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【国を持たない最大の民族クルド人⑧ [日本で暮らすということ]】

こんにちは。

トップの写真は、8月に日本へ一時帰国した際にも訪れました、青森県八戸市にある「みろく横丁」という屋台通りです。
イカをはじめとした魚介類、日本酒「陸奥八仙」などで有名な八戸市は、私の生まれ故郷である青森県三戸町から車で50分ほどの距離であることから、帰省するたびにここで旧友と杯を傾けていました。
八戸の美味しい海鮮やお酒を堪能できるだけではなく、寒さの厳しい冬でも人の暖かさを感じられるのが魅力です。

さて、前回の投稿はこちらからお願い致します。

前回は、埼玉県の蕨市と川口市を訪れた際のレポートを文献と併せてまとめました。今回はその続きと、東京都北区の十条駅近くにあるパレスチナ料理店を訪れた際の記録を綴っていきます。

(3日間拠点にしていた赤羽のカプセルホテル。施設内は煙草の臭いが漂い、旅行者風の人も少数いたが、わけあり風の人たちも宿泊していた。床は硬くて安眠できず、早朝に肩腰が痛くて目が覚めるほどだった。また、10:00には施設を出なければならず、夕方までは入ることができない)

【クルド人の子どもと英検対策】

2019年8月6日。

先日出会ったクルド人の子どもと会うため、再び川口市にあるブックカフェ「ココシバ」へと向かう。この日、彼は開店前に来て勉強するということだった。そのため、オーナーに事情を話してそれに付き合う了承を得ていた。

10:30。
滴る汗をハンカチで拭いながら開店前のお店に入ると、彼の姿はまだなかった。昨日と同じカウンターの席に着くと、開店前にも関わらずオーナーが飲み物を用意してくれるということで、今回はオリジナルのうめソーダを注文した。
爽やかな喉越しに心地よさを覚えながらオーナーと雑談をしていると、後方で扉の開く音がした。入口に目を向けると、昨日お店で会ったクルド人の子どもだった。お互いに簡単な自己紹介をしたのち、話を聞くと彼は高校受験を控える中学3年生だという。そして、オーナーから聞いていた通り、物静かで落ち着いた子だった。

(オリジナルのうめソーダ)

テキストを取り出し、勉強が始まった。
まずは実戦形式で制限時間内に問題を解き、そのあとに私が解答と解説をすることになった。一通り問題を解き終わるまで、私は昨日と同様に店の本棚を眺めて歩いた。

1時間弱が経過して制限時間となったため、解答を始める。彼は緊張した表情を浮かべている。

結果はというと、本番によほど点数を取りこぼすことがなければ合格できるほど、上々の出来だった。その後、問題の解説を日本語で行ったが、彼は難なく私の言葉を理解していた。
途中、息抜きも兼ねて雑談も挟んだ。前述したとおり、彼は高校受験を控える中学3年生である。彼の通う学校には少なくない数の外国人が通っているが、そのうちクルド人は彼を含め2、3人ということだった。これが相対的に多いか少ないかは比較の対象となるデータが少ないため詳細は不明だが、文献によると更に多くのクルド人が通っている学校もあるという。

時計が正午を告げる頃、勉強が一通り終わった。
見ず知らずの日本人を前に最初は緊張したお面持ちだったが、勉強も終わる頃には彼の笑顔を見受けることができた。彼は荷物をまとめたのち、流暢な日本語で「ありがとうございました」と告げ、お店を出ていった。

来日当初はまったく馴染みのない言語に戸惑いを覚えただろう。学校の授業に加えて日本語学習をすることに嫌気がさしたこともあっただろう。
今でこそ当然のように日本語を扱えているが、学校で日本語の授業を受け、普段の何気ない会話もできるほどの言語力に到達するまでは、私たちの想像を上回るほどの並々ならない努力を重ねてきたに違いない。

