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選手の戦略がわかると、フリースタイルカヤックの試合観戦がさらに面白くなる!

いよいよ世界選手権がはじまります!
前回、ライブ配信やアーカイブでフリースタイルカヤックの試合を観戦する上で、知っておくと応援をより楽しめるようになるポイントを初級編、中級編とご紹介しました。

次は上級編として、「選手がどんな戦略を立ててプレイしているか」を想像しながら観戦する方法を解説していきます。ここまでわかってくると、観戦が別次元に面白くなりますよ!
また、選手としてレベルアップを目指す人にとっても有益な情報になることでしょう。
まずはこの動画をご覧下さい。

この動画の内容を、さらにわかりやすく解説をしていこうと思います。

基本的な戦略

試技時間45秒の時間内に、どういった技を、どの順番で組み込むか?
まずは基本となる戦略が3パターンあります(あくまで僕の分類なので、選手によって他の戦略もあるかもしれません)。

【確実性重視】簡単な技から順番に得点を積み上げていく
この戦略は平均して得点が必要になる予選(ex.2本2採用)向け。もしくは(持ち技の少ない)初級者~(技を打つのに時間がかかる)中級者向けの戦略です。メイク率の高い技から確実に得点していき、フラッシュ(スポットから落ちる)のリスクを減らします。メイク率が低い高難度技は後半に時間があれば、打てればラッキー☆というくらいで考えます。
メリットは、合計得点の再現性が高い。
デメリットは、高難度の技を狙う場面では、残り時間が少ない中、後半の体力がない状態で技を打たなければならない。

【難易度重視】得点の高い高難度技から打っていく
一本で高得点が必要になる予選以降(ex.〇本1採用)向け。または高難度技の持ち技が多い上級者向けの戦略。高難度技のメイク率に自信がある場合、点数の高い技から打ちはじめることで、体力と時間のある前半のうちに難しい技に取り組める。点数の低い技は後回し。結果、かなりの高得点が狙える。
メリットは、得点の爆発力。
デメリットは、高得点技のメイク率が低い初級者がこの戦略をとると、1つ目の技に時間がかかったり、フラッシュのリスクも高いために、最悪0点に終わることもある。

【難易度+手数重視】
世界でもトップレベルのパドラーがこのパターン。戦略②の順番で、なおかつ戦略①以上の手数を揃えてくる。ホールではリンクを多用し、ウェーブでは Back to back を駆使する。ハイリスク・ハイリターンだがトップ選手のメイク率は化け物。当然、僕よりレベルの高い選手たちなので、もっと色々考えているかもしれない。
なお今大会はウェーブなので、ウェーブについて解説すると。
Back to back はもともとスキー・スノーボードのハーフパイプの用語で、左右の壁で回転方向が逆で同じ回転数の技を連続して行うことを指す。空中での回転方向には得手不得手があるので、苦手側の回転でも同じ難度の技ができることをアピールする目的がある。
フリースタイルカヤックでも同じ技の左右を連続で行うことを指すが、位置取りのサーフィンをはさまないでメイクしていくことをBack to back と呼ぶ(と思う、2022WCのMCで使っていたが未確認情報)。

ルーティンに取り入れる技

ルーティン(演技構成)に取り入れる技は、自身の持ち技の中で試合会場のスポット(フィーチャー)との相性を確認して決めます。また、予選以降はその大会のジャッジの傾向も判断材料にします。
どの技をルーティンで使うかの指標は、
・技の点数
・メイク率
・打ちなおしの優先度

を考慮して考えます。
具体的に、これらを僕の持ち技にあてはめると、

ブラント左右
・点数:50点
・率:高い
・優先:低い
メイク率が高いので手数としては必要だが、万が一この技が出せない場面では時間を優先しパスすることもある。技の完成度が低い場合も基本的に打ちなおしをしない。

ブラント

バックスタブ左右(バックブラント)
・点数:70点
・率:高い
・優先:中間
少し時間を使ってでもできれば左右を揃えたい。完成度が低かった場合はすぐに打ちなおすか、高得点技をメイクした後で打ちなおす。

バックスタブ

パンナム左右
・点数:110点
・率:低い
・優先:低い
持ち技の中では完成度が一番低い技。時間が残った時にだけ狙う。

エアスクリュー左
・点数:140点
・率:ふつう
・優先:最優先
得点アベレージが高い世界選手権では絶対に必要な技。バックスタブ左右の合計点と同じなので、完成度が低かった場合は優先的に打ちなおす。

エアスクリュー右
・点数:140点
・率:低い
・優先:低い
苦手側のエアスクリュー、フラッシュのリスクも高いので時間が残った時だけ狙う。

エアスクリュー

最初と最後に狙う技

戦略の①②③をベースに、最初に打つ技と、最後に狙う技は別で考えます。

最初に打つ技
エントリームーブ、短時間で確実に打てる技、高難度だがメイク率の高い技、その技を打つとリズムにのれる技など、選手によって選び方は様々。

最後に打つ技
高難度でメイク率の低い技。フラッシュしてもいいように、他の技の打ちなおしも終わってから狙う。残り時間が足りなければ狙えなくてもいい。もし運良く決まれば一気に点数が伸びる。

