幸い、サンルームには空気清浄効果が高いといわれる真っ赤なアンスリウムの花があちこちで咲き乱れていた。
また、青木のクライアントである文春のエディターは、帰社があと1時間ほど遅れる旨のメールを送ってきていた。
サンルームの天井には外気を取り込むダクトがあり、シーリング・ファンによって新鮮な空気が部屋中に充満していた。
青木はそこで30分ほど休み、編集部に再び戻ろうとした。そのとき社内放送が流れた。
“午後に週刊文春・編集部で宅配ピザを食べた方は
至急、5階にある医務室に来て下さい。”
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