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IPOの役割が危うい:成長企業の資本政策について考える

TAKA(@Murakami_Japan)です。

最近いくつかマザーズ上場企業の「IPO後の」資本政策についてnoteしてきました。先日、条件決定したBASEの資金調達(詳細は下記noteご参照ください)もその一つですが、上場後の資本政策(資金調達や売出)の事例が充実してきたことで、結果的に以前より議論になっていたマザーズIPOについて議論する必要があるように感じています。先に結論から申し上げると「マザーズIPOの役割が危うくなっている」と思います。

要はこういうことが起きる(最初に結論)

先に結論から申し上げておくと、今後以下のようなトレンドが加速していく可能性があります。経営陣・既存株主がそれぞれの善管注意義務に忠実であればあるほど、例え長期的な視点を持つべきだとしても、このような方向性に逆らえなくなってきます。

1)IPO時の公開価格の納得性が低い
・多数のマザーズIPOにおける初値、その後の株価動向を踏まえると(※つまり公開価格より大きく上昇するケースが多い)、起業家のIPO価格の納得性が高くないケースが存在
2)IPO時の公募株数を絞る
・公開価格の納得性が低いと、本来はIPO時で資金を獲得するメリットがある会社(=資金需要が大きい)でも、公募株数(=希薄化)はなるべく抑えて、IPOを設計するインセンティブが強くなる
・つまり資金調達の機会損失を許容してまで、希薄化を毛嫌いするという経営判断をする
3)既存株主との交渉が難しくなる
・公開価格の納得性が低いと、IPO時の既存投資家との売却交渉が難航する。つまり低い価格で既存投資家が株式を売却したがらない
・企業側の交渉力が強ければ(なんとか既存株主に納得してもらえれば)全部or大部分の株式売却に至ることができ、流動性を作り、オーバーハングを抑えられる
・そうでない場合は流動性そのものを犠牲にすることになる(※低い流動性は上場後の資本政策の重しになる)
4)流動性を絞ったIPO(=オファリンズ・サイズが小さいIPO)が増える
・既存株主の説得ができない場合は、売却株数も減るため、大きく流動性を絞った形でのIPOを選択する
・この場合は、初値が吹き上がりやすく、短期的には株価がファンダメンタルズより高値で推移する可能性がある
5)IPO後に改めて、資金調達and/or流動性イベントを実施
・仮に流動性が十分でない場合は、既存株主がIPO時の公開価格よりも高い価格でブロックトレードで現金化をすることで、流動生を高める
・その後、BASEのようなフォローオンでIPO時よりも高い株価(=起業家にとって納得性が高い)で資金調達を実施する

最後の5つ目のポイントですが、BASEのケースはブロックトレードで流動性を作ってから公募増資をしましたが(※既存株主が自分で売ってくれた)、ライフネット生命のように売出しも組み合わせることで一気(※かつ自発的に)に実施することもできます。

ライフネット生命のケースを"Re-IPO”と名付けましたが、まさにIPOかのようなイベントを上場後に再度実行したのです。

さて、このような選択肢をどんどん起業家や既存投資家が選択するようになると、マザーズIPOってどういう位置付けになっていくと思いますか?

これまでは上場後の資本政策の選択肢や事例はほとんどありませんでしたので、絵に描いた餅と考え、甘んじてIPOを実施していたケースもあったでしょう。今後は、具体的な上場後の資本政策の事例が出てきたことで、上記のような選択肢と比較して考えるようになるでしょう。

念のため補足
ただし、上記のような資本政策を狙うには、満たすべき条件が複数あるので、全てのマザーズ上場企業が流動性を絞ったIPOをすることにはリスクも伴います。

・市場環境が良いこと
・経営陣の意思決定/実行力が高いこと
・ファンダメンタルズがよく株価が堅調に推移すること
・流動性をなんらかの形で作って機関投資家にとって買いやすい状況をお膳立てしていくこと(※もしくはライフネット生命のようにやり切る)

IPOは何のためにあるのか

教科書的な話になりますが、IPOってなんのためにあるのでしょうか。

ガバナンスの議論でもよく言われますが、会社はステークホルダーのものです。代表的なステークホルダーは、株主ですが、それ以外にも従業員や取引先など多様なステークホルダーがいます。

一言で表すなら、「ステークホルダーにとって価値向上につながる」イベントであるべきでしょう。ざっくりまとめると以下のようなイメージでしょうか。
すなわち、1)公開価格、2)上場後の取引価格(=株価)、3)資金調達額、4)売出株数(=流動性)、5)上場審査・開示充実による信用獲得、の5つが重要だと思います。

既存株主:IPO時の公開価格は最大化して欲しい。無理なら上場後納得した価格で売却したい。資金調達は必要かつ最小限で実施して欲しい

新規株主:できる限り安く株式を取得したい

従業員:SOを現金化しインセンティブを顕在化させたい。企業の信用力を高め、より大きなビジネスができる会社にしたい

取引先:企業の信用力を高め、より大きなビジネスができる会社になって欲しい

顧客・社会:信用を高め、人材・資金力を高めることで、より良いサービスを提供して欲しい(=会社/経営陣のインセンティブとも重なる)

マザーズIPOの課題って

IPOがステークホルダー全員が満足する解を簡単に見つけることができるなら、それは理想的です。ただ、上記で明らかなコンフリクトがあるポイントがあります。そうです、株主と他のステークホルダーのコンフリクト、および既存株主と新規株主のコンフリクトです。

