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    全裸監督 第19章・エピローグ 要約

    第19章 68歳(この書が刊行されたときの村西とおるの年齢) 17章以降のサブタイトルを見ていると、あまり新鮮味がなく、書き手も飽きてきたか疲れてきた印象を受ける。この章は本書執筆の時期とも重なり、内容も淡々と進む。2014年11月、「第1回・新人監督映画祭」が開催され、そこで高槻彰監督の『ナイスですね 村西とおる』がようやく上映された。2015年初夏、この本のエピソードを発掘するために毎週のように本人と会い発言を収録している。また、イエローキャブ/野田社長とクリスタル映像

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      • 全裸監督 第18章 要約

        第18章 14億人(村西とおるが新たな市場として狙う中国の総人口) AV業界の映画の話(高槻彰の村西とおる物語は完成せず、代々木忠の映画が2011年公開)。『YOYOCHU SEXと代々木忠の世界』の公開記念で西村とおると代々木のトークイベントが実現。このときのやりとりが代々木忠のブログに綴られていて、奇しくも村西とおる論になっている。2人は同じ業界にいながらもほとんど会ったこともなく、双方の動向も人伝にしか耳に入ってこない関係だったが、その人生と仕事ぶりはどこか似ていて良

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        • 全裸監督 第17章 要約

          第17章 21歳(村西とおるが男優として復活したときの相手役、野々宮りんの年齢) 2005年(平成17年)、最愛の母が無くなる(享年88)。2006年、沙羅樹のAV復活のエピソード(沙羅樹が出演したマドンナ・レーベルは北陸から進出した北都の人妻・熟女専門メーカーで、事務所は恵比寿ガーデンプレイスにあった)。 借金返済のために、立ち食いそば屋の経営やバスタオルの販売もやったりしたが、うまくいかなかった。しんみりしたのは、息子が通っている学校から「学校も全力でお子さんを守りま

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          • 全裸監督 第16章 要約

            第16章 4枚(村西とおるの息子がお受験で使った画用紙の枚数) 1994年(平成6年)、結婚した乃木真梨子との間に男児が誕生した。借金返済で最も過酷な時期ではあったが、私生活では最も幸福な時期でもあった。子どもが出来てからは、どんなに忙しくても毎週末は休みを取り、子どもと全力で遊んだ。昭和記念公園・代々木公園・明治神宮・新宿御苑を自分の庭だと思って遊び、近場では千葉の清水公園や伊豆諸島・八丈島で釣りに興じた。海も山も川も自然は親子の学習室だった。身の回りの物はすべて遊び道具

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            全裸監督 第15章 要約

            第15章 8000万円(村西とおるの眼球毛細血管が破裂して血の涙を流して借りた金) 負債50億ながら自己破産を拒絶する不思議な男。銀行は貸した金が不良債権化すれば税金が掛からないためしつこく自己破産を勧めてきたが、村西は北大神田書店時代やダイヤモンド映像での成功体験から自己破産を拒否しつづけた。真意は、返済できる自信があったからだが、一文無しの村西とおるのもとを訪れるのは債権者だけ。ついてくるのは乃木真梨子だけという状況。命を担保にした高額の借金を返済する日々のなか、8,0

            全裸監督 第14章 要約

            第14章 50億(村西とおるが個人で負った借金の総額) 日本経済のバブルが破裂した1991年春、ダイヤモンド映像のバブルも弾けた。衛星通信事業への多額の投資、無尽蔵に費やす制作費、不動産投機などで多額の現金を用立てし、足りなくなると手形を乱発。資金繰りが悪化し、1991年12月に和議申請(※和議とは債権者と債務者が話し合い、支払いを先延ばしにするなど企業の存続に猶予を与えるもの。2000年の民事再生法施行に伴い、和議も廃止された)。1992年2月に共同通信社が「ダイヤモンド

            全裸監督 第13章 要約

            第13章 ∞(村西とおるが保証した清水大敬組の制作費) ダイヤモンド映像の拡大期、村西とおるは優秀な監督を専属にした。前章がAV女優のエピソードなら、本章は専属監督のエピソード。女優を専属にした先駆けの時もそうだったが、大事な視点はその待遇。当時のAV女優のギャラ相場が20万の時代に100万出したように、監督にも5倍以上出し始めたのである(監督のギャラも20万前後だったらしい)。それは単に羽振りが良いというより、業界全体の底上げ(層を厚くして質も高めていく経営レベルの福利厚

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            全裸監督 第12章 要約

            第12章 16歳(村西とおるが撮った主演女優の実年齢) 村西とおるが逮捕された児童福祉法違反容疑は、未成年者が姉の健康保険証を自分のものだと偽って出演したことによるのだが、判決は懲役1年、執行猶予5年だった。村西とおるの日本での逮捕歴は華々しい。1984年のわいせつ図版販売は執行猶予。1986年の関税定率法違反は罰金刑、同年の職業安定法違反、児童福祉法違反は処分保留。1988年の最初の児童福祉法違反は罰金刑。これだけ逮捕歴はあっても実刑をくらったことがない理由を、本人が28

