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【小説】ロックバンドが止まらない(12)


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 神原たちがクラスメイトや友人にドラムをやっている人を知らないかと訊いてみて、その結果見つかったのは、神原たちの他にギターを弾いている生徒の存在だった。五組の福満(ふくみつ)という男子生徒だ。神原たちとは一年のときも、誰とも同じクラスになっていない。

 そして、ギタリストが見つかったということは、バンドを組んでいる可能性もあるということだ。

 だから、その可能性に賭けて神原たち三人は揃って、福満のもとへと向かっていった。福満は目つきが鋭く、少し近寄りがたいオーラがあったが、それでも神原たちは思い切って話しかけてみる。

 すると、案の定バンドを組んでいると教えてくれた。ベースは別の高校に通っているが、ドラムはなんとこの武蔵野第三高校にいるらしい。

 神原は福満の手を取って喜びたくなった。真っ暗闇の中に、一筋の光が差し込んだかのようだった。

 その生徒は二年一組にいて、名前を久倉瞳志といった。ドラムは中学生の頃から始めて、高校で福満たちと出会う前には、また別のバンドを組んでいたらしい。

 神原たちと同じく部活には入っていないようだったから、神原たちは放課後になるとすぐに、三人揃って二年一組の教室に向かっていく。

 でも、久倉は友人と話していて、その話を遮ってまで声をかけることは、神原たちにはためらわれた。もともと違う組の教室に入ることは、少なからず勇気が要る。

 だから、神原たちは教室から出てくるタイミングを狙って、久倉に話しかけた。久倉はまだ友人と話している最中だったが、神原たちにはなりふり構っている場合ではなかった。

 突然話しかけられて久倉は驚いた様子を見せていて、福満からは何も話がいっていないようだった。

「なるほどな。で、今バンドのドラムを探してると」

 すぐ側にある体育館から運動部の掛け声が聞こえてくるなか、神原たちの話を最後まで聞いた久倉は、腑に落ちたように頷いた。

 その目は神原たちを邪険には扱っていなくて、神原は淡い期待を抱く。

「ああ。だからさ、お前に入ってもらえると、バンド練習ができてとても助かるんだ。頼む。俺たちのバンドに入ってくれ」

 そう懇願した神原は、頭さえ下げたい気分だった。ここで久倉に断られたら、ドラマー探しがまた振り出しに戻ってしまう。

 園田や与木も含めて、三人の視線が集中する。そんななかでも久倉は、飄々とした表情をしていた。

「うーん、気持ちは分かるし、必要としてくれてるのは嬉しいんだけど、悪ぃ。それはなかなか難しいかもしんねぇ」

 久倉は無理だと断言はしなかった。

 だけれど、その返事は限りなく無理と言っているに近いと、神原は感じてしまう。やはり全てが都合よくいくはずはないのだ。

「それってやっぱり今、福満くんたちとバンドをやってるから……?」

 園田が尋ねる。久倉の表情は少しも揺らがない。

「まあ、ぶっちゃけて言えばそうだな。一個のバンドですらドラムやるのけっこう大変なんだぜ。それが掛け持ちとか。身体が持たねぇよ」

 率直に吐露した久倉に、神原たちは言葉に詰まってしまう。

 当然その可能性は考慮していた。でも、掛け持ちが大変という理由を上回る決め言葉は、神原たちは用意できていなかった。体力的な問題に加え、覚える曲の量が二倍になるという問題もある。久倉が難色を示すのも、無理はないだろう。

「それは俺たちも分かってるつもりだよ。だからさ、練習とかスケジュールとかは、お前の都合を最優先に考える。曲もあまりたくさんはやらないし、俺たちは二番目だと考えてくれていいから。それでもやってくれねぇか?」

 唯一今の自分たちに取れる手段である譲歩を神原が口にしても、久倉はすぐに首を縦には振らなかった。平然とした目に、自分たちになびいていないことが、神原には察せられてしまう。

