松下幸之助と『経営の技法』 #1

 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、読み解いていきます。

1.2/16の金言
 地位・役職に相応しい能力がない場合、昇進の辞退も考えるべきである。

2.2/16の概要
 松下幸之助氏は、課長が、部長になって成績があがらない場合などを例に、以下のように話しています。
 地位にふさわしい能力がない場合は、年功序列制の下で昇進昇格する場合でも、課長は昇進昇格を辞退すべきである。そのような人が、課長として成功できる人である。

3.課長へのメッセージ
 まず、文字どおり、部長に合わない課長へのメッセージとして読めます。ここでは、課長と部長、という上下での適性の問題ですが、業務内容での適性の問題もあり得ます。
 リスク管理の観点から見てみましょう。
  まず、課長は、自分の能力に気付かなければなりません(リスクセンサー能力)。精神的に言えば、「己を知る」ですが、自己マネージメントの観点から言えば、自分の能力や適性を客観化することになります。
 次に、課長は、その能力に合った位置にとどまるように行動しなければなりません(リスクコントロール能力)。精神的に言えば、「分をわきまえる」ですが、自己マネージメントの観点から言えば、自分の能力や適性に見合った環境を作るために、自ら(積極消極)働きかけることになります。

4.経営へのメッセージ
 経営、という観点から見れば、ここからがメインです。
 まず、会社のリスクセンサー機能です。
 従業員の適性に、会社が気づかなければいけません。どのようにすれば気づくのか、が問題になります。わざわざ、従業員の適性テストを行うことも一つの方法ですが、人事考課の精度を上げることが、一番現実的な方法となるでしょう。
 そこには、チェックリスト化する、等のように、人事考課のツールを充実させる方法と、人事考課を行う管理職の能力を高める方法が考えられます。一見、前者の方が評価の標準化にもなり、好ましいようにも見えますが、標準化の限界や危険、管理職者の能力向上、等を考えれば、例えば管理職者による管理を中心に据え、管理職者に部下の能力を見極める方法を作らせ、報告させ、常に更新させて、ツールを作らせる、という方法が考えられます。つまり、管理職自身にツールを作らせることで、管理職の教育とツールの充実の両方を狙うのです。
 次に、会社のリスクコントロール機能です。
 これは、従業員を適材適所に配置できる、ということです。
 特に難しいのは、従業員が自分の能力を客観的に理解していない場合です。自分の能力を過大評価したり、向いていない業務への憧れが強かったりする場合です。
 この場合、本人の抵抗やモチベーション低下という阻害要因が生じます。
 そこで、この阻害要因を減らすことが、リスクコントロール機能の1つとなります。
 阻害要因を減らす1つの方法が、社員教育です。上記「3.課長へのメッセージ」に示された内容を、全従業員に理解させるのです。
 但し、これによって意欲を失ってもらっては困りますから、教育の内容が問題となります。意欲やモチベーションを失わず、しかし自分の適性に合った業務に満足する、この相反する要請を満たさなければなりません。とても難しいことです。
 2つ目の方法が、会社の人事権です。本人が何と言おうが、会社が配置転換や職種変更を行う、という人事制度を採用し、運用する方法です。
 この方法は、終身雇用を前提とし、大きな人事権を会社が有する場合には、実現可能性が高くなりますが、会社と従業員の関係が契約関係に近く、会社の有する人事権が限られている場合には、実現可能性が低くなります。後者の場合、社員教育の重要性が一層高くなるのです。
 3つ目の方法が、解雇です。教育もせず、配置転換もしないのであれば、会社を辞めてもらうしか方法はありません。
 しかし、この方法は、特に日本の場合には「解雇権濫用の法理」が適用されるので、簡単ではありません。従業員の労働市場マーケットが機能して、従業員の適性にマッチした仕事が容易に見つかる環境が整っていなければ、会社の身勝手と非難される危険も高くなります。

5.おわりに
 以上の分析を踏まえて、改めて松下幸之助氏の金言に戻ると、氏は、適性と業務のミスマッチが発生しやすいことと、それを他人の問題ではなく自分の問題として考えるべきことを、特に重視してくれたようにも思われます。
 特に、後者の点は、全従業員が主体的に会社に関わらなければ、会社のリスクセンサー機能が低下してしまう、という会社の免疫力にも関わる重要な問題です。
 人間としての問題だけでなく、経営の問題としても、考えてみましょう。


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