この2つのコンフリクトを解消するために、IPOのプロセスが存在します(※もちろんコンフリクト解消だけが役割ではありません)。そこに介在するのが主幹事たる証券会社ということになります。

証券会社は仲介業です。長期的には顧客の信用を勝ち取り、渋沢栄一が言うところの「信用」を積み上げていくべき金融業の一種です。一方で、短期的にはどのステークホルダーの顔を見てしまうかと言うと、それは新規株主になります。したがって、証券会社がしっかりとIPOプロセスの最適化、値決めの機能を果たすことが求められます。

1)公開価格
2)上場後の取引価格(=株価)
3)資金調達額
4)売出株数(=流動性)
5)上場審査・開示充実による信用獲得

資本市場の先進国とされる米国では、長い歴史をかけて証券会社に対する規制をどんどん厳しいものとしてきました。それだけではなく、投資家と証券会社との関係性にもう1つ重要な関係性があります。それは「訴訟」です。

証券会社が恐れる米国の訴訟リスク

投資銀行の2大サービスに、M&Aと資金調達(含むIPO)があります。M&Aでなぜ投資銀行が起用されるかと言うと、それは「取締役会が株主から訴えられた時の防御力を高めるため」です。信用力の高い投資銀行を起用することで、買収の妥当性、交渉経緯、バリュエーションなどあらゆる観点で、しっかりと検証されたことを株主に示すことができます。かつ、それを詳細に開示する義務まであります。逆にいえば、投資銀行は資本市場にさらされて訴訟リスクを抱えながら、慎重なアドバイスをするという緊張関係が生まれます。

この構造はIPOにおいても同じです。値決めが適正だったのか、いつも緊張関係にさらされているのです。

なぜ上場後の資本政策の事例が増えてきたのか

経営者のリテラシー
1つの理由は、マザーズIPOにおけるもう一つの課題である「経営陣の資本市場に対するリテラシー向上」です。これまで述べてきたような議論は教科書的には理解することはできても、実際のビジネスの現場で、事業戦略や組織戦略等と変更して資本戦略を議論するのは簡単なことではありません。

最近、上場後の資本政策の事例が増えてきた背景に、リテラシーの高いCEO/CFOが増えてきたことが挙げられると思います。

世界のマネーの動き
もう1つの理由は、世の中の資金の流れにも関係していると思います。今、スタートアップに大量のマネーが流れ込んでいると日々報道されています。確かにそれは間違い無いですし、データを見ても実感値としてもそう感じます。

一方で見落としてはいけないのは、世界の投資マネー全体の動きです。ヘッジファンド、上場株式機関投資家にも大量のマネーが流れ込んでいます。このお金がどこに行っているかと言うと、GAFAMを中心としたテクノロジー企業、またもう少し規模は小さくても各業界の勝ち組企業である上場企業にどんどんお金が流れてきています。一部、マザーズ上場企業でも上場来高音を更新し、徐々に過去の類似企業比較倍率やDCFなどでは説明できない株価水準に達している企業も数多く見られるのもそういった世界のマネーの動きの影響だと言えます。

IPOの役割が危うい
つまり経営陣にリテラシーが十分に備わっていれば、未上場で資金調達をし、大きくIPOするのか、小さくIPOをし、上場後で株価を引きあげてから資金調達するのか、という選択肢の比較を真剣に考えるようになります。

選択肢が増えること自体は、極めて望ましい兆候ではあるのですが、この大きなマネーと経営陣のレベルアップの流れに、日本の資本市場や証券業界がついていけないと、最初に申し上げたような「IPOの役割が危うい」ものになってしまうでしょう。

最後に:IPO以外の選択肢って

ここで論じた以外にも、他の選択肢を模索する動きもどんどん出てきています。

M&Aの選択肢もどんどん増えていくでしょう。これは事業会社だけではなく、Private Equityによる大型出資やバイアウトもあります。また、ダイレクトリスティング、未上場資金調達やSPACといった選択肢も常にIPOを脅かす存在であり続けるでしょう。

今回は深く触れるつもりはありませんが、今の資本市場のマネーのダイナミクス、大量の情報を捌いて投資判断する能力、様々な観点で証券会社が値決め機能を果たすのが難しくなってきていること自体が、ダイレクトリスティングや本論のような議論の根底にあると思います。つまり、投資家が投資する理由、つまりマネーがどのように流れていくのかという理由自体を把握することにおいて、大手の機関投資家が証券会社の価格決定能力を凌駕しているという実態も無視できないでしょう。

また経営陣がステークホルダーのことを真剣に考えて、IPO(で大きく売出し、資金調達をする)を唯一かつ当たり前の選択肢として受け入れてしまうのではなく、なにが妥当なのか、何が選択肢たり得るのか、を近年今まで以上に真剣に議論していることも、この議論の追い風になっています(※グローバルなトレンドです)。

とは言え、これらはあくまでも選択肢の一つであり、現時点での王道であるIPO自体が本来期待される役割、つまり「ステークホルダーにとって価値向上につながる」イベントであり続けるべく、常にプロセスや牽制機能を見直し、改善を繰り返し続けることが求められるんだと思います。

ちなみに)
noteで使用している写真は全て自分で撮影したものですw
これはモスクの天井を見上げて撮影しました。整った形に見えるけど、どっちに向かえば良いかはっきりしないところも含めて、なんかいいなとこのnoteの写真に選定しました。


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