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【小説】ロックバンドが止まらない(45)


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 神原がようやく見つけたアルバイトに励んだり、四人で貸しスタジオにバンド練習で入っていると時間はあっという間に過ぎて、五月になった。

 そして、その最初の日。神原たちは再び、ECNレコードの事務所に集まっていた。面談スペースに四人で座る。でも、この日が今までと違ったのは、音楽雑誌のライターである橘井(きつい)がいることだった。掲載されるのは雑誌ではなく、音楽雑誌が運営するウェブサイトだったが、それでも初めてのインタビューに神原たちは緊張せずにはいられない。

 初回だからと吉間も同席してくれているが、これからのことを考えると、あまり頼りすぎることもよくないだろう。

「『日暮れのイミテーション』聴かせていただきました。演奏から初期衝動が感じられて、また曲自体のクオリティも高くて、デビュー作として堂々たる出来でした。これからの活動が楽しみなバンドが、また一つ増えたという印象でした」

 まず褒め言葉を口にした橘井に、四人を代表して神原が「ありがとうございます」と答える。

 もしかしたら橘井の言葉には、神原たちの気分を持ち上げてインタビューをやりやすくしようという意図が含まれていたのかもしれない。それでも神原は、橘井が思ってもいないことを言っているわけではないと考えるようにした。

「それでは、最初の質問なのですが、このChip Chop Camelは、同じ高校に通っていた四人で結成されたということでよろしいんですよね?」

 インタビューが本格的に始まって、神原は心臓がバクバク鳴っていることを感じたけれど、それでも橘井の質問は事前に想定できたものだったから、若干たどたどしくてもどうにか答えることができた。

 自分たちはこれからデビューするバンドなのだ。結成した経緯は、記事を読む誰もが知らないだろう。

 だから、神原はなるべく丁寧に橘井の質問に答えた。一通り答え終わると、橘井は園田たちにも質問を振っていて、それに応える園田たちは、自分と同じく初々しく神原には感じられる。与木も簡潔にだがちゃんと答えられていて、その姿は家で何度もイメージトレーニングを重ねたであろうことを、神原に思わせた。

 バンド結成の経緯を話したら、インタビューはいよいよ「日暮れのイミテーション」の話題に突入していく。曲を作ったときの感触や、レコーディングの様子、アレンジのポイントやこだわった個所などを、一曲ずつ話していく時間だ。

 ここは話すのは神原だけに限らず、言いたいことを思いついたメンバーから自由に話していく形を採っていて、一曲ごとに長い時間をかけているから、緊張さえなければ神原たちにはいくらでも話せそうなパートだ。

 園田や久倉、稀に与木も収録曲について話していて、気がつけばアルバムの話だけで、優に一時間が経過しようとしている。橘井の話の引き出し方も上手で、神原は事前に考えていなかったことまで話せていた。

「今日はありがとうございます。おかげで貴重なお話をたくさん聞かせていただくことができました。そして、これが最後の質問になりますが、皆さんはこれからChip Chop Camelというバンドで、どうなっていきたいですか? 何か活動の展望や目標などがあれば、教えてください」

 時間も差し迫ってくるなか、橘井がした質問はインタビューを締めくくるのに相応しかった。

 それでも神原はすぐには答えられない。自分たちの目指すところは、もちろんインディーズで人気を得てのメジャーデビューだが、それをそのまま口に出すことは、吉間がいる手前気が引けた。

「そうですね。どうなりたいかっていうよりも、まずは目の前のライブを一つ一つ、着実に積み重ねるしかないと思っています。少しずつお客さんも増やしていって、とりあえずは今ライブをさせていただいているライブハウスを、満員にすることが目標ですね」

「今回こうしてECNレコードさんからデビューさせてもらうわけなんですけど、僕はまだスタートラインに立ったに過ぎないと思っているので。まだ今回のミニアルバムに収録されていない曲もありますし、これからもどんどん新しい曲を作って、二枚目三枚目と出していきたいですね」

 園田と久倉は、軽く言葉に詰まっている神原よりも先に今後の展望を述べていて、それは神原にとっても頷けるものだった。どちらも今の自分たちが、これからやるべきことに違いない。

 それでも神原は言おうとしていたことを先に言われて、また言葉に迷ってしまう。

「……もっと大きなところでもライブしてみたいです」

 消え入りそうな声で、与木が言う。でも、神原はそこに話の糸口を見つけた。

「確かに。もっと何百人とか何千人の前でも、いずれライブができたら最高ですね」

「フェスとか?」

「そうそう、フェス。僕たちまだフェスに出たことがないので、どんな雰囲気なのか、一回体験してみたいです」

「何千人も入るって言ったら、それこそ武道館とかか?」

 久倉の口から出た言葉に、神原たちは一瞬静まり返ってしまう。今の一〇人も集められないような自分たちからすれば、武道館なんてそれこそ夢のまた夢の話だ。

 気まずくさえなり始めた空気に、久倉も「すいません。ちょっと変なこと言っちゃいましたかね……」とこぼす。

 でも、神原は久倉にそんな微妙な表情をさせているのは、本意ではなかった。

「いやいや、そんなことないよ。どうせなら夢は大きい方がいいよ。いいじゃん、武道館。橘井さん、記事に目標は武道館って書いといてください」

「いいのかよ。そんなん書いてもらって」

「いいんだよ。別に言うだけタダなんだし。それにもし本当に実現したとして、インディーズデビューのときから目標にしてたってする方が、有言実行でカッコいいだろ」

 危惧を示した久倉を、神原はやんわりと言葉で制した。自分でも大それたことを言っている自覚はあったが、それでも明確な言葉にした方が、実現する可能性はわずかでも上がるだろう。