「いや、そんな一番とか二番とか優劣つけるような真似、俺はしたくないから。やるんだったら、どっちも同じくらいのエネルギーを注ぎたい。でそれは、あまり現実的じゃないんだ」

 久倉は自分たちのことを蔑ろにはしていない。真剣に考えて、現実的な判断をしようとしている。そのことが言葉から分かるからこそ、神原は無理やりには誘えなかった。もちろん諦めたわけではないが、それでも強引に加入させても、一番負担がかかるのは久倉なのだ。

 同じようなことを園田も感じたのか、言葉を発することを控えてしまっている。

 体育館裏に流れる一瞬の沈黙。このままでは話が終わって、久倉は自分たちのもとから去ってしまう。

 どうすればいいか。何を言えばいいか。神原が必死に頭を回していると、不意に隣から声がした。

「……文化祭」

 そう呟いたのは、与木だった。頼りない声だったけれど、はっきりとした言葉として三人の耳に届く。

 三人の視線が集まった中で、与木は両手を握りしめて振り絞るように、続けて口を開いた。

「い、一緒に、文化祭、出よう、ぜ」

 そう言った与木は、久倉の顔を見られていなかった。声が地面に落ちていく。

 でも、神原は与木の言葉に一筋の光明を見た気がした。ぶつ切りの言葉に、勇気を出して口にしたことが分かる。きっと与木の本心だ。

 園田も加勢するように「そうだよ、久倉くん。一緒に文化祭出ようよ。確かベースはウチの高校じゃないんだよね? じゃあ、文化祭に出られるかどうかは分からないじゃん」と、久倉に呼びかけている。今まで揺らがなかった久倉の表情が、かすかに揺らいでいるのを神原は見る。またとない好機だ。

「久倉。俺たちとバンド組んで文化祭出ようぜ。なんなら文化祭までの期間限定でもかまわねぇ。とにかく俺たちは、お前と一緒にバンドがしたいんだよ」

「頼む」神原は、半ば無意識のうちに頭を下げていた。言葉で伝えられないなら、行動で示すしかない。

「お願い」と言いながら園田も、何も言わないで与木も、同じように頭を下げたのが雰囲気で分かる。今自分たちに示せる最大限の誠意が、久倉に届くことを神原は祈る。

「いや、頭上げろって」と言われて、神原たちは言葉の通りにする。久倉の目は、突然の事態にも落ち着いているように神原には見えた。

「分かったよ。そこまで頼まれて『いや、無理だから』って断れるほど、俺も鬼じゃねぇからな。うん。お前らと一緒にバンドやるよ」

 願いが通じた。そう神原は瞬時に思った。久倉の口調は前向きで、この場を収めるために言っているわけではなさそうだ。

 バンドが再び始動しそうな気配に、神原は久倉の手を握って喜びを表現したくなる。

「本当に!? 本当に入ってくれるの!?」と、園田が半ば信じられないといった表情で訊いている。それは神原も感じていながら、声に出していない気持ちだった。

「ああ、ただしひとまず文化祭までな。とりあえずそこまでは俺も、バンドの掛け持ちできるよう頑張ってみるから」

「そうだな。俺たちも全然それでかまわねぇ。今は何よりもバンドを組むことが大事だから。組んでさえしまえば、大概のことは何とかなる」

「だといいけどな」そう言って久倉は、会ってから初めて三人に向かって微笑んでみせた。どこか子供っぽい笑みは、意図せずして神原たちの頬も緩める。

 体育館裏には一転して、和やかな空気が流れ始めていた。

「じゃあ、よろしくな。掛け持ちだからって言い訳せず、俺全力で頑張るから」

 久倉が神原の前に手を差し出してくる。厚くて大きな手だ。神原も「ああ、よろしくな」と応えて、二人は手を握った。久倉の握手は力強く、伝わってくる確かな熱に、神原の心はほだされるようだ。

