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あの夏はびいだま

「17歳の夏、忘れられない恋をした」。
よく観るような煽り文句が、本屋をチープに彩る季節がきた。鼻で笑っている振りをした。ハッピーエンドならいらない。報われないならまだいいか、と思った。捻くれていた。もうずっと、捻くれていた。羨ましかったのだ、あの夏からもうずっと、結ばれて笑いあってキスをするみたいな、そんなあおはるが、夏が、妬ましかったのだ。わたしの17の夏だって、17の夏だけが、確かに恋のようなものをした、名前が無くても、綺麗でなくても、確かに焦がれた夏だったから。ずるずると長い思い出の中で、やけに美しく思い出すのもまた、夏ばかりだった。

癖毛のポニーテール、わたしよりすこし低い体温、
膝丈の紺のスカート、夏合宿、黒縁の眼鏡、
2人で学校をさぼってライブに行ったこと、
好きになった曲のこと、たった1度きり、花火を見たこと、体育祭で当然のようにペアを組むこと、
わたしの小説に、あなたが絵を書いてくれたこと。

わたしだけが、と思っていた。全部が心底心を衝いた。疑うつもりだって無かった。嫌われていないことは最低の線引きとして、とどのつまりは自惚れていた。自惚れていたから、間違いに気づかないように寝たふりをした。あなたにとって多分わたしはともだちで、最初からわたしのものなんかじゃない。わたしだけのものになんかならない。あなただけのものになれるわたしじゃない。似つかわしくなかった、最初から。わたしだけがまるで子供だった。2つ歳を取った時に、ああなんだ、と思った。あなたは最初からずっと大人だった。ねえ気づかなかったでしょう、あなたと同じものを好きでいたかったのも、肩関節を決めるのも、あの居眠りが不貞寝なことも、あなたが東京行きを辞めたのがほんとうに嬉しかったのも、手を繋ぐのがどんなに幸せだったかとか、どうこうなりたいとか、馬鹿みたいに考えてたのも、恋なんて簡単なものか。男と女ならまだ簡単だった。友達よりも遠かったら簡単だった。近すぎた。わたしたちは近すぎたんだよ。離れたくないなら殺してしまえばいい。知られないように、壊れないように、痛くないように、わたしの拗れたこれっぽっちだけ、殺してしまうほうが、ずっと簡単なはずだったのだ。あなたの好きな曲も変わって、生活のしかたも好きなものも段々違っていって、でもわたしだけがあの夏に縋っている。あなたと聴いた曲を、6年経っても好きでいる。あなたと作った小説が、未だに天井だ。思い出ばっかり鮮やかだ。わたしは1度筆を折った。進んでいくあなたと較べて、酷く惨めになった。結局は苦しいんだ。死んだ振りをして、もう3年も経つのに。

あの夏はまるでびいだまの中に逆さに映る。割ってしまうのが怖くて、馬鹿みたいに触れずにいたらもう手遅れだった。手遅れになってしまったから、もう二度と取り出せない。取り出せないまま褪せて、ラムネの味を忘れて、いつかその存在だって忘れてしまえばいい。できるだけ早い方がいい。あなたとわたしはただのともだちだ。これまでも、これからも。それだけだ、それだけなんだ、それだけだったんだ。

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