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【小説】ロックバンドが止まらない(11)


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 季節は巡って、校庭には再び桜が咲く。卒業生が去って新入生が入って、学校の雰囲気も少しなりとも違ってくるようだ。

 二年生になると同時に、クラス替えがあった。一組から四組が進学クラス、五組と六組が就職クラスだ。一年生のときは別のクラスだった神原と与木は、どちらも進学クラスを希望していたこともあり、同じ二年二組になった。

 だからといって、すぐに二人の関係は変わらなかったが、それでも同じクラスに友人がいることは、与木には心強いだろうと神原は思う。

 与木の性格やコミュニケーション能力から言って、友達がたくさんいるとは神原にはあまり考えられなかった。

 二年生になった初日。始業式を終えた神原は、一緒に帰ろうと与木の席へと向かう。与木も頷いて、少し話してから二人は教室を出ようとする。

 が、その時一人の女子生徒が神原たちのもとにやってきた。小柄な背に、肩まで伸びた髪がかかっている。

 その女子生徒は二人の側に立つやいなや、確認するように尋ねた。

「ねぇ、神原くんと与木くんだよね?」

 突然話しかけられて、二人は首を縦に振るほかない。与木はおろか、神原も男子ばかりで固まっていたから、女子と話した経験はあまりなかった。

「私、園田瀬奈っていうんだ。よろしくね」

 そう笑顔で言う園田に、神原たちは曖昧な表情で頷く以外の反応を取れなかった。名前を知っているから、自分たちから名乗る必要はないだろう。

 というか、ただでさえ神原たちは数分前に、クラス全員に向けて自己紹介をしたばかりだ。もちろん園田も。

「ねぇ、自己紹介で言ってたギターやってるって話、二人とも本当なの?」

「ま、まあな。それがどうかしたのかよ」

 慣れていなくて、神原は少しつっけんどんな言い方になってしまう。

 だけれど、園田は明るい表情を崩さなかった。

「やっぱり! あのさ、私ベースやってるんだ! よかったら一緒にバンド組まない!?」

 園田の声は弾んでいて、周囲からどう見られているかをまったく気にしていないようだった。

 神原たちからすれば、自己紹介でギターを弾いていますと言っただけで、ベーシストが向こうからやってくるのは願ってもない展開だ。

 だけれど、だからといってすぐに「じゃあ、よろしくな」とは、神原には言えなかった。突然の展開に戸惑ってしまってもいる。

 だから、本心は違うのに神原は口をとがらせてしまった。

「いや、なんで俺たちなんだよ。他にギター弾いてる奴なんて、ここに限らずいっぱいいるだろ」

「そんなの手っ取り早いからに決まってんじゃん。ちょうど同じクラスにギター弾いてる人が二人もいるなんて、こんな偶然ないでしょ。それとも何? 私じゃ嫌なの?」

「いや、嫌っつうわけじゃねぇけどよ……」

「じゃあ、いいじゃん! バンド組も! 私さ、組んでたバンドがこの前解散しちゃってさ。またバンド組める相手探してたんだ」

「バ、バンド組んでたってことは、経験者ってこと……?」

 そうおそるおそる訊いたのは与木だった。話に入ってくるとは思っていなかったから、神原は軽く驚いてしまう。どうやら園田に関心があるらしい。神原と同じように。

「うん、そうだよ。受験が終わった後から始めたから、もう一年くらいになるかな。神原くんたちは、どれくらいギターやってるの?」

 返すように訊かれて、二人はそれぞれ「小学生の頃から」と答える。

 口にするとなんだか経験年数でマウントを取っているみたいで、神原には少しバツが悪かったけれど、でも園田はやっぱりそういったことはまったく気にしていなかった。

「そう! じゃあ、頼もしいね! バンド組むのに何の問題もない!」

 いや、問題はあるだろ。そう神原は直感的に思ったけれど、それは口に出さないでおいた。爛々としている園田の目に、指摘する気が起きなかった。当たり前にあるツッコミどころは、園田も分かっているだろう。

「そうだな。確かに問題はないな」と頷いた神原に、園田も「でしょ!」と軽く身を乗り出している。高校生特有の自意識は、今は考慮しなくてもいい気がした。

「で、でも、仮にバンド組むにしても、ドラムはどうすんだよ……?」

 与木が口にしたのは、二人ともが頭に抱いていながら、あえて言わなかった懸念だった。分かっていても実際に言葉にされると、神原は気まずさを感じずにはいられない。

 当然だが、この三人ではバンドはできない。ドラムがいないと何も始まらない。

 だけれど、園田は得意げに小さく鼻を鳴らしてみせた。そう訊かれるのも、織り込み済みだと言わんばかりに。

「ああ、それなら大丈夫。私に当てがあるから。っていっても、私がこの間まで組んでたバンドでドラムやってた子なんだけどね。別の高校の子なんだけど、よければ明日にでも紹介しよっか?」

 ベーシストだけでなく、ドラマーまで一気に決まりそうな気配に、神原には夢の出来事のようにさえ思えてしまう。もし本当に決まったら、それぞれ曲を練習する時間を無視して、すぐにでも貸しスタジオに入りたい気分だ。

