akira

好きに書いてます。

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最近の記事

学力が高いことは正解ではないが、選択肢は広がる。

社会人になって数年経って思ったことを書こうかなと。 改めて学力が高いことは正解ではないものの 社会での選択肢は広がるなと思った。 ■選択肢の多さきっかけは社会人になってから様々な方とお会いする機会と 信用という社会構造について考える機会からだ。 様々な方とお会いしていると 地頭の良さ≠学力 ではあるなと思った。 どちらかというと学力は いかに学んだ学問を正確にアウトプットできるか?に比例しており、 地頭の良さは抽象と具体の行き来や観察力、応用力などの能力に比例する。

    • 信用を貯める。

      今回も自分の中で言語化しておいておきたいシリーズです。 改めて「働くことの目的」について自分なりに全員に共通となる解が出たので書きます。 働くことの目的働くことの全員の共通目的は「信用を貯めること」だと思いました。 なぜそう思ったかでいうと改めてお金と信用の流れを感じ取ったからです。 具体的には転職とローン契約の2つからです。 2つに共通しているのは過去の実績をもとに算出していることです。 例えば ・過去どのような仕事をしていて、何を評価されたのか? ・一番の実績は

      • 投資思考のススメ

        今回は投資思考のススメという題材で書きます。 今回のnoteの目的は下記です。 前提、ローンは善とか借金することが間違っているとかではなく、 正しくリスクを可視化し、いつ、どこまでにどのくらいのリターンを得るのか?そのために何を選択するのがベストなのか? をめっちゃ主観的な出来事と数字を使って言語化しています。 ですのでローンを進めているわけでも、借金を絶対正義と肯定しているわけでもございませんので悪しからず。 また今回は個人的にはあまり広めたくない考え方ではあるので

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        • 憧れていた湘南に移住した

          2023年8月。 ずっと憧れていた湘南に移住した。 湘南は身近な存在だった。 鎌倉や七里ヶ浜、江ノ島が好きで20代は時間や機会があれば行く日々だった。 サーフィンをコロナ前から始めたことも重なり、海や緩やかな時間、古都はより身近な存在となった。 いつか住みたいと憧れて、1ヶ月のホテル生活もしてみた。 朝起きて海の近くを散歩する。 食事の調達のために近くのスーパーに買い物に行く。 休みの日に朝からサーフィンに出かける。 ちょっとした期間だったかもしれないけれど憧れが日常に

        学力が高いことは正解ではないが、選択肢は広がる。

          家族が2匹増えるまで🐈‍⬛🐈

          数ヶ月前に猫の記事を投稿して 「いつか猫を迎え入れます😼」と言っていたら 家族として猫が2匹増えました。 黒猫は「コルク」という男の子で キジトラは「おちょこ」という女の子の兄妹猫です🍾🍶 まだ5,6ヶ月目で子猫の部類に入る子たち。 多分誕生日は2023年3月22日だろうと思い、その日に設定。 毎晩家の中を駆け回る大運動会や兄妹でのプロレスごっこなど遊び盛りな年頃です😸 元々のきっかけはライフイベントとライフステージの変化により大きめの家に引っ越したこと(これはまた書

          家族が2匹増えるまで🐈‍⬛🐈

          忘れていたこと。

          最近は静か〜に過ごすようにしている。 Xの更新もたまに。noteも更新するか迷った。 ただ、久々に忘れていたことを思い出したので改めて残しておこうと思った。 忘れていたこと。 人の信頼や信用はあっさりと変わってしまうし、どんなに頑張ろうが成果を出そうがその信頼や信用は変化することはない。 人は自分が危機に直面しないと変容することはない。 どんなに言葉で伝えても変わることはない。 どんなに成果を上げても黙るだけで考えが変わるわけではない。 20代の社会人でずっと思っ

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          猫8匹!!!猫と暮らし始めて、家が猫屋敷となるまで

          いつもnoteを見ていただきありがとうございます。 今回は実家の猫について書きます🐱 (ちなみに画像の猫は関係ありません) 今回このnoteを書くに至った背景は 「実家に猫が8匹いることになったきっかけとプロセス、どうやったら猫を8匹も飼えるのか?猫8匹とはどんな感じ?」ということをnoteに残そうとなったためです。 猫のことになると何時間でもお話できるのでめっちゃ長くなりそうではありますが最後までお付き合いいただけると嬉しい限りです🙏 ■実家の猫事情 我が家の猫は亡

          猫8匹!!!猫と暮らし始めて、家が猫屋敷となるまで

          何者かであることをやめた

          私は何者かであることをやめた。 所属する組織、肩書き、職業、趣味、〇〇オタク・・・ 自分のことを表現する言葉は無数にあるけれど、ほしいとも思わなくなった。 理由は「そんな言葉の中に自己を感じなくなった」からだ。 そんな言葉に頼らなくても、自分は何でもできると自分は知っているし、自分には限界があるということも自分は知っている。 2022年は複数のプロジェクトリーダーやマネージャーとして組織に貢献する経験をした。経験した上でメンバーの立場として誰にもできない組織への貢献をや

