チッテで愛してる #2『心』
十二月二十四日
この日はクリスマスイブ、街に出るといろんなお店が飾り付けをしていた。サンタの格好をした居酒屋の店員さんがきゃっきゃしながらお客を呼び込み、家で待つ誰かのためにサラリーマンがケーキ屋に並ぶ。いつもと違う街の中を、いつもどおり一人で歩く僕はいつもよりゆっくりと歩く人々を、いつもより邪魔に感じていた。きっとこのキラキラの街並みを素敵に感じられる人は、心に余裕のある人だけだな。そんなことを考えながら直した靴をジャスミンに渡すために目白のカフェに来た。少し遅れてジャスミンが来る。ジャスミンが僕の顔をじっと見て聞いた。
「どんな女の子が好きなの?」
「タバコを吸ってる女の子だよ」
僕はタバコをくわえながらそう答えた。
「私にもちょうだい」
そう言ってジャスミンが僕のタバコを一本取り出して火をつけた。
「タバコ吸う人なの?」
「いつも吸ってるだよ」
無邪気な笑顔でそう答えるジャスミンがタバコの灰の落とし方が分からず、火種の部分を叩いて
「あついなー」
そう言った。そんなジャスミンを見て、僕は自然と笑顔になった。それから30分ほど話をして僕は言った。
「そろそろ帰うか」
「何でですか?」
「靴も渡したし、家に帰ってネタも書きたいから」
僕はそう言った。本音だった。今僕の頭の中にあるのは、来週のライブの事だけだった。目の前にいる一夜を共に過ごした人、あの日貰った熱は、時間が何処かへなくしてしまった。時間もお金も、ちゃんとした仕事もない僕。きっとこれ以上僕を知ってしまったらジャスミンは僕にがっかりする。今別れるのが一番いいのだ。あの日の夜が、いい思い出のまま汚れてしまわないように。僕とジャスミンは男と男。元々交わらないもの。あの日見たジャスミンは流れ星。一瞬だけ綺麗に光って、消えてしまった。あの光は捕まえてはいけないんだ。もしあの光が、自分だけに向いてしまったら、僕には受け止められない。その熱と勢いで、僕なんて、木っ端微塵のバラバラにされてしまう。僕にはジャスミンを受け止める、準備も無いし、したくもなかった。その証拠に今日ジャスミンを見ても、ドキっとなんてしなかった。だから僕は言った。そろそろ帰ろうかと。
ジャスミンは言う。
「クリスマスに一人で過ごすのは、ダメな人ですよ。」
「でも、ネタを書かなくちゃ」
「クリスマスは今日だけ。あなたの言っている事普通じゃ無い。」
それを聞いて僕は少し苛立ちを覚えた。少し経ってわかった、僕も同じ事を思っていた事に他人に気付かされたからだ。そしてジャスミンは言う
「クリスマスだから、ねぇ?そうでしょう?」
僕は返事をしなかった。そんな僕に痺れを切らせて、ジャスミンが強引に僕を立たせて、背中を押す。ジャスミンが言う
「重いなーダメ重い自分で歩いて」
そんなジャスミンを見て笑ってしまった。
そしてジャスミンに誘われて、恵比寿のクリスマスツリーを見に行く事になった。電車に電車に揺られている僕とジャスミン。他人には僕達が付き合っているように見えるのかな? 男同士で出かけている僕達。もし友達と会ったら何て言い訳しようか?そんな事ばかり考えていた僕。駅に付くとジャスミンが僕の腕を抱きしめて、
「来てくれてありがとうございます」
そう言った。僕は何か言おうとした。しかし、自分が何を感じているのかが分からず、言葉は笑顔に姿を変えた。
改札を出るとそこは、僕の知らない世界だった。街の街灯がいちいち素敵だった。道の写真なんかを撮っている自分に驚いた。大きくてキラキラしたクリスマスツリーの前に立ち、近くのカップルに頼んでジャスミンと写真を撮った。そしてジャスミンに言った
「これてよかたよ」
「これてって何ですか?」
