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~物心ついた頃から死にたい~「死にたい」と向き合う⑮

自殺未遂経験者が、心から「死にたい」と思うまで

小さな頃から、「死」が身近にあった。

幼稚園児の時には1人目の祖父が、
小学校に入ったらすぐ母親が、
それからすぐ2人目の祖父が、
亡くなった。

「自殺」とか考え始めたのは、小学2年生くらいから。
割と早い気がする。

初めは、「これ(ゲームの敵)に勝てなかったら自殺しよう」だとか、特に深い理由もなく、ただの好奇心みたいなものだった。
身体もまだ小さかったから何もかも大きく見えて、自宅の2階から飛び降りれば死ねると思っていた。
まあ、これといった理由も無かったから、決行するには至らなかった。

小学3年生になると、遺書を書くようになった。
「習い事で怒られることが多くなって、それでも辞められなくて苦しかった」
とかいう内容が多かったように思う。
また、この頃親に、中学受験をすることを決められた。
田舎だったので、私以外はみんな同じ地元の中学に行く。
「受験したくない」と何度も訴えたが、親が私の話を聞いてくれることはなかった。
そんな、将来を自分で決められない絶望や、1人だけみんなと離れる寂しさに苛まれていた。

小学5年生で、学校の環境が大きく変わった。
今までは基本怒られたことの無かった私だが、新しい担任に嫌われて、毎日のように怒られるようになった。
今になってみると、あれは「体罰」や「いじめ」と言えるような行為だったように思う。
この頃から、本気で「死にたい」と思うようになった。
あいにく、次の年も同じ担任に当たってしまって。
本当に、毎日苦しかった。
この2年間のことは、いつか詳しく記事にしてみたいと思っている。
この経験がなかったなら、私の「死にたい」はここまで強いものにはならなかったんじゃないかな、
そんなこと思っても、どうにもならないけれど。

そんな私も、もう高校生。
命を絶とうと試みたこともあったが、今日もこうして生きている。
初めて「死にたい」と思ってから、約9年が経つ。
人生の半分以上を、「死にたい」と共に生きてきたことになる。おかしな話だ。
きっとこれからも、「死にたい」は消えないだろうなぁ、
だけど私は、生きていくしかない。
あのとき命を救ってくれた人、生きていて欲しいと言ってくれる人が、いるのだから。

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