1‐6: 緊急事態発生
青木が着いたとき、すでに医務室は大勢で埋まっていた。
都心の高級クリニックを思わせる室内では、奥にある6つのベッドに10人ほどが横になっていて、床にシーツを敷いて寝ている者も数人いた。
診療室では救急隊員らしいガッシリした年配の男が、文春ビル専属の産業医らしい白衣の男と何か話し合っていた。
青木はため息をついた。
とうとう集団食中毒か…
若い女性看護師に文春編集部でピザを食べた1人だと告げると、次の救護班が来るまで外で待つように言われた。
彼はしょうがなく廊下にあるソファに座った。そのうち、救急隊員と産業医の2人が廊下に出てきて、ヒソヒソ声で話し始めた。
青木はそれに聞き耳を立てる。
問題の宅配ピザは今日の昼時、文藝春秋ビルの中で数多く注文されていたのに、なぜか文春のスタッフだけが中毒症状を見せている。
さらに食中毒に特有の嘔吐ゲリの症状が見られず、呼吸困難や意識障害に陥る者が出てきてもいる。
青木はそんな話を聞くともなく聞いていた。
どうやら文春のピザにだけ問題があったか、あるいは文春には過労社員が多く、日ごろから体調不良にあるために重症化したのか、たぶんどちらかのことなんだろう。
事態が急変したのは救急隊員の無線が鳴ってからのことだった。
どれくらいか応答したあと、年配の隊員は立ち上がって医務室を見渡した。顔つきは青ざめ全身が小刻みに震えていた。
「皆さん、緊急事態です。
詳しいことはまだ言えませんが
今からこのビル全体を閉鎖します。
特殊災害に当たる東京消防庁の
化学機動中隊に出動を要請しました。
皆さん、口元をハンカチなどで押さえ
出来るだけ低い姿勢を保ったまま
今すぐ外に出て下さい」
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