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中東情勢

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30か国のバックパッカーを経験してきました。 特にイスラム教圏を中心とした情勢を淡々と述べたいと思います
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ハーシム家

ハーシム家要約(世界史の窓より):メッカのムハンマドの出身一族。20世紀のその子孫、フセインはオスマン帝国(1299-1922)でメッカの太守に任命されたが、イギリスとフセイン=マクマホン協定を結び、1916年に「アラブの反乱」を起こしヒジャーズ王国を建てた。その子たちは、イラク王国、ヨルダン王国の国王となった。

 アラビアのヒジャーズ(聖地メッカやメディナを含む地方)で遊牧活動をしていたベドウ

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9.11への2つの軸

9.11への大まかな軸は1979年の同時期に発生した2つの出来事が影響している

1)1979年12月のソ連アフガニスタン侵攻

もともとイギリス領より独立したアフガニスタンは王国を築いていたが、内政においてソ連の影響した共産党勢力が1979年にクーデターを起こした:これを機にソ連が共産党勢力の支援を名目にアフガニスタン侵攻を起こした。アフガニスタン国内のイスラム聖戦士ムジャヒディンはこれに対抗す

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アフガニスタンの民族に関して

アフガニスタンは、40%のメジャーなパシュトゥーン人、その他メジャーなのがウズベク、タジク、ハザラで構成される。
パシュトゥーンはアフガニスタン東部のパキスタン国境地帯でイラン系が入っている。ウズベクやタジクは文字通り隣接する国家の民族が国境を越えている。パシュトゥーン・ウズベク・タジクはイスラム教スンニ派が多数を占める。一方で日本人の顔にそっくりなハザラ人は、モンゴロイド系の遺伝子を有し、イスラ

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