怪獣のチェキ

Into a nebula

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最近の記事

会議で熱い議論がしたい

日本人は議論が苦手だとよく言われる。本当に日本人だけがそうなのか、国民性が影響しているのか、そーんな証拠は持ち合わせていない。しかし、自分が多くの経験をしたことは確かだ。諸外国と比べてではなく、絶対的にもっと熱い議論をしたいと思う。 私自身の性格の問題もあり、気にしすぎな性格は直さないといけないと思う。 問題点のひとつは、口調や態度が強い人がいる場合だ。その場の空気を丸くするためにその人に配慮する言動になる。その時間がもったいないし、怒らせないように議論がその人の言ったほ

    • 現代アートについて、ほとんど無知な非アート人の自分が感じること

      私はアート、特に現代アートについてはほとんど無知です。ですが、いくつか本を読んだり、アートについての作品を見たりして感じることを素人の目線で書いてみたいと思います。 私が一番に感じることは「説明不足だ!!!」ということです。 より詳しく私の考えを説明すると 1一般人も対象に含まれる 2現代アートが「きれいだね~」と、視覚的に楽しむだけのものではない としたとき 3現代アートは説明不足であり 4現代アートのメッセージ性は「無知な私たち」には伝わらないよ~ ということです。

      • 大学で学ぶマーケティングのだめなところ

        大学で4年マーケティングをそれなりにまじめに学んで感じた、現状の仕組みの欠点、それは 「実務が無い」。 不満はいろいろあったが、これが結局根源だと感じた。 ○○理論、○○分析などを学んでも実際に使う機会がほぼ存在しない。 半期の授業だと90分×十数コマ、20時間弱学んで得られるものは使い方がよくわからない知識の羅列だった。成績秀を取ったとて、数か月後に覚えていることはほとんどない。 私は授業を受けつつ、「座学にめちゃくちゃ力を入れて、試合はしない部活」みたいだなと思った。

        • 今意識したいこと・今後の方針・どう頑張っていくか

          臆さず「やってみなはれ」 ・まずは行動優位 自分がやりたいと思ったことを行動に移してみる。 ・やってみたいことは何でも口に出し、行動してみる。 ・やってみれば周囲にも覚えてもらえる。 ・能動的にやったほうが楽しい。 ・会議でもチームワークでも、自分から発言し、周りを引っ張る。 性格面 ・礼儀はやっぱり大事。「お願いします」しっかり発音する。 ・姿勢を正しく。目上の人と接するとき、過剰なくらいに意識する。 ・座っているときも背中を伸ばす。 ・自信を持った振る舞いをする。そのた

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          嫌いなもの

          Twitterやインスタ、YouTubeが嫌いだ。 知り合いの投稿を見たり、自分で投稿するのは好き でも、知らない人がいろいろと情報を流して、それを無尽蔵に眺めているのがきつい 感情が必要以上に揺さぶられる。 考えたくないことを考えさせられる。 落ち込み、やる気が出なくなる。 どうでもいいはずのことに怒りを感じ、疲れる。 最近、あまり見ないようにした。そうしたらとても気分がいい。やるせなくなる時間を、自分が本を読むこと、いろいろ考えるために使えるようになった。 凄い人を見

          発言したほうがいい話

          授業でもセミナーでも発言したほうが良くね? だってそのほうが楽しい。「フィードバックもらえて成長できる」「覚えてもらえる」とか、いろいろ理由はあるかもだけど、いちばんは自分が話すから楽しい しかも、「発言する」ってことは、自分の生の考えをぶつけること。裸でぶつからないといけないってことはみんな分かる気がするんだけど、殻にこもってたらなかなか自分のダメなところを直視できない。 発言がうまくいったら勿論楽しいし、うまくいかなくてもダメなところを直せるから楽しい だから会議でも

          発言したほうがいい話

          俳句 風強く空に輝く水餃子 桜咲け咲いたら全部たべてやる 雪道にでかい血溜まりバナナ塚 この星の中心が僕だとしたら重力めっちゃえぐいんやろな

          俳句 風強く空に輝く水餃子 桜咲け咲いたら全部たべてやる 雪道にでかい血溜まりバナナ塚 この星の中心が僕だとしたら重力めっちゃえぐいんやろな

          「個人の意見」とは何か

          個人の意見に客観性を伴わせてはいけない。 客観という属性は、その内容の善し悪しとは無関係に、その意見を正当化してしまうパワーがある。 そしてもう一つ、否定と肯定は同じ程度の重みを持って捉えてしまいがちだ。しかし、否定は肯定意見の2倍のパワーを持つと思う。なぜなら、否定はその対象を「(部分的、あるいは全体的に)誤り」とした上で、自己の意見を表明するものだからだ。 これを最近感じた出来事がオッペンハイマーの原爆描写についてだ。作中での原爆投下の描写は間接的に止まる。 否定意見と