 気持ちが逸って、神原は前のめりになってしまいそうになる。でも、薄っぺらい自意識がそれをすんでのところで食い止めた。

「まあ、とりあえず話をするくらいならな」

 本当は一年間合奏をしていない分、バンドを組みたくて仕方なかったのだが、あまりがっついているとも思われたくなくて、神原は落ち着いているふりを装う。ふと、視線をやると与木も小さく頷いているのが見えた。

 二人からの同意を得て、園田も「うん! じゃあ、帰ったらさっそくその子の家に電話してみるね!」と息巻いている。

 まだバンドがまた組めると決まったわけではない。だけれど、既に神原は新しく結成したバンドでどんな曲を演奏しようか、妄想を膨らませ始めていた。

「二人ともごめん!」

 暖かな春の日差しが降り注ぐ中、園田は手を合わせて謝ってきた。

 周囲を時折、人が通り過ぎる。

 今この構図は第三者からみたら、神原たちが園田に謝らせていると取られかねない。だから、神原は「いいよ。別に謝んなくて」と、園田を擁護した。園田も手を合わせるのはやめたものの、申し訳なさそうな表情はやめていない。

 始業式があった週の日曜日、三人は駅の近くの公園で、ベンチに向かい合うようにして座っていた。

「いや、でも本当にごめん。電話口じゃ、そんな素振り感じられなかったから。二人には本当悪いことしたと思ってる」

「だから、いいんだって。謝んなくても。むしろここですぐに決まったら、ちょっとできすぎだなくらいに俺は思ってたからさ」

 なおも謝罪してくる園田を、神原はそれとなくフォローした。もちろん期待はしていたし、落胆したのも事実だが、それでも嘘は言っていない。

 遡ること一時間前、神原たちは園田が紹介してくれたドラマー候補の三橋(みつはし)と顔を合わせていた。駅に近いファミリーレストランで、一緒に昼食を食べた形だ。

 二人は(といっても主に神原がだが)三橋がどれくらいドラムをやっているかとか、どんな音楽が好きかといったことから話を始めた。三橋の音楽の趣味は二人とも一致して、神原の期待は大きくなる。

 だけれど、いざ一緒にバンドをやらないかと誘ったら、「気持ちは嬉しいんだけど」と、断られてしまった。今はあまりドラムを叩きたい気分ではないらしい。

 気分の問題かとも神原は思ったけれど、園田たちのバンドの解散に何か深い事情を感じてしまい、それ以上訊くのはためらわれた。

 園田が軽く説得してみても、三橋の意思は変わらず、四人は昼食を食べただけで解散し、そして今に至っている。三人の間に流れるどこか澱んだ空気は、快晴の空にはそぐわなかった。

「でも、本当にどうしよう。私ドラム叩いてくれるのみっちゃんしか考えてなかったから、もう当てがないよ」

「それはさ、貸しスタジオとかライブハウスとか楽器屋に頼んで、メンバー募集のビラ貼らせてもらうとかするしかないだろ。俺だって当てはねぇし」

「でも、それってもうやってるんでしょ? そんなすぐ見つかるかな……」

 心配そうに言った園田に、神原はすぐに返事ができなかった。

 確かに去年のうちから、数か所にはバンドメンバー募集のビラを貼らせてもらっている。だけれど、連絡は来ていない。自分たちが高校生であることがネックになっているのだろうか。

 このままではバンドを組めないまま卒業してしまうことも、十分に考えられてしまう。

「いやでもさ、このまま何もしなかったら、永遠に見つからないままだろ。少しでも可能性を広げるためには、自分から動いていかねぇと」

 神原がそう口にしたのは、自分に言い聞かせるためでもあった。園田の場合はたまたまベースを弾いている人間が同じクラスにいたからよかったものの、そんな偶然は二度も期待できない。新しいドラムは自らの手で探し出すしかないのだ。

 園田も頷いていて、二人はメンバー探しのための方策を考えようとする。

 そのときだった。黙っていた与木がおもむろに口を開いたのは。

「……文化祭」

 小さく呟かれた与木の言葉が、何の脈絡もなく出てきたように感じられたから、神原は思わず「えっ」と訊き返してしまう。園田も、突然のことに目を瞬かせていた。

 二人からの視線を受けて、与木は縮こまってしまっている。でも、目はかすかに伏せられていても、まだその中にある輝きまでは失われていない。

「……俺、文化祭出たい」

 それは公園に来てから、初めて与木がした意思表示だった。唐突な態度にも、神原はその理由を尋ねることはしない。きっと言葉通りの意味だろう。

 去年の文化祭は一一月に行われた。そして、体育館では希望者にステージ発表の機会が与えられ、ダンスや漫才などが有志の生徒によって披露されていた。バンドの演奏はなかったものの、与木がそのステージ発表を見て羨ましいと思ったことは、想像に難くない。

 神原だって、体育館のステージで演奏を披露する妄想は何度もしていた。

「そっか。文化祭出たいよな」と、神原は理解を示す。それが意味するところは与木にも伝わったのだろう。はっきりと首を縦に振っている。

 生徒会に確認しなければ分からないが、もしかしたら他校の生徒は文化祭に、ステージ発表に出られない決まりがあるかもしれない。だったら、自分たちの高校の中でドラマーを探すのがベターだろう。

 園田も与木の意思を尊重して、三人の話題はどうやって高校の中でドラマーを見つけるかに移る。

 だけれど、手がかりも足がかりもない状況では結局、それぞれの友達やクラスメイトに訊いてみる以外の方法は出なかった。


(続く)


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