僕の戦略

当初、練習で目指していたルーティンは、
・最初の技:短時間で確実に打てる技【ブラントからスタート】
・戦略①【ブラント→バックスタブ→エアスクリュー左】
・最後の技:【パンナム or エアスクリュー右】
でした。
なので、後半のエアスクリュー左の時間を十分に確保するために、ブラント左右→バックスタブ左右の4つセットを Back to back で通す練習に取り組むことで、なんと15秒に短縮できました。
しかし、めっちゃ息がきれるため、けっきょくその後のエアスクリュー左を打つのに息を整える時間が必要になってしまいます。エアスクリュー左の打ち終わりでは25秒までかかります。
そこで・・・

本番向けのルーティンを、
最初の技:高難度だがメイク率の高い技【エアスクリュー左でスタート】
・戦略①【ブラント→バックスタブ】
最後の技:【パンナム or エアスクリュー右】
の順番に変更。かつ Back to back を点数の低いブラント左右のみにして体力を温存。エアスクリュー左~バックスタブの打ち終わりまでは同じく25秒かかるものの、このルーティンにすることで得点の高いバックスタブ左右とエアスクリュー左の技の完成度を高く維持できるようになったのです。

その上で2023JFKA九州大会の決勝ベストのプレイを観て下さい。
・最初のエアスクリュー左、自分の中で完成度がいまいち。
・ブラント左右は Back to back。
・バックスタブ左右の完了まで25秒。
・体力、時間にしっかり余裕があるので、エアスクリュー左を打ちなおし。
・最後はパンナム右にトライしてフラッシュ。
大会成績は2位だったものの、世界選手権に向けたルーティン確認としては理想的なプレイだったため、本人はとしてはかなり満足のいく演技でした。
もちろん、世界選手権のウェーブでどこまでやれるかは未知数ですが、試合の場でルーティンを試せたのは良い機会でした。

戦略と判断

選手はルーティンを幹に、こうなったらこうする、ああなったらこうすると、何通りもの枝葉(チャート図のようなもの)を頭の中に準備しています。かつ、試合中は水の流れの周期や、常に変化する条件、残りの時間を考慮しつつ瞬時の判断を繰り返します。これが、まれに試合への集中力が高まった選手がゾーンに入る体験をする理由でしょう。ちなみに、タイマー表示がなくても選手はだいたいの経過時間を感覚で把握しています。こういったものをまとめて試合勘と言ったりします。
僕が試合に夢中になってしまう面白さがここにあります。

戦略とスタイル

僕はルーティンをしっかり組むタイプですが、中にはその時のフィーリングを重視してプレイする選手もいます。「ルーティンは決めていない」と言えば天才肌に聞こえますね。ただ、実際にはどの選手も戦略はある程度考えていると思います。フィーリング(臨機応変)の要素が多いか少ないかくらいの差だと思います。ルーティンを決めていない選手は、ルーティンを考えるほど持ち技がない、天性の素質はあるが試合に活かせていない(強くない)、ルーティンを秘密にしたい、のどれかでしょう。
ただし試合の強さに優劣はありますが、プレイスタイルには優劣はありません。フィーリングを重視するスタイル、点数に関係なく好きな技にこだわるスタイル、技のデカさやオシャレさなど、スタイルという物差しであれば全てのパドラーがリスペクトされるべきです
フリースタイルカヤックに限らず、フリースタイルと呼ばれるスポーツはいつの時代も競技化とスタイル(遊び要素)のジレンマにはさまれます。
とはいえ、ガチガチのコンペパドラーだってそれぞれにこだわりのスタイルを持っています。僕自身もフリースタイルカヤックの試合にはまりはじめた頃は、コンペパドラー(コンペティション偏重)と揶揄されることに抵抗がありました。でも、今ではコンペパドラーであることが僕のスタイルを支えていると胸を張れます。僕の目指すスタイルは、誰の目から見てもその技だとわかる完成度に高めて技を打つこと。そこは練習中も、例え試合中でも譲れないスタイルです。世界選手権のMCに技を「テキストブック」と言わせたい。それが僕の今大会の目標です。

それとは逆に、
大会に出る選手を僕はそれだけでリスペクトできます。これはスタイルとはまた別の話です。僕はよく日本選手権に出てくる選手に「例え、順位が何位(最下位)であっても、日本で何番目に上手いと自信を持て」と伝えています。世の中には大会には出ないけれども、生きる伝説と呼ばれるような上手いパドラー(ここでは特定の誰かを指しているわけではありません)がいるのは確かです。しかし、彼らは大会に出ていない時点で「日本で何番目」と言える権利を放棄しています。選手たちは大会にエントリーして、第三者のジャッジで優劣をつけられる舞台にわざわざ登ってきています。その時点ですでに順位として上なのです。
もちろん、大会の順位だけが上手さの物差しではありませんが、試合に出ないで自分の心の中で上手いと思うことは簡単です。でも、第三者から(時には非情に)ジャッジされること、そこで評価される技を身につけることが、必ず本物の上手さに繋がると僕は信じています

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