          「個人の意見」とは何か

          オッペンハイマー 初見の感想

          白黒は客観、カラーは主観? なぜ円卓を囲むシーン、途中で色がついた? 「予言」というキーワード ラストシーンの「我々は破壊した」に効果 なんか凄いものを見てしまった感じがする

          オッペンハイマー 初見の感想

          16タイプが主人公になり、嬉しかった。成長を感じた。 直感94%らしい。好奇心を大事に、挑戦に溢れた人生を生きたい。 計画は59%だった。双六のますを進むように、計画によって人生の歩みを加速させたい。 私の人生の主人公は私だ。迷惑を掛けないよう気をつけながら、楽しく生きるのだ。

          16タイプが主人公になり、嬉しかった。成長を感じた。 直感94%らしい。好奇心を大事に、挑戦に溢れた人生を生きたい。 計画は59%だった。双六のますを進むように、計画によって人生の歩みを加速させたい。 私の人生の主人公は私だ。迷惑を掛けないよう気をつけながら、楽しく生きるのだ。

          没頭の大事さ

          没頭は大事だ。社会から自分を意図的に突き放し、頭を忘却の沼に沈めることができる。沼はスポンジでできていて、自身の頭の中にある思考を吸い出す。 もちろん沼に浸かりすぎちゃダメだ。だが、私は確実にその種の没頭によって精神的に生きながらえている。 没頭には主体性、能動性が不可欠だ。私は最近講義を受けて、 能動性が私の楽しさを生むこと。 楽しさから努力に繋げていたこと。 目標に向かって努力するのではなく、楽しさの末に達成可能な目標を発見できること。 を知った。そして、その過程では神に

          無口への怒りを感じる。 無口は弊害が大きい。人間は社会的動物であり、コミュニケーションなしに生活は成り立たない。集団の中で生きる限り、意図的な無口は誰か他人が代わってツケを払うことになるはずである。 そして、そのレベルのことに怒りを感じてしまう自分にもまた怒りと罪悪感を感じる。

          無口への怒りを感じる。 無口は弊害が大きい。人間は社会的動物であり、コミュニケーションなしに生活は成り立たない。集団の中で生きる限り、意図的な無口は誰か他人が代わってツケを払うことになるはずである。 そして、そのレベルのことに怒りを感じてしまう自分にもまた怒りと罪悪感を感じる。

          ブルーピリオド「ノーマークス編」の感想

          ブルーピリオド 51筆目〜 の感想 51筆目〜 大学教授の講評が心に響かなくなった主人公矢口八虎が、同級生に誘われ行った反権威「ノーマークス」で過ごす話です。大学と真逆の集団の中で登場する新鮮な価値観に、また考えさせられます。 「よく喋る」についてノーマークスの集団はよく話す。内容は基本ネガティブ、現代社会のアートについて、その取り扱われ方を批判する話が多い。 批判、否定的な感想は肯定的な感想同様価値がある。しかし、リスクを備えたものだと私は思う。肯定と否定は鏡合わせの関係

          ブルーピリオド「ノーマークス編」の感想

          「努力」という言葉への違和感

          「努力」なんて存在しないと思う。 以前は以下のように考えていた。 『努力は結果論だ。私は努力という言葉に、完全に自身で完結しているというおごりを感じる。もしくは、努力という美辞麗句で自身の行動を無条件によしよししているように感じる。もしくは自己陶酔的なところがあって、好みに合わない。こう考えるのは私の過去の経験によるもので、客観的正当性はおそらく伴わないはずだろうが。』 しかし、最近思ったのは以下のようなことだ。  いや、因果の逆転に違和感があるんだと思う。楽しいから「努

          「努力」という言葉への違和感

          読書は無理にしなくてもいいんだなって思った 特に小説は娯楽なんだから今無理して読まなくてもいい 今エッセーとかおもろいとか思うから、それを読めばいいんだよな

          読書は無理にしなくてもいいんだなって思った 特に小説は娯楽なんだから今無理して読まなくてもいい 今エッセーとかおもろいとか思うから、それを読めばいいんだよな

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          鉄くずに奪われていく仕事を見てどこ吹く風と胡座を組んだ ドーナツの穴から世界を覗く的なありふれた歌詞をせせら笑う人 ただ独り車は世界から私を隔絶できるシェルターである 愚かだなああ愚かだな我が人生 満腹な腹を摩って充電中のスマホとお菓子の袋眺める 水筒に残る一口には少し足らない水をちらり眺めた 一つだけ遠くに落ちた小銭をみて「仲間はずれだ」と強く思った

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