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          楽しいだけなら友達でいい。しんどい時に一緒に向き合える人がパートナー

          いつもnoteを見ていただきありがとうございます。 今回はパートナーの価値観について記載いたします。 最近さまざまな人と出会う機会が増えてきました。 フリーランスや経営者、会社員ながら副業に力を入れている人、スタートアップで新しい価値観を作っている人や新規事業開発などなど 遊ぶこともありますが、一緒にチャレンジすることの方が多いです。 そんな中で改めて私のパートナーシップを振り返る機会がありましたので、この機会に残しておこうと思います。 ■本題 私は 楽しいだけなら

          楽しいだけなら友達でいい。しんどい時に一緒に向き合える人がパートナー

          どんな人生になろうとも人のために生きると決めた節目

          30歳が目前に迫る年末 アラサーではなくサーになるとわけわからんことを言いながらこのnoteを書いている。 20代のことはまた別で書いていて。 いろいろな転機の最中、先に30代の決意を書こうと思った。 まずこれからの人生テーマを 「生きている時間で自分の創れる幸せの生産性を上げ続ける」 にした。 きっかけは2つある。 1つ目は 「どんな人でも幸せになりたいと思っている」という気づきと 「自分には幸せにできる人とできない人がいる」という諦めだ。 自分にはできることとで

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          後悔なく死ぬために人を愛し、別れていく

          今年はたくさんのお別れをした。 彼女、長年住んだ街、会社、仲間… どれも「嫌になったから」とか「喧嘩したから」とか「辞めさせられたから」とか。 そんな別れざるを得ない理由ではなく。 自分と向き合い、どうありたいのかを考え、そのためにこの道でいいのかと自分に問うた結果、より良い未来を作るには離れたほうがいいという結論になったから。 違う道を選ばなくても今の延長は幸せになれると思う。 なんせ違う道を選ぶということは 何も悪いことをしていない人から離れることだし、今の幸せを手放

          後悔なく死ぬために人を愛し、別れていく

          「やりたいこと」とは仮説だ

          いつもエモい感じのことばかり書いているので たまにはロジックのあるような文章を。 私にとって「やりたいこと」とは仮説だ。 「これがやりたい!」「こんなことをしてみたい!」 やりたいことは身近に言葉としてあるものの、 それらは全て想像であり、妄想であり、概念だ。 「やりたいこと」は現在の事実ではなく、将来の理想像だ。 理想像を考えるにあたって、 現在へ手触り感を求めてしまうのは本質からずれている。 なぜならこれから作ることで設計図で概念なのだから。 ではやりたいこと

          「やりたいこと」とは仮説だ

          日々を彩るちょっとしたこと

          最近、備忘録かのようにnoteを書いている。 何か過去を振り返るとか将来こうしたいとかではない。 「今」何を考えているのか?を残している。 最近は旅に出ることが多くなった。 住み慣れた街。見知った道。同じ時間に見る風景。 そんな当たり前を崩していくかのように旅に出る。 Googleマップを見ながら。検索ワードをかけて口コミから。直感で閃いて勘を頼りに。 同じような日々は安全で安心で変わらない毎日をくれる。 けどいざ死を目の前にしたときにそんな人生で終わりたいと想うのか

          日々を彩るちょっとしたこと

          ただ流るるままに

          最近、「生きる」という行為に対して力みがとれてきた。 力が弱ったわけではなく、怠惰になったわけでもない。 力を入れなくても生きていける、自分は愛されているし生かされていると思えてきたからだ。 生きることに精一杯になっていたけれど、 別に力を入れないと生きていけないわけではない。 自分という存在は流れの中の一部分であって、流れに身を任せているだけでも目的地に辿り着くことはできる。 じゃあ何が力ませているのか? 「このままでは生きていけない」 という思い込みなんだと思う。

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          欠けても、淡く照らす月のような生き方を

          曇りない、中秋の名月のかけ始め。 「こころのふるさと」と呼ばれる場所に近づきながら。 ちょっとした人生が変わる瞬間の中にいた。 ■変わり始める人と季節 9月。 まだ、日差しは夏のように照らしつつも、 隠れた時には秋が冷たい風になって近くまで来ていた。 「長期休暇にどこにいこう?」 仕事での長期休暇が近づいていた。 今までの自分だったら、サーフィン合宿と題して藤沢にいっていただろう。 海の近くのホテルを予約して、サーフボードを持ってこもる。 朝方、海を見ながらサーフィン

          欠けても、淡く照らす月のような生き方を

          愛するために自分と誓った1つの約束

          愛という言葉ほど曖昧で尊いものはない。 この言葉の意味を実感したのは3年前だ。 愛を教えてくれた人当時自分には好きな人がいた。 等身大でいれて、見据えている先が同じで、弱みをさらけ出せる人だ。 今はもう会うことは無くなったが 今あったとしても変わらずにいれると思う。 その人とは飲んだり遊んだりわけわからんくらい時間を共に過ごした。 ただ一緒にいるだけで幸せだった。 気づいたらもっと一緒にいたい。逆に幸せにしてあげたいと思っていた。 けど、当時の自分は一歩踏み込むこと

          愛するために自分と誓った1つの約束