ショートショート|ホワイトラン
大勢の仲間たちと走り出してから、どれだけ経っただろうか。
足の踏み場もないほどいた俺たちは、もう半分ほどになった。
出発前に話していた友人は、走り出した途端に力尽きてしまい、群衆の中へとあっという間に消えた。
友人といっても、数時間前に知り合っただけで長い付き合いではない。
そしてそれは俺だけに限ったことではなく、ここにいるほぼ全ての俺たちがそうに違いなかった。
数時間前から数日前、同じ場所へ集った俺たちに下った命令は、合図があり次第出発せよ、というものだけだった。目的地は告げられず、ここを出れば自ずと分かるらしい。
そんな馬鹿な話があるか、中にはそう不満を漏らすものも複数いた。俺も同じようなもので、その不安から隣にいた友人に話しかけたのだった。
ところが、友人はそんな俺とは真反対だった。
出れば分かるなら大丈夫、そう言われてるんだから心配は無いさと大変心強い。
こんなに前向きな奴もいるもんだと、俺は後ろ向きな自分を恥じた。
にわかに辺り一帯が激しく揺れ始め、どういうわけか、そろそろかもしれない、と本能のようなものを感じる。
それはここにいるもの全てが感じたようで、みな口数が減り、今か今かとその瞬間を待っていた。
ひときわ大きな揺れを感じ、ついに出発の合図が出された。
しかし、それは合図というよりも強制的に出発せざるを得ないような状況だった。
俺たちを包むこの空間全体が押し出されるような形で、出ないという選択肢は無いらしい。
ここを出た瞬間から、不思議と目指すべき場所が分かるようになったことに気がついた。
なるほどこういうことかと友人に向き直ったが、彼は燃え尽きたように動かなくなり、そのまま後方へと消えていった。
「さよなら」
辺りを見ると、それは友人だけではなく多くの俺たちが同じだった。
倒れるたびに先頭が入れ替わり、もうほとんどが見知らぬ顔になった。
やるとこまでやってやる。
後ろ向きな俺はもういなかった。
しばらく走っていると、大きな何かが襲いかかってきた。
俺はかろうじてかわしたが、すぐ後ろにいるやつや、隣のやつがやられた。
そしてそれは先頭集団だけでなく、前後左右、または上空からも俺たちを襲ってきた。
減っていく仲間が増えるにつれ、俺の緊張感も増していく。
疲労感をハッキリと感じる。
いつの間にか自分だけの力で走っていることに気がついた。
そして目的地がもう少しだということも、なんとなく分かる。
辺りにはもう、数えるほどの俺たちしかおらずその殆どが限界に近かった。
ひとり、またひとりと倒れ、数はどんどん減っていく。
ここまできて、ここで終わりか……。
倒れたものの悔しさが、俺の中に流れ込んでくる。
仕方ない、これは仕方ないことなんだ。俺はお前たちの分まで立派に走る。そして必ず目的地に到着してやる。
同情しそうになる気持ちを押し殺し、自分を鼓舞した。
気がつくと目の前には透明な壁があり、その向こうには大きな何かがある。
俺は残りの力を全て使って、頭から壁の中へ突っ込んでいった。
三月十五日、晴れ。
妻の妊娠が分かった。
少し不安になったけど、父親として夫としてこれからも頑張ろうと思う。
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