松下幸之助と『経営の技法』#2

 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。

1.2/17の金言
 社会に対して自分を誇示したいという、誰にでもある気負いが人生の失敗の芽となる。

2.2/17の概要
 松下幸之助氏は、太平洋戦争時に軍令に従って飛行機製造に着手したことを失敗と評価し、その原因について、以下のように話しています。
 振り返れば断ることもできたが、社会に対して自分を誇示したいという気があった。個人の仕事、会社の仕事、国の仕事、いずれにしろ、人生の失敗は全部、そういうところから芽生える。

3.経営者へのメッセージ
 当時の状況で、会社の従業員の生活まで考えなければいけない経営者として、軍令を断ることが現実的に可能なのか、ということを考えると、断ることもできた、という発言自体に、既に経営者としての強い責任感を感じます。自分自身だけでなく、会社の従業員やその家族の生活を守りつつ、軍令に抵抗する危険を一身に背負う覚悟があるべきだ、ということです。太平洋戦争当時の状況で、軍令に背いて航空機製造を拒んだ場合、さすがの松下幸之助氏でも、場合によってはその命すら危ないでしょう。
 すなわち、氏のこの発言には、経営者は、会社や従業員、その家族を守るために命を懸けろ、というメッセージが含まれているはずです。別の言い方をすると、経営者は、リスクを避けるのではなくリスクを取るべきだった、という意味になります。
 これを、「法と経営学」の観点から見ると、経営者は、チャレンジするのがそのミッションですから、取るべきリスクを取らなければいけない、という経営者の役割問題の一事例として位置付けることができるのです。
 さらに、経営者自身の問題として、自分自身をコントロールすること、すなわち冷静でありながら、チャレンジする熱意を失わない状況にすること、も求められています。経営者の資質の問題です。
 これを、「法と経営学」の観点から見ると、経営者のセルフコントロールは、経営者の社会的責任論やコンプライアンスの問題です。すなわち、会社が社会の一員として受け入れられるために、経営者自身が社会のルールやマナーに従わなければならないのです。
 けれども、経営者の役割だ、社会的責任だ、コンプライアンスだ、と言っても、そのことが軍令を拒否する、という判断の根拠や原動力になるとは思えません。国を挙げて戦うときに、軍に協力することこそ、社会的責任であり、コンプライアンスである、と言われかねないからです。

4.株主へのメッセージ
 さらに、ガバナンス上のコントロールとして、本来であれば株主によるコントロールも期待されるべきです。
 けれどもこのコントロールも、当時の状況を考えれば、同様に機能することは期待できません。むしろ、軍令を拒否しようとする経営者に対し、軍令を受け入れるようにプレッシャーを掛けるかもしれません。
 松下幸之助氏の言葉にも、株主による牽制やサポートまで求める趣旨は含まれないようです。

5.おわりに
 このようにして見ると、松下幸之助氏が求める自己規律は、コンプライアンス、内部統制(リスク管理)、ガバナンス、というリスクコントロールのための仕組みによってコントロールできるレベルを超えたものである、と評価できます。
 すなわち、経営者に対する様々な牽制機能が機能しないレベルの、高度に政治的で判断が難しい問題についても、経営者自身が適切に、しかも毅然とリスクを取って判断することを、松下幸之助氏は期待しているのです。どれだけ高度な倫理性を期待しているのか、経営者の資質の問題の重要性が理解できます。


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