輪廻の呪后:~序幕~いにしえの詩
紀元前一三三〇年、古代エジプト──。
月夜を呼吸する大砂漠が殺伐然たる夜闇にセピアの叙情を染め被せる。
荘厳に聳える金字塔は威圧的なシルエットを浮かび上がらせ、それこそ〈魔神〉の毒牙を彷彿させる畏怖を強いた。
魔の情景を戦場とし、砂塗れの異形兵士達が潰し合う。
自軍兵士は〈竜牙戦士〉──竜の牙より魔術生成された無感情戦士である。彫像を連想させる筋肉美は真鍮白ながらも蜜蝋の湿感を帯び、精悍にして端正な顔立ちは一律にして同じ物であった。個性は無い。
対する敵軍兵士は乾燥保存死体〈ミイラ男〉──包帯巻かれの干からびた肉体は打撃に脆くも、痛覚欠落の特徴から限界を無視した怪力を奮わせる。愚鈍にしてグロテスクな巨躯の怪物であった。
ともあれ、双方とも高度知性や感情機微は欠落している。
ただ黙々と命令をこなすだけの簡易雑兵だ。
共に〈超自然存在〉ではあるが……。
異形の黒集りが交じり乱れる戦況は混乱を極めていたが、皮肉にも手足が散ろうと血飛沫が飛ぶ事は無い。
そんな虚無的な魔景に身を置きながらも、しかし、彼の気高き戦意は殺がれる事が無かった!
ギリシア神話きっての英雄〝ペルセウス〟には!
精悍な青い瞳は眼前に浮遊する人影を睨み据えたまま……。
女であった。
しなやかな小麦肌は裸身同然の露出を唄い、要所々々のきらびやかな黄金装飾が高貴な身分を讃えている。
肩口に切り揃えた紫掛かった黒髪。相手を見下す瞳は円らに映るも、無垢な純心と冷酷な達観が等しく孕まれているかの如く……。
右手にした錫杖には巨眼意匠を刻んだ大きな金盤を先端に据えていた。
奇怪な印象が拭えぬのは、その全身に纏われた包帯──否、彼女の特性を考慮すれば呪力制御の経帷子であろう──が、太古の呪念を発散しているせいか。艶かしい肢体を晒しながらも胸部や美脚といった箇所には包帯が巻かれていた。経年にくすんだ白は緩やかにほどけた解放から素地の色香を誘惑する。
もっとも特異な印象を与えるのは、顔すらも同様に封じられている点である。素顔には値踏みめいた眼差しだけが外界を覗いていた。さりとも、その下に忍ぶ素顔が美しいであろうとは想像がつく──忌むべき敵ながらも。
彼女こそ、まさに〝破滅の美〟そのもの。
勇者は敵意を噛み締め、その名を口にした。
「……〈呪后〉よ」
「…………」
物言わぬ女王が醒めた瞳のみで返す。
まるで路傍の蟻でも眺めるかの如く……。
この者の真名は判らぬ。
が、便宜的に〈呪后〉と呼ばれていた。
「今宵こそ決着をつける!」
雄渾高々に跳ぶペルセウス!
超人的な跳躍を可能としたのは〈伝令神ヘルメス〉から授けられた聖具〈金翼靴タラリア〉の力!
その眼中に映るは〈呪后〉のみ!
はたして届いた!
「もらう!」
神剣が金色を凪ぐ!
咄嗟に錫杖を身構える呪后!
その対応に勇者は攻撃成功を確信する!
望む結果!
かつては頑健な真鍮鱗にて覆われた蛇妖〈メデューサ〉の首さえも斬り落とした刃だ!
その切れ味は無二!
「……ッ!」
刹那、違和感を覚えたか──呪后は空いていた左掌を差し出す仕草に切り替えた!
鈍くも仄かな発光が息吹くと、両者の間に〝光の象形眼〟が盾と張られる!
「何だと!」
弾かれた!
慣性の後退に滞空するペルセウス!