 橘井も笑顔を見せている。バカにしたような表情ではなさそうだった。

「分かりました。いいですね、武道館。私も実現する日を楽しみにしています。では、以上で本日のインタビューを終わりにしたいと思います。Chip Chop Camelの皆さん、本日はどうもありがとうございました」

「ありがとうございました」そう神原たちは口々に言って、事務所を後にする橘井を見送った。

 橘井の姿が見えなくなると、吉間が「初めてにしては悪くないインタビューだった」と声をかけてくれる。

 もちろんうまく答えられなかった質問もあったし、改善点はいくらでもあるが、それもこれから二枚目三枚目と出すうちにインタビューを重ねていけば、克服できるだろうと神原は感じていた。

 夜も深まりもうすぐ日付も変わろうかという頃、神原は一人家でギターを弾いていた。次のライブに向けて、曲をそれこそ目を瞑っても弾けるようになるまで練習を重ねる。

 でも、いくらギターを弾いていても、神原の心は一向に落ち着かなかった。それは今日が五月一四日、神原たちのデビューミニアルバム『日暮れのイミテーション』のリリース前日だからということが大きい。

 今日は一日中アルバイトをしていて疲れているはずなのに、神原はまだあまり眠くなっていなかった。いよいよ明日、本当の意味で自分たちはデビューするのだと思うと、いてもたってもいられないような気がしてくる。

 デビュー当日だからといって神原たちにできることは少なかったが、それでも神原は『日暮れのイミテーション』が売れるかどうか、評価してもらえるかどうか、気になって仕方がなかった。

 翌朝、神原は朝の七時に目を覚ましていた。もう学校はないから、こんなに早く目を覚ましても意味がない。

 でも、六時間も寝ていないのに神原の目はぱっちりと覚めてしまって、二度寝もできそうにない。仕方なく神原は部屋着から普段着に着替えて、朝食を買おうとコンビニエンスストアに出かける。

 自転車を漕いで向かう数分間の間にも、神原の頭は『日暮れのイミテーション』のことばかり考えていて、静まることはまるでなかった。

 朝食を食べると、今日はアルバイトも入れていないので、神原には特にすることがなくなる。ギターを弾いてみても、心はここにあらずという状態でまったく集中できなかった。

 家にい続けることも難しくて、気がつけば神原はギターを持って家を出ていた。どのみち今日は、午後の一時から貸しスタジオでバンド練習が入っていた。

 貸しスタジオがある吉祥寺駅に、神原は午前一〇時になる少し前に辿り着く。でも、向かった先は貸しスタジオがある方向とは反対の北口だった。

 少し歩いて、家電量販店のビルに神原は足を踏み入れていく。エレベーターに乗って五階を押す。目指すは中高生の頃、よく訪れていたCDショップだ。

 エレベーターを降りると、赤と黄色が目立つ看板が神原の目に飛びこんでくる。CDショップはまだ人がほとんどいない。でもまだ開店したばかりでしかも今日は平日なのだから、ある程度は仕方ないだろう。

 神原はまっすぐ店の奥へと向かった。そこにインディーズミュージシャンのコーナーが展開されているのは、あらかじめ分かっていた。

 辿り着いた神原は、棚を探してみる。すると、『日暮れのイミテーション』は確かに置かれていた。平積みになったり、横に置かれてCDジャケットをアピールしているのではなく、縦に置かれたいくつものCDのうちの一つだったが、それでも実際に店頭に置かれているところを見ると、神原はそれだけで感慨を覚えてしまう。

 手に取ってみると、ビニールに覆われたCDは紛れもなく自分たちのもので、神原は胸が高鳴っていた。

 店頭に自分たちのCDが置かれているのを確認した今、CDを買えるほどの持ち合わせもない神原には、もうCDショップにいる理由はないはずだった。でも、せっかくなら自分たちのCDを買う人をこの目で見たいという思いが、神原を店内に留まらせる。

 ゆっくりと店内を回ってみたり、試聴機で知らないバンドのCDを聴いてみたり。その間も神原はこまめにインディーズコーナーに目をやり続けた。

 でも、店の奥にあるインディーズコーナーにやってくる人は少なく、何度か神原が確認してみても、CDは棚から少しも動いていなかった。やはりまだライブも数えるほどしかやっていない、自分たちの知名度はほとんどないに等しいと思い知らされる。聴けば気に入ってもらえる自信があるが、まずその聴いてもらうまでが大変なのだ。

 神原が昨日から感じていたドキドキは、次第に焦りに姿を変えていっていた。


(続く)


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