            全裸監督 第11章 要約

            第11章 6人(村西とおると対峙したメリー喜多川副社長が会議室に乱入させた親衛隊人数) 新人AV女優の梶原恭子と田原俊彦が金沢のホテルで一夜を共にしたというスキャンダルの顛末。当時、戦後芸能界史上最大のスキャンダルと言われたらしいが、今では知らない人の方が多いのではないか。撮影中の何気ない雑談から出てきた梶原恭子の告白を村西が面白がり、『ありがとうトシちゃん』というふざけたタイトルのAVを発売。刺激的なパッケージのコピー。当時ジャニーズ事務所最大のアイドルとトシちゃんの追っ

            全裸監督 第10章 要約

            第10章 370年(村西とおるが米国司法当局から求刑された懲役年数) 「SMぽいの好き」で富と名声を手に入れた村西とおるは、いきなり奈落の底に突き落とされる。1986年12月、新作とカレンダー写真撮影のためハワイにロケ中、旅券法違反容疑とマン・アクト法違反容疑(売春や不道徳な目的で女性の州間・国際間の移送を禁じた法律。背景に黒人男性と白人女性の接触を禁止したい白人の差別的意向があったようだ)で撮影隊16名全員が逮捕される。黒木香は最初同行していたが、仕事の都合で先に帰国して

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            全裸監督 第9章 要約

            第9章 4本『SMぽいの好き』主演・黒木香が陰部に挿入した指の本数 1986年の村西逮捕は、マスコミ各社に派手に報道されたことでAV業界の存在を国民の多くが知ることにもなった。最初の容疑/職業安定法違反とは、労働大臣認可の免許を持たないプロダクションから未成年の17歳の少女を供給してもらいAVを撮影していた容疑。もう1つの児童福祉法違反とは、別のAV作品に出ていた女性が未成年だったことが発覚したことによる。 いずれも、17歳と知っていてAVを撮影していたかどうかの取り調べを

            全裸監督 第8章 要約

            第8章 1位(『ビデオ・ザ・ワールド』1985年のAVベスト1に選ばれた村西監督作品「恥辱の女」の順位) 女優の顔に精液をかけるという那須高原のハプニングが売上に貢献。「恥辱の女」の主役を務めたのは立川ひとみ。「恥辱の女」は1年後に出る黒木香の「SMぽいの好き」の原型となる作品で、村西にとってエポックメーキングになった。この頃から村西作品は好意的な評価を得始めたが、村西の胡散臭い語り口は嫌悪感をもって否定されてもいた。年が明けた1986年、クリスタル映像は早稲田鶴巻町に引越し

            全裸監督 第7章 要約

            第7章 10点(ビデオ・ザ・ワールドでの評価点) AV制作の一方で有名人のイメージビデオも撮り下ろしもしていた(火野正平・伊藤咲子・あべ静江・池田理代子)。あべ静江は撮影現場のハワイで怒って帰るエピソード。池田理代子は撮影された乳房を使う使わないで揉めた(太もも誘惑事件も)。カメラマンは沢城昭彦・犀秀幸。AV作品は「ビデオ・ザ・ワールド」での酷評が続く。 ハワイロケ、コペンハーゲンロケでの乱作と新機軸。コペンハーゲンでは現地で出演者を募集し、前貼り・疑似セックスの撮影内容を

            全裸監督 第6章 要約

            第6章 1万4,000円(保釈された際の全財産) 転落からの再起、AV業界への進出(クリスタル映像の誕生)。村西とおると名乗るのはここから。それまでは「会長」。 ビニ本販売の北大神田書店の実質経営者/草野博美(35歳)初めての逮捕。創業は1955年だから28年目。いつ捕まるか不安な状況の中で、逮捕されて「ほっとした」のが実感。わいせつ罪の罪の意識の無さ(殺人や窃盗とは違う)。 1984年6月保釈。北大神田書店グループは解散。二番目の妻との離婚。妻から見れば、英会話学校の経

            全裸監督 第5章 要約

            第5章 180円(『スクランブル』の定価) 26歳の編集長/本橋信宏の誕生。1983年2月25日発行(隔週)。公称30万部、実際は17万部(トーハン・日販を通さず北大神田書店の独自ルートで流通。この無謀な挑戦が村西流)。 創刊号の中身で人気だったのは、例えば、中森明菜/中学生時代の修学旅行の寝間着姿。芸能人に混じってヤクザの幹部が写っている、今でいう闇営業の写真も掲載しトラブルにもなった。ザ・タイガーズのメンバー/瞳みのるの引退後のプライベート写真(1971年の解散コンサー

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            全裸監督 第4章 要約

            第4章 600万円(毎月警視庁刑事たちに渡していた工作資金) 警察の捜査状況を刑事たちに密かに教えてもらうための賄賂(当時、裏本を取り締まるチームが4つあり、その4つのチームに満遍なくお金をばらまいていた。打合せと称する接待とその場で渡す現金50万とか)。裏本制作者と取締り側のズブズブの関係を暴露している。 裏本を毎月20本出版できた最大の理由は、村西とおるの応酬話法の威力(女を口説くテクニック)。当時、ビニ本に出る女はいても裏本(本番をする女)の女はなかなかいなかった。埼

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