斯くして再び開かれる間合い。
「チィ……魔術師めが!」
「…………」
反目は対極的な視線に交わされる。
眩いほどに熱く滾る戦意と、冷淡な蔑視にも思える観察と……。
太古に於ける真実は現史実常識から掛け離れたものであった。
確かに人類による古代文明は確立していた。
遥か神話の時代を経て〈神〉や〈悪魔〉と呼ばれる高次元存在は絶対不可侵の聖域魔域へと引き隠った。
しかしながら、その神意は代行者へと託され、威光を懸けた超常戦が繰り広げられていたのである。
それを為すは〈神話英雄〉と呼ばれる超越者達であった。
そして、或いは〈怪物〉と……。
エジプト禁忌の女王〈呪后〉と、ギリシア神話英雄・ペルセウスが死線を紡ぎ続ける最中──。
「ようやくだ……ようやくエジプト王権は、我が意のままとなる」
仮面の魔導師は口角を吊り上げた。
口元だけが露出した漆黒の仮面は〝山犬〟のようでもあり〝鰐〟のようでもあった。
既存の動物ではないやも知れぬが……。
名を〝スメンクカーラー〟という。
第十八王朝の王〝アクエンアテン〟直属たる神官であり、同時に懐刀的存在──。
その魔術手腕のみならず知恵袋としても頼りにされ、時として〈共同統治者〉として表舞台に出て来る事すらもあった。
絶大な信頼からアクエンアテン死後には次期女王の座に就いた王妃〝ネフェルティティ〟からも同様に重宝されたが、素性詳細の知れぬ謎の人物ではある。
「王族埋葬を唱って、このピラミッドを建造させたが……生憎、そなた達の王墓などではないぞ? アクエンアテンにネフェルティティよ……フッフッフッ」
紅玉石を削り出した獣の瞳が野心の露呈にユラユラと燃える。
外界の騒乱とは無縁とばかりにピラミッド内部は鎮まり返っていた。
石廊を蒼い霊気が流動し、寂寥滞る石室へと流れ着く──俗に〈王の間〉と呼ばれる神聖な玄室である。
そこに瞑想儀式の胡座に浸り続ける。
深く吐いた息に体内の不純物たる気を乗せると、スメンクカーラーは頭上仰ぎに神気を深く吸った。
吸い込むのは深呼吸ではない。
大宇宙に茫洋と漂う超常エナジーだ。
「ピラミッドパワー……我がエジプトのみが辿り着いた究極の神化理論…………」
この位置の真上は、そのままピラミッド頂点に重なっている。
「我を〈肉体〉として、現世に再生せよ……ジャジャ・エム・アンク!」
呼び込む。
ひたすら瞑想に集中して呼び込む。
古の霊を……。
それは呪言か……それとも願望か……。
彼の者は同化を望み続ける……。
現代では石段に築かれた威風を晒すピラミッドだが、古代エジプト文明期には全面を撫でらかな平面にて構成されていた。その形状も俗世に誤認されている四角錐ではない。厳密には各面接合部である縁が細く折れた形状なので八角錐である。大理石による平面構成は通常ならば生命力みなぎる日照を白輝に照り返すも、現在は涼やかな月光を嗜んでいた。
時として織り交ぜられる閃光の瞬きは呪后と勇者が交える反発。
「呪后よ! おとなしく我等〈ギリシア勇軍〉に下れ! オリンポス神の庇護の下、エジプトの民達の安寧は約束しよう!」
「…………」
煌めく切っ先を紙一重の推移に避わし、冷ややかな眼差しは無言に返した。
──侵略者風情が何を言うか。
「だが、貴様は……呪后、貴様は! 存在してはならぬ存在なのだ!」
詰める間合いに金光の軌跡!
裂かれる寸前に光彩分裂と掻き消える呪后!
捜せば、すぐさま右上空に出現した!
転移魔術である!
「チィ! 詠唱すら無く……厄介な! 呪われし魂という者は!」
「…………」
睨め付ける敵意を眺めながらも、彼女は達観に醒めていた。
──ああ、そうだ。我は〈呪い〉と誕生せし者……だから、何だと言う?
──両親から〝忌避の子〟と忌まわれ、姉妹にも存在を知られず、世に存在を隠匿されし魂……だから、何だ?
──我が求めるは、ただひとつ……。
「呪后ぅぅぅーーーーっ!」
一刀両断の気迫に飛翔が迫る!
──アマい。
両者の距離は回避を開くに充分。
だから、呪后は静かに宙を後退に滑り──「?」──影が覆った。
背後から月明かりが遮られた。
振り向けば退路を絶つ巨漢の姿。
雄獅子の毛皮を鎧と纏った隆々たる筋骨は、二メートル弱はあろうという体躯に月光を背負う。
獅子頭を兜としていたせいで〈獣人〉にも錯覚してしまうところだが、絞まり無く開いた獣口からは人間の口元が覗いていた。
誰かは判る。
あの〝ペルセウス〟とかいうヤツ共々、幾度か交えた相手だ。
名は、確か──。
「よぉ〈呪后〉!」
粗暴が加虐心に歯を見せる。
次の瞬間、両拳固めの肉槌が華奢な女体を殴り落とした!
「フンッ!」
矢のような落下!
背後から虚を突いた奇襲に魔術防御を展開出来なかった!