「嬉しいって事だよ」
そう僕が答えた。ジャスミンにお腹が空いたと告げられ、二人で鉄板焼き屋に行く事にした。席につくと、“国産黒部和牛コース“そんなメニューが目に入った。全ての料理が魅力的だった。ジャスミンが嬉しそうに、メニュー表を見ていた。しかし、お金の無い僕は、一番安いお肉とイカ焼き。それしか注文できなかった。高級そうな無垢の天板の大きすぎるテーブル。そんな自慢げなテーブルに小さなお皿が二つだけ並んだ。
「僕はお腹空いてないから、あなたが全部食べてね」
僕はそう嘘をついた。ジャスミンがお肉を食べるのをただ見ていた。気がつくと僕は寝ていた。毎日寝付けずに困っている僕が。店員さんに閉店だと起こされて初めて寝ている事に気がついた。寝ていた事に驚きながら時計を見ると終電を二時間もすぎていた。僕は、ジャスミンに言った
「何で終電の前に起こしてくれなかったの?帰れないじゃん」
「怒ってるですか?」
「怒って無いけど、、、どうするの?」
「あなたと一緒に居たいから起こすことしなかったです」
「そっか、、、、、そっか、ありがと」
うれしかった。四時間は僕の寝顔をただ見ていたジャスミン。会話も上手くできない、お金も無い、デート中に寝てしまう。こんな僕と一緒に居たいと言ってくれるジャスミンの心が嬉しかった。その日二人で小さくて薄い布団に入って眠った。 僕の腕の中で眠る大きな女性が忘れられないクリスマスをプレゼントしてくれた。
十二月二五日
昼近くに目が覚め、ジャスミンを寝かしたままご飯を炊き、目玉焼きとウインナーを焼いた。ご飯が炊けジャスミンを起こそうと、ジャスミンの隣に座った。ジャスミンは硬い目玉焼きが好きなのか、半熟が好きなのか、どっちなのだろうと考えていた。すると急に自分が馬鹿らしくなった。何で、こんなに優しくしているんだろうか。優しくした先のゴール。何も想像ができなかった。しかし、何も解らずに、優しくしていた。自分が理解できず、もどかしくて、イライラした。どうしようも無くて、タバコを吸おうと立ち上がった。その瞬間、ジャスミンが僕の腕を掴んで言った
「どこいくの?」
僕は答えた。
「ご飯食べようか」
こたつに並ぶ朝ごはんを見てジャスミンが言う
「卵フライ卵フライね」
「これは目玉焼きだよ」
「目玉目玉目玉焼きね?」
その変な言葉使いに私は自然と笑顔になった。僕が笑うのを見て、ジャスミンも笑った。ジャスミンの笑顔を見て、“嬉しい“そう思った。その瞬間、急に自分が怖くなった。そして、彼女に聞いた
「僕ってゲイなの?」
彼女は苦しそうに長く黙って、僕に言った
「ごめんなさい」
その言葉の意味が解らなかった。そしてジャスミンが言う
「触ってもいいですか?」
僕は答えた
「いいよ」
ジャスミンが僕にハグをした。僕を強く抱き締めながらジャスミンが言う
「私が女の子じゃないから、あなた困るですね。ごめんなさい」
その言葉を聴いて僕は知った。ジャスミンはずっと戦っていたんだと。
それから二人でYouTubeをみた。するとジャスミンが、クリスマスだからおばあさんに会いに行くと出かけて行った。四時間ほど一人でネタを書いていると、何だかそわそわして、餃子を作る事にした。居酒屋でジャスミンが餃子を美味しそうに食べていたので、きっとジャスミンは餃子が好きなのだと思ったからだ。SEIYUでお味噌の具と、餃子の材料を選んだ。餃子の皮が50枚入りだったので二袋買った。家に帰り餃子を作った。三時間かけ、一〇〇個餃子を作った。そして、ジャスミンに電話した。
「餃子100個も作っちゃったから、お腹空かして帰っておいで」
