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【小説】ロックバンドが止まらない(2)



前回:【小説】ロックバンドが止まらない(1)




「今週のピックアップミュージシャンは、今年結成二〇周年を迎えたスリーピースバンド、Chip Chop Camelの皆さんです! よろしくお願いします!」

 司会の女子アナウンサーである村主(すぐり)に紹介されて、神原たちは口々に「よろしくお願いします」と答える。

 三人を捉えるいくつものカメラ。スタジオならではの高い天井が、独特な緊張感を醸し出す。観覧席に座る二〇人ほどの女性たちが、全員自分たちを知っていることを神原は内心で祈る。

 三人は、音楽番組の収録に臨んでいた。放送こそ深夜帯だが、地上波ということもあって業界内での認知度はほどほどに高い。

 神原たちがこの番組に出演するのは一五周年のとき以来で、前回の収録も忘れ、三人は新鮮に緊張していた。

「Chip Chop Camelさんは五年ぶりの登場ですが、どうですか? 久しぶりのミッドナイトムジカは?」

 もう一人の司会者である、お笑い芸人の須賀野(すがの)が尋ねる。その疑問は三人全体に向けられていたが、バンドのリーダーである手前、まずは自分から話さないといけないだろうと、神原は感じた。

「そうですね。前回の収録も緊張したはずなんですけど、今日はそれ以上にドキドキしてますね。セットとかも前回出演させていただいたときとは変わってますし、初めて出るかのような感覚です」

「そうですか。でも、結成二〇周年おめでとうございます。僕もデビューした頃から好きで聴いてますけど、ずっと歩みを止めずに楽曲をリリースする姿勢は、本当に尊敬してますよ。出すシングル・アルバムごとに新たな一面を覗かせて、バンドの可能性を前に推し進めていて、本当に凄いと思います」

「ありがとうございます。僕たちも変化し続けることは活動をする上でのテーマの一つに掲げているので、そう言ってもらえると嬉しいです」

「はい。そして、改めてですけど三人は今年で結成二〇周年を迎えるということで。どうですか、園田さん。この二〇年を振り返ってみて」

「そうですね。楽しかったことや思い出に残ることもいっぱいあった半面、大変だったことや辛かったこともたくさんあって、本当に濃密な二〇年間だったと思います。バンドを始めたときには想像もできなかったことがたくさん起こって。それをただひたすらに味わったり乗り越えたりしていたら、気づくと二〇年が経っていたという感覚ですね」

「そんなにあっという間だったんですね。どうですか? 久倉さんは。同じくこの二〇年を振り返ってみて」

「そうですね。バンドを始めたときは、まさか自分が二〇年もバンドを続けるなんて夢にも思っていなかったので、こうして二〇周年を迎えられて感慨深いです。この二〇年は本当に色々なことがあって、大変な時期もあったんですけど、それでも楽曲を聴いてくれたり、ライブに足を運んでくださるファンの方々の支えがあって、なんとかここまで続けてこられました。だから、ファンの方々だけじゃなく僕らに関わってくれた全ての方に対して、今は感謝の気持ちしかないですね」

「なるほど。確かにバンドだけじゃなく、僕みたいな芸人にとってもファンの方の存在というのは、言葉にできないくらい大事なものですし、その気持ちは僕もよく分かります。さて、改めてですがChip Chop Camelは今年結成二〇周年を迎えるということで、アニバーサリーイヤーとして様々な企画が予定されているんですよね」

「はい。まず来月には僕たちの二〇年の活動を総括した、二枚組のベストアルバムがリリースされます。この二〇周年でリリースされた全シングルにライブでの人気曲、さらには録り下ろしの新曲も収録された、Chip Chop Camel決定版とも呼べる内容になっています。さらに、その二か月後の五月にはニューアルバム『Fourth Dimension』もリリースされます。こちらは全一一曲が新曲の完全オリジナル盤で、今の僕たちのモードが鮮明に反映されているので、ぜひベストアルバムと併せて聴いていただきたいなと思います」

「それは楽しみですね。さらに、その二枚のアルバムを引っさげてのツアーも、予定されているとのことですが」

「はい。六月の大阪を皮切りに全二六都市を回らせていただく、過去最大規模のツアーを開催します。新曲や人気曲、ライブではあまりやってこなかった曲なども織り交ぜた、二〇周年にふさわしいツアーです。そして、ファイナルは日本武道館、一一月二〇日と二一日の二日間で開催予定です。こちらもそろそろチケットの一般販売が始まるので、ぜひお越しください。僕たちの、現時点での集大成をお見せできればと思っています」

「なるほど。結成二〇周年のアニバーサリーイヤーにふさわしい年になりそうですね。それでは、演奏していただきましょう。五月発売予定のニューアルバム『Fourth Dimension』から「ライムライト」、そしてメジャーデビュー曲である「ALL NEED IS YOUの刹那」。二曲続けてどうぞ」