──小賢しい。
撃墜の事後を見下ろす獣頭勇者に、ペルセウスが並び寄る。
「ヘラクレス!」
「よぉ、じいさん。手間取ってるな?」
フランクな社交辞令は、多少の優越感を帯びていた。
その光景を仰向け落下に視認し、ようやく呪后は思い当たる。
──ああ、確か〝ヘラクレス〟とか言ったな。
──あの〝ペルセウス〟と並ぶ〈ギリシア英雄〉にして、血筋的には孫にも当たるという存在。
──別段、興味は無い。
そして地平と広がる砂漠は爆噴の津浪に彼女を歓待した。
四肢は千切れ飛ぶ。
人知超越の戦乱を奏でるギザの砂漠を西に据え、茫洋たるナイル川を両断に挟んだ東地域は平穏が寝息を立てていた。
無論、首都メンフィスも、そうである。
さりながら対岸の遠景と視認できる位置に構えた白亜の宮殿では、その天変地異を愁う少女の姿が在った。
「嗚呼、きっとまた〈呪后〉は猛り狂っているのですね」
例えようも無い複雑な感情に苛まされる。
彼女の背後に控える侍女が代弁とばかりに思いを紡いだ。
「ギリシア──牽いてはローマや諸々の諸外国軍勢が侵攻して来る度に、あの〈闇の女王〉は自ら前線へと赴き、猛威に斥け続けてきました。この上無く頼もしい守人であり、本当にとてつもなく恐ろしい脅威です」
「そうね。そして、哀しい孤独」
彼女の目には、そう映る。
「哀しい?」
「ええ、とても……」
「あの〈闇の女王〉に人間的感情などございませんとも。あの覗ける瞳に見られるだけで背筋から凍りつきます。桁外れの呪力は絶対的な忠誠を無言に強い、爪先程も逆らえば、どのように殺されるかも分かったものではございません。皆、口にこそ出しませんが、常々恐々としているのです。私達も民達も……」
「ええ、判っています。彼女が〝忌避されるべき呪われし存在〟という事は……」
しかし、それでも〈呪后〉に対する想いは拭えなかった。
かつて、偶然にも正視に据えた事がある。
その際に見つめた〈呪后〉の瞳には一切の曇りが無かった。悪心を感受させる淀みが無かった。
かと言って、善や慈愛も感じない。
例えるなら〝無垢〟のような……。
以来、彼女は何故か〈呪后〉に憐憫を抱くようになっていた。
「そもそも王権は貴女様にこそ〝継承権〟があるのです。それを何処からか現れ、そのまま君臨した……実力行使にて」
「その結果、こうして捕虜紛いの軟禁生活……か。ごめんなさいね? 付き合わせる形になってしまって?」
「い……いえ、そ……そんな畏れ多い……」
「けれど──」心に秘めた痼を穏やかに吐露する。「──〈呪后〉は、私を殺さなかった」
「え?」
「王権を完全に掌握したいのならば、私を始め血族総てを根絶やしにするべき──なのに、こうして生かし続けている。軟禁環境とはいえ……ね」
「恩情がある……と申されますか? あの者に?」
主は柔和な苦笑のままに答えない。
「冷茶が飲みたいわ……煎れてくれる?」
「は……はい」
些か困惑を置いて侍女は下がった。
ハイビスカスの亜種〝ローゼル〟を煮出した冷茶である。煎れるに少々手間と時間は掛かるであろう。
僅かな隙の静けさに、主人はテラスへと歩み出る。
仰ぎ眺める星空は澄み渡り、穏やかな呼吸に瞬いていた。
茫漠の彼方で繰り広げられている戦乱とは無縁であるかのように……。
ナイルの流れに隔離された別世界のように……。
「〈呪后〉……貴女は何故戦うのですか? 自国の民からも畏れ嫌われてまで……この世界を敵に回してまで…………」
新月は暗雲のベールに恥じらい隠れ、その向こう側にて黒き月と化ける。
月?
黄色く淀んだ単眼を据えたアレが?
喜悦のままに地表の混戦を見下ろすアレが?
雲間が拓けば、それは紛れもない白月であった。
「いま……のは?」
幻であろうか。
さりながら、底知れぬ邪悪を感じた。
得体知れない不安が拭えない。
だからこそ、直感は確固と訴えるのだ……現実と。
仮に、それが現在の事象でなくとも……。
「幻視……遥か未来……」
彼女〝アンケセンパーテン〟は噛み締めるかのように呟いた。
先代女王・ネフェルティティの第三子女にして、エジプト安寧に貢献する運命の娘であった。
「ジャジャ・エム・アンク……ジャジャ・エム・アンク……ジャジャ・エム・アンク……ジャジャ・エム・アンク……ジャジャ・エム──」
一心不乱に唱え続けるスメンクカーラー。
と、次第に強くなる霊気の潮流を感受した。
「感じる……感じるぞ! この石室内を飛び回っている強力な波動! 間違いない! これこそ〈ジャジャ・エム・アンクの霊〉! なれば、宿すのみ! 我が肉体を差し出して受肉させるのみ!」
狂ったかのように名を連呼した!
確信に酔いしれるまま呼び続けた!
「ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム──」
嗚呼、いまこそ……いまこそ、ひとつとなれるのだ!
第四王朝に伝説と語り継がれた大魔術師と!
森羅万象を意のままに操れた超自然存在と!
それぞ、まさに〈神〉の領域!
自身の魔術など稚技と霞むであろう!
狂喜に染まる狂気が、更に語気を強める!
「ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アーーーーンクッ!」
極まりし!
呼応の大落雷が金字塔を貫いた!
落雷だと?
この砂嵐が暴れる天候に?
雷雲など無いというのに?
否、違う!
これは純然たるエネルギーの集束!
登頂を避雷針として怒号吼える巨光の鎚が叩き落ちる!
迸る光蛇は外壁を滑り落ちて砂漠へと逃げ潜った!
起点たる瞑想は天からの鞭打ちに苦痛の痙攣を刻むも、はたしてそれは心地好い。
己が超進化を促す約束手形なればこそ!
「さあ、甦れ……神話の大魔術師〈ジャジャ・エム・アンク〉よーーーーっ!」
眼下を警戒する二大英雄。
「……気を抜くなよ、ヘラクレス」
「生きてるってか? あの直撃で?」
「ヤツは〈呪后〉だ。そう簡単には仕留められん」
ヘラクレスにしてみれば正直面白くない警告ではある。
血筋とはいえ共に〈ギリシア英雄〉としての自尊に誇る者達だ。
内心、牽制は有る──殊にヘラクレスの豪胆な性格では。
「ハッ! 言っておくが、俺の怪力は人外の域だ──この装身具として捌いた〈ネメアの獅子〉を絞め殺す程にな。そのパワーを女の身で叩き込まれたら全身砕骨に即死だろうよ」
わざと仰々しく己が武勇を誇示してやった。
彼が制覇した〈十二の難事〉はギリシア神話史上最大の試練と名高い。
どうだ思い知ったか──そう慢心するもペルセウスは乗ってこない。
あくまでも沈着な観察を砂の海原へ投げ続けるだけ。
愚直な短絡者といえど、さすがに訝しんだ。
自然と目線を追い、黙視に鎮まる。
「……あるんだよ」
ややあって、ペルセウスは静かな抑揚に紡ぎだした。
「あ? 何がだ?」
「過去の交戦──数十年前、ヤツを袈裟懸けに斬り捨てた……真っ二つにな」
「何だって?」
「死んだんだよ……確かにな。しかし、こうして生きていた」
「不死身……か?」
「解らん。だが、これが現実だ。だからこそ、油断はならん。今度は、首をはねる瞬間まで」
重い沈黙に投げられる視線を、黄色のビロードが吸い込む。
静寂──。
沈黙──。
はたして今回こそ〈呪后〉を討つ事が叶ったか──ペルセウスがそう思った瞬間、大気が呪詛に激しく揺れた!
世界が振動に大きく呻いた!
「な……何だ? これは、まさか〈呪后〉が?」
「ペルセウス! あれを見てみろ!」
ヘラクレスの指示を追う!
その光景に、さしもの勇者達でさえ言葉を失った!
ピラミッドが輝いているではないか!
石材建築の墓標が!
全高約一五〇メートルもの巨影が青白い発光に包まれる様は、まさに圧巻と呼ぶしかない!
「呪后か!」
「解らん! だが、油断するなよ! ヘラクレス! これは只事ではないぞ!」
両雄は武器を身構えた滞空に警戒を張り詰める!
正体不明の発光は地表の陽たる眩さと月光の如き沈静を緩やかに呼吸していた。
ペルセウスは感じる──光が鎮まるタイミングに合わせて一帯の気が吸収されていっている事を!
それは〈霊気〉とも呼ぶべきものであろうか。
肌寒い流動が背後から追い抜いていく。
やがて、登頂に人影が現れた。
黒き獣の仮面師だ。
寛容に両腕を広げる姿は自身の慢心を実力の裏打ちと捉えている証か。
いや、それはいい。
だがしかし、あの全身を包む光は──このピラミッドと同調しているかのような蛍光の呼吸は──そういう事なのだろう!
「コイツが要因……か」
察するペルセウス。
その呟きを拾えなかったのか、ヘラクレスは挑発的な威圧に訊い掛けた。
「おい、誰だオマエ? 奇妙な仮面なんざ着けやがって!」
「止せ、ヘラクレス!」
ペルセウスが制止するも一瞥だけで無視を決め込む。
「大方、エジプト軍勢の魔術師辺りだろうがよ? 今頃ヒョコヒョコ出て来ても遅ぇんだよ! オマエが臆病風に引き隠っている間に、頼りの綱だった一騎当千〈呪后〉は御陀仏だ!」
「止せと言っている! ヘラクレス!」
思慮が狭隘過ぎる。
相手の不穏さを嗅ぎ取れぬというのか?
この得体の知れぬ不気味さを?
それこそ〈呪后〉に比毛を取らぬ闇を……。
「クックックッ……」ややあって、仮面師は肩を揺らした。「そうか……呪后は死んだか」
「おうよ! このヘラクレス様の手に掛かりゃあ、一溜まりも無ぇ!」
ペルセウスが感じる違和感!
何故だ?
何を笑っている?
自分達の女王が倒されたというのに?