 久倉は園田や与木とも握手をしていた。「よろしくな」「よろしくね」「よろしくな」「う、うん、よろしく」短い言葉以上の感情が、握手を通じて交換される。

 神原たちはもう一度表情を緩めた。新しい一歩を踏み出せた感覚に、神原の心は跳ねるように躍った。

 日曜日は昨日まで二日降り続いた雨も上がって、空には雲一つない青空が広がっていた。

 貴重な梅雨の晴れ間のもと、神原はギターを背負って駅方面への道を歩く。胸に抱くのは一抹の不安と、それをすっぽり覆い隠すほどの大きな期待。

 バンドを結成してから一ヶ月以上が経ったこの日、神原たちはようやく貸しスタジオに入って、練習してきた曲を合わせられる。

 コピーする曲が決まってから、神原は黙々と一人で練習を積んできた。だけれど、今日は与木や園田、久倉たちと一緒に演奏できる。しばらく味わっていなかった高揚感を再び味わえるかと思うと、神原は興奮して昨夜あまり寝つけなかったくらいだ。

 やっぱり自分はバンドで演奏することを望んでいたのだと、眠れない夜に神原は痛感していた。

 神原が中学生のときにも利用していた貸しスタジオがあるビルの前に到着すると、そこにはまだ誰も来ていなかった。当然だ。使用開始時間までは、あと三〇分もある。気持ちが逸って、神原は家でじっとしていることができなかったのだ。

 そのまま何をするでもなく、ただ漫然と辺りを眺めながら、神原は三人の到着を待つ。

 すると、最初にやってきたのは与木だった。神原が来て間もなくの、まだ練習開始には早い時間での到着だったから、自分と同じように大分気が逸っていることが神原には察せられる。与木も神原がいるとは思っていなかったのか、かすかに驚いた表情を見せていたくらいだ。

 二人は園田や久倉が来るまで少し話をする。久しぶりのバンド練習に緊張しているのか、与木は普段よりも言葉少なげだったけれど、神原は少しも気にしなかった。与木の性格は三年近くなる付き合いの中で、もう分かっているつもりだった。

 二人が散発的に話をしていると、やがて園田がやってきて、そのすぐ後に久倉もやってきた。

 本当は今すぐにでも貸しスタジオに入りたいところだが、ここは使用開始時間まで鍵を貸してくれないことは、神原もよく知っている。

 そして、四人が揃ったのは練習開始の一〇分ほど前だったから、四人は少し話をして時間を潰す必要があった。練習はどれくらいしてきただとか、最近聴いた中でどのバンドがよかっただとか。

 久倉が福満たちと組んでいるバンドも、順調に活動ができているらしい。「今日大丈夫か?」と訊くと「言われなくても」と久倉は返していて、神原はまだ練習が始まってもいないのに、わずかに胸をなでおろした。

 腕時計を見て、練習開始一分前になったのを確認すると、神原たちは貸しスタジオへと向かう階段を下り始めた。受付に座っているオーナーの守山と会うのも中学生のとき以来だったので、「久しぶりじゃん」と言われると、神原はそれだけで感慨深くなる。

 返事をして鍵を受け取ると、神原たちは貸しスタジオに入った。アンプもドラムセットも、最後に来たときと何も変わっていない。

 その懐かしさと戻ってこられたことに、神原は早くも胸がいっぱいになりそうだったけれど、まだ練習が始まっていないのに、感傷に浸るわけにはいかなかった。

 ギターやベースをアンプに繋いで、久倉がドラムセットを軽く調節して、四人は演奏する準備を整える。

 チューニングを終えると、神原たちはお互いに向き直った。誰からともなく笑みがこぼれる。

 それはたぶん照れからくるものだろうけれど、初めてバンドで合わせるからといって、変に緊張しすぎていないことが、神原の目には好ましく映った。


(続く)


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