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【小説】ロックバンドが止まらない(13)


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「よし、じゃあ何からやろっか」

 神原が言うと、園田や久倉からまた一つ笑みがこぼれる。与木でさえ頬をかすかに緩めていて、何もおかしいことがなくても、神原の心はじんわりと暖められた。

「何からっていっても、練習してきた曲二曲しかないけどね。『GOING UP』か『NEXT LIFE』か。ねぇ、久倉くんはどっちからやりたい?」

「俺は別にどっちでもいいぜ。どっちもミスなく叩けるよう、練習してきたつもりだし」

「そっか。じゃあ、与木はどっちがいい?」

「……ご、『GOING UP』の方がいいかな……」

「よし、じゃあ『GOING UP』からやるか」

 そう言った神原に、園田も久倉も異存はなさそうだった。四人は頷きあって、演奏の準備ができたことを今一度確認しあう。

 そして、三人からの視線を向けられた久倉は「じゃあ、いくぞ」と言ってから、ドラムスティックとともにフォーカウントを刻み、それを合図にして四人は一斉に演奏を始めた。

 この曲のイントロは短く、すぐに歌に入る。でも、そんなわずかな間の演奏でも、神原は想像していたよりも、自分たちの音が合っていることを感じていた。

 特に園田のベースと久倉のドラムは、事前に練習してきたかのように、原曲と全く同じテンポで、なおかつ呼吸が合っている。リズム隊がしっかりとしていると、その分ギターも演奏しやすく、与木も演奏に没頭している表情をしていた。楽器が正しく鳴らされていると、神原もスムーズに歌える。

 四人はお互いを確認しあいながら、演奏を進めた。向かい合っているから、ズレ始めた状態からの修正もスムーズで、神原は自分たちがそれぞれのバンドで積んできた時間を思わずにはいられない。

 一年以上ぶりにバンドで合わせたことで、神原と与木も徐々に勘を取り戻していく。貸しスタジオに流れる空気は爽快感すら漂っていて、神原は演奏しながら清々しく感じていた。

 二分ほどの曲は、神原が思っていたよりもあっという間に終わる。凝縮された時間に、演奏中は二の次になっていた疲労が、神原にはまとめてやってくるようだ。でも、悪い感じはまったくしなくて、むしろ心地よくもある。

 三人は誰もがポジティブな表情をしていて、確かな手ごたえを感じていることが窺える。わざわざ言葉にしなくても、自分たちは同じ感想を持っていそうだ。

 それでも、神原はたった今手にした感触を言葉にせずにはいられなかった。

「今の、けっこう良かったんじゃね?」

 言葉にするのは野暮だと、神原も思う。だけれど、言葉にしなければ三人が思っていることを、明確な形で確かめることはできなかった。

 それに神原には他の三人の声を聞いて、芽生え始めた自信をより確固なものにしたい気持ちもある。その思いは、簡単には止められなかった。

「うん、初めてにしてはけっこうよく合ってた方だと思う。こんなにうまくいくとは思ってなかったから、私もちょっとびっくりしてるくらい」

 真っ先に応える園田の声からは、かすかな興奮が滲んでいた。純粋に喜んでいる表情からは、ネガティブな感情を神原は感じない。

「そうだな。いくらシンプルな曲とはいえ、俺も最初はもっとバラバラになると思ってた。やっぱりバンドは違えど、前から楽器やってきたことが影響してんのかな。経験は嘘をつかねぇっていうか」

 久倉も鷹揚に頷いている。他のバンドの掛け持ちで忙しいだろうに、ここまで仕上げてくれたことに神原は感謝の念を抱いた。

「確かにそれはあるかもしれねぇな。俺、特にさベースとドラムががっちり噛み合ってる感じがしたんだけど、もしかしてリズム隊だけでスタジオ入ったりして練習してた?」

「いや、別にしてないよ。今日初めて合わせた」

「マジで? 初めてとは思えないほどの、息の合い方だったんだけど」

「いや、マジで。もしかしたら俺、園田のベースと相性が良いのかもしれない。やってて自分でもかなりしっくりきたから」

 二人の言葉に嘘は感じられなかったから、神原は驚きつつも信じることができた。

 楽器は人間が弾くものだから、当然相性が存在する。そして、自分たちのそれが悪くないことに、神原は明るい見通しを描くことができた。

「な、なぁ。この調子で『NEXT LIFE』も合わせようぜ」

 三人の会話に割って入るように与木が口にしたのは、きっと今の演奏に満足がいっていないからではないだろう。与木も手ごたえを感じていることが、神原にはすっきりとした表情から分かる。

 でも、それ以上に貸しスタジオの使用時間は限られているから、話している時間がもったいないと与木は思っているのだろう。それは神原にとっても頷けたから、「そうだな。『NEXT LIFE』もやるか」と、園田たちにも呼びかけることができる。