「まぁ、いい。所詮は、我が儀式の時間稼ぎ……存分に役立ってくれた」
「ッ!」
本性を見極めた!
卒爾、ペルセウスの臨戦意思に火が点く!
コイツは排斥悪だ!
狡猾なる策謀者だ!
あの〈呪后〉すらも私欲達成に利用していたのであろう!
忠臣を装いながらも!
「キサマ、何者だ! 目的は何だ!」
ペルセウスの気迫に、対極的な静けさで答える。
「……力」
「何?」
「絶大なる力を手に入れ、このエジプトを……いや、全世界を支配する。それこそが〈神〉たる我の使命」
「驕るか! 人の身で在りながら自らを〈神〉などと!」
「神なんだよ……勇者ペルセウス! 既に儀式を終えた我が身は!」
「儀式……だと?」
「貴様には……いや、貴様達には分かると思ったがな。主神〈ゼウス〉を父としたが故に、その身に〈神〉の血を授かった貴様達には……な」
「同視に据えるな! 邪心の欺瞞如きが!」
吼えながらも、ペルセウスは焦れた……仕掛ける瞬間を。
(相当な自信……手の内は解らんが、それだけの裏打ちを確信しているのだろう。迂闊には飛び込めんな)
懸念が警戒心と化して張り詰める──と、彼の脇から力強く跳ぶ黒影!
「御託はいいってんだ!」
「ヘラクレス?」
驚く隙も有らばこそ、蛮勇は敵の間合いへと飛び込んでいた!
「ォラアッ!」
渾身に振り下ろされる棍棒!
仮面頭を西瓜と叩き潰す!
「ヘッ……ウダウダとくっちゃべっているからだ! 戦場をナメてんじゃねえぞ!」
優越めいて歯を見せる喜悦。
確実に殺した!
肉塊の圧を手応えた!
が、その余韻を噛み締めた直後──「なっ?」──獲物の体が砂柱と崩れ消えた!
「バ……馬鹿な? 確かに!」
「確かに……何だ?」
ゾッと慄然した!
背後からの囁きに!
深淵からのような重暗い声音に!
「クッ!」
振り返り様の棍棒一凪ぎ!
固まるほど愚かではない!
隙を与えてやるような狭心者ではない!
俺は〈勇者〉だ!
野太い棍が仮面頭を潰し飛ばす!
しかし、またも砂塊と崩れ散る!
「クソ! 魔術師が!」
「此処だ……此処にいるぞ?」
「ッ!」
右方向の宙に浮いていた!
いや、違う!
「此処だ」
背後!
「何処を見ている?」
左側での浮遊!
気付けば前後左右から仮面師に包囲されていた!
「クソッタレ!」
「「「「ハハハハハハ……アハハハハハハ……」」」」
嘲笑のハーモニー!
戦慄が狭まって来る!
絶体絶命の瞬間!
「ハァァァーーーーッ!」
飛び込んで来たペルセウスが振るう黄金の一閃!
攻撃対象とされた一体は、咄嗟の跳躍に距離を開いた!
滞空の着地と同時に分身が消えていく……。
「何故、看破できた? 勇者ペルセウス?」
「我が黄金盾は〈女神アテナ〉より授けられし聖なる盾! 鏡面と写し出すに〈魔力〉の類は通じん!」
「なるほど……な。かつて〈蛇妖メデューサ〉の〝見た者を石化する魔力〟を無効とした鏡盾──幻惑術程度は無効化するに容易いか」
納得と同時に、スメンクカーラーは思い当たる。
この〈ペルセウス〉と〈ヘラクレス〉の性質差を……。
(確かにヘラクレスが消化した〈十二の難事〉は、ギリシア神話最大の試練として名高い。しかし、相手の多くは強靭な身体能力に依存した敵──つまりは〝ストロングスタイル〟であった。対して、ペルセウスは違う。先の〈蛇妖メデューサ〉を始めとして、その姉妹たる〈ゴルゴン〉或いは〈大海獣クラーケン〉〈妖婆グライアイ三姉妹〉と、実に〈妖魔〉と呼ぶに相応しい怪物達を相手取ってきた。同じ〈勇者〉といえど、その性質は全然異なる)
ともすれば、彼に〈ギリシア勇軍司令官〉が任されたのは、至極、利に叶った人選だ。
名声的には〈ヘラクレス〉の方が勝っているというのに……。
「些か厄介な相手だな、貴様は」
「邪心の下僕よ! 貴様の野望は実現前に潰える!」
「どうかな?」
不敵を返した仮面魔術師は、クンッと二指を天へ突き刺した!
低く鳴動する大気!
突如として暴風が荒れ狂い、地表の砂を巻き込み育つ!
砂嵐!
それも大規模な砂の竜舞である!
根本で潰しあう無感情な雑兵達も、敵味方問わずの無差別に吸い上げられた!
重い風圧は文字通り五体を粉砕し、贄とばかりに人形を噛み捌く!
一瞬にして両軍共々、壊滅に散らされた!