ジャスミンは不思議そうに返事をした。ジャスミンが早く帰ってこないかとドキドキしていた。そんな自分が不思議だった。お部屋の掃除をして、シャンパンを冷やしてジャスミンを待った。インターホンが鳴り、ジャスミンが部屋に入るなり言った
「あなたに言われたから、餃子一〇〇個買ってきたよ」
日本語が伝わっていなかった。ジャスミンは、冷凍餃子を一〇〇個抱えていた。餃子だけで、海外旅行帰りかと思うほど、大荷物だった。僕は言った
「僕どんなにお腹が減っていても、餃子を一〇〇個買って来いなんて言わないよ」
ジャスミンが、
「もーーー」
と大きな声で叫んで、大きな口で笑った。ジャスミンは餃子を買うためにコンビニを三軒はしごしたらしい。店員さんは怖かっただろう。何十個も餃子を抱えている人が、また何十個も餃子を買うのだから。
その日、僕の部屋の冷蔵庫には二〇〇個の餃子が敷き詰められた。餃子を二人で食べてみた。すると、冷凍餃子の方が美味しかった。しかし、ジャスミンは
「これは、あなたが作ったの?美味しい。美味しいです。このお味噌汁美味しいです」
餃子は? お味噌汁ばかり口に運ぶジャスミン。餃子は気に入らなかったの?そう思って黙っている僕に、ジャスミンが言う
「あなたは、お味噌汁を担いで道で売れば?みんな喜ぶですよ」
天秤担いだ流しのお味噌汁屋さん。そんな商売は見た事がないが、ジャスミンが喜んでくれたなら満足だった。二人でお酒を飲んでいると、ジャスミンが僕のジャージに着替え始めた。それを見て、僕は衝動的に言葉が出た。
「え?今日泊まっていくの?」
僕の言葉を聞いて、ジャスミンは黙って座り込んだ。どうしたのか疑問に思いジャスミンを見ていると、彼女は静かに泣き出した。
「ごめんね、どうしたの?」
理由が解らないので謝った。しかし、ジャスミンは黙ったままだった。言葉は役にたたないので、強く抱きしめた。すると、ジャスミンの我慢していた涙が床に落ちた。まるで満開まで待てずに落ちる桜の花びらのように。それは、悲しくて、美しい物だった。僕が抱きしめる手をなぞりながら、涙に邪魔されて話し辛そうに、ジャスミンは言った。
「ごめんね、ごめんね。私泊まっていいのかと思った。一人で考えてた。あなた楽しいと考えてた。ごめんなさい」
涙を拭いながらそう話すジャスミンを見て僕は思った。人間に触れたと。
僕の知らない宗教、僕の知らない国、僕の知らないマイノリティー。交わることの無い人種、そう思っていた。しかし、僕の知らない事は一つだけだ、僕も彼女も同じ人間なのだという事。楽しいと笑い、悲しいと泣くのだ。ジャスミンは泣いている、クリスマスの日に僕と一緒に居たかったのだ。プレゼントも用意していないこの僕と。それなのに、ひどい事を言ってしまった、ひどいことを言った自覚もなかった、ジャスミンが泣かなかったら、ずっと気がつかなかっただろう。そんな自分が恥ずかしくなり、ジャスミンの涙をティッシュで拭きながら謝った。するとジャスミンが携帯でne-yoのbecause of you を流す。僕は言った。
「この歌、僕の一番好きな歌だよ」
泣きすぎて腫れた目でジャスミンが言う
「だから毎日聴いてる」
驚いた、自分で伝えたことすら忘れていた。それなのにジャスミンは覚えていてくれて、毎日聴いている。それなのに、僕はジャスミンが好きな歌など一つも知らなかった。そんな自分が恥ずかしくなって、ジャスミンに聞いた。
「あなたは?なんの歌が好きなの?」
ジャスミンは小さな声で、下を向いたまま答えた。
「私もこの歌が好き。あなたが一番好きな歌だから」
この日僕はジャスミンをベットに誘った。しかし僕はジャスミンの体を見て、勃起する事ができなかった。
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