クルド人の子どもが店を後にし、一息ついたのちに私も店を出ることにした。任期を終えて本帰国した折にはまた立ち寄りたいと思えるほどの快適な空間と、有意義な時間だった。
開店前にも関わらず快く受け入れてくださったオーナーをはじめスタッフの方々には、この場を借りて感謝の意を記したい。

(「ココシバ」を出てからは、西川口駅へと向かった。蕨駅から電車で一駅のところにその駅はある。近年、同駅周辺はチャイナタウン化が進み、一部では新中華街とも呼ばれている)

(中国語が書かれた看板が散見されるが、タイやベトナム料理などを扱っている店も立ち並んでいる。また、料理店だけではなくアジア系の食品を揃えているスーパーもある)

(西川口はかつて、違法風俗店が立ち並ぶ街だった。2004年に埼玉県警が「風俗環境浄化重点推進地区」に指定したことで摘発が進み、壊滅状態になった。その摘発を受けて空いたテナントに、中国人が経営する飲食店や雑貨店が入り込んでいる状況だという。街を歩いてみると、かつての名残があるように感じた。川口市、蕨市は土地代が安く、交通の利便性という面で見ても都心にアクセスしやすい。そうしたことから、同地域は外国人が集住傾向にある街の一つとなっている)

【十条にあるパレスチナ料理店へ】

「ココシバ」を出た後、その足で日本初のクルド料理店という「メソポタミア」を訪問することにした。「メソポタミア」は東京都北区の十条駅にほど近く、蕨駅からもアクセスは悪くなかった。
十条駅で降り、意気揚々とお店に向かったが、運悪くこの日は閉まっていた。
せっかく来たのにこのまま帰るのもやりきれない。ということで他に駅周辺で興味深いお店はないかとグーグルマップを眺めていると、駅からほど近いところにパレスチナ料理を扱っている店が見つかった。

(興味をそそる外観である)

地図を頼りに歩を進めること10分、一際目立つ外観のお店の前に辿り着いた名前は「マトアム  ビーサーン」
「マトアム」とはアラビア語でレストランを意味し、「ビーサーン」はパレスチナにある地区の一つである。

訪問したのが開店直後ということもあって、他にお客さんはいなかった。
店内はアラブ調のエキゾチックな装飾がなされ、パレスチナの国旗やパレスチナ自治政府の初代議長ヤーセル・アラファート氏の写真なども飾られており、異国感が漂っていた。壁には来店したお客さんと撮った多くの写真も飾られている。

(パレスチナ刺繍や水タバコといった雑貨類だけではなく、国旗やアラファート議長の写真などパレスチナを象徴する装飾がなされていた)

店内に入るとパレスチナ人であるオーナーが接客してくれたため、アラビア語で簡単な挨拶をすると「アラビア語話せるの?」という驚きから会話が始まった。

オーナーは来日して17年目ということもあり、日本人と遜色ないほど流暢に日本語を操っていた。驚くことに、語学学校で日本語を勉強したことはないと話していた。勉強のツールは日本の漫画やアニメを見ることで、作品の内容のなかで頻出する単語をピックアップし、それらを集中的に覚えるように意識していたという。私たちが語学学習をする際にも活かせられそうなテクニックである。

また、彼はパレスチナのイェルサレム出身で、5年前にパレスチナの故郷に帰ったが、日本に拠点を構えてからはあまり帰りたいとは思わなくなったという。
この話を聞いた時には複雑な思いが巡ったが、イスラエル領内に暮らすパレスチナ人の苦悩などは文献や海外の報道などを通じて情報を得ていたため、イスラエルの入植活動や日常的な差別・迫害に苛まれる状況に比べたら、日本の生活が快適に思えても仕方ないと思えてしまう自分もいた。

日本に住むアラブ人は一定数いるが、パレスチナ人はそのなかでもかなり少数派に位置している。2016年の外務省による統計によると、アラブ諸国で最も多い在日外国人はエジプト人で1,886人。サウジアラビア人が926人、シリア人が534人と続き、そこから大きく差をつけてパレスチナ人は僅か63人ということだった。
当然、オーナーにもパレスチナ人を含むアラブ人の知り合いはいるが、意外にも彼らに向けてお店の宣伝を積極的にはしておらず、日本人に現地の料理を味わってほしいという思いを語っていた。