生き残ったのは、一騎当千たる存在のみ!
「グゥ!」
辛うじて滞空を踏み堪えるペルセウスであったが、如何に〈金翼靴タラリア〉といえど、どこまで抗えるかは定かにない!
防御硬直の中で盗み見れば、ヘラクレスはピラミッド登頂で平伏にしがみついていた。
彼の屈強な肉体を以てしても、それだけで精一杯なのだろう。
忌々しい術師の方は、恰も流水を浴びるかのような涼やかさに浮かんでいる。
「ハハハハハハハ……アハハハハハハ!」
「クッ……何を笑っている! 自軍まで巻き添えにしながら、貴様は何を笑っていられる!」
「自軍?」向けられた指摘に、冷淡な蔑視が返す。「フッ、関係無い」
「何?」
「我にとって、エジプトは野望実行の起点に過ぎぬ。戦局の勝利を得られるならば、何を躊躇する必要がある? 兵など所詮は消耗品──足りなくなれば、制圧地より補填すればいいだけの事」
「愛国心は……祖国への大義は無いのか!」
「無いな」
「貴様は何の為に戦禍を広げようと!」
「言ったはずだが? 己を〈神〉として、全世界を支配する──と」
ドス黒い。
唾棄すべきドス黒さだ。
ペルセウスとて〈戦争〉を美化する気は無い。
どう飾り立てようが、それは侵略行為に他ならない。
しかし、だからこそ崇高な大義は必要となる。
正当化のみの問題ではない。
それは同時に、無意識的な自戒と課せられるからだ。
異様な虐殺環境に於いて、ともすれば倒錯に溺れて殺戮者へと陥らん異常に於いて、人間性の想起と機能するからだ。
その誇りこそは、寸での局面で歯止めとなるからだ。
が、この魔術師には、それすらも無い。
有るのは私利私欲だけだ。
「呪后以下だな……貴様は!」
「あんな〈呪い〉と一緒にするな」
右掌を翳し向ける魔術師!
「フンッ!」
水平に生じる落雷!
「グアァァァーーーーッ!」
ペルセウスの全身を毒牙が駆け巡る!
暴風の枷に身動きを封じられた現状では、回避も試みれぬままに直撃を浴びるしかなかった!
「先刻、私が何者か訊いていたな……」
「グゥゥゥウ!」
「我が名は、魔術師スメンクカーラー……そして現在こそは、伝説の超常存在〈ジャジャ・エム・アンク〉也」
「ハァ……ハァ……」
「ほう? さすがに〈神話勇者〉だな……しぶとい」
堪え抜いた無様さを優越に眺め、仮面の魔術師は嘲る。
「き……貴様に一太刀も浴びせぬままに……ッ!」
「満身創痍のクセに、よくもほざける。いや、此処は『さすがは勇者』と感嘆してやるべきか? あのダメージながらも、この暴風下で滞空しているのだから……。仮に、オリンポス神の庇護を授かっているとしても……な」
邪笑を歪めた。
「では、これならどうだ?」
大仰な仕草で振り狂わせる左腕!
呼応に立ち込める霊気!
暗く淀んだ滞留は不可視ながらも黒い濃度を感受させた!
その違和は体感としてペルセウスを困惑させる!
「こ……これは?」
ガシリと右腕を捕まれた!
「な……何!」
驚愕に見れば、淡い人型を刻む灰色の気体!
死霊であった!
黄金剣を構えた腕が万力の捕縛に封じられる!
否、右腕だけでは収まらぬ!
左腕に! 右脚に! 左脚に! 腰に! 肩に!
次々と死霊が集り固める!
「ぅおおおーーーーっ?」
戦慄!
然しもの勇者も背筋を凍らせる冥界の楔!
「クックックッ……動けまい? 況してや、この砂嵐の中だ。加えて、先のダメージを負った疲労では……な」
死霊達が力を込め始める!
ペルセウスの五体を引き千切らんと!
「グアァァァーーーーッ!」
筋肉に食い込む実態無き爪!
四肢がミシミシと軋みを上げ始めた!
「散れ! 勇者よ! 肉の花と赤を咲かせよ!」
ペルセウスが抵抗とする力みも限界を迎えたか──そう思えた瞬間!
「解きやがれぇぇぇーーーーッ!」
突如として下方から迫る怒号!
察知したスメンクカーラーは後退滑りに回避する!
ピラミッド登頂からの奇襲特攻であった!
「チィ……ヘラクレスか」
邪魔立てに処刑術が解けた。
幻影と霧散する死霊達。
「おい、大丈夫か! じいさん!」
「ハァ……ハァ……済まない」
「呪后を葬ったと思ったら……トンでもねぇ毒蛇が隠れていやがったな」
「ああ。そして、決して看過してはならぬ悪だ!」
「で、どうするよ?」
「裁くさ……それが〈勇者〉の本分だ!」
「ヘッ……違いねぇ」
再び並び立つ両雄!