「はい、ありがとうございます!」村主が曲紹介をして少しタイミングを待ってから、番組のディレクターである西辻(にしつじ)が、スタジオ中に響くような大きな声で発する。それと同時に神原たちは、ようやく一息つくことができた。

「はい! では、トークの収録は以上にて終了となります! 引き続き演奏の収録の準備に入りますので、須賀野さんや村主さん、Chip Chop Camelの皆さんはしばらく控室でお待ちください!」と立て続けに西辻が言ったので、神原たちはいったんスタジオを後にすることにした。

 観覧席に軽く頭を下げてから、スタジオを出て控室に向かう。その途中で神原は少し須賀野と話した。

 控室は別だったけれど、二人は元々プライベートでも親交がある。だから、収録とは違いタメ口で、お互い肩ひじ張らずに話すことができた。

 須賀野は改めて「結成二〇周年おめでとう」と言っていて、神原も「ありがとな」と素直に返事ができる。

 須賀野は当たり障りのない会話を心がけていて、それはまだ緊張が残っている神原にはありがたかった。込み入った話を避けてくれているのも同様だ。

 神原も今は、間もなく行われる演奏の収録のことだけを考えていたかった。

「それでは、神原さん。改めてですけど、本日はよろしくお願いします」

 机を挟んで真正面に向かい合った番場(ばんば)は、そう言うと丁寧に頭を下げた。神原も同じようにして、心ばかりのお辞儀をする。

 神原たちが所属するレーベル。その事務所の中にある会議室は、机と椅子、ホワイトボードだけのシンプルな空間だ。暖房は効き始めたばかりだけれど、南向きの窓から日差しが差しこんでいて、神原はさほど寒さを感じなかった。すくっと背筋を伸ばす。

 この日は音楽雑誌「Next Session」の取材日。Chip Chop Camelの三人が、二〇年の活動を振り返るロングインタビュー。その初日だった。

 二人は緊張した空気を解すかのように、インタビューの前に軽く雑談をした。実際に、神原と番場は初めて会ってからもう一〇年以上の付き合いだから、お互いにかなり気心は知れている。今までの取材だって、ある程度は和やかな雰囲気でやれてきた。

 でも、今日はまた話が別だ。こういう機会でもなければ、神原はあまり過去を振り返らない。だから、今までの取材とはまた違った緊張感を、神原は抱く。

 表面的にはなんてことないように話していても、会議室に流れるどこか張り詰めた空気は、さほど緩まなかった、

「じゃあ、前置きもこれくらいにして、そろそろ本題の方に入りましょうか」と、話がちょうど途切れたタイミングで番場が言う。電源が入れられたボイスレコーダーが机に置かれると、神原は座り直して、また背筋を伸ばした。

「では、まずは神原さんの音楽的なルーツの話から始めていきましょうか。ギターを初めて手に取ったのは、小学生の頃だったとお聞きしていますが」

「はい、小学四年生の時でした。当時の僕はグンズアンドモーゼスやダイナミックジュリアといった洋楽にハマっていて。それは元々音楽好きだった父の影響が大きくて。初めてギターを買ってもらったのも父からで、一〇歳の誕生日のときでした。それからはもう食い入るように、毎日ギターを弾いてましたね」

「なるほど。Chip Chop Camelの曲からは、そういった八〇年代九〇年代のギターロックの精神性が多分に感じられますが、それは神原さんの原体験に根差したものでもあるんですね」

「そうですね。その自覚は自分でもはっきりあります。特に初期の頃は、その色がより鮮明に出ていたなと」

「それは私も聴いていて感じました。なかなか今時珍しいくらいの、ストレートなパワーポップをするバンドだなと」

「ありがとうございます。初期の頃はそれが目標じゃないですけど、スローガンになっている部分もあったので、そう言ってもらえると嬉しいです」

「そうですね。話は変わりますが、ギターを始めた頃は、誰かと一緒に演奏したりとか、バンドを組んだりしたことはあったのでしょうか」

「それはあまりなかったですね。まだ小学生とかでしたから、周囲に楽器をやっている子もあまりいなくて。一人で好きな曲をコピーしては、両親の前で聴かせるみたいな感じでした。バンドを始めたのは中学生からです」

「なるほど。となると、やはり転機となったのは、中学生のときの出会いですか?」

「はい。あれは僕が中学二年のときでした」

 そう言って、神原は一瞬言い淀む。積極的にしたい話ではなかったからだ。

 だけれど、番場は急かすことなく次の言葉を待ってくれているし、これはChip Chop Camelの結成二〇周年を記念したインタビューだ。言わないわけにはいかないだろう。

 神原は一つ息を整えてから、再び口を開いた。それはこの数年間、誰にもしたことがない話だった。


(続く)


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