(いただいた料理は「クフタ」。スパイシーに味付けをした羊肉のハンバーグをトマトベースで煮込んだ料理。ヨルダンでも何度か食べる機会があり、個人的に好きなアラブ料理の一つである。日本人の舌にも馴染みやすい味付けがされていた。ボリュームがあり、複数名で食べるには丁度いい量だった)

食事をしていると店の奥で電話が鳴り、オーナーがその対応をしていた。聞いたところ保険に関する内容で、難しい日本語の専門的な用語も当然のように理解して応答していた。
「こうした仕事についての電話をしていると時々疑問に感じることもあるから、分からないと思ったことはすぐに聞いたりしないと無駄にお金をとられてしまう」

先ほど会ったクルド人の男の子と同様、日本という新たな地で生活を確立させるために、彼らは私たち日本人の想像を上回るほどの困難を乗り越えてきたに違いない。文化や風習などの違いを受け入れ、日本という社会に自身を適応させたからこそ、こうして多くの日本人から愛される店を確立できたのだろう。壁に貼られているオーナーとお客さんが映った無数の写真が、そのすべてを物語っているように思えた。

食事が終わった頃、予約のお客さんが徐々に来店してきたため、会計をお願いした。なんと占めて1,782ヨルダンディナール。日本円に換算して約285,000円。もちろんオーナーのアラブジョークである。
日本にいながらアラビア語を話すという不思議な空間で、最後の最後まで楽しい時間を過ごさせてもらった。

【まとめ】

日本の人口は10年連続で減少している一方、2018年時点における在留外国人の数は256万人、外国人労働者の数は146万人にまで達し、その数は今後も増え続いていくことが予想される。
このフィールドワーク中に出会った人たちは、日本に住む多くの外国人の一部である。なかには、悪質な意図を持って不法滞在を試みたり、犯罪行為に手を染める外国人も残念ながら存在する。
しかし、決して来日する外国人はそうした危険を持ち込む人たちばかりではないということを理解すべきである。

前述したように、日本の在留外国人数は近年増加傾向にある。政府は、外国人(労働者)を積極的に受け入れる方針を打ち出していることから、今後も増加を辿っていくことが予想される。
しかし、政府は外国人受け入れを促進しておきながら、そうした人々の教育面・労働条件の面におけるケアが十分になされているとは決して言えない状況である。
その最たるものが「外国人技能実習制度」であり「偽装留学生増加の問題」だ。

加えて「ココシバ」のスタッフの一人が話していたように、日本人の外国人に対する許容心もまだまだ不足している。「外国人居住者の増加=治安の悪化」という固定観念ばかりが先走り、居住者は増えても未だに差別やいじめの問題は健在で、生きにくさを抱えながら生活を送っている外国人は少なくない。

少子高齢化に伴う働き手の減少により、日本経済は外国人労働者がいなければ立ち行かないところまで来ている。
コンビニが24時間営業を続けられていること。指定した時間通りに新聞や荷物が自宅まで配達されること。安価で美味しい食事がいつでも食べられること。
これが未だに続けられているのは、日本人がやりたがらない過酷な仕事を多くの外国人労働者が補っているためである。もちろん、こうした職場の労働環境や労働条件などは是正されるべきであるが、こうした環境下で働いている人がいるからこそ、現代人にとってもはや当たり前となっている便利さを享受できていることを知っておく必要があるのではないか。
過激な差別意識を引っ提げて外国人排斥ばかりを訴える人たちは、こうした便利さを放棄する覚悟があるのか。

少子高齢化社会と多文化共生が進み続ける日本では、もはや外国人との共生から目を背けることができないところまで来ている。
政府の方針や制度だけではなく、国民レベルでの意識の変革も求められる時代が訪れているのかもしれない。

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