互いに武器を構えて邪悪を睨み据える!
「ギリシア二大英雄か。同時に相手取るのは厄介だが……葬れれば得られる戦果は大きい」
「ハッ! 俺達二人を相手にして勝てる気でいるのか? たいした自信だな?」
「勝つのさ。何故なら、我こそは〈ジャジャ・エム・アンク〉だ」
牽制の緊迫を砂塵の吹雪が囃す。
触発を孕む反目。
焦れる。
その時、均衡をブチ壊す爆噴が生じた!
天へと繋がらんと伸びる砂の柱!
それは巨大な右腕と形を為し、暴れ狂う砂嵐を拳に貫き散らした!
比喩ではない!
文字通り、砂の巨腕であった!
「こ……これは? まさか?」
凶を予感するペルセウス!
「……呪后!」
確信を抱くスメンクカーラー!
敵味方が垣根を越えて不安を共有した!
ややあって、今度は左腕が隆起に聳える!
高々と掲げられた掌上を舞台に立つ女影!
それこそは、まさしく彼等が畏れる妖し!
流れる肢体は怪我ひとつ負っていない!
四肢が千切れ弾けた痕跡すら無い!
怪力無双のヘラクレスが渾身に叩き落としたというのに!
醒めた眼差しは戦況を一望に流し、そして、標的へと注視を定めた。
即ち、仮面魔術師に!
──此処に来て、ようやく尻尾を出したか……スメンクカーラーよ。
闇深い瞳が映す意思に、スメンクカーラーは歯噛みを睨み返した。
「チィ、我が最大の誤算〈呪后〉──突如として表舞台に現れ、強大無比な呪力で王権を強奪せし者!」
頬を伝う焦燥。
一番相手取りたくない相手であった。
だからこそ、ギリシア勇者に始末を負わせたというのに!
──喜ばしい。
──実に喜ばしい。
──この者の野心は判っていた。
──この者の本性は見透かしていた。
──これで遠慮なく貴様を屠れる。
──謀反者よ。
「退けるか……ここまで来て! 歴代王に忠臣と尽くしてきたのも、確実に発言力を掌握する為! 行く行くは己が王と君臨する為! 総ては、この瞬間の為だ!」
──王位に就くべきは、貴様ではない。
──玉座に就くべきは、貴様ではない。
「侮るな! 呪后よ! 現在の我は、もはや〝スメンクカーラー〟に非ず! 我こそは〈ジャジャ・エム・アンク〉也!」
覚悟を定めた仮面術師は最大級の魔術を行使した!
内在する総てを注いで!
「天よ嘆け! 地を抉れ! 川よ枯れよ! 我が障害を燃やし尽くせ!」
吼える邪念に解放する呪力!
その物々しい鬼気は、勇者達にも違和感を抱かせるものであった。
怨敵への激しい呪怨にも見え……。
憐れな窮鼠の足掻きにも見え……。
「どうしたってんだ? アイツ、さっきまでと違うぞ?」
「……脅えている」
「何?」
「脅えているんだよ……〈呪后〉に!」
足りぬ!
これだけでは足りぬ!
呼び込め!
呼び込め呼び込め呼び込め!
可能な限り森羅万象を!
それほどの敵だ!
それほどの驚異だ!
眼前の〈勇者〉など比べるに値せぬほどに!
呼応にピラミッドが発光を帯び始めた!
大宇宙のエネルギーを集束供給せんと!
「大流星雨!」
焔と解放された呪力が赤光と柱立ち、天空に深淵の虚穴を開いた!
顎から姿を現したのは、とてつもなく巨大な岩石!
灼熱を帯びた巨岩!
隕石であった!
ゆっくりと降下して来る神の巨拳であった!
狂気の制裁を前に、神話の勇者も血の気が引く!
「じょ……冗談じゃねえぞ! あんなモンが落下してきたら!」
「この地ごと……総てを葬ろうと言うのか! 呪后一人の為に!」
「ハハハハハハハハ! アハハハハハハハハ!」
狂気が高笑う!
勝利の確約に!
天空から迫り来る鉄槌!
その圧迫を涼しく仰ぎ、呪后は思考を巡らせる。
──ジャジャ・エム・アンク。
──エジプト第四王朝に語り継がれる伝説の大魔術師。
──その呪力、天を降らすと云う。
──その呪力、大河を割ると云う。
──だから、何だ?
──我こそは〈呪后〉也。
錫杖を頭上にて円舞させると、その軌跡は光の魔方陣と虚空に刻まれる!
単眼を核とした異様の円陣と!
見開かれた瞳孔へと右掌を突き翳す!
それを門として潜る禁忌の呪力は数十倍ものエネルギーに増幅され、遥か高空で同型の光彩陣と描かれた!
巨大だ!
迫り来る脅威と同等に!
夜空に据えられた単眼魔方陣は呪力障壁と化し、天界と下界を二分に遮った!
「何……だと?」
驚愕に固まるスメンクカーラー!