 二人も頷いて、神原たちは園田のベースを皮切りに、再び演奏を始めた。

 少し脱力感がある曲だから、神原も肩ひじ張らずに自然体でギターを弾ける。それは三人が良い演奏をしてくれているおかげでもあった。

「今日この後って時間ある?」そう園田が三人に尋ねてきたのは、神原たちの二回目の練習が終わった直後だった。

 新しい曲も合わせて、大きな問題なく練習ができたと神原は思っていたのだが、園田には違ったのだろうか。かすかに嫌な予感を抱きつつも、神原たちは頷く。

 そして、貸しスタジオを出た四人は腰を据えて話せるところ、駅前のファストフードチェーンに向かった。神原にとっては新座や敦賀とも一緒に訪れていた店で、店内に入る前から敦賀がここで引っ越しの話を打ち明けたことを思い出してしまう。

 それでも、何食わぬ顔をして入っていった園田や久倉に続いて店内に足を踏み入れて、ドリンクのみを頼んでちょうどよく空いていた席に座る。

 休日の昼過ぎとあって、店内は騒々しいほどの賑やかさに包まれていた。

「で、園田。どうしたんだよ。ここまで来たりして。何か話したいことでもあんのかよ」

 席に着くやいなや、ドリンクを口にする前に神原は尋ねる。園田は興味深げに、三人の顔を今一度見回していた。

「まあ、話したいことっていうか、ちょっとみんなと相談して決めたいことがあってね」

「決めたいこと?」

「うん、私たちバンド名どうしよっか? 文化祭に出るならバンド名が必要じゃない?」

 園田の提案は、神原にとっても腑に落ちるものだった。実際神原だって、バンド名をつける妄想は何度かしていた。ただ、言葉にして伝えなかっただけで。

 久倉も「確かにそろそろバンド名つけてもいい頃かもな」と頷いている。与木も渋ったり反対する素振りは見せていなくて、テーブルの空気は早くもバンド名を考えることに染まりつつあった。

「だよね。じゃあさ、みんななんかいい案ある?」

 そんないきなり意見を求められても、と神原は思う。妄想はしていたとはいえ、中二じみた名前をここで発表するのは勇気が要る。

 久倉や与木も突然のことで戸惑っているのか、何一つ案を出せていない。園田も深くは考えてはいなかったようで、テーブルには微妙な沈黙が、一瞬だけれど降りた。

「いや、そんな急に言われてもすぐ出てこないだろ」と神原はツッコむ。「まあ、それもそっか」と、園田はごまかすように笑った。

「じゃあさ、神原くんは中学のときもバンド組んでたんでしょ? どんなバンド名だったか、参考までに教えてよ」

「そうだな。俺たちはThe Camelsって名前をつけてたよ。高校生になったら、その名前で文化祭とか出るつもりだった」

「へぇー、それはどういう理由でその名前になったの?」

「いや、別に理由なんてねぇよ。ただなんとなくの響きでつけただけだから。そういう園田はどうなんだよ。高一のときにバンドやってたんだろ。何て名前だったんだよ?」

「CHIP IN BIRDIE。ギタボの子のお父さんがゴルフ好きでね。縁起がいい名前にしようってなったら、こうなった」

「なるほどな。じゃあ、久倉は? 今福満たちとやってるバンド、名前あんの?」

「ああ。フライング・クロス・チョップっていう。福満の奴がプロレス好きだから、そこから取ったんだと」

「そうなんだ。三者三様って感じだね。じゃあ、その上でバンドの名前を考えたいんだけど……」

 園田が再びそれとなく促しても、やっぱりすぐにバンド名は、候補さえ出てこなかった。自分たちの過去のバンド名を参照してみても、それが何になるんだと神原は思ってしまう。

 ここはいったん持ち帰って、それぞれが考えておくべきではないか。

 そう神原が思った矢先だった。三人の会話に混ざっていなかった与木が口を開いたのは。

「……そ、それぞれのバンド名を組み合わせてみたらいいんじゃねぇかな」

 与木は恥ずかし気に言っていたけれど、神原はその発想を言われるまで気づかなかった。言われてみれば、とてもシンプルなことなのに。

「となると、クロス・バーディー・キャメルとかか?」と久倉が言い、「それならChip Chop Camelの方がよくない? Cが三つでなんか収まりがいいし」と園田が乗じる。

 Chip Chop Camel。神原はそう口に出してみる。語感も悪くない。

「それいいかもしれねぇ。Chip Chop Camel。口に出しやすいし、アルファベットにしたら、なんかかっこよく感じられる」

 そう言った神原に、園田も「うん、私もChip Chop Camelいいと思う。またいいの思いついたら話は別だけど、とりあえずはこの名前で文化祭に出ることに、私は不満はないよ」と同意を示す。

 与木も頷き、久倉も「まあ俺もひとまずは候補の一つとしてなら、悪くないと思う」と理解を示してくれたから、確認するまでもなくテーブルには、バンド名が決まったような空気が流れ出した。

「じゃあ、ひとまずはChip Chop Camelって名前で活動するってことで」と念を押した園田に、三人も賛同した。

 バンド名が決まっただけで、一気に自分たちがバンドらしくなってきたなと神原は感じる。さっそく次の貸しスタジオの予約から、Chip Chop Camelという名前を使ってみようと思った。


(続く)


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