信じ難い!
とてもではないが信じ難い顛末であった!
呪后の呪力顕現たる光眼は、接触のままに降下天体を呑み込んでいくではないか!
メリメリと別空間へと流されていく隕石!
果たして行き着くは虚無の胃袋か!
巨眼の加護下に在る世界は、そのまま何事にも侵されはしない!
恰も不可侵結界の如く……。
「嘘……だ……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 嘘だーーーーっ!」
仮面術師が現実拒否を叫ぶも、それが何になろう?
覆りはしない。
この〈呪后〉は……呪われし〈闇の女王〉は、彼の〈ジャジャ・エム・アンク〉すらも凌駕する超常であった!
斯くして、一世一代の造反劇は水泡に帰す。
圧倒的な底値差、そして呪力減少の疲弊は、スメンクカーラーに有無を言わさぬ絶望を観念させた。
──さあ、それでは処罰を授けようか……謀反者よ。
冷ややかな宣告を向ける眼差し。
と──「……フ……フフフフフ……アハハハハハハッ!」──突然に笑いだす仮面!
「何だ? さては発狂したか?」
狂乱染みた様を見て、ヘラクレスは短絡に憶測した。
が、ペルセウスは違和感を感じる!
確信は無い……が、何故か胸中に予感が警鐘を奏でていた!
「何を笑っている? スメンクカーラーめ!」
ゆらりと虚脱に体勢を立て直すと、仮面魔術師は怨敵へ笑んだ。
「クックックッ……認めよう、呪后。貴様はエジプト魔術史上最大の魔性だ。宛ら〈女神イシス〉の降臨の如く……」
「…………」
「だが! 今回の敗因は、我が転生術が不完全だったが故よ! 術が完全なれば……そして、我が肉体と〈ジャジャ・エム・アンク〉の霊に馴染む時間があれば、貴様とて下せたはずなのだ!」
「…………」
「フッ……とはいえ、今生は敗けを認めよう……そう、今生は!」
「!」
呪后は……そして、ペルセウスは悟った!
一転に覗かせた鬼気!
それは最期の覚悟を源泉とした報復の牙!
「我は必ずや甦る! 後世にて〈ジャジャ・エム・アンク〉として完成する! それまでの泡沫を平和と浸かるがいい! アハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハ!」
自身の内から光を解き放つスメンクカーラー!
禍々しい白は膨張に育ち、緊迫した戦慄を強いた!
内在する全呪力を──生命力を──宿した〈ジャジャ・エム・アンク〉の霊すらも──その総てを還元したエネルギー暴発であった!
「アハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハ!」
「あのヤロウ、自爆する気か!」
「総てを道連れにしようというのか! エジプトを……罪無き民までも!」
戦慄に呑まれながらも、両勇者に為す術は無い!
自分達は、あくまでも〈勇者〉──人知超越せし者ではあれど〈神〉ではないのだ!
対して、呪后の眼差しは臆する様子も無く……。
──我を史実から消すか、己ごと。
眼前に単眼魔方陣を刻み生んだ。
──善かろう。付き合ってやる。
翳す右掌。
──だが、それだけだ。
腕をゆるりと頭上へ運ぶと、不可視の掌握に連動して魔方陣が運ばれる。
──……やらぬ。
──我が世界までは。
込める!
己に潜在させていた呪力を!
喰らう単眼陣が瞬時に拡張した!
戦場一帯を覆う程に!
「アハハハハハハ! さあ、共に逝こうぞ……異能者共!」
正気を欠いた暴走が弾ける!
白の怒濤が広がり、総てを飽食に呑む!
「退くぞ! ヘラクレス!」
「ダメだ! 間に合わねぇ!」
「ぅおおおーーーーっ?」
「クソッタレがーーーーーっ!」
──我は不滅也。
──我は那由多也。
──我は……呪后也。
生まれる白夜が万象を染め尽くした。
死者の谷一帯の存在を……。
単眼の魔方陣は破滅の光を包み囲い、歴史の闇と隔離する。
残されしは巨大な墓標と砂の海原……。
世は何事も無いままに……。
ティーポットに浮かぶローゼルの花弁が微震に揺れ騒いだ。
ただ、それだけの事である。
「……呪后?」
彼の少年王〝ツタンカーメン〟が栄華を誇るのは、この魔戦より数年後の事であった。
晴れて正妃と嫁いだアンケセンパーテンは〝アンケセナーメン〟と名を改め、相思相愛に幸福を歩んだとされる。
そして、超常たる存在は、黒歴史として隠蔽された……。
人知れぬ歴史の仇花と……。
少なくとも西暦一九九九年七の月までは……。
私の作品・キャラクター・世界観を気に入って下さった読者様で、もしも創作活動支援をして頂ける方がいらしたらサポートをして下さると大変助かります。 サポートは有り難く創作活動資金として役立たせて頂こうと考えております。 恐縮ですが宜しければ御願い致します。